16話
「やぁっと着いたぁぁぁ~」
山登りを始めてから数時間後。
ようやく頂上に辿り着いたあーしは、疲れもあって地面の上に座りこんだ。
ぶっちゃけ体ごと投げ出したいんだけど、さすがに汚いから止めておく。
「おいおい。お前さんはこれからが本番だろ?」
言いながら、あーしの横をゼルとルビーちゃんが通り過ぎていく。
ゼルは常に浮いているおかげか、特に疲れた様子は無い。ずるい。
ルビーちゃんは同じように歩いていたはずだけど、こちらも疲れた様子は無い。あれだけ食いっぷりがいいんだし、単純に体力があるのかもしれない。
まぁ、一番の理由は他にあるんだけど。
「全然ゴブリン見つからなかったね」
「シケてやがるぜ、ったくよぉ」
口を尖らせてつまらなそうに呟くゼル。
あーしとしては危険が無いに越したことは無いんだけど、なんとなく腑に落ちない所もあった。
ゴブリンと遭遇したのはさっきの戦闘一回きり。数も十匹前後だったけど、山の規模で考えると少ないような気がする。
グリズリーに至っては一匹も遭遇しなかったんだけど、これはエサのゴブリンがいなくなったから、狩り場を変えたんじゃないかって予想が立った。実際あーしたちはそれでグリズリーと最初に戦った訳だし、こっちは納得できるかも。
「もしかして、この頂上で待ち伏せしてるとかないよね」
「あいつらの狩場は下の山道だ。こんなハゲ散らかした所に用なんかねえよ」
「ゴブリンは洞窟とか、隠れられる場所を好むから、こんな開けた場所にはいない」
「そっかー。まぁ、それはそれで好都合か。邪魔も入らないしね」
安全確認が取れた所で、あーしは立ち上がって改めて辺りを見回してみた。
「ふーん」
あーしの目に映る山頂付近の景色は、緑生い茂る道中と違って、数本の枯れ木と出っ張った岩だけが並ぶ、とても寒々しい光景。
「ほほぉー」
日も沈み全体的に薄暗くなった事で、寂しい雰囲気が更に強調されていた。
「・・・・・・」
何が言いたいかというと、聞いていた話と違う。
「ねえ、氷桜ってどれ?」
「目の前にあるだろ」
そう言ってゼルが指さしたのは、枯れ葉すら残ってない目の前の木々。
・・・・・・は?
「どれ?」
「だから、これ」
小さい手でペタッと木に触れるゼル。
聞き間違いでも何でもなく、氷桜とは目の前の枯れ木で間違いないみたい。
「嘘ついたのゼル!? 氷の花びらどころか葉っぱ一枚すらないじゃん!」
「ついてねーよ! 俺だって今見てビックリしてんだよ!」
「落ち着いて、二人とも」
ヒートアップしそうになるあーしたちの間に、ルビーちゃんが割って入る。
「ハァ・・・氷桜は自然の魔力が結晶化したもんだ。それが枯れてるっつーことは、その魔力がどっかで途切れてる」
「つまり、その魔力を横取りしてる奴が居るってこと?」
「予想でしかないがな」
「じゃあそれを探しに行こ!」
「どうやってだよ」
「・・・・・・」
「無策で夜の山を歩くのは危険」
ごもっともです。
がっくりと肩を落とすあーしを他所に、二人はキャンプの準備を進めていく。
ルビーちゃんの言った通り夜の山は危険だから、今回のクエストはキャンプで一泊してから帰る予定になっている。
正直肩透かしもいいところだけど、異世界初キャンプというもう一つの楽しみのおかげで、あーしの機嫌はすぐに元通りになった。
「準備するから、下がって」
あーしとゼルを遠ざけると、ルビーちゃんはスクロールを一つ取り出し、地面の上に広げる。
するとスクロールに描かれた魔法陣が輝き始め、光の粒子が溢れ出した。やがて光の粒子はそれぞれ一か所に集まり、簡易キャンプセットへと姿を変える。
「おおー!」
「贅沢な使い方だよなぁ」
「物は使わなきゃ、意味が無い」
そんな男前な理由で使われたのは、転移のスクロールである。
