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デビルズパペット  作者: 流霞銀
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第2話 若者と戦いと②

 アツシはADP用ハンガーに入る。整備せいび用設備と更衣室こういしつのある倉庫そうこである。

 男性用更衣室のとびらをくぐる。自分用のロッカーの前に立つ。

 服をすべぐ。まだちょっとずかしい。

 ロッカーからアンダースーツを取り出し、着込きこむ。防御ぼうぎょ性能の高い、うすい全身タイツみたいな装備そうびである。

 アンダースーツの上に、ADPを装着そうちゃくする。

 ADPとは、最新さいしんテクノロジーのまった細長いぼうのようなものを、ある程度ていど自由に形状を調整ちょうせいして体の各部かくぶに装着し、思考しこうだけでうごかせ、人間の筋力きんりょくよりもはるかに大きな出力をつ、対デビルズパペット用のパワードスーツである。

 ぐなぼう状のまま、四肢しし無骨ぶこつに装備した姿すがたは『え木』とばれる。ADP隊に配属はいぞくされて日のあさい初級隊員に多い。配属はいぞくされて日のあさいアツシはまだ『え木』に決まっている。

 次の段階だんかいは、このぐなぼうげたり波打なみうたせたりして、曲線的きょくせんてきに四肢をおおう。装備できるADPのりょうが増えるので、比例ひれいしてそう出力もあがる。『ロートアイアン』とばれる。

 差し当たってのアツシの目標もくひょうになっている。

 ADPの装着がんで、動作確認どうさかくにんを行う。うでを動かす。あしを動かす。

 問題もんだいなく動く。体重たいじゅうが消えたみたいに体がかるい。

 アツシは、ADPを自身の動きの補助装置ほじょそうちとしてあつかう。腕の動きをADPに補助ほじょさせて、腕力を大幅おおはばに強化する。あしの動きをADPに補助ほじょさせて、脚力きゃくりょくを大幅に強化する。

 これにかんしても、次の段階だんかいがあるらしい。思考しこうで動くADPを、思考しこうで動かす。ちょっと何を言っているのかいまだに理解りかいできていない。

「ADP隊、集合しゅうごうしろ! 出るぞ!」

 村瀬むらせの号令がこえた。

 更衣室こういしつを出て、ゴツい装甲車そうこうしゃに乗りむ。

 荷台にだいのような鉄板剥てっぱんむき出しの後部座席こうぶざせきに、隊長の村瀬と宮古みやことアツシをふくめて八人のADP隊員が乗車じょうしゃした。装甲車はすぐにエンジン音をとどろかせ、走り出した。

 ADPは八人全員が『え木』である。この基地に『ロートアイアン』を使つかえる隊員はいなかったように思う。

 口のわるい村瀬が何もしゃべらない。先輩せんぱいたちも、宮古も、声をかけてこない。あまりにもせわしなく、あまりにもしずかに、事態じたいは進行していく。


 装甲車が停止ていしした。後部座席のドアがひらいた。

「学生二人と、他に二人降りろ。遠距離射撃えんきょりしゃげきだ」

 隊長の村瀬がざつな指示を出した。

 装甲車をりる。明るい日差しがまぶしい。冬と春のさかいだが、アンダースーツの保温機能ほおんきのうのおかげで寒暖かんだんは感じない。

 場所ばしょは、どうやら倉庫そうこが建ちならぶ道のん中のようだ。

 地面は見渡みわたす限り灰色のコンクリートで、アツシたちの立つ道の両側りょうがわには倉庫が規則正きそくただしく並んでいる。ならぶ倉庫同士のあいだにも、人一人くらいなら通れそうな路地ろじがある。

「村瀬隊長。状況はどうなっているのでしょうか?」

 先輩せんぱい隊員が村瀬に質問しつもんした。

「知らん! 何か分かったらオペレーターから通信が来るだろ」

 村瀬は雑に返答へんとうした。

 装甲車そうこうしゃのドアがあらまる。道の先へと走り出す。

 不安をかくせない空気が、のこされた四人の間にただよう。

 学生隊員のアツシと宮古はまだいい。先輩せんぱい二人が問題もんだいだ。

 後輩こうはいだろうと先輩せんぱいだろうと、デビルズパペット相手に命懸いのちがけで戦うとなれば、こわいだろうし不安もあるだろう。なのに、後輩の面倒めんどうまで見ないといけない。面倒めんどうを見られる後輩の立場たちばとしても、気苦労をおもんばかると申しわけなさでいっぱいだ。

