20話
ギルドの外で見た光景は、信じがたいものだった。
歩いている人、追いかけっこをする子供たち、買い物をしている主婦、果ては大通りを走る馬車まで、まるで時が止まったかのようにその場で動かなくなっていた。
体が動かない事に対する、絶望や恐怖の叫び声を上げながら。
「ウフフ、悪くない眺めねぇ」
「・・・ねぇ、アリアさん。嘘だよね、何かの間違いでしょ? こんなのって」
「アタシの名前はネクリアよぉアカネちゃん。ちゃんと覚えてちょうだい」
アリアさん・・・ネクリアはあーしの質問に答えることなく、お店で見た時と変わらない笑顔を向けてくる。
それが、たまらなく怖い。
「それとアカネちゃん。この状況を作り出せたのは、アナタのおかげでもあるのよぉ」
「・・・は? あーしが?」
意味が分からない。あーしはこんな超能力みたいな技もってないし、そんな手伝いをした覚えも無い。
「アナタがお店で買ってインスタで広めてくれた服、アレ全部アタシの糸で出来てるのよぉ。目に見えない糸が出るようにちょっと細工をしてね」
「は!?」
「アナタがインスタで宣伝すればするほど、住人自らアタシの糸を街中に運んでくれる。そうして出来たのが今の状況。例えるなら、街全体がアタシのクモの巣になったってわけ」
「そんな・・・あーしが?」
「アナタが思っていた以上に、インスタグラマーの力は強大って事よぉアカネちゃん。魔王様が関心を示すくらいにはねぇ」
「・・・えっ、魔王?」
魔王ってあの魔王? なんで魔王があーしに?
「アナタたちは気づいてなかったみたいだけど、アカネちゃんの記事、魔王城の掲示板にも貼り出されてたのよぉ」
「!?」
ウソ!? そんなとこまで貼り出すのコレ!?
「おかげで城内は厳戒態勢。二日間は無意味な内通者の炙り出しに駆られたわぁ」
どうやらあーしは知らない間に、魔王軍にケンカを吹っ掛けていたらしい。
「その後は分析ねぇ。誰が使っているのか、能力の仕組みは何か、映っているのは何か。全部解明できた訳じゃなかったけれど、ハッキリと分かる答えが一つ。これ以上のスパイ道具はないってこと」
「!」
うかつだった。
そもそもこれは異世界に限った話じゃなく、あーしのいた元の世界でも言えること。
SNSは便利な反面、簡単に悪用できてしまうモノ。
インスタグラマーを名乗るあーしが、こんな基礎的な事を忘れていたなんて・・・。
「そんなアナタと街の調査のためにルビーを送り込んだんだけれど、正直ルビーよりよっぽど優秀だったわぁ。毎日生真面目に街の内情を教えてくれるアナタに対して、ルビーときたら妖精一匹すら始末できないんだものぉ」
「っ! 妖精って・・・」
「なんだよルビー。お前さん、俺を殺すためにパーティに入ったのか」
今の今まで黙っていたゼルが、あえて直球にルビーちゃんへ質問をぶつける。
「・・・」
それでも、ルビーちゃんは俯いたまま何も答えない。
「ダンジョンにクレイマンと、あれだけお膳立てさせておいて仕留められないどころか、まさかインスタで自分の正体をバラすとは思わなかったわぁ。・・・本当はねルビー、随分と前に魔王様から始末するように言われていたのよぉ。それこそ、この前酒場であった時にでもねぇ」
「っ!」
ルビーちゃんは俯いたまま、ビクッと体を震わせる。
「でも、結果オーライってやつよねぇ。こうして獲物が引っかかってくれたんだもの」
「ぐっ・・・!」
そう言って縛り上げたセシリーさんを晒上げるように動かすネクリア。
全て掌の上だった。
あーしのインスタや、ルビーちゃんの正体バレすら計算に入れて、この街を支配した。
これが、魔王軍幹部。
「それで、俺たちをどうするつもりだ。全員魔王城へ案内してくれるのか?」
「まさかぁ、そんなつまらない真似しないわよぉ。もっと面白く、有効活用させてもらうわぁ」
ネクリアは周囲の人たちをぐるっと見回した後、ひと際優しい声音で語りだす。
「安心してちょうだい。アナタたちは今後も、今までと同じように過ごしてもらうわぁ。・・・アタシの操り人形としてね」
ニタリという音が聞こえてきそうなくらい、いやらしく顔を歪めるネクリア。
その声に、言葉に、表情に、背筋が凍る。