本来は危険な状況からの緊急脱出に使う、奥の手のアイテムらしいけど、複数もっているのと補充の当てがあるとの事で、今回はこういう風に使わせてもらう事となった。
「ほんとに便利だねこれー。あーしも何個か買っとこうかな」
撮っておいた転移の動画を見ながら、何の気なしに呟くと。
「だいたい一つ二~三十万はするぞ」
「高っ!?」
お約束の世知辛異世界があーしの肩を叩いた。
そんな物を融通してくれる知り合いって、一体何者なんだろう。あーしも紹介してほしくなってきた。
とりあえずスクロールのステマとして動画をアップしておき、みんなでキャンプセットを組み立てていく。
「そういえばさー。転移のあれって、ここに来るのに使ったりできないの?」
作業中の話題もかねて、異世界知識についての質問をしてみる。
「あれを使うには、特殊な印が必要」
「印?」
「転移の魔法と紐づけする為に付けとくんだ。そいつが付いてるモンしか呼べないし、付いてる所にしか行けない」
「へー」
さすがに万能って訳じゃないのね。まぁ当たり前か。
「ここに付ければいつでも来れるけど、する?」
「いや、止めとく」
一回三十万するし。
それにこういうのは、自分の足で辿り着くからこそ、いい思い出になるんだし。
「あーしこのまま夜ごはんの準備するから、そっち任せちゃっていい?」
「おう」
「こっちは任せて」
「よろしくねー」
二人に許可を取ってから、あーしはキャンプセットの中に仕込んでいた、調理器具を一つ一つ取り出していく。
転移のスクロールのおかげで、野外でもがっつり料理が出来るのはポイント高いよね。この辺はもう元の世界よりも便利なレベル。
ちなみにこの案に一番食いついたのはルビーちゃんで、進んでスクロールを差し出してきた。食いしん坊さんだね。
「何作るんだ?」
「シチュー」
「おお、いいな」
「しちゅー?」
あれ、ルビーちゃんシチュー知らない?
「牛の乳に野菜とか入れて煮込んだ料理だ。旨いぞ」
雑にも程があるゼルの説明でさえ、じゅるりと音を立てるルビーちゃん。
これは作り甲斐があるね。
キャンプセットを組み終える頃には、辺りは完全に真っ暗闇になった。
今はみんなで焚火を囲んで、お互いが見える範囲に留まっている。
そんな空間を、シチューの芳醇な香りが包み込んでいく。
「ぉぉ~・・・!」
完成したシチューを見ながら、小さい声で興奮するルビーちゃん。
口数が少ない代わりに目がキラキラと輝いていて、見ていて大変微笑ましい。
「いい匂いだな、腹減ってきた」
「ふふん。あーしの得意料理の一つだからね。じゃあ二人とも、お皿持ってきて」
三人それぞれのお皿にシチューをよそって、椅子に座って手を合わせる。
「「「いただきます」」」
二回目の星空レストラン、開店。
「うん、寒い外で食うとなお旨いな」
「あーし鍋とかやりたくなってきた」
「あーいいな。酒もあったら最高」
「ゼルそればっかじゃん」
なんて二人で談笑しながら、ちらりとルビーちゃんの方を伺うと。
「ほぁ・・・」
うっとりとした表情で、シチューの入ったお皿を見つめていた。
「どう、ルビーちゃん? お口に合ったかな?」
「うん、おいしい」
返事はするものの、相変わらず恍惚とした表情で、シチューから目を離さない。ヤバい。超かわいい。
「お前さん、シチューは初めて食ったのか?」
「うん」
「今まではなに食べてたの?」
「缶詰とか」
おぉ・・・。
何とも言えない表情になってしまったあーしとゼル。おかわり分までシチュー作ってて本当に良かった。
「ルビーちゃんてさ、あーしたちのパーティに来る前は何してたの?」
「・・・・・・」
答えづらい質問だったのか、スプーンを持つ手すら止めて俯くルビーちゃん。
やばい、地雷踏んだ?
