10話
全てを黒く塗りつぶしていた闇の空間が光に祓われ、あーしたちはようやく元の世界へと戻ってきた。
久しぶりに感じる色のついた景色に感動しながら周囲を見回してみると、そこには元々あったエントランスの壁や天井はすでに無く、代わりにオレンジ色に染まった夕空が目に入る。切り口を見るに光の魔法に消されちゃったんだろう。
そしてその光の魔法が直撃したエギルもまた、あーしたちの目の前から完全に消え去っていた。
「・・・・・・ぃいやったぁあーーーーー!!!」
貯めに貯めた感情を一気に解き放って、あーしは勝利の喜びを全身で表現する。
それにつられてみんなも大いに盛り上がり、そのままあーしたちは肩を組んでしばらくひたすらに喜びあった。
「やったやった! エギルに勝ったんだあーしたち!!」
「本当にすごい、夢みたい!」
「カオスロードに勝っちゃうなんて、何が起きるか分からないものねぇ」
「よっしゃアカネ! 早速記念撮影だ! 団長サンたちにも教えてやろうぜ!」
「いいねそれ! よっし、みんなこっち寄って!」
ゼルの提案に二つ返事で乗ったあーしは、内側カメラを起動してみんなの顔をフレームの中に収める。画面に映る四人全員が勝利の喜びを顔に浮かべ、あーしは特にあれこれ注文することもなくシャッターコールを始めた。
「んじゃいくよー! はいチーズ!」
パシャっと小さいシャッター音に続いて、わずかなフラッシュがあーしたちの顔を照らす。
そして硬い建材を砕き割るような轟音を轟かせながら、あーしたちの背後に何者かが現れたのを内側カメラが捉えた。
全員が慌てながら体ごと振り向くと、そこには異形の体へと変わり果てたエギルの姿が。
「ハハ・・・ハハハハハハハハハ!! ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
デジャブのように感じるその狂った笑い声は、どこかノイズが混じったように不鮮明な音に聞こえる。
直撃した光の魔法に消されたからか、所々欠損した体の一部は闇そのもので無理やり補ったようで、かろうじて人型を保っている化け物にしか見えなかった。
「うそ・・・まだ生きて・・・!?」
「オイオイ・・・しつこい男は嫌われるぜ?」
「ハァー・・・殺ス・・・!!」
「・・・どうやらもう言葉も通じなさそうねぇ」
「アカネさんは私の後ろに」
体どころか正気すら失ってしまったらしいエギルは、闇に覆われたその両目であーしたちを睨みつける。
もはやどんな攻撃を仕掛けてくるか予想もできず、ただ正面に構えてエギルに注目していると、ついにその一歩があーしたちに向けて踏み出された。
その時だった。
「ッ!?」
「あっ!?」
光の魔法のせいで崩れかけていたからか、エギルの踏みしめた床が音を立てて抜け落ち、そのままバランスを崩してあちこちぶつけながら落下していく。
「ウァアアアアアアアアア!!?」
慌てて穴に近づいた頃にはもうその姿は見えず、底の見えない暗闇の中に虚しく響く叫び声がどんどんと遠くなっていくだけだった。
これが・・・散々世界を脅かしてきた者の最期・・・。
「底なしの谷に落ちるたぁ、カオスロードにゃ似合いの墓場かもな」
ゼルは皮肉を込めた一言を谷底に吐いたっきり、それ以上何も言わなくなる。
なんか勝利ムードに浸る気分じゃ無くなってしまったあーしたちは、しばらく無言のままその場に立ち尽くしていた。・・・最後の最後で嫌がらせしていったなアイツ。
「えっと、どうしよっか?」
「私たちの作戦は、王女様を助け出すこと。もうここに用はない」
「そうねぇ。連戦続きで消耗しちゃってるし、さっさと帰りましょ」
「よし。アカネ、スクロールあるよな?」
「うん。ちょっと待ってて」
あーしは写真をアップしながらポーチを探り、中から転移のスクロールを取り出す。もともとはエイミス様を確保次第これで帰るつもりだったんだけど、闇の空間に閉じ込められてそれどころじゃなかったからね。
「よっし、じゃあ早速」
「『スラッシュ』」
「帰ろ・・・えっ?」
「なっ!?」
意気揚々とあーしが転移のスクロールを広げると、なぜか綺麗に真っ二つになってしまっていた。
いろんな意味で焦りながら周囲を見回してみると、いつの間にかあーしたちを取り囲んでいた鎧騎士の集団が目に入る。
「えっ!? ちょ、いつの間に!?」
「何だこいつら・・・どっから湧いて出やがった!?」
「ここは魔王城。これだけ暴れれば警備の魔物も集まってくる」
「ゴーストメイル・・・ってことは、この子たちイーライの部下ねぇ」
「その通り」
「!?」
あーしたちを取り囲む鎧騎士たちを見て呟いたネクの推測に、どこからともなく聞こえてきた声がそれに答える。
妙にくぐもって聞こえるその声の主は、鎧騎士たちの後ろからガシャガシャと音を立てながら姿を現した。
「お初にお目にかかる。某の名はイーライ。魔王軍幹部の一人にして、黒騎士の称号を授かった魔王様の黒き剣」
えらい仰々しい自己紹介を終えるなり、律儀に一礼してきたイーライと名乗るその男。・・・たぶん男。声からして。
黒騎士の称号通り全身を黒い鎧で包み込んだその姿は、部下の鎧騎士 ゴーストメイルたちが全員白色の鎧なのも相まって、かなりの存在感を発揮している。
そんなイーライに真っ先に絡んでいったのは、ついこの間すっぽんぽんになったこの男。
「オイオイ何だテメェこの野郎。なに人のスクロール綺麗に真っ二つにしてやがんだコラァ、弁償しろこの野郎」
堅苦しい喋り方のイーライに対し、チンピラ全開の喋り方で返したゼル。何もかもが正反対なんだけど、一応イーライの方が魔王軍なんだよね・・・性格間違ってないコレ?
