第2話 若者と戦いと②
アツシはADP用ハンガーに入る。整備用設備と更衣室のある倉庫である。
男性用更衣室の扉をくぐる。自分用のロッカーの前に立つ。
服を全て脱ぐ。まだちょっと恥ずかしい。
ロッカーからアンダースーツを取り出し、着込む。防御性能の高い、薄い全身タイツみたいな装備である。
アンダースーツの上に、ADPを装着する。
ADPとは、最新テクノロジーの詰まった細長い棒のようなものを、ある程度自由に形状を調整して体の各部に装着し、思考だけで動かせ、人間の筋力よりも遥かに大きな出力を持つ、対デビルズパペット用のパワードスーツである。
真っ直ぐな棒状のまま、四肢に無骨に装備した姿は『添え木』と呼ばれる。ADP隊に配属されて日の浅い初級隊員に多い。配属されて日の浅いアツシはまだ『添え木』に決まっている。
次の段階は、この真っ直ぐな棒を曲げたり波打たせたりして、曲線的に四肢を覆う。装備できるADPの量が増えるので、比例して総出力もあがる。『ロートアイアン』と呼ばれる。
差し当たってのアツシの目標になっている。
ADPの装着が済んで、動作確認を行う。腕を動かす。脚を動かす。
問題なく動く。体重が消えたみたいに体が軽い。
アツシは、ADPを自身の動きの補助装置として扱う。腕の動きをADPに補助させて、腕力を大幅に強化する。脚の動きをADPに補助させて、脚力を大幅に強化する。
これに関しても、次の段階があるらしい。思考で動くADPを、思考で動かす。ちょっと何を言っているのか未だに理解できていない。
「ADP隊、集合しろ! 出るぞ!」
村瀬の号令が聞こえた。
更衣室を出て、ゴツい装甲車に乗り込む。
荷台のような鉄板剥き出しの後部座席に、隊長の村瀬と宮古とアツシを含めて八人のADP隊員が乗車した。装甲車はすぐにエンジン音を轟かせ、走り出した。
ADPは八人全員が『添え木』である。この基地に『ロートアイアン』を使える隊員はいなかったように思う。
口の悪い村瀬が何も喋らない。先輩たちも、宮古も、声をかけてこない。あまりにも忙しなく、あまりにも静かに、事態は進行していく。
装甲車が停止した。後部座席のドアが開いた。
「学生二人と、他に二人降りろ。遠距離射撃だ」
隊長の村瀬が雑な指示を出した。
装甲車を降りる。明るい日差しが眩しい。冬と春の境だが、アンダースーツの保温機能のおかげで寒暖は感じない。
場所は、どうやら倉庫が建ち並ぶ道の真ん中のようだ。
地面は見渡す限り灰色のコンクリートで、アツシたちの立つ道の両側には倉庫が規則正しく並んでいる。並ぶ倉庫同士の間にも、人一人くらいなら通れそうな路地がある。
「村瀬隊長。状況はどうなっているのでしょうか?」
先輩隊員が村瀬に質問した。
「知らん! 何か分かったらオペレーターから通信が来るだろ」
村瀬は雑に返答した。
装甲車のドアが荒く閉まる。道の先へと走り出す。
不安を隠せない空気が、残された四人の間に漂う。
学生隊員のアツシと宮古はまだいい。先輩二人が問題だ。
後輩だろうと先輩だろうと、デビルズパペット相手に命懸けで戦うとなれば、怖いだろうし不安もあるだろう。なのに、後輩の面倒まで見ないといけない。面倒を見られる後輩の立場としても、気苦労を慮ると申し訳なさでいっぱいだ。
「よ、よし。四人で一緒に動くよ」
先輩の一人が緊張気味に指示した。
「二手に分かれないのですか?」
宮古が豪気な提案をした。
宮古の背後で、アツシは必死に首を横に振る。
「い、いや。分かれると君たち新人組が危険だ。四人で、そうだね、そこの角に隠れて待機しよう」
指し示された倉庫横の路地を、宮古は振り向く。宮古から見えないように、三人で頷き合う。