「よ、よし。四人で一緒いっしょに動くよ」

 先輩せんぱいの一人が緊張きんちょう気味に指示した。

二手ふたてに分かれないのですか?」

 宮古が豪気ごうきな提案をした。

 宮古の背後はいごで、アツシは必死ひっしに首をよこに振る。

「い、いや。分かれると君たち新人組が危険きけんだ。四人で、そうだね、そこのかどに隠れて待機たいきしよう」

 指し示された倉庫横そうこよこの路地を、宮古はり向く。宮古から見えないように、三人でうなずき合う。

了解りょうかいしました。先輩せんぱいたちの指示に全面的にしたがいます」

 宮古の気が変わらないうちに、路地へと配置はいちした。

 うすい全身タイツに鉄のぼうを装備しただけみたいな格好かっこうの宮古と、ほそい路地で身をせ合うのはれる。宮古がアツシを意識いしきしているかは分からない。アツシは宮古のむねを意識してしまって仕方しかたない。

 いかんいかん、と心の中で自分を叱咤しったして、アツシは作戦に集中しゅうちゅうする。

 四人の手には、遠距離射撃えんきょりしゃげき用のライフルがにぎられている。対デビルズパペット用なので、破壊力はかいりょくは高い。

「使いかたは分かるな、新人しんじん。ADPの自動照準じどうしょうじゅんと、照準の固定と、自動射撃じどうしゃげきで撃つんだ」

「はい。訓練でおそわったので、分かります」

 アツシは緊張をかくさずにうなずいた。

 緊張きんちょうしていても、問題もんだいはない。ライフルの照準しょうじゅんは、ADPが合わせてくれる。アツシは照準しょうじゅんが動かないように腕部わんぶを固定するだけで、ADPが命中めいちゅうするタイミングでってくれる。

 アツシはADPの一部いちぶを動かさないだけでいい。思考しこうで動くADPを思考しこうで動かすのは難解なんかいだが、肉体の補助装置ほじょそうちとするのは容易よういで、動かさないのはさらに簡単かんたんである。

出現しゅつげんしたデビルズパペットは、目撃情報もくげきじょうほうから、倉庫地区に潜伏せんぷくしている可能性かのうせいが高いと判断はんだんされます。複数体ふくすうたいいたとの目撃証言もくげきしょうげんもありますので、ご注意ちゅういください』

 オペレーターの通信がはいった。

『おう、まかせとけ! オレのつよさを思い知らせてやる!』

 村瀬の調子ちょうしのいい応答がこえた。

 このオペレーターは、スタイル抜群ばつぐんの美女だ。

「バイザーの魔力感知まりょくかんちモードを使用しようすれば、発見できるのではないでしょうか?」

 宮古は提案ていあんしつつ、おでこの位置いちにあるバイザーを目の高さにおろす。

 情報じょうほうの表示、光学望遠こうがくぼうえん、暗視、熱感知ねつかんち、未知のエネルギーとされる魔力まりょくの感知、他にも色々と表示ひょうじできるバイザー型ディスプレイである。

「魔力は、我我人類われわれじんるいにとっては存在すら認識にんしきできない未知みちのエネルギーだから、感知かんちできるといっても本当に感知できるだけなんだよ。感知可能な範囲はんい内に、感知可能かんちかのうな強さの魔力がある、みたいな感じ」

 先輩が嬉嬉ききとして説明せつめいした。説明すること自体がうれしいようだ。

「本当に、そうみたいですね」

 宮古はがっかりして、バイザーをおでこの高さにもどした。

「デビルズパペットの捜索そうさくは、光学こうがく、つまり人間の目でおこなうんだよ。発見したら、魔力感知まりょくかんちで魔力の大きさを計測けいそくする。デビルズパペットは魔力の大きさでランク分けされていて、魔力の小さいじゅんに、ランクC、B、A、S、SS、SSSとなっている」

「単独で対峙たいじした対象がランクCの場合は、報告ほうこくして指示をあおぐ。Bの場合は報告後に監視かんしてっして増援ぞうえんを待ち、状況によってはげる。A以上の場合はげながら報告ほうこくだけはする、です」

