6話 後半
「・・・えっ?」
「何が・・・起こったんだ・・・?」
目の前でのたうち回る化け物を呆然と見つめるあーしたち。
冒険者たちの攻撃では傷はもちろん声一つ上げていなかった巨大な化け物が、今は鼓膜を破るような叫び声を上げて苦しみもがいている。
やがて一旦落ち着いたらしい化け物は、標的にしていたあーしたちには目もくれず、海中へと姿を消した。
「アセム! アセム!」
「おっと! おいおい泣くなよケルン」
ネクの糸から解放されたケルンが、アセムの胸に飛び込んで泣きじゃくる。
「何が起こったのかしらぁ・・・?」
「分からん。俺たちの攻撃じゃビクともしなかったってのに、あの野郎は何に苦しんでたんだ・・・?」
「外からの攻撃じゃない。・・・なら、内側から?」
「っ!」
ルビーちゃんの言葉に、あーしはハッと顔を上げる。
もしかしたら・・・!
「まさか、ゼルが腹ん中から攻撃したってのか!?」
「あのしぶとい男なら、ありえるわねぇ」
「アカネさん、何してるの?」
「あの怪物はあーしのドローンを食べた。もしかしたら、お腹の中が見えるかも!」
あーしのセリフにみんなハッとした表情を浮かべ、次々にあーしのスマホを覗き込んでくる。
アプリの起動画面からドローンのカメラ画面に切り替わり、そこに映っていたのは。
『ダァーーーーッハッハッハッハッハッハッハ! オラオラオラオラオラオラオラオラア!!』
おそらく胃袋と思しき場所で嬉々として暴れまわる、ゼルの姿だった。
「「「「「・・・・・・」」」」」
思いのほか元気だった姿に、みんなの力が抜けていく。
あーしはドローンを操作して、そんなゼルの下へと近づいていく。
『ヒャハハハハハハハハ! 俺なんて食ったら腹ブチ壊すに決まってんだろうが! テメェの胃袋引っ掻き回させてもらうぜェエエエエエエエ!! ・・・あ?』
ありとあらゆる魔法を胃袋中にまき散らしていたゼルは、ようやくあーしのドローンに気が付いたようで。
『アカネのドローンじゃねえか・・・って事は、俺の事が見えてんのか! よう、そっちは無事か?』
「お前のおかげでな! 助かったぜゼル!」
「本当に、ありがとうございます!」
「無事でよかった」
「胃袋の中ですら相変わらずなのねぇ、逆に感心するわぁ」
「あー、ゴメンみんな。ドローンってこっちの声は聞こえないんだよね・・・」
あーしの言葉を聞いてそれぞれが若干赤くなる。先に言っとくべきだったね。
ゼルはゼルであーしたちの声が聞こえないのも一切気にする様子はなく、それどころかあーしたちの反応を自分に都合よく解釈して喋り始めた。
『おいおい泣くなよお前ら。俺様が生きてて嬉しすぎるのは分かるが、今は戦闘に集中しろよ?』
「何を言っているのかしらぁ」
「いつも通りだと思う」
「辛辣ですね・・・パーティなのでは?」
「いつもこんなだよ」
正直カメラを起動するまでは泣きそうだったんだけど、胃袋での暴れっぷりを見てそんなもんはどっかへ飛んで行ってしまった。これこそゼルクオリティである。
『見ての通り、さすがの化け物も中身まではカバーできてねぇみてえだ。俺様一人でも十分なんだが、ここは万全を期してお前らの力を借りたい』
「胃袋の中ですら上から目線とか、逆にすごくない?」
「一人で十分みたいだし、放っておけばいいんじゃないかしらぁ」
「あの、静かにしてもらえますか?」
「「ハイ」」
『俺が弾いたニドバルーンの刺あったろ? あれをこっちまで送ってほしい』
ニドバルーンっていうと、あのハリセンボンみたいな魔物の事だっけ?
あーし以外はすでに合点がいっているのか、いつの間にか作戦会議が始まっていた。
「内側から毒で仕留めるか・・・確かにアイツを倒すならそれが一番か」
「ですが針は海の中にあります。どうやって回収すれば・・・?」
「私が行く。変身すれば、海の中も問題ない」
「危ないってルビーちゃん! あの化け物がいるのに!」
「なら漁のエサで誘き寄せればいいんじゃないかしらぁ」
「なるほど・・・それなら」
「アタシの糸を持っていきなさいルビー。集めた刺を包んで、あの子が飲み込みやすいようにねぇ」
「了解」
『必要だったら合図くれ。化け物にちょっかいかけて止めてやるよ』
作戦の方向性がまとまったあーしたちは、漁船団の全員にも作戦を伝え、行動を開始する。
まずはあーしたちを含めた一部の船が、エサを撒いて化け物を誘導。
その間にマーメイドのような姿に変身したルビーちゃんが、海に沈んだニドバルーンの刺を回収する。
「行ってらっしゃい! 気を付けてね!」
「うん」
ネクの糸を手に、ルビーちゃんは美しいフォームで変身しながら海中へと飛び込む。・・・今度じっくり撮らせてもらおう。
「来るぞおおおおお! 全員振り落とされないように捕まってろよおおおお!」
アセムの警告通り、エサを撒いて移動する船の後ろから化け物が姿を現した。
その圧倒的な巨体でもって、あーしたちとの距離を一瞬で縮めてくる。
「アカネ! お願いします!」
「ゼル! お願い!」
『任せとけ!』
まるで会話が成立しているような連携で、ゼルは再び胃袋の中で暴れだす。