「今後もこの街、ラクティスは何も変わらない。今までと同じように生活して、眠る。ただ一つ違うのは、出入りする者たちに糸が付くことだけ。そうして私のクモの巣は、世界中へ広がっていく・・・ウッフフ、アッハハハハハハハハハ!」
ネクリアの語る計画を聞いても、誰も声を上げる事はなかった。
指先一つ自分の意志で動かせないこの状況に、兵士たちですら絶望して目から生気が消えかけている。
魔王軍幹部の圧倒的な力を前に、じわりじわりと心を折られ始めていた。
「ハァ・・・さてルビー。結果的にうまくいったとはいえ、アナタにはケジメを付けてもらわなくっちゃねぇ」
「・・・死ねというのであれば、喜んで」
ルビーちゃんは顔を見せないまま、まるで早くそうしてくれと言いたげな風に小刀を素早く引き抜く。
そしてその手を、ネクリアの糸が止める。
「違うわよぉルビー。アタシがカワイイ部下にそんなこと命令するわけないでしょう?」
まるで心がこもっていないセリフを、異常なまでに優しい声音で語るネクリア。
貼り付けたような笑顔でゆっくりとルビーちゃんに近づいたかと思えば、その顔をぐにゃりと歪めて、あえて周りに聞こえるような声で言った。
「ゼルちゃんを殺しなさい。今、ここで」
「ッ!?」
「はっ!?」
「・・・」
思わず顔を上げたルビーちゃんの視線の先には、変わらずいやらしい笑みを浮かべたネクリアの顔。
プルプルと体を震わせながら、必死に言葉を絞り出そうとした所で腕に付いた糸を引っ張られ、有無を言わさずゼルの前へと連れていかれた。
もう、我慢できない。
「ちょっと! ふざけんな! ゼル、ルビーちゃん!」
「少し黙っててもらえるかしらぁ」
「むっ!? んんッ・・・!」
ネクリアに向かって叫ぶあーしの口を糸が塞ぐ。
どれだけ必死に叫んでも、口の中でくぐもった声がかろうじて漏れ出るばかり。
「おい止めろ! 貴様の目的は私だろう! 無関係の者を巻き込むな!」
あーしに続いて、セシリーさんが縛り上げられたままネクリアに抗議する。
「勘違いしないでもらえるかしらぁ。この子には農園に山と、二度にわたって計画を邪魔されているの。それに、アナタこそ関係ないのだから黙っててもらえるかしらぁ」
「んぐッ!? ・・・・くっ・・・そ・・・・・・」
若干イラついた様子を見せたネクリアは、セシリーさんの首に巻き付いていた糸を強く締め付け、そのまま気絶させた。
戦意を失っていた兵士たちはそれぞれに声を上げたかと思えば、完全に沈黙。ついに心を折られてしまったかもしれない。
「なんだよ、アレお前の仕業だったのか。いやぁすまねえな、おかげで名が売れるわ金が入るわで助かった。感謝するぜ」
「・・・ンフフ、いいわぁ。本当にいい性格してるわねアナタ。ここで殺すには惜しいくらい」
「意外と優しい所あんじゃねえか。そういう女、俺は嫌いじゃないぜ」
「アタシも、こういう出会いじゃ無ければ悪くない関係だったかもしれないわねぇ」
時間稼ぎのつもりなのか、ゼルは軽口を叩いてネクリアと向かい合う。
もしかしたら、ゼルならこの状況をなんとかしてくれるかもしれない。
そんな希望すら、打ち砕くように。
「さぁルビー。どう料理するかはアナタに任せるわぁ」
「・・・・・・」
ネクリアに命令され、ゼルの前に立ち尽くすルビーちゃん。
相対するゼルは、なぜか何も言わずじっとルビーちゃんの顔を見つめ続けている。
しばらくの静寂が辺りを包んだ後、抜き出したままの小刀をルビーちゃんが構えた。
そして。
「・・・・・・できません」
カシャンと、地面に落ちた小刀が音を立てる。
美しく光を反射する刀身に雫が零れ落ち、滑らかな曲線を伝っていく。
ルビーちゃんは、そのきれいな銀色の瞳からポロポロと涙を流していた。
「そう、なら仕方ないわね」
ひと際冷たいネクリアの声に続いて、何かが突き刺さったような、耳障りな音があーしの鼓膜を揺らす。
見れば、兵士の一人が落とした小刀を拾って、ルビーちゃんの背中から胸にかけて深々と突き刺していた。
胸から突き出た小刀の切っ先から、涙のように赤い雫がぽたぽたと滴り落ちる。
・・・え? ・・・うそでしょ?
