5話
港を出発してしばらく。
潮風を受けて進んでいた漁船団が、ゆるやかにスピードを落とし始めた。
「よし、この辺りで銛と網に分かれるぞ!」
「あーしたちって、銛チームだったよね?」
「えぇ。網チームはここで止まって、あぶれた魔物を捕えます」
ケルンの説明通り、漁船団はここで留まる船と、さらに先へと進む船のチームに分かれ、魔物漁の準備を進めていく。
銛や網というのは、魔物漁における役割ごとのチームの名前。
銛チームは、直接海の魔物との戦闘を行うチーム。主にレンジャーを中心として、攻撃や体力に自信のある者たちが選ばれる。
網チームは、銛チームが逃した魔物を捕えるチーム。最終防衛ラインでもあり、ここを抜けられると先日のように海岸に魔物が現れる事になる。主に錬金術師を中心とした、物作りやサポート能力に自信のある者たちによって構成されている。
正直あーしだけは網チームでよかったんじゃと思ったんだけど、写真のクオリティの為に銛チームへ組み込まれることになった。主にゼルの強い推薦で。
そして当然銛チーム、しかもその中心でもあるアセムの船は先頭きって前へと進んでいき、海の魔物ひしめく漁ポイントへと近づいていく。
「エサの時間だ! よろしく頼むぜ!」
「わかったー!」
「・・・ちょっとおいしそう」
「食べちゃダメだよルビーちゃん!?」
「ウッフフ。餌に群がる獲物っていうのは、いつ見てもたまらないわぁ・・・!」
「グラビアも好調だしな」
「それは不本意よぉ!」
アセムの指示に従って、あーしたちはそれぞれ海に向かって特殊なエサを撒いていく。
これは錬金術師が作った特殊なエサで、海の魔物を強く引き付ける効果があるらしい。
これを移動しながらポイント周辺に巻いて、なるべく網チームがカバーできる範囲におびき寄せる。
「よし、エサよこせアカネ。お前さんはドローンの準備だ」
「分かった」
残った餌をゼルに渡したあーしは、アプリを起動してドローンを呼び出す。
索敵自体はレンジャーのケルンで十分なんだけど、ドローンを使えばレンジャーの索敵範囲外はもちろん、海域全体を見渡す事も出来る。
これもチートじみたスペックを持つ、あーしのスマホだからこそ為せる技。・・・まぁ、カメラ機能がスゴイだけなんだけど。
とりあえずドローンを銛チーム全体が見渡せる高さまで飛ばして、辺りの索敵を始める。
円を描くようにしてそれぞれ移動する銛チームの近くには、特に魔物が近づいてきている様子は無い。
ならばとさらに沖合の方へカメラを向けると、おびただしい数の魚影・・・というか魔物影? がものすごい勢いで近づいて来ていた。
「来てる! もう来てるよ! あっちの方向からいっぱい! すごいスピードで!」
「アバウトすぎんだろ!? いやお前さんに言ってもしょうがねえけどよ」
「ケルン、どうだ?」
「・・・だんだんと索敵に引っかかって来てますね。・・・うん、やっぱり昨日より多いです」
「上等だぜ! 全部まとめて晩飯にしてやらぁ!」
「おう!」
「おー!」
ゼルに続いてルビーちゃんまでもが掛け声を挙げる。ほんと食べ物が絡むとキャラ変わるねこの子。
なんて考えている間に、魔物たちと一番距離の近かった漁船が、早速戦闘を開始したのが視界に入った。
さらにケルンの狐耳がピコピコと動き、一方向を向いたままあーしたちに注意を促す。
「右から来ます! 皆さんは捕まってて!」
「問題ねえ、お前さんは構えてろ!」
「えっ!?」
ケルンの忠告をスルーして、ゼルは船の縁に立って海を見下ろす。
ドローンから見た感じ、勢いそのままに船へ体当たりしようと考えている魔物の群れは、さらにスピードを上げて近づいてくる。
「猪突猛進なのはいいが、そのイノシシの方がもっと頭使ってたぜ。『シェル』!」
ゼルはタイミングを見計らって、壁の魔法で船ごと包み込む。
続いて鈍い音と共に海面が激しく揺れ動き、うっすらと海に血が混ざり始める。
「今だお前ら!」
「了解よぉ」
「わ、分かりました!」
ゼルの指示に従って、ネクは糸を、ケルンはロープを括り付けた矢を海中に発射。海の中に潜む魔物たちを捕え、海面へと引きずり出すために。
「よっしゃケルン! 後は俺に任せろ! 『パワーライズ』!」
魔法で自身を強化したアセムは張り詰めたロープを思いきり引っ張り、身の丈以上の魚の魔物を文字通り一本釣り。すかさず無防備になった魚の顔面へ向けて強烈な右ストレートをお見舞いする。・・・すごいなあの人。
