7話
「着いた・・・ここが・・・!」
あーしの目の前にそびえ立つのは、神々しさすら感じる威厳を漂わせつつも、どこか邪悪な雰囲気を滲ませる黒い建物。
いくつもの塔がらせん状に寄り集まり、天を突く刺々しいシルエットでありながら城塞のような頑強さを感じさせるそれは、まさにファンタジー世界の最後の到達点にふさわしい場所と言えた。
そう、あれこそが・・・!
「魔王城・・・!!」
「やっと、ここまで来たな・・・!」
茂みに身を隠して魔王城を観察するあーしの隣で、ゼルが色々な意味を含んだ言葉を吐く。
魔王軍の領地に侵入し、森林地帯の検問や罠をすり抜け突き進んだあーしたちは、ようやく目的地である魔王城の足下にまで到達した。ゼルにしてみればラクティスからの旅路な訳だし、その感動もひとしおだろう。
「にしてもラッキーだったよね、思ったより警備が薄かったから楽できたし」
「恐らくほとんどの戦力を前線に出したんだと思う。でないとこれは不自然」
ルビーちゃんの補足を聞きつつ思い返せば、最初の見張りからここに来るまで検問や人数の規模が大きくなることは無かった。本拠地のセキュリティとして考えれば違和感バリバリだけど、境界線での戦闘規模を見ていればそれも頷ける。
「まぁ魔王軍からすれば王都を消した時点で本丸は潰せたようなものだし、ここで一気に戦力を送り込んでもおかしくないものねぇ」
「言い換えりゃここが薄い分、人類圏への攻め手が苛烈ってこった。なんにせよ時間はねぇな」
「じゃあ早くエイミス様を連れ戻さないと・・・で、どっから入ればいいのアレ?」
目に見えないタイムリミットに焦りながら、あーしは目の前で変わらず威厳を放っている魔王城を指さす。当然正面入り口はアホみたいに強そうな魔物が守ってるし、別の入り口を探す必要がある。
「そんなもん元職員なら裏道の一つや二つ分かんだろ、なぁ?」
「その言い方止めてもらえるかしらぁ」
「もちろん知ってるけど、末端の私で知ってる道は既に潰されてると思う」
「じゃあネクは?」
「アタシはそもそも裏道なんて使わなかったからぁ」
「使えねぇなテメェ・・・雑務担当幹部サマは一体何ができるんだ?」
「アナタの息の根を止めるくらいなら訳ないわよォ!?」
心底蔑んだ目で吐き捨てたゼルにネクが青筋を立てて食らいつく。ぶっちゃけ気持ちは分かるけどそれは言い過ぎだよ。
「えっと、じゃあどうすんの?」
「アカネさんのドローンで上から探ってみて欲しい。警備が薄いのは間違いないから、一番薄い所を狙うのが良いと思う」
「なるほど。オッケー分かった」
静かにケンカする器用な二人をスルーしつつ、あーしは呼び出していたドローンを天高く飛ばし、雲の上まで運ぶ。万が一後光でバレちゃったらシャレになんないし。
そして大空からグー〇ルアースもビックリの超ズーム機能で魔王城を俯瞰で見下ろし、リアルタイムの警備配置をスマホの画面に映し出す。
「どうルビーちゃん? これで分かるかな?」
「ん、見てみる」
「・・・今まで色んな物を見てきたけれど、つくづくアナタのスマホも意味分からないわねぇ」
「だよねー」
「何で持ち主のお前が同調してんだよ」
素で返事をしたあーしにゼルのツッコミが返って来る。いやだってあーしも意味わかんないし。そもそもあーしの知ってるスマホこんなスーパーアイテムじゃないし。
「! ここ、この塔には警備が一人だけ」
「見張りは・・・スケルトンか。クモ女の糸で十分だな」
「どれどれぇ・・・ってここアタシの部屋じゃないのぉ」
「えっ、これネクの部屋なの!? 見たい見たい!」
「アナタ何しにここに来たのよぉ・・・」
条件反射で喋ったあーしにネクの呆れた声音と目線が突き刺さる。いやゴメン、だって普通に気になって・・・二人までそんな目しないでよ、悪かったから。
居心地の悪いジト目の応酬に身をよじりながら、あーしたちはとりあえずネクの部屋がある塔を目指して草むらの中を移動する。
