4話 後半
「ウォオオオオアアアアアアアアアアアアア!!!」
「キャアアア!? なっ、なに!?」
「っ!? まさか・・・もう!?」
得体の知れない叫び声にあーしが耳を塞いでしゃがみ込んでいると、何かを察したらしいルビーちゃんが慌てた様子で穴の方へと振り返る。・・・えっ、嘘でしょ?
嫌な予感を覚えてあーしも恐る恐るルビーちゃんと同じ方へ視線を向けると、ゼルたちの開けた大穴から何か大きなシルエットが猛スピードで飛び出した。
月光を背に天高く飛び上がったそれは、小規模な地震を発生させる勢いでもってゼルたちの目の前に着地する。
その正体はもちろん・・・。
「バル・・・バディア?」
思わず疑問系の言葉が口をついて出てきたのは、そのシルエットがあまりにも変わりすぎていたから。
筋骨隆々の体は三倍ほどの大きさに膨れ上がり、しかもその全身から意味不明な赤い光と大量の蒸気を常に放ち続けている。
そこから視線を上げればフランクさのあった表情は完全に鳴りを潜め、代わりに獣のようなうめき声を発しながら歯をギリギリと食いしばる顔が目に入る。
そして何より不気味なのは、完全に白目を剥いたその両目。焦点が合っているのかすら怪しいそれらは、しかし確かにあーしたちを捉えて離さないようにも見えた。
バルバディアなのは間違いない。ただ、さっきまでとは全くの別物だと、本能で感じさせられた。
そしてどうやら、その予想は間違っていないようで。
「壁を張りなさい!! 早く!!」
「あァ!? 何だいきなり!?」
「オォアアアアアアアアア!!!」
大慌てで命令を飛ばしたネクにゼルが食ってかかると、それを合図にしたかのように目の前のバルバディアが獣のような雄叫びをあげた。そのまま膨れ上がった右腕を大雑把に二人へと打ち込み、それをゼルの三重の壁の魔法が迎え撃つ。
しかし。
「ウゥアアアアアアアアア!!!」
「なっ!? ゴフォッ!?」
「ゼル!?」
バルバディアの一撃はゼルの三重の壁を容易く砕き割り、その巨大な拳でもってゼルの体を殴りつけた。
鈍い音を響かせた後ゼルは猛烈な勢いで地面と平行に吹っ飛ばされ、さらにバルバディアはそれを一足飛びで追撃する。
「アアアアアアアアアアア!!!」
「ゴッフォ・・・舐めんな!!」
ハンマーのように振り下ろされたバルバディアの両腕を、ゼルが血反吐を吐きながらも体を滑らせてかわし抜ける。そこから一気に加速してバルバディアの背後を取ると、回復もせずに反撃の魔法を唱えた。
「『キャニスターシェル』!! オララララララララ!!!」
ゼルはマシンガンのように魔法の弾丸を放ちながら、バルバディアとの距離を取る。いくつもの属性が互いに反応し合いめちゃくちゃな爆発を起こし土煙が上がる中、ゼルはトドメとばかりに超巨大な水玉を生み出した。
「喰らいやがれ!! 『ハイドロスマッシュ』!!!」
相手のシルエットすら定まらない土煙の中に向かって、ゼルの超高圧の水の魔法が飛んでいく。
しかし。
「ウォオオオアアアアアアアアア!!!」
「なッ!? ウゴォッ・・・!!?」
「ゼルーーーー!!?」
あろうことかバルバディアは超高圧の水を真正面から突っ切り、その強大な拳で小さなゼルの全身を殴りつけた。
二度の直撃にさすがのゼルも意識を失ってしまい、体中から血を噴き出しながら墜落していく。
そこへトドメを刺さんとばかりに、バルバディアの太い腕が振り下ろされた、その瞬間。
「させない!」
「ウォア!?」
下半身を巨大な蛇に変身させたルビーちゃんが、間一髪でバルバディアの体を締め上げ、力いっぱい遠くへと投げ飛ばした。
しかしバルバディアは難なく着地して今度はルビーちゃんへと目標を移すと、その視線から逃れるようにルビーちゃんは砂漠の闇に溶けて消えていく。
「なんなのアレ・・・!? なんなのアイツ!?」
「オーガ種特有の能力、限界突破よぉ」
「限界突破!?」
戦慄の表情でバルバディアを眺めていたあーしに、ネクが力の無い声音で教えてくれる。
「名前の通り、限界を突破する力。寿命を削るほど消耗する代わりに身体能力を劇的に上昇させる。今の彼ならレベル10に到達してるでしょうねぇ・・・」
「じゅっ!?」
ネクの口から出てきた言葉を聞いて、一気にあーしの全身に鳥肌が立つ。
レベル10っていえば、確かこの世界で一番高いレベルだったはず。そりゃゼルの魔法だって破られるし、ネクたちが戦いを避けようとするのも分かる。バルバディアの先ってアレの事か・・・!!