正解せいかい。君たちは優秀ゆうしゅうだね」

 先輩せんぱいが満足げにうなずいた。

 宮古は優秀ゆうしゅうだと、アツシも思う。アツシが優秀ゆうしゅうかは、アツシには自信がない。

『デビルズパペット発見! ランクCが一体だ! 楽勝らくしょうだな!』

 村瀬の歓喜かんきが通信にはいった。

『各ADP隊員の位置情報いちじょうほうをバイザーに表示ひょうじします。戦闘せんとうを開始してください』

 オペレーターの色っぽい声がつづいた。

「こちらADP隊、遠距離射撃班えんきょりしゃげきはん。射撃ポイントの指示をおねがいします」

了解りょうかいしました。村瀬隊長の位置での戦闘せんとうを想定した場合の、有効ゆうこうな配置の候補こうほを表示します』

「よし、移動いどうするぞ。付いて来い、新人しんじん

了解りょうかい!」

 ついに、デビルズパペットとの命懸いのちがけの戦闘が始まった。アツシも宮古も、まるいき無理矢理むりやりはいて、先輩せんぱい二人を追ってけ出した。


 アツシたちは射撃しゃげきポイントに到着とうちゃくした。路地ろじからかおを出して確認かくにんすると、両側りょうがわに倉庫のち並ぶ道のん中に、村瀬達の姿すがたが見えた。

 デビルズパペットらしき物体も見えた。

 デビルズパペットにパターン的な形状があるわけではない。あるものは多面体に棒脚ぼうきゃくが生えただけの無機質むきしつな外観だったり、あるものは既存きぞんの生物の姿を真似まねて巨大化していたり、あるものは妄想のかたまりみたいなり得ない形だったり、本当に多種多様たしゅたような形状が確認かくにんされている。

 今見えているのは、ちょっとゆがんだ直方体の側面そくめんに丸いぼうが突き出た見た目だ。

 光学望遠で詳細しょうさいに確認計測する。体高たいこうは二メートルほど、縦長たてながの直方体で、側面そくめん四面のうちの一面の中心辺ちゅうしんあたりから、直径ちょっけい十センチの円柱えんちゅう状の棒がえている。ぼうの長さはこれまた二メートルはある。

 バランスのわるそうな構造こうぞうに見える。不格好ぶかっこうなオブジェにも見える。

 色は、光沢こうたくのない、くすんだどうの色をしている。微動びどうだにしないから、銅像どうぞうにも見える。道のん中に銅像が設置せっちされているわけがないから、銅像どうぞうではないとも分かる。

 アツシの知る情報じょうほうでは、ランクCのデビルズパペットは人間よりも小さい。内包ないほうする魔力量が少ないから、消費量をおさえるために小型になっている、とおそわった。

 おかしい。今バイザーに拡大表示かくだいひょうじされているデビルズパペットは、人間よりも大きい。

 魔力感知に切りえる。対象たいしょうの魔力を計測けいそくし、ランクを表示ひょうじさせる。

『ランクBとはいとらんぞ!』

 計測結果けいそくけっかが出る前に、動揺どうようした村瀬の怒鳴どなりがひびいた。

『こ、こら、オマエら! とっとと攻撃開始こうげきかいしせんか!』

 隊長としてのり方も滅茶苦茶めちゃくちゃなら、指示も滅茶苦茶めちゃくちゃだ。

 しかしながら、遠距離射撃班こちらも村瀬を非難ひなんはできない。同じく動揺どうようしている。同じく、ランクBなんていてない、と取りみだしたい。

先輩せんぱい。行動の指示をおねがいします」

 困惑に膠着こうちゃくしそうな状況を、宮古が率先そっせんして動かそうとした。アツシは、さすが出撃経験しゅつげきけいけんのあるやつはちがうな、と感心かんしんした。

 指示をもとめられた先輩せんぱい二人は、二人ともだまってかんがえ込んでいる。

 近接班きんせつはんはすでに戦闘せんとうを開始している。ランクBは側面のぼうを振りまわし、隊員は棒のとどかない距離きょりからマシンガンでの包囲射撃ほういしゃげきを行う。

 マシンガンの連射れんしゃを受けて、ランクBの破片はへんが飛びる。ランクBは銅像どうぞうみたいな表面に傷をやしながら、変わらず棒をり回す。

「よし。まず、これだけは約束やくそくしてくれ」

 先輩せんぱいの一人が、けっしてアツシたちに向く。

「何があっても、ランクBには近づかないこと。近づいてきたら一目散いちもくさんに逃げること。ランクB以上はADP隊員を簡単かんたんに殺せる出力があるから、これだけは絶対ぜったいに守るように」