幸いなことに出入り口以外は警備兵自体が配置されていないらしく、目的の塔の真下までは普通に移動することが出来た。そこからは各々なりの方法で塔を登り、てっぺんに居た警備のスケルトンを糸で無力化する。ちなみにあーしはルビーちゃんにおぶってもらった。ありがとね。
「とりあえずは侵入成功だな。そんでこっからどう動くか・・・」
「まずネクの部屋に入ってみない? ここで考えるよりは人目につかないし」
「アナタねぇ・・・」
「でも悪い考えじゃない。下手に動くよりは、行動指針がまとまるまで身を隠した方がいい」
「じゃあ決まりだな。邪魔するぜっと」
「あぁっ!? ちょっとぉ!!」
ひとまずの結論が出るなり、ゼルは本人の許可ももらわず強引に扉を蹴り開ける。もうちょっとスマートにいこうよ。
しかしそんなツッコミが消え失せてしまうほど、部屋の中は予想外の光景が広がっていた。
「あ? なんじゃこりゃ?」
「えっ、これって・・・」
「な・・・な・・・何よこれぇえええええ!!?」
「静かに」
少し慌てた様子で口を塞いできたルビーちゃんもお構いなしに、ネクは部屋の中を見てふがふがと何やら喋り続ける。いや、まぁうん。気持ちは分かるよ。
あーしたちの視界に飛びこんできたのは、何か大きな樽やら木箱に、何に使うか分からない用途不明のアイテムの数々。所々ではほこりをかぶって白くなり、隅の方でクモの巣が張ってある。
早い話、物置にされていた。そりゃキレるわ。
「だっひゃひゃひゃひゃひゃ! 元雑用幹部サマの部屋が、よりにもよって物置にされてやがらァ! うひゃひゃひゃひゃ!」
「ちょっ、ゼル止めなよ。てか声うるさいから」
「だってよアカネ、これを笑わずにいられるかっての! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「・・・」
これ見よがしに笑い転げるゼルに、さすがのあーしもドン引きする。ああいうのは間違いなく天罰が下るな、うん。
なんて思っていたら神様の行動は速かったようで、笑い転げるゼルが壁にぶつかった拍子に物が崩れ、そのまま下敷きになってしまった。言わんこっちゃない。言ってないけど。
「まぁ、えっと、とりあえず作戦会議始めよっか」
「賛成」
「一体誰が・・・アイシア・・・?」
「~~~っ!!?」
仕切り直そうとあーしが声を上げると、ルビーちゃんだけから返事が返って来る。いやもう時間ないから、さっさと始めるよ。
「とにかく最優先はエイミス様を取り戻す事だけど、どこに居そうとか分かる?」
「単純に考えるなら牢屋だけど、間違いなく王女様にはエギル様がついている。となるとエギル様の部屋も候補になる」
「あー、やっぱそうなるよね・・・ていうかアイツの部屋とか超行きたくないんですけど」
「しょうがねえだろ。奪還つったって、戦わずに済むとは限らねえわけだしな。つーかむしろここでブッ殺した方がいいまである」
「そんな訳ないでしょう。敵の本拠地で暴れるなんて死にに行くようなものじゃなぁい。王女様だけ取り戻してさっさと逃げるのよぉ」
「どちらにせよ、まずは見つけないと始まらない。居そうな場所に目星をつけて洗いつつ、警備を尋問して聞き出すのもあり」
「うーん、地図とかあると分かりやすいんだけど・・・」
「あるぞ、ホレ」
そう言ってゼルはしわくちゃになった紙の筒を取り出し、それを手近な木箱の上に広げて見せた。それには所々が破けて見えなくなっているものの、魔王城の正確な間取りが記されている。
「あれ、いつの間に見つけたのゼル」
「さっき埋もれた時にな」
「あー」
「ちょっと古いけど、まぁ問題ないわねぇ」
「それじゃあ怪しい場所にチェックを付けて・・・他にはある?」
「あっ、あーしここ気になる。娯楽フロアってとこ」
「だからアナタは何しに来てるのよぉ・・・」
偉そうに仕切り直しておきながらのこのセリフに、またもネクがジト目を向けてくる。いやー、だって目に入っちゃうとどうしてもね。