「あーごめん。言いたくないなら無理して・・・」
「違うの。その・・・アサシンの修行で、外界と離れた所に居た。内容は言えないけど」
「本格的だな。そりゃハイドの技術も上がる訳だ」
既にシチューを平らげたゼルが、おかわりをよそいながら感想を述べた。それを見たルビーちゃんは、慌ててシチューをかき込んでいく。
「そんな慌てなくてもまだあるから」
あーしは苦笑しながら自分のシチューをスプーンで掬う。
こんなに喜んでもらえるなら、他にもいろいろ作ってあげたくなっちゃうな。かわいい写真も撮れるし、ウィンウィンってやつ。
「そういや聞いてなかったが、アカネは何してたんだよ」
「え、あーし?」
ルビーちゃんからあーしへと話題が流れる。
どうやらルビーちゃんも興味があるようで、両目はあーしを見つめながら、器用にシチューを口に運んでいた。
「あーしはJK・・・学生やってたよ。この世界がすごいインスタ映えするって聞いたから来たの」
「どこから来たの?」
「日本っていう・・・遠い国かな」
別に言ってもいいんだけど、説明とかめんどくさいし、適当にぼかしておく。
まぁ嘘は言ってないしね。
「じゃあ次ゼルね」
「ほほう、気になるか。天才であるこの俺様の過去が」
「やっぱいいや。はいルビーちゃん、あーん」
「・・・ぁ、あーん」
「・・・」
なんて、いつも通りの他愛のない会話をしながら、あーしは異世界初キャンプで味わう夜ご飯を存分に堪能した。
「ンー、ンフフフフ」
「きめえ笑い方だなオイ」
失礼な羽虫は無視しながら、あーしはインスタ記事をスクロールしていく。
画面の中では、長身のお姉さんや小さな少女など、バリエーション豊かな女の子たちが右から左へと流れていく。
もちろん彼女たちは全て、ルビーちゃんの変装である。
明日原因を探す事にしたとはいえ、それでも今日のあーしの欲求不満は解消されない。
だからその分、ルビーちゃんを思う存分堪能させてもらいました。
「あーもー、ルビーちゃん大好き! あーしの職業と相性良すぎでしょー!」
「・・・ありがと」
あーしのありったけの愛情をハグで表せば、ルビーちゃんも赤くなりながら答えてくれる。
ちなみに今のルビーちゃんは、最初の黒髪少女に戻っている。あーしはこのルビーちゃんが一番好き。
「ホラ見てこれ! ルビーちゃんについた『いいね』の数! すごくない!?」
「・・・うん。うれしい」
「盛り上がってるとこ悪いが、そろそろ寝ねえと明日きついぞ。山ん中動くんだからよ」
「えー、もうちょっとくらい大丈夫でしょ」
「俺は構わんけどよ。一番きついのは多分お前だぞアカネ」
「うぐっ・・・そうだけどさ」
今のあーしはいわゆる、修学旅行の夜状態になっているのだ。ここで素直に寝るのはなんかもったいない気がする。
「あっそうだ! まだみんなで集合写真撮ってないじゃん!」
「まだ撮るのか・・・」
「だってそれが仕事だし」
呆れた様子のゼルを他所に、あーしは立ち上がって辺りを見回す。
安全も考えて、ルビーちゃんの写真は全部焚火の近くでしか撮れなかったんだけど、さすがにちょっとマンネリ気味。
せめて思い出の集合写真くらい、特別な一枚にしたい。
「うーん・・・」
荒涼な山頂の景色の中で目に入るのは、やはり氷桜・・・と呼ばれる枯れ木。
「ねえゼル。あれなんとかならない?」
「ここまでひでぇ無茶振りは初めて聞いたぜ」
文句は言いながらも、まんざらでもない表情で隣に来るゼル。
「まぁ、何とかできん事もない」
「ほんと!?」
ダメ元でも聞いてみて良かった。ゼルはなんだかんだ頼りになる。
「自然の魔力で生まれるものを、どうにか出来るの?」
ルビーちゃんも若干驚いた様子でゼルに尋ねる。
もしかして、意外とすごい事だったりするんだろうか。