「む、それは済まない。だがこちらも貴殿らを逃がす訳にはいかぬ故、ご容赦願いたい」
「ほう? てことはつまり、テメェが俺たちの次の相手って訳か?」
「否。某は先んじてこの場を整えるために参った次第」
「場を整える?」
「っ!?」
「まさか!?」
妙に侍感のあるイーライの喋り方にうっすらと親近感みたいなものを感じている中、元魔王軍の二人がイーライのセリフを聞いて体をビクッと震わせる。
青い顔に冷や汗を垂らす二人にあーしも嫌な予感を覚えていると、突然イーライを含めた鎧騎士たちが整列して敬礼し、その奥に見慣れた黒い霧が湧き出した。
まさかまたエギルかと構えたその瞬間、あーしはさっきのイーライの自己紹介を思い出す。
あの幹部は誰の騎士であり、剣であったのかを。
「・・・」
ゆっくりと霧の中から現れたのは、豪華な装飾の施された黒いローブに身を包んだ背の高いおじいさん。
白く長いあご髭をたくわえ、禍々しい杖や角の生えた兜のような物を身に着けているその姿は、ファンタジーらしい魔王然とした印象を感じさせる。
そしてその両目で黄金に輝く瞳が、あのエギルの父親である事をすぐに悟らせた。
つまり今、あーしたちの目の前に居るのが・・・本物の・・・!
「魔王・・・!!」
「いかにも。我が名は魔王 ゼア。まずは歓迎しよう、勇敢な者たちよ」
重々しく心の臓に響く声でそう名乗った魔王は、王様らしい寛大な態度であーしたちを見回した。
しかしあーしたちへと向けてくるその黄金の眼に一切の温かさはなく、鋭い瞳孔でもって見定めるような視線で射貫いてくる。
そんなプレッシャーに一切怯むことなく、ゼルは真正面から魔王へと絡んでいく。
「ハッ! まさかそっちから出向いてくれるなんてな。会いたかったぜ、魔王サマよぉ・・・!」
「エギルを下した者たちだ。余が動かぬ理由があるまい」
「ほう? 息子の仇討ちってか」
「フッ、そんな事はどうでもよい」
「えっ・・・?」
魔王の口から出た言葉に思わずあーしは聞き返してしまう。いや、仮にも息子を殺されたのにどうでもいいって・・・。
「余は常に強き者を讃える。あれも、ここでの戦いに介入しないようにと余に進言してきた。その上で負けたとあらば、あれもその程度だったという事よ」
「そっ、そんな扱いでいいの? 仮にも家族なのに」
「魔を統べる王たる者に、そのような情は必要ない」
孤高とでも表現すればいいのだろうか、どこまでも鋭く冷たいその言葉同様、魔王の瞳にはもうエギルの事は映っていないように思えた。
その代わりに、今はあーしたちのパーティが金色の瞳に写し出されている。
「フッフッフ。それにしても、今まで余の前に辿り着いた冒険者はそれなりに居たが、このような変わり種は初めてだ」
そう言って心底楽しそうにあーしたちを眺めまわす魔王。・・・強き者っていうかネタ枠であーしたちのこと見てないあの人? 否定できないんだけどさ。
実際メンバー構成はほぼ一般人が一人、なぜか前衛やってる回復役が一人、そして裏切り者の元魔王軍が二人。そりゃそうそう見ないだろうなこんなパーティ。
だけど意外にも、魔王はそれだけで評価を終える気は無かったらしく。
「人をイロモノみたいに言ってんじゃねぇ」
「そうではない。むしろ、そのような者たちが多くの幹部を下し、ついにはエギルすらも越えて見せたことを余は大きく評価している。故に、お前たちに興味がある」
「あァ?」
「余の下に付く気は無いか? ゼル、ルビー、ネクリア。いや、今はネクと呼んだ方がよいか?」
「っ!?」
これまた魔王らしい、自分の下までたどり着いた冒険者のスカウトを始めた魔王。そしてナチュラルに省かれるあーし。いやまぁ分かるけど。何かもやっとするわ。