「了解しました。先輩たちの指示に全面的に従います」
宮古の気が変わらないうちに、路地へと配置した。
薄い全身タイツに鉄の棒を装備しただけみたいな格好の宮古と、細い路地で身を寄せ合うのは照れる。宮古がアツシを意識しているかは分からない。アツシは宮古の胸を意識してしまって仕方ない。
いかんいかん、と心の中で自分を叱咤して、アツシは作戦に集中する。
四人の手には、遠距離射撃用のライフルが握られている。対デビルズパペット用なので、破壊力は高い。
「使い方は分かるな、新人。ADPの自動照準と、照準の固定と、自動射撃で撃つんだ」
「はい。訓練で教わったので、分かります」
アツシは緊張を隠さずに頷いた。
緊張していても、問題はない。ライフルの照準は、ADPが合わせてくれる。アツシは照準が動かないように腕部を固定するだけで、ADPが命中するタイミングで撃ってくれる。
アツシはADPの一部を動かさないだけでいい。思考で動くADPを思考で動かすのは難解だが、肉体の補助装置とするのは容易で、動かさないのはさらに簡単である。
『出現したデビルズパペットは、目撃情報から、倉庫地区に潜伏している可能性が高いと判断されます。複数体いたとの目撃証言もありますので、ご注意ください』
オペレーターの通信が入った。
『おう、任せとけ! オレの強さを思い知らせてやる!』
村瀬の調子のいい応答が聞こえた。
このオペレーターは、スタイル抜群の美女だ。
「バイザーの魔力感知モードを使用すれば、発見できるのではないでしょうか?」
宮古は提案しつつ、おでこの位置にあるバイザーを目の高さにおろす。
情報の表示、光学望遠、暗視、熱感知、未知のエネルギーとされる魔力の感知、他にも色々と表示できるバイザー型ディスプレイである。
「魔力は、我我人類にとっては存在すら認識できない未知のエネルギーだから、感知できるといっても本当に感知できるだけなんだよ。感知可能な範囲内に、感知可能な強さの魔力がある、みたいな感じ」
先輩が嬉嬉として説明した。説明すること自体が嬉しいようだ。
「本当に、そうみたいですね」
宮古はがっかりして、バイザーをおでこの高さに戻した。
「デビルズパペットの捜索は、光学、つまり人間の目で行うんだよ。発見したら、魔力感知で魔力の大きさを計測する。デビルズパペットは魔力の大きさでランク分けされていて、魔力の小さい順に、ランクC、B、A、S、SS、SSSとなっている」
「単独で対峙した対象がランクCの場合は、報告して指示を仰ぐ。Bの場合は報告後に監視に徹して増援を待ち、状況によっては逃げる。A以上の場合は逃げながら報告だけはする、です」
「正解。君たちは優秀だね」
先輩が満足げに頷いた。
宮古は優秀だと、アツシも思う。アツシが優秀かは、アツシには自信がない。
『デビルズパペット発見! ランクCが一体だ! 楽勝だな!』
村瀬の歓喜が通信に入った。
『各ADP隊員の位置情報をバイザーに表示します。戦闘を開始してください』
オペレーターの色っぽい声が続いた。
「こちらADP隊、遠距離射撃班。射撃ポイントの指示をお願いします」
『了解しました。村瀬隊長の位置での戦闘を想定した場合の、有効な配置の候補を表示します』
「よし、移動するぞ。付いて来い、新人」
「了解!」
ついに、デビルズパペットとの命懸けの戦闘が始まった。アツシも宮古も、詰まる息を無理矢理はいて、先輩二人を追って駆け出した。
アツシたちは射撃ポイントに到着した。路地から顔を出して確認すると、両側に倉庫の建ち並ぶ道の真ん中に、村瀬達の姿が見えた。
デビルズパペットらしき物体も見えた。