了解りょうかいしました!」

 アツシは力強く承服しょうふくした。約束やくそくするまでもなく、そのつもりだ。

 もう一人の先輩も、仕方しかたないと肩をすくめて、倉庫のかどにライフルをかまえる。

 アツシも宮古も、ならってライフルをかまえる。

「まず、攻撃対象こうげきたいしょうをロックオンして魔力感知まりょくかんちに切りえろ」

了解りょうかい

 この先輩は実技担当じつぎたんとうのようだ。

「デビルズパペットは魔力のかたまりだから、周囲しゅういよりも魔力が強く表示ひょうじされるはずだ」

「はい。外見がいけんとほぼ同じ形で魔力が表示ひょうじされています」

「その中でも、とくに魔力が強い部位ぶいがあるのが見えるか?」

「はい。直方体ちょくほうたいの、中央よりやや下に、魔力の強い球体きゅうたいみたいなものが見えます」

「それが、デビルズパペットの魔力供給源、『コア』と呼称こしょうされる部位ぶいだ」

 戦闘訓練でならった。一般いっぱんの学校の授業じゅぎょうでも習った。実際じっさいに見るのは初めてだ。

「魔力の核の特徴とくちょうは何だ?」

 突然とつぜんのクイズが始まった。

「魔力のコアは他の部位よりもろい。よりかたい部位に守られている。破壊はかいすればデビルズパペットは活動停止かつどうていしする、です」

 宮古が即座そくざに解答した。

「よし。二人とも、ライフルでランクBの核をねらってみろ。まだつなよ」

了解りょうかい

 ライフルのスコープでランクBをとらえる。コアをロックオンする。ADPの自動照準じどうしょうじゅんで照準を合わせる。

「どうだ?」

照準しょうじゅんが合いません。友軍を誤射ごしゃする可能性在り、と警告けいこくが出ます」

「近接班が乱戦らんせんになると、遠距離班は誤射ごしゃの可能性があるからてなくなる。その場合は、おたがいに効率的に戦闘するための連携れんけいが必要になる」

 説明担当せつめいたんとうの先輩が、うなずいて通信をれる。

『村瀬隊長。遠距離射撃えんきょりしゃげきを行うため、フォーメーションの最適化さいてきかをお願いします』

『やかましい! こっちはそれどころじゃないんだ! 見て分からんか!』

 村瀬の怒鳴どなり声がかえってきた。いかりとあせりと恐怖と動揺どうようが混じっていた。

 説明担当せつめいたんとうの先輩は、アツシたちに向いて苦笑にがわらいする。実技担当じつぎたんとうの先輩は肩をすくめる。

 問題もんだいはない。

 村瀬は怒鳴どなるだけだったが、近接班きんせつはんの他の三人がフォーメーションを変えた。場所を変えれば射撃可能しゃげきかのうだ。

「どうする?」

「道の真ん中辺なかあたりからなら、射撃可能しゃげきかのうだね」

「まだ、ランクCがいる可能性かのうせいがあるよな?」

 先輩せんぱい二人がまよっている。

 道のん中はこわい。ランクBから丸見えになる。見失みうしなったランクCに周囲全方向しゅういぜんほうこうと上からおそわれる可能性がある。

「三人が周囲を警戒けいかいして、一人がランクBを射撃しゃげきするのはどうでしょうか?」

 宮古が提案ていあんした。アツシは、さすが出撃経験しゅつげきけいけんのあるやつはちがうな、と感心かんしんした。

わるくないあんだ。誰がつ?」

「私にたせていただけないでしょうか。前回の初出撃のさいは、緊張きんちょうから満足まんぞくに行動できませんでした。今回は、行動こうどうしたうえで自分の今の実力を知り、今後にかしたいとかんがえています」

