中学3年生編 Ⅰ
『ダンジョン』
それは今から20年ほど前、2000年に突如として世界中に出現した謎の建造物であり、空間である。
内部には未確認生物、通称モンスターが存在しているが外部である地上には出てこない。
当時は大ニュースとなり、連日放送されていた。自衛隊が突入したところ 死傷者が続出……しなかった。
銃器による攻撃はあまり効果が無かったが、1階層にいるモンスターに対しては充分だった。
その後、近接武器が一番効果があるとされ、探索を進めていった。
するとモンスターを倒したところに謎の結晶の様な物が落ちていることに気がついた。
その後も様々な物がドロップしていった。
謎の結晶、銀塊、金塊、宝石、金属類、モンスターと思われる素材、肉、薬品、などなどがあり、中でも注目を浴びたのは一枚のカードだった。
そのカードを手にした自衛隊職員は、カードの存在と引き換えに《スキル》という超常的現象を手に入れた。
探索を続けていると様々な職員がスキルを手に入れたことがわかった。それに身体能力もダンジョン内限定で上昇していることもわかった。
世界が大興奮となったのは新たな一枚のカードが見つかってからだった。
そのカードに込められていたスキルは《魔法》
職員が手のひらから火を出す事には誰もが驚き、怪しみ、そして羨望した。
その後も世界中からスキルの存在が確認され、ダンジョンは『無限の資源を生む奇跡』と呼ばれた。
世界でダンジョンに潜るもの、『冒険者』が生まれ、冒険者協会がアメリカに作られた。
実は冒険者たる存在が生まれたのはアメリカだが、その呼称は日本だった。
日本は法整備が中々整わずにアメリカやロシアなどに遅れを取ったが、日本文化との相性は抜群で瞬く間に世界一のダンジョン国家となった。
ダンジョンから入手できる品、ドロップアイテムは経済を変えた。
多くのものを輸入に頼っていた日本が、世界有数の輸出国になるまでそう時間はかからなかった。
数年が経ちダンジョンブームも収まってきた頃、ダンジョンの奥深い階層でミスリルという幻想金属が発見された。
鋼より硬く軽い、それにエネルギー伝動効率が今までの物と比べ遥かに高かった。
他にもオリハルコン、アダマンタイト、ヒヒイロカネと呼ばれる金属も発見され技術は格段進歩した。
無理だと言われていた宇宙エレベーターも実現可能となり、火星の有人探査も行われ、夢と呼ばれた五感を再現するというVRゲームまで開発された。
その後ダンジョンは当たり前のものとなり、冒険者という職業も社会的に認められていった。
ダンジョンが社会に浸透した今、冒険者資格は未成年ならば、親の承認があれば何歳でも取得可能になった。
2020年3月6日 札幌市
中学卒業まであと3日となった日向 紅葉は、一人ダンジョンに潜っていた。
紅葉の両親はプロの冒険者で、小学生になると冒険者登録され、ピクニック気分で一緒にダンジョンに行っていた。
小学生の頃は認められなかったが、中学生になると一人でのダンジョンを認められた。
だが、紅葉はダンジョンは運動程度にしか通っていなかった。それはより面白いものにハマっていたからである。
それがーーVRMMOである。
紅葉の両親、日向 西嶺と日向 遥は日本でも名の知れたプロ冒険者であり、その資産は多く、小学生の時構ってやれる時間が少ないからという事で、当時発売されたばかりのVRMMOを買い与えたのである。
両親は紅葉がそれにハマり、ダンジョンは運動程度だったので冒険者には向かないかと思っていた。
しかしそれは間違いだった。
元々運動が出来ていた紅葉は仮想世界のVRMMOではより動く事が出来ていた。
人間離れした動きができる事が楽しかった紅葉は、ふと気づいた。
ダンジョンでも出来るのではないか?……と。
久しぶりに一緒にダンジョンに行った両親は驚いた。いくらダンジョン内では身体能力が上がると行っても、所詮は生身の肉体である。
しかしながら息子の紅葉は高速攻撃を見て避け、壁を走り、扱いが難しくコストパフォーマンスが悪い刀で敵を、モンスターを圧倒しているではないか。
慌てて何故そんな動けるのか聞いて見たところ、
「ゲームでモンスターと戦う時もこんな感じだからかな?」
と言った。
父親は紅葉にプロ冒険者になる気は無いかと聞き、紅葉は悩んだ末になる事に決意した。
そうしてから父親、母親による息子の英才教育が始まった。
スキルが獲得できるスキルカードを息子に与え、ダンジョンの過ごし方などを教えた。
ダンジョンに入るのは多くても週に4回、普通は2、3回もしくは1回である。
武器のメンテナンスは勿論のこと、命をかけての戦いは精神をすり減らすからである。
そうして紅葉はダンジョンとVRMMOの生活となった。
この話を父親である西嶺が同僚であるプロ冒険者に伝えたところ、冒険者はVRMMOで戦闘感を鍛えるというのが広まり、常識ともなっていった。
それにより死傷率が低下したのも事実だった。
そんな事はつゆ知らず、冒険者の礎を作った紅葉は札幌にあるダンジョンの一つ、時計台ダンジョンにいた。
時計台ダンジョンとは、札幌のシンボルでもある札幌時計台の近くに出来たことから名付けられたダンジョンで、現在確認されている最深階層は105階層であり、その記録保持者は紅葉の両親だったりする。
紅葉は現在46階層にいた。
ダンジョン内はとても広い。異空間となっており、一階層の広さは大体東京ドーム100個分とも言われる。
……東京ドーム行った事ないが。
出てくるモンスターは体長1メートル前後の小型の熊、スモールベアである。