デビルズパペットにパターン的な形状があるわけではない。あるものは多面体に棒脚が生えただけの無機質な外観だったり、あるものは既存の生物の姿を真似て巨大化していたり、あるものは妄想の塊みたいな在り得ない形だったり、本当に多種多様な形状が確認されている。
今見えているのは、ちょっと歪んだ直方体の側面に丸い棒が突き出た見た目だ。
光学望遠で詳細に確認計測する。体高は二メートルほど、縦長の直方体で、側面四面のうちの一面の中心辺りから、直径十センチの円柱状の棒が生えている。棒の長さはこれまた二メートルはある。
バランスの悪そうな構造に見える。不格好なオブジェにも見える。
色は、光沢のない、くすんだ銅の色をしている。微動だにしないから、銅像にも見える。道の真ん中に銅像が設置されているわけがないから、銅像ではないとも分かる。
アツシの知る情報では、ランクCのデビルズパペットは人間よりも小さい。内包する魔力量が少ないから、消費量を抑えるために小型になっている、と教わった。
おかしい。今バイザーに拡大表示されているデビルズパペットは、人間よりも大きい。
魔力感知に切り替える。対象の魔力を計測し、ランクを表示させる。
『ランクBとは聞いとらんぞ!』
計測結果が出る前に、動揺した村瀬の怒鳴りが響いた。
『こ、こら、オマエら! とっとと攻撃開始せんか!』
隊長としての在り方も滅茶苦茶なら、指示も滅茶苦茶だ。
しかしながら、遠距離射撃班も村瀬を非難はできない。同じく動揺している。同じく、ランクBなんて聞いてない、と取り乱したい。
「先輩。行動の指示をお願いします」
困惑に膠着しそうな状況を、宮古が率先して動かそうとした。アツシは、さすが出撃経験のあるやつは違うな、と感心した。
指示を求められた先輩二人は、二人とも黙って考え込んでいる。
近接班はすでに戦闘を開始している。ランクBは側面の棒を振り回し、隊員は棒の届かない距離からマシンガンでの包囲射撃を行う。
マシンガンの連射を受けて、ランクBの破片が飛び散る。ランクBは銅像みたいな表面に傷を増やしながら、変わらず棒を振り回す。
「よし。まず、これだけは約束してくれ」
先輩の一人が、意を決してアツシたちに向く。
「何があっても、ランクBには近づかないこと。近づいてきたら一目散に逃げること。ランクB以上はADP隊員を簡単に殺せる出力があるから、これだけは絶対に守るように」
「了解しました!」
アツシは力強く承服した。約束するまでもなく、そのつもりだ。
もう一人の先輩も、仕方ないと肩を竦めて、倉庫の角にライフルを構える。
アツシも宮古も、倣ってライフルを構える。
「まず、攻撃対象をロックオンして魔力感知に切り替えろ」
「了解」
この先輩は実技担当のようだ。
「デビルズパペットは魔力の塊だから、周囲よりも魔力が強く表示されるはずだ」
「はい。外見とほぼ同じ形で魔力が表示されています」
「その中でも、特に魔力が強い部位があるのが見えるか?」
「はい。直方体の、中央よりやや下に、魔力の強い球体みたいなものが見えます」
「それが、デビルズパペットの魔力供給源、『核』と呼称される部位だ」
戦闘訓練で習った。一般の学校の授業でも習った。実際に見るのは初めてだ。
「魔力の核の特徴は何だ?」
突然のクイズが始まった。
「魔力の核は他の部位より脆い。より硬い部位に守られている。破壊すればデビルズパペットは活動停止する、です」
宮古が即座に解答した。
「よし。二人とも、ライフルでランクBの核を狙ってみろ。まだ撃つなよ」
「了解」
ライフルのスコープでランクBを捉える。核をロックオンする。ADPの自動照準で照準を合わせる。
「どうだ?」
「照準が合いません。友軍を誤射する可能性在り、と警告が出ます」