 宮古が立候補りっこうほした。アツシは、出撃経験しゅつげきけいけんとかではなくて宮古本人がすごいんだな、と考えをあらためた。

 アツシは立候補りっこうほしない。宮古とるほどのこころざしはない。むしろ宮古を全面的に応援おうえんする。

 先輩せんぱい二人が目を合わせ、うなずき合う。

「よし。そのあんで行こう。退路たいろを増やしたいから、路地ろじのラインで、道の中央に陣取じんどってね」

「ありがとうございます」

 宮古は表情ひょうじょうを明るくして、あたまをさげ、道の中央へとすすみ、うつせになってライフルをかまえる。

 むねがあるから上半身がくんだな、とアツシは余計よけいなことをかんがえた。

「自分は右を警戒けいかいする。お前は左、新人は後方こうほうを警戒しろ」

了解りょうかいです」

 アツシたちも配置はいちについた。

 アツシの担当たんとうする後方は、両側に倉庫そうこの建ちならぶ道がとおくまでびている。

『ぎゃあああぁっ!』

 通信に悲鳴がひびいた。

かたがっ! かたがっ!』

 大人の男の悲痛なうったえに、緊張感きんちょうかんが一気にした。

 思わず近接班きんせつはんの方を見る。一人がたおれてのたうちまわっている。ランクBは変わらずぼうを振り回し、たおれた一人に別の隊員がけ寄る。

『きゅ、救護きゅうごを、あ、で、でも、と、取りえず、さがらせます』

役立やくたたずはっとけ! それより、オレを守れ! う、うわっ、くっ、来るなっ!』

 一人が負傷ふしょうして、近接班は混乱こんらんしている。隊長の村瀬まで混乱こんらんしていては、即座そくざの立て直しもむずかしい。

 遠距離班こちら困惑こんわくしている。次の行動こうどうを迷っている。

 状況的に、遠距離射撃えんきょりしゃげきのリスクがねあがったとかんがえていい。遠距離班こっちがランクBの標的ひょうてきとなる確率かくりつがあがったし、近接班あっちがランクBをしとどめる確率かくりつはさがった。

 リスクを承知しょうちで射撃を決行けっこうする士気しきは、今の遠距離班こちらにはないだろう。デビルズパペットがランクBで、さらに負傷者ふしょうしゃが出たせいで士気しきがさがっていた。隊長が村瀬だから、最初さいしょから士気がひくかった。

 こうなっては、指をくわえて見ているしかできない。ランクBがげるか、近接班が撤退てったいするのをつしかない。

 あきらめムードのおもい空気の中で、宮古が大きく息をう。大きくいきをはく。ライフルをかまえ、ランクBをねらう。

「周囲の警戒けいかいを、おねがいします」

 ランクBのコアをロックオンする。ADPの自動照準でねらいをつける。腕部わんぶのADPパーツを動かない状態じょうたいにして、照準しょうじゅんを固定する。

 はげしい銃声じゅうせいが響いた。

 ランクBがはじかれたみたいに転倒てんとうして、甲高かんだかい金属音がつづいた。

命中めいちゅうしました!」

 宮古はよろこびを隠せない声で報告ほうこくした。

 知っている。アツシも先輩二人も警戒けいかいしながらチラチラと見ていたし、今この瞬間は吃驚びっくりして凝視ぎょうししている。

 転倒てんとうしたランクBが立ちあがった。

 アツシは、強烈な悪寒おかんを感じた。見られているような気がした。ランクBの目がどこにあるのか分からないのに、アツシたち四人のほうを見ているような気がした。

 緊張きんちょうが限界を突破とっぱしそうになる。もしもあれが全速ぜんそくで向かってくるようなことがあれば、こちらも全速でげなければならない。さらに追ってくれば、全力ぜんりょくで追いけっこをしなければならない。しかも、つかまれば死ぬ、不利ばかりの逃げやくだ。