対するゼルたちは、これまたお約束のセリフでもって返す。
「ハッ! 魔王サマ直々のお誘いたぁ光栄この上無いが、丁重にお断りさせてもらうぜ。俺様の求める称号は、テメェをブッ殺した先にある」
「私も、その誘いには乗れない。私の居たい場所は、ここにある」
「その採用基準で割を食ったのはどこの誰だったかしらぁ? もう少し勤務体系を整えない限りは保留にさせてもらうわぁ」
かなりいい感じに返した二人に対し、生々しい労働環境の改善を訴えたネク。ていうか保留て。良さそうなら戻る気満々じゃん。
「そうか、ならば仕方あるまい。イーライ」
「ハッ!」
ゼルたちの返事を聞いた魔王は特に残念そうな様子も無く話を切り上げると、今の今までずっと敬礼しながら待機していたイーライを呼び出す。気にしてなかったけどけっこう辛そうだなアレ。
なんて、今までのやり取りもあってどこか気の抜けた考え事をしていたあーしを、魔王の次に放った一言が一気に現実へと引き戻した。
「手加減の必要はない。こやつらの首を土産に、余も前線へと赴くとしよう」
「御意」
「「「「っ!!」」」」
そう短くイーライと言葉をかわすなり、魔王からのプレッシャーが大きく跳ね上がる。
射貫くような金色の視線には隠す気もない殺意が混じり始め、それをぶつけられたあーしたちは無言のまま一斉に戦闘態勢に入った。
「どっ、どうするの!?」
「撤退しかない。私たちの消耗は無視できない所にまで来ている。このまま戦っても勝ち目は」
「『ライトニングウォール』」
「っ!?」
ルビーちゃんが言い切るよりも早く、魔王の唱えた魔法が解き放たれる。
ほとんど反射的にゼルが壁の魔法であーしたちを包み込むと、しかし魔王の狙いはあーしたちではなく、その背後にあった。
「っ! しまった!?」
衝撃すら感じる雷の音に驚きながら振り返ってみれば、白く輝く電撃が巨大な柵のように重なり合ってあーしたちの逃げ道を塞いでいた。
さらに側面にはゴーストメイルが、正面にはイーライと魔王が立ち塞がり、あーしたちは完全に逃げ道を失ってしまう。
「そ、そんな・・・これじゃあ・・・!」
「ヘッ、上等じゃねえか・・・ここでアイツらを皆殺しにすれば全部終わるだろ!」
「一応王女様の魔力タンクはあるけど、どこまで持つかしらねぇ・・・」
「・・・覚悟を決めるしかない」
ゼルたち三人はあーしを背後に庇いながら、それぞれの方向に向かって構えを取る。
その顔には隠しきれないほどの疲れが浮かんでいて、とても魔王や幹部を相手取れる状態じゃないとあーしでも分かった。
それでも、やるしかない。
全員が覚悟を決め、最後の戦いに臨もうとした、その時。
「『スラッシュ』!!」
あーしたちの背後から、良く通る声と共に斬撃が飛んでくる。
その一撃は魔王の生み出した電撃の壁を一閃の下に切り裂き、そうして開いた通り道に一人の影が飛び込んできた。
「頼んだよ! ルーくん!!」
「『グランドストライク』!!」
目にも止まらぬスピードであーしたちの上空へと飛び込んできたその影は、黄色い魔法陣をその手に握った剣に纏わせて、落下する勢いもろとも地面へと叩きつけた。
その衝撃はかろうじて形を保っていたエントランスを粉々に打ち砕き、壁の魔法に包まれていたあーしたちの周囲をすさまじい土煙で覆いつくす。
しばらくするとその土煙も徐々に晴れていき、目の前に一人分のシルエットが浮かび上がった。
その正体は・・・!
「ルークさん!!」
「待たせたね、みんな」
騎士の鎧に身を包んだルークさんは、あーしたちに優しく微笑みかけてくれた。




