高校入学編 Ⅱ
2020年4月6日 東京 マンション
「そういえば紅葉、東京のダンジョンには一回でも入ったのか?」
リビングのソファで寛いでいる父さんがふと聞いてきた。
東京のダンジョンは世界最大級ダンジョンとして有名で、日本中の冒険者が集まっている。
「いや、まだ行ってないかな」
「高校入学する前に一度は入っといた方がいいぞ、東京と札幌のダンジョンだと同じ階層でも難易度が違うからな」
「うーん、じゃあちょこっと行ってくる」
自分の部屋から、ダンジョン産の糸を使って作られていて、鉄の金属鎧より耐久度が高い白をメインとしたフード付きパーカーに、同じ糸で作られた黒ズボンを履き、ダンジョンで手に入った木材を加工して作られた訓練用木刀をバットケースに入れる。
何故いつもの防具と武器ではないかというと、高校生になるという事でメンテナンス&強化で予備武器含めて全部預けている。
プロ冒険者なら予備武器は残しておくのが普通だ。急に緊急の依頼が入る事も珍しくないからだ。
しかし俺はプロ冒険者と呼べる四ッ星だが、プロ冒険者として登録していないので、呼び出されることは無い。
バッドケースに入れる理由は、武器はすぐに取り出せない様に仕舞わないといけない、と法律で定められている。と、言ってもこれは木刀なので大丈夫だが。
もし警察官などに聞かれたら、冒険者カードを見せれば大丈夫となっている。
そしてこの訓練用木刀は、いつも武器のメンテナンスしてくれている職人さんからの高校祝いであり、ネットで見て見たところ、素材費、加工費を考えると0が6つ付くだろうという逸品だ。
硬さは鋼より硬く、魔力も通しやすいため、魔法を発動させる杖としての効果もある。
「初めてこれ実践で使うなぁ……これ、逆に目立ちそうだな。普段着と木刀で戦う奴って」
それ以上は考えないようにして、専用のケースに冒険者カードを入れる。
これは常に肌に触れさせる事でいつでも転移が使えるように開発されたものだ。
「じゃあ、行ってきます」
「おう、気をつけて来いよ」
最寄りの駅に行き、東京駅に向かう。
「これ、道民には辛いなぁ……慣れないとだな」
人の多さに困惑しながら、電車に乗る。時間は14時、ピークでは無いにしても十分な人の量だ。
東京ダンジョンとは、東京駅から徒歩2分の位置に出来たダンジョンで、最深到達階層は567階層とされている。
これは七ッ星の冒険者の5人パーティが2つ、計10人が、3年かけて到達した階層で、世界最深とされている。
到着した東京ダンジョンは人で溢れていた。皆が安全を意識した装備の中、パーカーにズボンというふざけた様な格好で歩いていく。
奇異な視線を浴びながらダンジョンに入る前に、施設の職員にここでのルールがあるか聞いておく。
「こんにちは、ここは今日初めてなんですけど何かルールとかありますか?」
冒険者カードを見せながら聞いてみる。女性の職員さんは年齢、星の数を見てこちらの顔を見て、カードを見るという華麗な二度見をした後に慌てて答えた。
「え、えっと、ダンジョンでドロップしたアイテムの買取した金額は全て冒険者口座に入金されます。そして総取得金額の1%を税として引き落とされます」
ふむ、それは全国どこでも一緒だと思うのだが、新人さんなのだろうか?まあいいや。
「分かりました、ありがとうございました」
笑顔を心掛けてお礼を言う。父と母から「紅葉、あなたは最初は笑顔を心掛けて話しなさい。そうしたら、今後楽になるから」と、小学生の頃に言われてから続けている。理由は知らないが……
女子職員の人はなぜか顔を俯いたまま、入り口を教えてくれた。
ダンジョンに入ると中は、薄暗いけど視界には困らない程度だった。
内装は洞窟型で、通路の幅は四車線程なのでぶつかる程では無い。
「さすが世界最大級、通路が広いな……っと、木刀出してなかった」
1階層は定番中の定番、スライムだ。スライムは半透明なジェル状モンスターで、体内にある核を攻撃すれば一撃で倒せる。
「懐かしいなぁ」
そう思いながらスライムを踏み潰していく。
冒険者カードの転移は、各ダンジョン毎なので東京ダンジョンは初なので1階層からだ。
スライムを踏み潰しながら歩いて、たまにドロップする魔石を拾いながら歩き、人の流れについて行くと15分ほどで2階層への階段に到着した。
2階層からはスライムの他にゴブリンが登場する。ここで血とかがダメな人は退散する。
俺は小学生の頃からなのでもう慣れきっている。てか、小学生の時でも大丈夫だったから人の体質によるのだろう。
「タンク!受け止めて!アタッカーお願い!」
声のする方角を見てみると、中学生くらいの男女4人がゴブリン2匹と戦っていた。
ダンジョンのルールとして既に戦っている場合は、助けを求められない限り手出し無用だ。
「懐かしいなぁ」
思わず呟きながら3階層に向かって歩き続ける。
「今日はどこまで行こうか……20階層くらいか?」
東京ダンジョンの人の多さは凄く、今は春休みだからなのか、5階層まで戦闘が一度もなく到達してしまった。
6階層はハウンドドッグが出る。こいつは集団で現れ、連携して襲ってくる。