「近接班が乱戦になると、遠距離班は誤射の可能性があるから撃てなくなる。その場合は、お互いに効率的に戦闘するための連携が必要になる」
説明担当の先輩が、頷いて通信を入れる。
『村瀬隊長。遠距離射撃を行うため、フォーメーションの最適化をお願いします』
『やかましい! こっちはそれどころじゃないんだ! 見て分からんか!』
村瀬の怒鳴り声が返ってきた。怒りと焦りと恐怖と動揺が混じっていた。
説明担当の先輩は、アツシたちに向いて苦笑いする。実技担当の先輩は肩を竦める。
問題はない。
村瀬は怒鳴るだけだったが、近接班の他の三人がフォーメーションを変えた。場所を変えれば射撃可能だ。
「どうする?」
「道の真ん中辺りからなら、射撃可能だね」
「まだ、ランクCがいる可能性があるよな?」
先輩二人が迷っている。
道の真ん中は怖い。ランクBから丸見えになる。見失ったランクCに周囲全方向と上から襲われる可能性がある。
「三人が周囲を警戒して、一人がランクBを射撃するのはどうでしょうか?」
宮古が提案した。アツシは、さすが出撃経験のあるやつは違うな、と感心した。
「悪くない案だ。誰が撃つ?」
「私に撃たせていただけないでしょうか。前回の初出撃の際は、緊張から満足に行動できませんでした。今回は、行動したうえで自分の今の実力を知り、今後に生かしたいと考えています」
宮古が立候補した。アツシは、出撃経験とかではなくて宮古本人が凄いんだな、と考えを改めた。
アツシは立候補しない。宮古と競るほどの志しはない。むしろ宮古を全面的に応援する。
先輩二人が目を合わせ、頷き合う。
「よし。その案で行こう。退路を増やしたいから、路地のラインで、道の中央に陣取ってね」
「ありがとうございます」
宮古は表情を明るくして、頭をさげ、道の中央へと進み、うつ伏せになってライフルを構える。
胸があるから上半身が浮くんだな、とアツシは余計なことを考えた。
「自分は右を警戒する。お前は左、新人は後方を警戒しろ」
「了解です」
アツシたちも配置についた。
アツシの担当する後方は、両側に倉庫の建ち並ぶ道が遠くまで延びている。
『ぎゃあああぁっ!』
通信に悲鳴が響いた。
『肩がっ! 肩がっ!』
大人の男の悲痛な訴えに、緊張感が一気に増した。
思わず近接班の方を見る。一人が倒れてのたうち回っている。ランクBは変わらず棒を振り回し、倒れた一人に別の隊員が駆け寄る。
『きゅ、救護を、あ、で、でも、と、取り敢えず、さがらせます』
『役立たずは放っとけ! それより、オレを守れ! う、うわっ、くっ、来るなっ!』
一人が負傷して、近接班は混乱している。隊長の村瀬まで混乱していては、即座の立て直しも難しい。
遠距離班も困惑している。次の行動を迷っている。
状況的に、遠距離射撃のリスクが跳ねあがったと考えていい。遠距離班がランクBの標的となる確率があがったし、近接班がランクBを押しとどめる確率はさがった。
リスクを承知で射撃を決行する士気は、今の遠距離班にはないだろう。デビルズパペットがランクBで、さらに負傷者が出たせいで士気がさがっていた。隊長が村瀬だから、最初から士気が低かった。
こうなっては、指をくわえて見ているしかできない。ランクBが逃げるか、近接班が撤退するのを待つしかない。
諦めムードの重い空気の中で、宮古が大きく息を吸う。大きく息をはく。ライフルを構え、ランクBを狙う。
「周囲の警戒を、お願いします」
ランクBの核をロックオンする。ADPの自動照準で狙いをつける。腕部のADPパーツを動かない状態にして、照準を固定する。
激しい銃声が響いた。
ランクBが弾かれたみたいに転倒して、甲高い金属音が続いた。