ルビーちゃんは声も無く崩れ落ち、地面に零した涙の上に血だまりを作った。
「んんんんーーーーーーーーッ!!!」
喉がつぶれるくらい、叫ぶ。
それでも、ルビーちゃんは動かない。血だまりはどんどん広がっていく。
「おいテメェ・・・ブフッ!?」
噛みつかんばかりの勢いでネクリアに叫んだゼルを、また別の兵士が思いきり蹴り飛ばす。
「まさかここまで腑抜けになっているとはねぇ。ま、部下の不始末は上司が片づければいい話」
「何を言って・・・!?」
ムクリと起き上がったゼルの周りに、兵士たちが囲むように集まる。
それぞれが怯えたような表情しているあたり、ネクリアに操られているんだろう。
「前から気になってたのよねぇ。防御魔法のない妖精って、どれだけ脆いのかしらって」
「この・・・グハッ!?」
ゼルがセリフを言い終える前に、兵士の一人がゼルをボールのように蹴飛ばした。
体格差で考えて、体全体を蹴飛ばされたに等しいゼルは、低いうめき声を出して別の兵士の足元に転がっていく。そしてその兵士も足でゼルを嬲り、サッカーのように別の兵士に向けて蹴飛ばす。
あえて武器をを使わず、じわりじわりといたぶるその悪趣味な光景を見て、あーしは吐き気が込み上げてきた。
「あらあらダメよぉ。ちゃんと見て、撮影しなくちゃ。インスタグラマーでしょう?」
ネクリアはあーしの体を操りカメラを起動させると、ゼルをリンチさせている光景を撮影させ始めた。
うそでしょ・・・こんなのって・・・。
「どぉアカネちゃん? インスタに上げれば伸びるかしらぁ?」
今すぐにでもコイツを殴ってやりたい。
そう思っていても体の自由は効かず、腫れた目で睨みつける事しかできない。
「ウフフ。そろそろ限界かしらねぇ」
不穏なセリフを聞いてゼルの方へ眼を向けると、体中痣だらけになったゼルが、息も絶え絶えに地面に倒れ伏していた。
「思ってた以上にもろいのねぇ。つまらないの」
最初こそニタニタと笑って見つめていたネクリアは、動かなくなったゼルに興味を失くしたのか、見る見るうちに冷たい無表情へと変わる。
「もういいわ」
短く言い放ち、指先をクイクイと動かす。すると兵士の一人が、握っていた剣を高く振り上げる。
何をしようとしているかは、考えるまでも無かった。
「んーーーッ! んーーーッ!」
必死に叫んで、体を動かそうともがく。
でもあーしの体は、一切あーしの意志に応えてくれない。
「それじゃあねゼルちゃん。アナタ以外の連中は悪いようにはしないから、安心して見守っててねぇ」
ネクリアの指先が再び動き、それに合わせて兵士の剣が振り下ろされる。
「んんーーーーーーーッ!」
神様でもいい。
勇者様でもいい。
誰でもいい。
助けて。
「ギャアアアアアアアアア!?」
耳をつんざくような叫び声が、辺り一帯にこだまする。
それは聞きなれた仲間の声ではなく、さっきまで余裕な雰囲気を漂わせていた女の金切り声。
驚いて声の方に視線を移すと、全身を返り血に濡らしたルビーちゃんが、ネクリアの首の後ろを掻っ切っていた。