『よっ、よっ、よしっ、よくやったっ! 外殻がいかくが割れてコアが見えとるぞ! 今だ、全員、て撃てぇ!』

 村瀬がマシンガンを乱射らんしゃし始めた。ランクBの視線しせんは近接班の方にもどった気がした。

「はっ、あっ、いっ、今ならっ、ねらえそうです。外殻がいかくの割れた箇所かしょから、核を狙撃そげきします。あっ、あれっ?」

 まったいき無理矢理押むりやりおし出して、宮古がライフルをかまえなおした。ねらいは、さだめられずにいた。

 理由りゆうは見れば分かる。宮古のうでが震えている。思考で固定こていできるADPが、思考しこうに反応してふるえている。

「そ、そんな、どうしてっ……。ああ、なさけないっ!」

 宮古はくやしげにうつむいた。

 アツシの知る訓練くんれん中の宮古は、だいたいこんな感じである。自分のできる少し上をつねに目指し、努力をみ重ね、とどけばよろこび、届かなければくやしがる。

 アツシは宮古の姿にあこがれ、尊敬そんけいし、嫉妬しっとする。真似まねをしても無駄むだだとも知っている。努力どりょくの積みかさねが違う。

 それでもアツシは、これからみ重ねつづければいつかはとどく、と信じている。とどきたい、とねがっている。

「しっかりしろよ、宮古。お前ならできるだろ」

 アツシは、ふるえる宮古の腕をつかんだ。

 ふるえはすぐにとまった。

「……うん。ありがとう、東山寺。博物館はくぶつかんに行く日は、昼食くらいおごるわ」

 宮古がライフルをかまえなおす。ねらいをさだめ、腕部わんぶを固定し、照準しょうじゅんを固定する。

「ランクBの動きがはげしいので、狙撃可能そげきかのうなタイミングが極端きょくたんに少ないです。しかも、核が外殻がいかくの中の空間を不規則ふきそくに振り子運動していて、自動射撃は困難こんなんと判断されました」

「それじゃあ、あきらめるしかなさそうだね」

 説明担当せつめいたんとうの先輩が、さも残念ざんねんそうに取りつくろって結論けつろんした。

手動しゅどうでの射撃を許可きょかしていただけないでしょうか?」

 宮古は即座に提案ていあんした。

「どうやって当てる?」

 実技担当じつぎたんとうの先輩が、即座そくざに聞き返した。

亀裂きれつの移動予測と、コアの移動予測を見比みくらべて、かさなりそうなタイミングをかんで狙撃します」

 アツシが思っていたよりもざつな案だった。それを計算けいさんできないから自動射撃は困難こんなんと判断されたのだ。

 先輩は思案しあんしている。ひとり言のようにつぶやく。

は悪いが、ゼロよりはマシか。ライフルの威力いりょくなら、亀裂きれつを広げるかやせるかも知れん」

「で、でも、今度こそ、ランクBがこっちに来るかも知れないよ」

 動揺どうようした説明担当の先輩せんぱいが、り込んで意見いけんした。

「おい、新人。許可きょかする。やってみろ」

 実技担当じつぎたんとうの先輩は無視むしして結論けつろんした。

「はい! ありがとうございます!」

 うれしさをかくさず、宮古は敬礼けいれいしてからライフルをかまえる。

 アツシもがことのようなほこらしさを感じる。

 説明担当せつめいたんとうの先輩だけがかたを落としているが、我慢がまんしてもらうしかない。

 宮古が照準しょうじゅんを合わせる。腕部わんぶを固定する。もう、うでは震えない。

 アツシは宮古を信頼しんらいして、後方の警戒けいかいを担当する。宮古なら、本当にランクBの核に命中めいちゅうさせてしまうかも知れない。

 ガインッ、と金属きんぞくの板がねるような音が、上のほうから聞こえた。

 アツシは上を見た。直径ちょっけい六十センチほどのおのの刃みたいな何かが、アツシたち目掛めがけてちてきていた。


   ◇


「えー、それでは、今回の出撃の反省会はんせいかいを行いたいと思います」

 説明担当の先輩主導せんぱいしゅどうで、反省会が始まった。

 場所ばしょは食堂のすみの席で、ホワイトボードが持ち込まれている。説明担当せつめいたんとうの先輩がホワイトボードの前に立ち、作戦に参加さんかした隊員のうち十六名がきの席にいてかこむ。

「ねえ、東山寺。もしかして、あのとき、冷静れいせいだった?」

 となりの席の宮古が、アツシに声をかけてきた。

「あのとき?」

 アツシは質問しつもんの意味が分からずにき返した。

「私は、パニックになって、思考が停止ていししてたわ。ADPも動かなくて、本当にあぶなかった」

「ああ、あのときな。おれもパニックだったけど、咄嗟とっさに体が動いたんだ」

 ランクB狙撃そげき中に上からちてきたのは、先に見失みうしなったランクCデビルズパペットだった。

 アツシは奇襲きしゅうにパニクって、咄嗟とっさに宮古をかかえて、ころがってけた。宮古の胸とはらと地面が作る三角形の空間にうでを差し込めたので、せた宮古をスムーズにかかえることができた。