そこから何度か話が脱線しつつも、あーしたちはいくつか怪しい場所をピックアップし、エイミス様の捜索に乗り出した。
「全然見つかんないね・・・」
広い廊下に虚しく響くあーしの独り言に、誰も返事を返さない。
物置と化したネクの部屋を出発してからしばらく。目を付けたチェックポイントのことごとくが外れ、ひたすらに広い魔王城の中を精神をすり減らしながら移動していた。
すぐに思いついた牢屋なんかはもちろんの事、覚悟を決めて突入したエギルの部屋、そして大穴狙いで向かった娯楽フロアと、その全てがもぬけの殻。
ここに至っていよいよあーしの中に、そもそも魔王城に居ないんじゃないかという疑問が浮かぶ。・・・ここまで来て無駄足とか正直シャレになってない。
「どうなってんだオイ、どこにもいねえじゃねえか」
「・・・ねぇ、もしかして魔王城って隠し部屋とかあったりする?」
「少なくともアタシはそんなの知らないわぁ」
「隠し部屋の可能性を除くなら、残るは魔王様の居る王の間のみ」
「魔王って、あーしたちだけで行くの・・・?」
「それ以外どうするってんだよ。それともこのままノコノコ帰るのか?」
「それは・・・」
何か言い返そうと思っても言葉が出てこない。
今のあーしたち人類には後がない。ここで帰ったところで状況が良くなるはずも無く、ただ魔王軍の侵略にやられるだけだろう。
でもそれで魔王の所にもエイミス様がいなかったら? そうなればもうあーしたちは冗談抜きに詰んでしまうだろう。仮に魔王に勝てたとして、その間に光の魔法を使われたらお終いだ。
だけど他に行く充てがある訳でもない。どうしたら・・・。
と、考えていた所で先頭を進んでいたルビーちゃんが足を止め、気づくのが遅れたあーしはつんのめるように止まる。
「どしたんルビーちゃん?」
「いや、ずっと気になっていたけど、あまりにも警備が薄すぎる」
「? それは戦力を送ったからで」
「だとしてもこれは異常。ここに来るまで、部屋の入り口くらいにしか警備を置いていなかった」
「言われてみりゃそうだな」
確かに思い返せば、散々警戒して進んできた割に移動途中で魔物と出くわすことは無かった。次こそはという緊張感と、ハズレ続きの徒労感で頭がマヒしてたかもしれない。
「そもそもバルバディア様を送り込んだように、魔王軍側が相手の潜入を考えていないとは思えない。人員が居ないなら罠を張ってもおかしくない。これだとまるで・・・」
「誘い込まれた・・・ってか?」
全員の脳裏に浮かんだだろうその言葉をゼルが口にすると、それを待っていたかのようにあーしたちの周囲から黒い魔物が一斉に湧き出した。
「きゃっ!? ウソッ、いきなり何で!?」
「全部お見通しの上で泳がせてたってか!? いい趣味してんじゃねえかオイ!」
次々と現れる黒い魔物はほぼ一瞬で広い廊下のスペースを埋め尽くし、完全にあーしたちを取り囲む。
何の目的も果たせないまま、敵の懐で逃げ道を絶たれるという絶体絶命の状況。
それぞれが冷や汗を流しながら構えていると、黒い魔物たちは予想外の行動をとった。
「えっ・・・?」
「は?」
あーしたちを取り囲んでいたはずの黒い魔物たちは、なぜか左右二列にずらりと並んで道を作った。
混乱しながらも道の先へと視線を向ければ、ひと際大きい大扉へと続いているのが目に入る。
「あれって・・・」
「エントランスねぇ。部屋じゃないから避けてたけどぉ」
「わざわざ向こうから道案内してくれるたぁ、気が利いてるじゃねえか」
「ちょっ、ゼル!?」
意図を察したゼルがいの一番に道を進み、その後にあーしたちが慌ててついて行く。
大扉の前までやって来ると、内側から重々しい音を立てて扉が開き、中のエントランスの光景が露わになった。
そこには。
「やっと見つけたぜ、クサレボンボン野郎・・・!」
中央で笑みを浮かべたままこっちを見つめるエギルと、その傍らで静かに佇むエイミス様がそこに居た。