「それって、どうにか出来るものなの・・・!?」
「見ての通り、真正面からやり合って勝ち目はないわぁ。幸いな事に敵味方の区別がつかないほど暴走してるようなものだから、誰かを囮に逃げる事は出来るけどぉ」
「そっ、そんな!?」
誰かを囮にって、そんなことできる訳が無い。それにここで逃げ切ったとして、次の標的が風の谷になるのは目に見えてる。
ヤバイ・・・どうしたらいいのコレ!?
「ウォオオオアアアアアアアアア!!!」
「っ!?」
打開策が見えずにパニクりかけていたあーしを、バルバディアの雄たけびが悪い意味で現実に引き戻す。
ほぼ反射的に視線を向ければ、ハイドで隠れているルビーちゃんに翻弄されまくり、かなりストレスを溜めた上での叫びらしかった。たぶん時間を稼いでくれてるんだろうけど、申し訳ないことに何も思いついていない。
そんな光景を眺めながら焦りつつも頭を回転させていると、不意にバルバディアが片足を大きく振り上げた。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「なっ!?」
そこから勢いを乗せて砂漠の砂を踏み抜くと、どういう訳かバルバディアを中心に超広範囲の砂が爆発したように噴き上がった。
当然付近に隠れていたルビーちゃんも、砂埃と一緒に打ち上げられる。
「カハッ・・・!!」
「ルビーちゃん!?」
恐らくは隠れているルビーちゃんを炙り出すために、近場の空間もろとも攻撃したんだろう。何なのその力技・・・!?
当然バルバディアはそこで攻撃を止めることなく、軽々と打ち上げられてしまったルビーちゃんに追撃をお見舞いする。
「オオオオオアアアアアアア!!!」
「させる訳ないでしょう!!」
そこに割り込んだネクの糸がギリギリでルビーちゃんを回収し、トドメ寸前で救出した。
しかしそのまま糸を追ってターゲットを見つけたバルバディアは、あろうことか空中を蹴ってあーしたちとの距離を詰めてくる。ちょっ!? 嘘でしょ!?
「退いてなさい!!」
「えっ? キャっ!?」
ネクは回収したルビーちゃんをぶつけてあーしを弾き飛ばすと、糸でくっつけたありったけの砂の壁でバルバディアを迎え撃った。
当然今のバルバディア相手に壁の役割が果たせるはずも無く、一撃で木っ端微塵にされるもののその度にネクは壁を追加して時間を稼ぐ。
しかしそれでも時間稼ぎ。結局のところなんの解決にもなっていない。
ヤバイヤバイヤバイ!! このままじゃ!!?
「ハァアアアアアアア!!! ウガァッ!?」
「「っ!?」」
もはや頭も回らずただ焦るだけになってしまっていると、突然横からロケットのように飛んできた岩の拳が、バルバディアの顔面を鷲掴みにして運び去り、十分にあーしたちと距離が空いた所で爆発した。
あれって確か、ゼルのロケットパンチじゃ・・・!?