「命中しました!」
宮古は喜びを隠せない声で報告した。
知っている。アツシも先輩二人も警戒しながらチラチラと見ていたし、今この瞬間は吃驚して凝視している。
転倒したランクBが立ちあがった。
アツシは、強烈な悪寒を感じた。見られているような気がした。ランクBの目がどこにあるのか分からないのに、アツシたち四人の方を見ているような気がした。
緊張が限界を突破しそうになる。もしもあれが全速で向かってくるようなことがあれば、こちらも全速で逃げなければならない。さらに追ってくれば、全力で追い駆けっこをしなければならない。しかも、捕まれば死ぬ、不利ばかりの逃げ役だ。
『よっ、よっ、よしっ、よくやったっ! 外殻が割れて核が見えとるぞ! 今だ、全員、撃て撃てぇ!』
村瀬がマシンガンを乱射し始めた。ランクBの視線は近接班の方に戻った気がした。
「はっ、あっ、いっ、今ならっ、狙えそうです。外殻の割れた箇所から、核を狙撃します。あっ、あれっ?」
詰まった息を無理矢理押し出して、宮古がライフルを構えなおした。狙いは、定められずにいた。
理由は見れば分かる。宮古の腕が震えている。思考で固定できるADPが、思考に反応して震えている。
「そ、そんな、どうしてっ……。ああ、情けないっ!」
宮古は悔しげに俯いた。
アツシの知る訓練中の宮古は、だいたいこんな感じである。自分のできる少し上を常に目指し、努力を積み重ね、届けば喜び、届かなければ悔しがる。
アツシは宮古の姿に憧れ、尊敬し、嫉妬する。真似をしても無駄だとも知っている。努力の積み重ねが違う。
それでもアツシは、これから積み重ね続ければいつかは届く、と信じている。届きたい、と願っている。
「しっかりしろよ、宮古。お前ならできるだろ」
アツシは、震える宮古の腕を掴んだ。
震えはすぐにとまった。
「……うん。ありがとう、東山寺。博物館に行く日は、昼食くらい奢るわ」
宮古がライフルを構えなおす。狙いを定め、腕部を固定し、照準を固定する。
「ランクBの動きが激しいので、狙撃可能なタイミングが極端に少ないです。しかも、核が外殻の中の空間を不規則に振り子運動していて、自動射撃は困難と判断されました」
「それじゃあ、諦めるしかなさそうだね」
説明担当の先輩が、さも残念そうに取り繕って結論した。
「手動での射撃を許可していただけないでしょうか?」
宮古は即座に提案した。
「どうやって当てる?」
実技担当の先輩が、即座に聞き返した。
「亀裂の移動予測と、核の移動予測を見比べて、重なりそうなタイミングを勘で狙撃します」
アツシが思っていたよりも雑な案だった。それを計算できないから自動射撃は困難と判断されたのだ。
先輩は思案している。独り言のように呟く。
「分は悪いが、零よりはマシか。ライフルの威力なら、亀裂を広げるか増やせるかも知れん」
「で、でも、今度こそ、ランクBがこっちに来るかも知れないよ」
動揺した説明担当の先輩が、割り込んで意見した。
「おい、新人。許可する。やってみろ」
実技担当の先輩は無視して結論した。
「はい! ありがとうございます!」
嬉しさを隠さず、宮古は敬礼してからライフルを構える。
アツシも我がことのような誇らしさを感じる。
説明担当の先輩だけが肩を落としているが、我慢してもらうしかない。
宮古が照準を合わせる。腕部を固定する。もう、腕は震えない。
アツシは宮古を信頼して、後方の警戒を担当する。宮古なら、本当にランクBの核に命中させてしまうかも知れない。
ガインッ、と金属の板が跳ねるような音が、上の方から聞こえた。
アツシは上を見た。直径六十センチほどの斧の刃みたいな何かが、アツシたち目掛けて落ちてきていた。
◇