だが、ある程度の身体能力があり慣れているとこうなる。
「ていっ、へいっ、えいっ、ほいっ」
襲ってきた4匹のハウンドドッグが、モグラ叩きのように頭を叩かれ消えて行く。
近くで見ていたおじさん冒険者が驚いている。
モンスターには必ず弱点が存在する。例えばこのハウンドドッグの場合は頭だ。
父の話によると、弱点がない事が弱点というモンスターが存在するらしい。
そうして木刀で出てくるモンスターの弱点を攻撃しながら進み、15階層に着くと、アイアンゴーレムに襲われているパーティがいた。
助けるか考えていると、1人が転び残りの3人が転移で消えていった。
「おいおいマジかよ、ダンジョンは個人の責任とは言え見捨てるかよ」
アイアンゴーレムは既に攻撃態勢に入っている。距離的に間に合わない。なので、一瞬だけあのスキルを発動させる。
「大丈夫……ですか?ちょっと待ったて下さいね」
よく見たら年上っぽかったので慌てて敬語を付け足す。
前を向き直し、受け止めていた木刀で無理矢理レベル差で跳ね返す。
魔力を操作して、魔力を木刀に通す。今回は強度と斬撃性をやり、弱点である首を斬る。
「うそ……」
後ろで助けた人が呟いていた。慌てて口を押さえていたが、《空間把握》スキルで聞こえちゃってるんだよなぁと思いながら地面見てみると、ドロップアイテムである銀塊が落ちていた。
「お、ラッキー銀塊だ。いくら経っても鉄の塊から銀の塊が手に入るのは慣れないなぁ」
銀塊を《収納》にしまい、地面に落ちていた冒険者カードを拾う。
するとチラッと叶屋 真凛と名前が見え、17歳と表示され一ツ星だった。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございました」
「いえいえ」と言い、冒険者カードケースの存在を教えてあげる。これは冒険者には必須だと思う。
「あの名前はなんていうのでしょうか?」
悩んだ末に教えないことに決めた。両親から滅多な事がなければ個人情報は漏らすな、と言われているのでそうしよう。
「気にしなくていいですよ、それでは」
俺は走って16階層に向かう。その後は目立った事もなく、20階層まで到達した。
「今日はここまででいいよな、じゃあ転移」
次の瞬間には景色が変わり、洞窟の薄暗さが目に入る。辺りを見渡すと、転移してくる人が続々と現れる。
《収納》から銀塊を取り出し、袋も取り出し袋に入れる。
施設に向け歩き、買取カウンターに行く。
「お疲れ様です、ドロップアイテムをこちらに乗せてください」
袋から銀塊を取り出し、冒険者カードと一緒に出されたトレーに乗せる。魔石は今後自分でも使い道がある事がわかったので、出さない事にする。
どうせ出しても500円程度だし……
「それでは査定が終わるまで座ってお待ちください」
時計台ダンジョンと人の多さが違うため、買取を待たされる事になるとは、思ってもなかった。
スマホでユニークモンスターの情報見ていると、5分ほどで呼ばれた。
「日向 紅葉さんですね、今回の銀塊は968グラムでしたので、買取金額が118,653円で、転移チャージ料金100円を差し引き、118,553円となります。よろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「口座に振り込ませて貰いました、こちらが証明書です。ありがとうございました」
今日は汗もかいていないので、シャワーを浴びずに木刀の入ったバッドケースを背負い、東京駅に向かって歩く。
「ダンジョンの後にこの混雑具合は嫌だなぁ」
時刻は19時を回った頃で、多くの人が東京駅を利用している。その中で疲れた体で人の多い電車はなにか肉体的以外の疲れが生まれる。
マンションの入り口に到着し鍵を差し込み、指紋認証を行う。ドアが開き、50階までエレベーターで登り、ようやく家に着く。
「ただいまー」
「おう、おかえり。どうだった?」
「おかえりなさい、話しは夕飯の時でいいから着替えて来なさい」
「わかった」
部屋に入りこの強靭なパーカーとズボンから、Tシャツと楽なスウェットに変える。
北海道と比べるとこっちは暑いくらいだしな。
リビングに行くと良い匂いがしていた。テーブルにはビーフシチューとフランスパンが置いてあった。
「じゃあいただきます」
「で、どうだったんだ?」
「そうだなぁ、ダンジョンでは特に問題はないかな。あっ、そういえば15階層でアイアンゴーレム襲われてた人いたから助けたな」
すると、両親の目がキラリと光った(気がした)。
「ほう、それは男か?女か?」
「女性……ていうか少女?だった。年上だけど」
「可愛かったか!?」
「まあ、可愛かった、気がする?」
チラッとしか見てないからあんまり顔を覚えてない。それで名前を教えなかったことを伝えると、2人してガクッと肩を落としていた。
「母さん、どう思う?」
「相変わらずダメね、これはいつになることやら」
「なにが?」
「「なんでもない」」
この両親は冒険者パーティを組んでるだけあって、相変わらず仲が良い。
その後は人の多さに戸惑ったことや、木刀の使った感覚など楽しい食事となった。
ビーフシチューは美味しかったです。