「ハァ・・・ハァ・・・感謝しろよクモ女」
「ゼル!!」
「っ・・・!」
ロケットパンチから遅れて届いた声に振り向けば、血みどろのゼルがきつそうに笑顔を作って宙に浮かんでいた。・・・たぶんもう、まともに回復する魔力も無いんだろう。
「アカネ、魔力用のポーションよこせ」
「わ、分かった・・・けど、こんな悠長に構えてちゃ」
「心配ねえよ。向こう見てみろ」
ゼルの指さした方に視線を向ければ、黒煙の中で角を抑えながら苦しんでいるバルバディアの姿が目に入る。・・・あれ?
「攻撃が効いてる・・・?」
「オーガどもの弱点は角だ。あそこで超回復みてえな能力を操ってる」
「えっ、じゃあ何でそこ狙ってこなかったの?」
「狙ってたっての。固すぎて傷一つ入らんかっただけだ」
「何それ・・・!?」
相変わらずの無茶苦茶なフィジカル能力に表情を歪めるあーし。弱点が弱点になってないじゃんそれ。
・・・あれ、でもじゃあ何で今は効いてるんだろ?
「超回復はもちろん角にも適用される。素の状態で攻撃しても意味が無い。でも、今の限界突破状態なら話は別」
「っ!? ルビーちゃん、体大丈夫なの?」
「平気。心配かけてごめんなさい」
どうやら魔力補給したゼルに回復させてもらったらしいルビーちゃんが、起き抜けに会話に参加してくる。それでもまだ完全に復調した訳ではないらしく、話の続きをネクが引継ぐ。
「さっきも言った通り、あの能力は無理矢理限界を超えるんだから消耗がシャレになってないのよぉ。それを自身の超回復で相殺してるって訳ねぇ」
「えらい力技だねそれ」
「故に、角への回復が追い付かなくなる。だからバルバディア様を倒すなら、限界突破状態じゃないと実質不可能」
「・・・それって実質無理ゲーなんじゃないの? レベル10相手に」
「だからアイツとは戦いたくなかったのよぉ・・・」
ネクがうんざりした表情を浮かべた所で、ようやく痛みが引いたらしいバルバディアが怒り全開の雄たけびを上げる。もう悠長に会話している暇はないと、全員がすぐに態勢を整えて迎え撃つ。
「ここまで来たらやるっきゃねえだろ!! アイツの相手は俺とルビーで何とかする! 打開策の方は頼んだぜ!!」
「わ、分かっ・・・ひゃっ!?」
あーしが返事をするより先に、ゼルはバルバディアに向かって先制攻撃を仕掛ける。強化した岩の拳はバルバディアの顎にクリーンヒットしたものの、その顔は一ミリたりとも動くことは無かった。
「マジかよ・・・」
「オォオオオオアアアアアアア!!!」
「危ねッ!?」
反撃として繰り出されたアッパーをゼルはギリギリでかわし、そのまま懐をすり抜けてバルバディアの背後へと回り込む。
「オラオラこっちだ鬼野郎! 鬼ごっこの始まりだ!!」
「ウゥアアアアアアア!!!」
挑発が効いているのかいないのか、バルバディアは叫び声を上げながら逃げていくゼルを猛スピードで追いかける。
そんな二人の鬼ごっこを見送ってから、同じく打開策を頼まれたネクへと問いかけた。
「ね、ねぇ。確か今のバルバディアって、敵味方の区別がついてないんだよね?」
「それどころか物の区別がついてるかも怪しいわねぇ。だから魔王軍でも自爆特攻みたいな扱いになってたしぃ」
「まさに今がうってつけって訳ね・・・」
自分一人だけが生きている砂漠での戦い。確かにここなら気兼ねなく暴れられるわ。こっちからしたら溜まったもんじゃないけど。
でも今の話で、一つ作戦が思い浮かんだ。
「あのさネク、こういうのってどう?」
「なぁに?」
「オォアアアアアアアアアア!!!」
「くっそ・・・! 危ねっ!?」
「ゼルさん、交代!」
「頼んだ!」
魔力ギリギリで宙を舞うゼルに対し、一切スタミナの衰えを見せず猛攻を続けるバルバディア。