「えー、それでは、今回の出撃の反省会を行いたいと思います」
説明担当の先輩主導で、反省会が始まった。
場所は食堂の隅の席で、ホワイトボードが持ち込まれている。説明担当の先輩がホワイトボードの前に立ち、作戦に参加した隊員のうち十六名が好き好きの席に着いて囲む。
「ねえ、東山寺。もしかして、あのとき、冷静だった?」
隣の席の宮古が、アツシに声をかけてきた。
「あのとき?」
アツシは質問の意味が分からずに聞き返した。
「私は、パニックになって、思考が停止してたわ。ADPも動かなくて、本当に危なかった」
「ああ、あのときな。俺もパニックだったけど、咄嗟に体が動いたんだ」
ランクB狙撃中に上から落ちてきたのは、先に見失ったランクCデビルズパペットだった。
アツシは奇襲にパニクって、咄嗟に宮古を抱えて、転がって避けた。宮古の胸と腹と地面が作る三角形の空間に腕を差し込めたので、伏せた宮古をスムーズに抱えることができた。
ランクCは直径六十センチはある斧の刃みたいな形状で、直前まで宮古がいた道に落下して、コンクリートを抉った。先輩二人が即座に反撃に転じたが、路地に入られて、結局逃げられてしまった。
「むむむ。アツシはADPを身体補助に使ってるのね。思考制御一択だと考えてたけど、検討の余地がありそうだわ」
宮古は悔しげに、親指の爪を噛んだ。
説明担当の先輩が、両手を叩き合わせて皆の視線を集める。
「今回は、重傷者一名、軽傷者二名、攻撃対象には損傷を与えるも逃亡を許す、と散散な結果となりました。残念ながら結果は結果、次回の出撃の糧とするために、問題点と改善点を明確にしていきましょう。誰でも、意見があれば発表してください」
『肩、複雑骨折だったらしいよ』
『ADP隊員は続けられないだろうな』
不穏なヒソヒソ話が交じって聞こえた。
「意見も何も、全ては村瀬の指揮が悪い、で終わりでしょ」
金色の長髪の女隊員が、ネイルを塗りながら不機嫌に断言した。髪型も化粧もケバめの、長身でスタイルの良い人だ。今回はADP予備班に入っていた。
「それはもうどうしようもないから、他の方向からアプローチしたいかな」
説明担当の先輩は、困って苦笑いしながら宥めた。
「オレがどうしたって? オマエら、集まって何やっとるか!」
村瀬の怒鳴り声だった。
全員が緊張した。
「む、村瀬隊長、おつかれさまです。こ、これはですね」
「どうせ! オレの悪口でも言っとったんだろ! オマエらの考えなんぞ、お見通しだ!」
村瀬は酔っていた。日本酒の酒瓶を手に持って、一口呷った。
認識としては間違っていない。反省会とは名ばかりで、村瀬の悪口大会みたいなものだ。
「お! 宮古二曹! ちょっと付き合え」
酔った村瀬が宮古に目を付けた。宮古の腕を掴み、引っ張って、立たせた。
「街でオシャレなバーを見つけたんだ。これから飲みに行くから、一緒に来い」
夕暮れの食堂で、十代半ばほどの少女が中年男に絡まれている。
「村瀬曹長。私は未成年なので飲酒できません。申し訳ありませんが、他の人を誘ってください」
中年男、村瀬が、少女、宮古の肩に腕を回し、手で体を触る。
「飯食うだけでもいいだろ? 上官がわざわざ誘ってやってるんだ。断るのは失礼だと思わないか?」
宮古の表情に怒りが浮かぶ。嫌悪ではない。無責任な指揮で負傷者を出しながら、反省も後悔もする様子なく、酒に酔ってセクハラを繰り返す上官への、明確な怒りである。
ここは、軍隊の地方基地だ。絶対服従ではないが、上下関係の厳しい場所だ。宮古はADP隊隊員で、村瀬はADP隊隊長で宮古の上官でセクハラ常習者だ。
村瀬に絡まれる宮古を、アツシは近くの席から見ている。アツシもADP隊隊員で、村瀬の部下で、宮古の同僚で、三等陸曹である。