すると化け物の方も狂ったように暴れ出し、距離に余裕が生まれる。
「あとは嬢ちゃんが拾ってくるまでこれの繰り返しだ!」
「でも、そう何度も引っかかるかな?」
「ルビーは賢い子よぉ。その辺りも当然折り込み済みのはず」
ネクの言葉を信じて待っていると、待機していた漁船団から緑の煙矢が打ち出されたのが見えた。
あれは刺を回収したルビーちゃんが、船に戻ってきたときの合図だ。
「早えじゃねえか! よし、次のポイントへ移動するぞ!」
あーしたちはエサを撒き続けたまま、ルビーちゃんが回収されたポイントへと移動する。
ここにネクの糸でくるんだ刺を仕掛けておき、そのまま飲み込ませて胃袋の中へとデリバリー。
「そろそろポイント付近だ! どうだゼルの方は!?」
「えっと・・・あっ! 来た! 今来たよ!」
「よっしゃ!」
「作戦成功ですね!」
『こんだけありゃあ十分だな。ヘッヘッヘ、地獄を見せてやるぜ・・・!』
糸からニドバルーンの刺を取り出したゼルは、悪魔のような笑みを浮かべて胃袋の至るところにそれを突き刺していく。
ニドバルーンの刺には強力な麻痺毒が備わっていて、前に聞いていた通り、かすっただけで行動不能に陥り、そこを狙ってニドバルーンが捕食するらしい。
そんな強烈な毒を持った鋭い刺が、胃袋の内側から大量に突き刺さる。・・・想像しただけで気持ち悪くなってきた。
当の本人は気持ち悪いどころか、いよいよ鳴き声も上げずにプカーっと海面に浮き上がり、ぱっと見死んでんじゃないかと思うほどに微動だにしない。よく見るとピクピク動いてるんだけど。
「・・・もうこれでいいんじゃないの?」
「だめです。あの麻痺毒がずっと効いてる保証はありません」
「その通りだ! それに何より、まずはゼルを回収してやらんとな!」
「あっ、そうだった!」
「アナタあんなに心配してたんじゃなかったのぉ・・・?」
呆れた様子で語るネク。・・・まぁそれはね、うん。
そんなネクと漁船団は糸やロープを化け物の口に引っ掻け、船ごと移動して引っ張ることで化け物の口を大きく開かせる。
これでゼルの帰り道と、漁船団の攻撃目標が確保できた。
『ようやく生臭えココともおさらばか。折角だ、ここは派手に俺様の帰還を彩るとするか!』
あーしたちの合図を受け取ったゼルは、ドローンを抱えて突撃魔法の準備を始める。
羽の付け根から徐々に吹き出す炎が、胃袋の中を焼き焦がしながら勢いを増していく。最後までえげつないな。
『行くぜ! 俺様のスペシャルコンボその1! ・・・』
最後まで技の名前を言い切る前に加速してしまったせいで、肝心の名前部分がかすれて聞こえなかった。ゼルらしいけども。
そうして胃袋の中から出発したゼルは、途中いろんな所にぶつかりながらも化け物の口を通ってようやく帰ってきた。
「昼飯取っちまって悪いな。代わりと言っちゃあなんだが、味わってくれよ」
振り向き様に化け物へと何か言葉を投げ掛けたゼル。
その後ろで構えるのは、ゼルが帰ってくるまでにもろもろの準備を済ませた漁船団。
「うっ、撃てえーーーーーーー!」
若干まごついてしまったあーしの攻撃命令に従って、漁船団が集中攻撃を開始。
レンジャーは化け物の目を射抜き、ソーサラーは大きく開かれた化け物の口へ巨大な火の玉を叩き込む。すると口の中で暴れる複数の火の玉が、突如混ざりあって一つの大きなエネルギーの玉へと姿を変えた。
「なっ、何あれ? どうなってんの?」
「魔力融合ねぇ。ある程度威力を合わせる事で、一つの強い魔法に合体させるのよぉ」
「へー、なんかそれっぽい」
なんて楽観的に構えている場合でもなく、巨大なエネルギーの玉を喰らってなお、化け物はまだ倒れる様子を見せない。むしろ毒が抜けてきているのか、徐々に体も動き始めている。
「ちょっ、アイツもう動き始めてるよ!?」
「・・・念を入れておいて正解だったわねぇ」
そう言ってあーしとネクは、化け物の頭上の空に視線を向ける。
あーしが漁船団に指示を出していたのは、なにもやりたいからやらせてもらった訳じゃない。・・・少しはあるけど。
「ぉぉぉおおおおおおおお!」
ゼルのなんちゃって隕石のように、空からアセムが落ちてくる。
「お返しだぜ、この野郎ォオオオオオオオオオオ!!」
「『アーマーライズ』!」
右ストレートの構えを取って落ちてくるアセムを、ゼルが魔法でフォローする。それで最後の魔力を使い果たしたようで、落ちていくゼルをネクが回収。
「俺と! ゼルの! 協力必殺技! 『スーーーーパーーーースマァアアアアアッッシュ』!!!」
ゼルによって強化されたアセムの右ストレートが、化け物の脳天に直撃する。
今回は弾かれることなく化け物の上顎を力ずくで押さえつけ、口の中のエネルギーの玉を無理矢理挟み込ませた。
しばらく口の中で暴れていたエネルギーの玉は徐々に輝きを増していき、一瞬強く光ったかと思えば怪物の頭ごと大爆発。
飛び散った化け物の頭が雨と共に降り注ぐグロテスクな状況の中、それすらお構いなしに勝利の雄たけびを上げる漁船団に囲まれて、ようやくあーしの初魔物漁は幕を閉じた。