「オラクモ女! 気合見せろテメェ!」
「だったらアナタも手伝いなさいよォ! くぅうううううう!!」
対してこっちは相変わらずのグダグダっぷり。こんな時まで何やってんのもう。
「あぁダメぇ! 千切れるわぁ!」
「チッ、しょうがねえな! 手伝えアカネ! 一緒に引き上げるぞ!」
「えっ!? わ、分かった!」
「そんじゃいくぞ! 『アーマーライズ』!」
ゼルが魔法を唱えると、ネクの糸が白い光に包まれる。なるほど、糸の強度を上げた訳ね。ていうか最初からやりなよそれ。
「ふぅうううううううううん!」
「ぬぉおおおおおおおおおお!」
「くううううううううううう!」
綱引きの要領で精いっぱい引っ張るあーしたち。
やっとの思いで引き揚げたその獲物は、先日一杯食わされた、イカの魔物。
「また出たぁああああ!?」
「っ!」
トラウマとの再会に勢い余って尻もちをついたあーしの目の前で、イカの魔物の胴体がゆっくりと半分にズレ落ちていく。
「ナイスだルビー」
「この魔物はおいしい。ネクさん、大事に捕まえてて」
「あれだけ食べたのにまだ飽きないのぉ?」
あーしと比べてアッサリしたリアクションのみんな。あれ? 気にしてんのあーしだけ?
「油断するなよ! まだまだこれからだ!」
「さらに大型一体と小型の群れが接近中です。小型は私が処理するので、大型の方をお願いします!」
そう言うなり弓を構えたケルンは、海中に向かって迷いなく矢を連発していく。
しばらくすると矢が刺さった魔物たちが次々と浮かび上がり、その全てにロープが括り付けてあるところを見るに、どうやら全弾命中させているみたい。ヤバいな一流の冒険者は。
「大型をゆずってくれるたぁ、気前良いじゃねえか。一発かましてやろうぜ!」
「引き上げるのはアタシなんだけどぉ。というか絶対千切れちゃうから、アナタも手伝いなさいよぉ?」
「ったくしょうがねえな」
「俺たちで引き上げるから、とどめは嬢ちゃんに任せていいか?」
「分かった」
「準備はいいな? 『シェル』!」
軽い打ち合わせを済ませた後、ゼルはさっきと同じようにして船を壁の魔法で包み込む。
魔物漁でのポイントは、迫る魔物たちの勢いをどれだけ削れるか。
魔物たちは常に船の破壊を狙って、体当たりを始めとした様々な方法で船に攻撃を加えてくる。
これを何とか凌いでから、ようやく冒険者側が攻撃に移ることが出来るのだ。
以上、ケルンのレクチャーより。
「動きが止まった! クモ女!」
「分かってるわよぉ!」
壁の魔法で勢いを殺された魔物に向かって、ネクは何本も糸を打ち込んでいく。
さらに間髪入れずゼルの魔法で糸を強化。それをアセムが引っ張って引き上げる。
しかしあの二人、ケンカする割には良いコンビネーション見せるね。
「オオオオオラアアアアアア!!」
アセムが気合を入れて大きく引っ張ると、海面が盛り上がるようにして徐々に魔物が姿を現す。
長く鋭い刺が無数に生えた、攻撃的なシルエットのその魔物は、日本でいうところのハリセンボンのイメージそのまんまだった。
・・・全長が五メートル台であることを除けば。
「なにこれデカッ!? ・・・いけど意外とかわいいかも?」
「言ってる場合!? ルビー! 早くトドメさしなさいよぉ!」
「無理。刺さる」
「またこりゃ厄介なのがでてきたなぁ」
「ニドバルーンか。俺様がいなけりゃ死んでたんじゃねえか?」
「なにそれ、どういう・・・!?」
ゼルの言葉の意味を聞くより先に、ハリセンボンの魔物 ニドバルーンの刺があーしたちに向かって文字通り飛んできた。
一本一本が鉄パイプのように太い刺の弾丸は、ゼルの壁の魔法に弾かれ海の底へと沈んでいく。
「あっぶな・・・」
「ちなみにあの刺は毒のおまけ付きだ。かすっただけで体が動かなくなるぜ」
「殺意高すぎない!?」
「海の魔物ってのは大体そんなもんだアカネちゃん。旨くなけりゃ見向きもされねえだろうな」
「同感」
「食の探求心にも限度があるって・・・」
「だから早くトドメをさしてくれないかしらぁ!? 糸だけじゃなくアタシもしんどいのぉ!」
なんか終わった雰囲気を醸し出していたあーしたちへ、ネクの悲痛な叫びが届く。
針を全て発射してしまったニドバルーンは、よく見れば少しずつ新たに刺を生やし始めている。海の魔物の再生力高すぎない?