アツシは迷っている。これから宮古が何をするのか、雰囲気から分かる。
村瀬はダメな上官で隊長だが、一定の権力とある程度の決定権を持つ。それをやると何かしらの罰を受け、経歴に傷が残る可能性がある。
宮古は同僚だし、けっこう話すようになったし、けっこう仲良くなった気がするし、かなり可愛い。
宮古も我慢はしている。村瀬から顔を背け、歯噛みして、拳を強く握り締めている。我慢の限界が近いと、見れば分かる。
村瀬は構わず体を触り、他の隊員たちは見て見ぬふりをしている。
上官には逆らえないと諦めているものもいるだろう。自分じゃなくて安堵するものもいるだろう。心の中で村瀬に悪態をつくだけの小心者もいるだろう。
「まあ、仕方ないか」
アツシは小さく呟いた。
バキッ、と肉と肉がぶつかる音がした。
村瀬は、アツシよりも少し背が高く、筋肉質で腕も脚も太い。ダメ上官でも、軍属歴が長い分だけ身体能力が高い。
だから、顔を殴っても仰け反っただけだった。倒れも痛がりもせず、驚いた表情で、突然殴りかかってきたアツシを見ていた。
宮古も、他の隊員も、村瀬を殴ったアツシを驚きの表情で見ていた。
「な、な、何をするか、東山寺! こんなことをして、ただで済むと思うか!」
村瀬は、怒りに顔を真っ赤にして、アツシを指さして叫んだ。
しかし、周囲の冷ややかな視線に気づいて、舌打ちして食堂を出て行った。
アツシは、痛む右手を軽く振る。
上官を殴ってしまったので、最悪、除隊処分になるかも知れない。
後悔はない。
宮古は、努力家だ。志しも高い。必ずやいつかエース級のADP隊員になるだろう。
そんな宮古が、こんなところで道を踏み外すのが嫌だった。憧れ尊敬する宮古のためなら、自分が身代わりになろうとも構わなかった。
村瀬を殴った右手の痛みが、村瀬を殴り飛ばせる腕力がなかったことが、アツシには少しだけ悔しかった。
◇
「おい、喜べ、東山寺三曹。オマエが最も嫌がりそうな基地を見つけておいてやったぞ」
村瀬は、嫌味な笑みを浮かべ、書類をアツシに渡す。
アツシは、物理的報復を警戒しつつ、書類を受け取る。
「田鳥基地に異動、ですか?」
異動辞令だ。除隊処分でなくて良かった、と内心で安堵した。
「行けば分かる。さっさと行け」
「はっ! お世話になりました、村瀬隊長!」
アツシは心にもないことを口に出して敬礼し、村瀬の執務室を後にした。
廊下には、津田曹長がいた。後方支援隊隊長で、マッチョで、今日も今日とてなぜか上半身裸だ。
津田は、アツシに深く頭をさげる。
「力になれず済まない、東山寺。事情を君の仲間たちから聞き、村瀬に抗議したのだが、ADP隊の問題と聞き入れてもらえなかった。本当に済まない」
津田は本当に素晴らしい人だ。
「ありがとうございます、津田曹長。でも、自分で決めたことなので、後悔はありません。これまで、本当にお世話になりました」
アツシは津田よりも深く頭をさげた。
「そうか。君なら、どんな境遇に置かれても、必ず立派なADP隊員になれると信じている。相談があれば、いつでも訪ねてくれ」
津田のエールに、アツシは答えず敬礼で返す。津田の敬礼を見届け、背中を向ける。
「送別会はあるのか? あるなら希望者を募って参加したい。費用も全額持とう」
「こんな形で別れるので、皆への挨拶はしないつもりです。この基地に残る皆は、村瀬曹長との人間関係を無視するわけにもいかないですから」
「そうか。そうだな」
どこか寂しげな津田の同意を背中に、アツシは廊下を歩き出した。
こうして、一つの青年たちの物語は終わった。
そして、新たな物語が始まる。
/デビルズパペット第2話 若者と戦いと② END