このモンスターは通常のクマ以上の力を持ちながら、俊敏性も兼ね備えた厄介なモンスターの一体である。
そこで紅葉は一体ずつ斬り倒していた。
紅葉の武器は刀、最初は無難に打撃武器やロングソードなどの剣を使っていたのだが、ゲームで刀を使い始めてからダンジョンでも使っている。
だがゲームとダンジョンは違う。それは耐久性の問題だ。ゲームではいくら使っても耐久値が減るだけで、メンテナンスをすればすぐに直りまた使える。
しかし現実では血がこびりつき、一回一回丁寧に拭き取らないとすぐにダメになってしまう。
例え毎回丁寧に手入れしたとしても一週間もすれば刀一本はダメになってしまう。
普通の刀を普通に使えば、の話だが。
「いい加減その毛皮落とせや!」
手に持っている刀に魔力を纏わせ、そのまま少しずつ攻撃していく。
出血のせいか、次第に動きが衰えていく。
慌てる事なく冷静に攻撃していき、心臓部分に刀で突きトドメを刺す。
スモールベアは消えていき、そこには大きな毛皮が一枚残されていた。
「よっしゃー!やっと、10枚集まった……これで後は試験だけか」
紅葉は落ちていた毛皮を拾うと《収納》を使い、自分だけの異空間に荷物をしまう。
《収納》というスキルは、冒険者には必須級とされるが、実際にこのスキルを持つのは全員では無い。
スキルというものを習得するには2パターン存在する。
1つ目は自らの経験によりスキルとなる場合。
例えば周りを注意しながら行動していると、《索敵》というスキルが手に入る場合がある。
スキルは経験が具現化するものだというのが一番の説とされている。
2つ目はスキルカードを使い取得する事。
スキルカードは使えばほとんどのスキルを取得することが出来る。
しかし、魔法系スキルについては例外である。
魔法系スキルは所謂個人の才能というか資質が必要となる。
資質があるものはダンジョンに入った瞬間に《魔法適性》というスキルを入手する。
なので、《魔法適性》の無い人物が魔法系スキルのスキルカードを使おうとしても使えないのだ。
魔法系スキルはスキルカードによる取得しかほぼあり得ない。
なぜなら魔法系スキルは魔力、MPと呼ばれる未知の力を使用するが、元々人間になかったとされる魔力を感じ取るなどほぼ不可能なのだ。
それが出来るものは〝才能がある〟という事なのだろう。
紅葉は用事が済んだので、冒険者カードの転移を使い一階層の入り口に移動する。
ダンジョンは階段で下に下に行くように作られているため、階段を登り地上に出る。
そのまま『施設』と呼ばれる建物に向かい、そこで冒険者カードを提出する。
「ドロップアイテムはどうなさいますか?」
「持ち帰ります、チャージ料金は引き落としで」
女性職員から冒険者カードを受け取り、スモールベアの毛皮は持ってきた袋に入れる。
スキルはダンジョン内、もしくは魔力が無いと使うことが出来ない。
地上では《収納》は使うことが出来ないため、事前にダンジョンで出しておかないといけない。
しかしドロップアイテムの一種である、マジックアイテムと呼ばれる物は地上でも使える。その為には魔石と呼ばれるモンスターからドロップする、小さな結晶のようなものが動力源となる。
施設の買取部門では《鑑定》というスキルが付いたルーペがあるため、どんなドロップアイテムか分かる。
紅葉はシャワーを使用し汚れを落とした後、自転車に乗り家に向かう。
家とダンジョンの距離は近いとは言い難いが、トレーニングの一環として自転車通勤している。
……行きは良いが、帰りは戦闘の疲れもありすごくだるいのだけれど
家に帰ると椅子に座りながらネットニュースを見ている父と、洗い物をしている母が居た。
父はプロ冒険者なので、「情報が命だ!」と常日頃からスマホやパソコンで情報収集している。
前にチラッと見た時は海外のダンジョン情報を見ていたり、外国人の友人というプロ冒険者と情報交換していた。
「ただいま、これお土産」
紅葉は手に持っていたスモールベアの毛皮を父に渡す。
「お帰りなさい、もう持ってきたのね」
母はにこやかにしながら洗い物を続け、父はニヤリと笑っている。
「よしっ!3日後……は卒業式だもんな。4日後は用事があるし……1週間後にテストを行うぞ」
「了解、じゃあ俺はMirrorに居るから何かあったら教えて」
紅葉は2階にある自分の部屋に行き、小学生の頃からやっているVRMMO『Mirror』を始めた。
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日向家のリビング
「紅葉ったら条件を言ってから1ヶ月とはいっても、数回で集めきるなんて……全く、あなたに似たわね」
父、西嶺はパソコンを見ながら嬉しそうに笑う。
「あいつは天才だからな、ゲームにハマっていた時はどうかと思っていたが、Mirrorはいい練習になるしな。それにアピール活動にもなる、紅葉には高校生になったらリアルをバラして良いと言ってあるから、あいつは有名になるぞ?」
「でも、やっぱり1人で東京なんて心配だわ」
紅葉は北海道の高校には進学せず、世界最大級のダンジョンがある東京に進学することになっている。
ちなみに推薦だ。
「まあ俺らが家を長く開ける時もあったから大丈夫だろ、それに俺らの心配もしなきゃいけないぞ。運が良いんだか、悪いんだか、これを見てみろ」
「あらあら」
母である遥は嬉しそうに見せられたパソコンを覗く。
そこには『東京ダンジョンのユニークモンスター討伐依頼』と書かれていた。