「俺様を誰だと思ってやがる。物事ってのは応用力がモノを言うんだ。俺様のオリジナル魔法だって、その賜物だしな」
「ネタ扱いされてるけどね」
「やかましい」
なんとか出来るというゼルの言葉を信じ、あーしたちは松明を持って氷桜へと近づく。
「ねぇ、どうやって氷桜を咲かせるの?」
「回復魔法の応用だ」
「?」
「なるほど」
あーしはちんぷんかんぷんのままだったけど、ルビーちゃんの方は合点がいったみたい。いや回復魔法の応用とか言われても、基礎すら知らんあーしには意味不明なんですけど。
頭にハテナマークを浮かべている間に、氷桜の目の前までやってきた。
そのうちの一本の前まで来たところで、先頭を進んでいたゼルがくるりと振り向く。
「回復魔法の基本として、魔力を相手に流し込んで新陳代謝を促す魔法がある。そいつをあの枯れ木に使ってやろうって訳だ」
「なるほど!」
「でも、魔力が足りないんじゃ・・・」
「俺様を誰だと思ってやがる。・・・二回目だなコレ」
決め台詞を言ったつもりが、若干滑ってしまうゼル。これぞゼルクオリティ。
「何度も言うが、俺様はレベル7のプリーストで妖精だ。不服ながら得意分野なんだよ」
そう言ってゼルは木の幹に触れると、その体が光りだし、氷桜へと伝わっていく。
見た目からして、今まさに魔力を送っているんだろう。
すると、何も付いていなかった枝の至る所から、白いつぼみのようなものが現れる。
テレビなんかでよく見る早送りした植物の成長シーンのように、生えてきたつぼみは次々と花開き、月の光を受けて美しく幻想的な輝きを放つ。
薄い水色を含んだ白銀の花びらは、まさに氷桜の名にふさわしい様相だった。
「っだはぁああああああ! あー、しんど・・・・・・」
一本の氷桜が満開になった所で、ゼルが声を上げながら羽を失くして墜落する。
それを素早くキャッチして、改めて氷桜へ向き直る。
「すっごい・・・」
花びらの一つ一つが放つ宝石のような輝きに、思わずうっとりしてしまう。
隣ではルビーちゃんも、同じような表情を浮かべて見つめていた。
「見惚れてるとこ悪いが、そう長くはもたんぞそれ」
あーしの胸の中でぐったりしているゼルが、あーしたちを現実に引き戻す。
「ありがとゼル! ルビーちゃん、ちょっと持ってて」
「う、うん」
ゼルをルビーちゃんに渡して、あーしはスマホの内側カメラを起動し、自撮り棒にセットする。
「よし。ルビーちゃん、もっとこっち寄って」
「こ、こう?」
おずおずと近づいてくるルビーちゃん。
「もっとこっち! ホラ!」
「ひゃっ」
強引に抱き寄せて、あーしとルビーちゃんの頬をくっつける。
画角を合わせるために見ているスマホの画面の中では、笑顔でルビーちゃんに頬を寄せるあーしと、それで赤くなるルビーちゃん。そしてその下で目を閉じながらも、ピースサインを掲げるゼルが写っている。
背景には、砕けた花びらの舞う氷桜。
いいじゃん! これぞファンタジーのインスタ映えスポットってカンジ!
「準備はいい?」
「おう・・・」
「うん」
「んじゃいくよー。ハイチーズ!」
パシャっと、シャッター音が鳴ると同時にフラッシュが光る。
そしてそれを掻き消すほどの轟音が、山頂付近に響き渡った。
「キャッ!? なにっ、何なの!?」
「これは・・・!」
「あー・・・・・・?」
轟音は鳴り止まないまま、地響きと共に地面が割け、ボコボコと地中から何かが盛り上がってくる。
とりあえず逃げないと・・・!
しかしそうしようとしても、地響きのせいで立っているのがやっとで、思うように身動きが取れない。
「ル、ルビーちゃん! 転移のスクロールは!?」
「キャンプだから、無理」
「そんなぁ!」
そうこうしている間に、盛り上がる地面を突き破り、巨大な影が姿を現した。
あれは・・・。
「・・・・・・ゴーレム」