 ランクCは直径ちょっけい六十センチはあるおのの刃みたいな形状で、直前ちょくぜんまで宮古がいた道に落下らっかして、コンクリートをえぐった。先輩二人が即座に反撃はんげきに転じたが、路地ろじに入られて、結局逃けっきょくにげられてしまった。

「むむむ。アツシはADPを身体補助しんたいほじょに使ってるのね。思考制御一択しこうせいぎょいったくだと考えてたけど、検討けんとうの余地がありそうだわ」

 宮古はくやしげに、親指の爪をんだ。

 説明担当せつめいたんとうの先輩が、両手をたたき合わせてみなの視線をあつめる。

「今回は、重傷者じゅうしょうしゃ一名、軽傷者けいしょうしゃ二名、攻撃対象には損傷そんしょうを与えるも逃亡とうぼうを許す、と散散さんざんな結果となりました。残念ざんねんながら結果けっかは結果、次回の出撃のかてとするために、問題点もんだいてんと改善点を明確めいかくにしていきましょう。だれでも、意見いけんがあれば発表はっぴょうしてください」

『肩、複雑骨折ふくざつこっせつだったらしいよ』

『ADP隊員はつづけられないだろうな』

 不穏ふおんなヒソヒソ話がじってこえた。

意見いけんも何も、すべては村瀬の指揮しきが悪い、でわりでしょ」

 金色の長髪ちょうはつの女隊員が、ネイルをりながら不機嫌ふきげんに断言した。かみ型も化粧けしょうもケバめの、長身でスタイルの良い人だ。今回はADP予備班よびはんに入っていた。

「それはもうどうしようもないから、他の方向ほうこうからアプローチしたいかな」

 説明担当せつめいたんとうの先輩は、こまって苦笑いしながらなだめた。

「オレがどうしたって? オマエら、あつまって何やっとるか!」

 村瀬の怒鳴どなり声だった。

 全員が緊張きんちょうした。

「む、村瀬隊長、おつかれさまです。こ、これはですね」

「どうせ! オレの悪口わるぐちでも言っとったんだろ! オマエらのかんがえなんぞ、お見通みとおしだ!」

 村瀬はっていた。日本酒の酒瓶さかびんを手に持って、一口呷ひとくちあおった。

 認識にんしきとしては間違まちがっていない。反省会はんせいかいとは名ばかりで、村瀬の悪口わるぐち大会みたいなものだ。

「お! 宮古二曹みやこにそう! ちょっと付き合え」

 った村瀬が宮古に目を付けた。宮古の腕をつかみ、引っって、立たせた。

まちでオシャレなバーを見つけたんだ。これからみに行くから、一緒いっしょに来い」

 夕暮ゆうぐれの食堂で、十代半じゅうだいなかばほどの少女が中年男にからまれている。

村瀬曹長むらせそうちょう。私は未成年みせいねんなので飲酒いんしゅできません。申しわけありませんが、他の人をさそってください」

 中年男、村瀬が、少女、宮古のかたに腕をまわし、手で体をさわる。

飯食めしくうだけでもいいだろ? 上官じょうかんがわざわざさそってやってるんだ。ことわるのは失礼しつれいだと思わないか?」

 宮古の表情にいかりがかぶ。嫌悪けんおではない。無責任むせきにんな指揮で負傷者ふしょうしゃを出しながら、反省も後悔こうかいもする様子ようすなく、酒にってセクハラをり返す上官じょうかんへの、明確めいかくな怒りである。

 ここは、軍隊の地方基地だ。絶対服従ぜったいふくじゅうではないが、上下関係のきびしい場所だ。宮古はADP隊隊員で、村瀬はADP隊隊長で宮古の上官じょうかんでセクハラ常習者じょうしゅうしゃだ。

 村瀬にからまれる宮古を、アツシは近くのせきから見ている。アツシもADP隊隊員で、村瀬の部下ぶかで、宮古の同僚どうりょうで、三等陸曹さんとうりくそうである。

 アツシはまよっている。これから宮古が何をするのか、雰囲気ふんいきから分かる。

 村瀬はダメな上官じょうかんで隊長だが、一定の権力けんりょくとある程度の決定権けっていけんを持つ。それをやると何かしらのばつを受け、経歴けいれきに傷がのこる可能性がある。