幸いにもイカと比べれば大分ゆっくりな再生速度だったおかげで、ルビーちゃんが安全に処理してくれた。ちなみにあれも美味しく食べられるらしい。重要なのそこなのルビーちゃん?
「休んでいる暇はないですよ。さらに奥から大型二体、反対側から小型三、大型一が接近中です」
「もう!? ちょっ、ペース早すぎない!?」
「いつも大体こんなもんだ。つっても今日は数が多いから、もっと時間がかかるだろうがな!」
「何で嬉しそうなの・・・?」
「上等だぜ! 直接丸焼きにすりゃ昼飯の手間が省ける、テメェら気合い入れろ!」
「! お刺身の切り方教えてもらえばよかった・・・」
「戦いながらできるほど簡単じゃないわよぉ」
「ツッコミどころそこじゃないから!」
こんな状況ですら発揮されるあーしたち特有のグダグダ感。
冗談抜きでいつか死んでしまうかもなんて思いながら、あーしはドローンでの偵察を再開した。
漁を初めて数時間。
ある程度慣れてきたおかげか余裕が生まれ、あーしは他の船の様子を観察しながら撮影に励んでいた。
どの船も戦い方は概ね同じで、レンジャーやソーサラーが魔物の動きを止めつつ拘束し、戦士が引き上げてトドメ。タイミングを計ってプリーストが援護と、ある意味冒険者の基本的な動きでもあるように思える。・・・あーしたちは出来てないけど。
そうしてドローンを飛ばしている内にふと気づいた。
沖合いの空から、大きな黒い雲が近づいてきている。
「アセム! なんか天気が怪しくなってきたよ!」
「またか・・・社での祈りが届いてないのか?」
「祈祷師の連中変えたらどうだ?」
「そんな簡単な話ではありません。・・・ですが、そろそろ話し合いの場を設けるべきだと思います」
「そうだな。帰ったらギルドに相談してみるか!」
「私も、早く帰ってご飯食べたい」
応援を呼ぶほどの数だった魔物たちも、今はほとんど捕らえられ網の中に。
ドローンでの偵察やレンジャーの策敵にもほとんど引っ掛からなくなり、そろそろ引き上げ時かというムードが流れ始めていた。
「どうよアカネ、俺様の活躍は?」
「今日はサポート中心だったし、絵的にはいまいちかも」
「なん・・・だと・・・」
「個人的な一押しはケルンかなー。あの達人みたいな矢捌き超カッコ良かった!」
「そんな・・・私は別に・・・」
フレームの中で顔を真っ赤にしながら尻尾をブンブン振るケルン。わっかりやすいなぁ。
ニヤニヤしながらその可愛らしいしぐさを撮りまくっていると、突然ケルンの耳と尻尾がピンと逆立ち、焦りながら船頭の方へ向かっていく。
「どしたんケルン?」
「アカネ、ちょっとドローンで向こうの方を見てもらえませんか?」
「? いいけど」
促されるままにあーしはドローンを飛ばし、暗雲が立ち込める沖合いの方へカメラを向けた。
「ヒッ!?」
腰が抜けて、後ずさりしながらゼルの下へと移動する。
「おいおい、どうしたよアカネ?」
「はっ、早く! 早く逃げないと! 船を早く!」
「大丈夫、落ち着いてアカネさん」
「何が写ったのよぉ?」
そう言ってネクはスマホの画面を覗き込み、顔を引きつらせた。
「これは・・・不味いんじゃないかしらぁ・・・」
「いや、だから一体何を」
若干イラついた様子のゼルがセリフを言い切る前に、沖合いの海面が山のように盛り上がり、海の魔物が飛び跳ねた。
イカとかハリセンボンとか、今までに出会ったどの敵とも比べ物にならない巨体。
あーしたちの乗る船ごと飲み込んでしまいそうな怪物が、漁船団のすぐ側まで迫っていた。