その一瞬の隙を突いてルビーちゃんとゼルが入れ替わり、今度は華麗な体運びでバルバディアの攻撃をかわしていく。
「ふぅっ・・・ほんと、恐ろしい人」
「ウゥアアアアアアア!!!」
目の前にターゲットが映ればそれでいいのか、相手が変わったことを気にも留めず、その太い両腕を嵐の如く繰り出すバルバディア。かわされた一撃一撃は地面にぶつかる度に小爆発を起こし、その桁違いの威力を否応にも感じさせられる。
「っ!?」
「オォアアアアアア!!!」
そんな中でついに、バルバディアによって揺さぶられた砂の足場にルビーちゃんが足を取られ、回避のテンポが崩れてしまう。
そこへ無慈悲にバルバディアの一撃が襲い掛かり、防御の構えすら取れないままその身に直撃を受けてしまった。
「ッ!?」
自我を失っている状態でも違和感に気づいたのか、バルバディアはそこで初めて攻撃の手を止め、自分の拳と殴った相手を比べ見る。
なんと目の前には殴ったはずのルビーちゃんの姿はなく、代わりに自分の拳にはネクの糸がべったりと絡みついていた。
「作戦成功! あとはお願いねルビーちゃん、ネク!」
「了解」
「ウフフ、了解よぉ」
あーしのセリフに返事をするのと同時に、バルバディアの周囲にとんでもない数のルビーちゃんが砂から這い出して来る。
流石のバルバディアも一瞬だけ困惑したものの、すぐにどうでもよくなったのか近場のルビーちゃんの一人に殴り掛かった。しかしそれもいつの間にか姿を消し、同じようにネクの糸だけが自分の拳に絡みつく。
「ウゥオオオオオアアアアアア!!!」
今のでストレスが頂点に達したのか、手当たり次第にルビーちゃんたちへと殴りかかっては糸まみれになるバルバディア。対するルビーちゃん軍団も簡単にやられてたまるかとひょいひょいと攻撃をかわしては、直撃を貰っても糸だけ残して消えていく。
うまくいった、作戦成功!
あのルビーちゃんたちは、ネクが糸で作った人形に、あーしのPマジックでルビーちゃんの姿を張り付けたもの。
見境なく暴れまわるのなら、攻撃を貰っても問題ない囮を作ればいい。後はその間に敵を倒すための準備をするだけ。
それはもちろん・・・。
「ゼルー! 準備はいいー!?」
「あァ!! いつでも来い!!」
ルビーちゃんと交代して離脱したゼルが、少し離れた場所で魔法を準備しながら待機している。
その右腕にはこれまでで一番大きい、サイクロプスレベルの岩の腕を生み出し、さらにその内側からは火山を思い出させるマグマじみた炎が漏れ出している。
「こっちも準備オッケーよぉ! ルビーも離脱しなさぁい!」
「了解」
ネクが声をかけた先では、ニセルビーちゃんを攻撃しまくったせいで糸まみれになり、うっすらと動きが鈍くなったバルバディアをルビーちゃんが相手取っていた。少しでも攻撃が遅くなれば、ルビーちゃんならかわしきれる。
「上等だァ! ならいっちょ決めてやるぜェ!!」
ゼルは気合十分に叫び声を上げると、用意していた超巨大ロケットパンチから猛烈な炎を噴射して飛び出し、そのままバルバディアの顔面ごと握り込んで飛び去って行く。
「テメェとはいい酒が飲めそうだったんだがなァ。・・・言ってもしょうがねえか」
ゼルは今も暴れ続けるバルバディアに何やら短く語りかけた後、ロケットパンチと化した岩の腕の中から激しい光を溢れさせる。
「せめてもの冥土の土産だ! 俺様の本気の一撃、しっかり目に刻んどけ!!」
その言葉を最期に、ゼルとバルバディアを激しい光が包み込む。
一瞬遅れて鼓膜を殴りつける爆音が衝撃波と共にあーしたちへと襲い掛かり、あまりの威力に三人揃って少し吹き飛ばされてしまった。