 宮古は同僚どうりょうだし、けっこう話すようになったし、けっこう仲良くなった気がするし、かなり可愛かわいい。

 宮古も我慢がまんはしている。村瀬から顔をそむけ、歯噛はがみして、こぶしを強くにぎめている。我慢の限界げんかいが近いと、見れば分かる。

 村瀬はかまわず体をさわり、他の隊員たちは見て見ぬふりをしている。

 上官にはさからえないとあきらめているものもいるだろう。自分じゃなくて安堵あんどするものもいるだろう。心の中で村瀬に悪態あくたいをつくだけの小心者しょうしんものもいるだろう。

「まあ、仕方しかたないか」

 アツシは小さくつぶやいた。

 バキッ、と肉と肉がぶつかる音がした。

 村瀬は、アツシよりも少しが高く、筋肉質きんにくしつで腕もあしも太い。ダメ上官でも、軍属歴ぐんぞくれきが長い分だけ身体能力しんたいのうりょくが高い。

 だから、顔をなぐってもっただけだった。たおれもいたがりもせず、おどろいた表情で、突然殴とつぜんなぐりかかってきたアツシを見ていた。

 宮古も、他の隊員も、村瀬をなぐったアツシをおどろきの表情で見ていた。

「な、な、何をするか、東山寺! こんなことをして、ただでむと思うか!」

 村瀬は、いかりに顔をにして、アツシを指さしてさけんだ。

 しかし、周囲のややかな視線しせんに気づいて、舌打したうちして食堂を出て行った。

 アツシは、いたむ右手をかるく振る。

 上官をなぐってしまったので、最悪、除隊処分じょたいしょぶんになるかも知れない。

 後悔こうかいはない。

 宮古は、努力家だ。こころざしも高い。かならずやいつかエースきゅうのADP隊員になるだろう。

 そんな宮古が、こんなところで道をみ外すのがいやだった。あこがれ尊敬する宮古のためなら、自分が身代みがわりになろうともかまわなかった。

 村瀬をなぐった右手のいたみが、村瀬を殴りばせる腕力わんりょくがなかったことが、アツシには少しだけくやしかった。


   ◇


「おい、よろこべ、東山寺三曹。オマエがもっとも嫌がりそうな基地を見つけておいてやったぞ」

 村瀬は、嫌味いやみな笑みをかべ、書類しょるいをアツシにわたす。

 アツシは、物理的報復を警戒けいかいしつつ、書類しょるいを受け取る。

田鳥たとり基地に異動いどう、ですか?」

 異動辞令いどうじれいだ。除隊処分じょたいしょぶんでなくて良かった、と内心で安堵あんどした。

「行けば分かる。さっさと行け」

「はっ! お世話せわになりました、村瀬隊長!」

 アツシは心にもないことを口に出して敬礼けいれいし、村瀬の執務室しつむしつを後にした。

 廊下ろうかには、津田曹長つだそうちょうがいた。後方支援隊隊長こうほうしえんたいたいちょうで、マッチョで、今日も今日とてなぜか上半身裸じょうはんしんはだかだ。

 津田は、アツシにふかく頭をさげる。

「力になれずまない、東山寺。事情じじょうを君の仲間たちからき、村瀬に抗議こうぎしたのだが、ADP隊の問題もんだいと聞きれてもらえなかった。本当にまない」

 津田は本当に素晴すばらしい人だ。

「ありがとうございます、津田曹長。でも、自分でめたことなので、後悔こうかいはありません。これまで、本当にお世話せわになりました」

 アツシは津田よりも深くあたまをさげた。

「そうか。きみなら、どんな境遇きょうぐうに置かれても、必ず立派りっぱなADP隊員になれると信じている。相談そうだんがあれば、いつでもたずねてくれ」

 津田のエールに、アツシはこたえず敬礼けいれいで返す。津田の敬礼を見届みとどけ、背中せなかを向ける。

送別会そうべつかいはあるのか? あるなら希望者をつのって参加さんかしたい。費用ひよう全額持ぜんがくもとう」

「こんな形でわかれるので、皆への挨拶あいさつはしないつもりです。この基地にのこる皆は、村瀬曹長との人間関係を無視むしするわけにもいかないですから」

「そうか。そうだな」

 どこかさびしげな津田の同意どういを背中に、アツシは廊下ろうかを歩き出した。


 こうして、一つの青年たちの物語ものがたりは終わった。

 そして、あらたな物語が始まる。



/デビルズパペット第2話 若者と戦いと②  END

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