ヴァースの一門-1
弐。ヴァースの一門
ヴァース家が治める土地は、西大陸の東にある。
属するのはカナディアン古王国を前身とするカナディアン共和国。共和制を敷いてはいるものの、王制時代の流れのまま、土地を治める領主は当時の貴族が引き継いでおり、世襲制である。
当時と異なるのは、後継ぎ男子でなくとも構わないこと、嫡出でなくとも構わないこと、だろうか。
つまり、実子が盆暗であるなら優秀な者を養子にして後継ぎにしてしまえばよい、というのがカナディアン共和国の現在の風潮である。
その中にありながらヴァース家は、現在まで嫡出による世襲制を貫いている。これは、幸いにして盆暗が生まれなかったという単純な理由も挙げられるのだが、魔術士の血脈維持というのが最たるものだろう。
ヴァースは、領主としての顔よりも、魔術士としての顔の方が広く知られている。ヴァース一門というだけで、魔術士の挌が上がる、と言われるほどには由緒正しき流派である。古王国時代より続く流派は他にも在るが、ヴァース程の知名度はない。
知名度に関しては、ヴァースが領主一族であったことが有利に働いたと言える。魔術士のみで構成される集団よりは、表舞台に立つ頻度が高くなるのは自然の摂理であるからして、当然の帰結であろう。
だが、それを妬む輩が存在するのも事実であり、表舞台はともかく、裏の方は真っ黒なのだが。
閑話休題。
ヴァースの治める土地は海に面しており、そこにそこに注ぐ川の源流も領内である。山頂から裾野まで広く治めるこの地を“母なる地”と呼び始めたのが、家名の由来だという。領地もそのままヴァース領と称す。
ヴァース領の領主はこの地の最高権力者ではあるが、ヴァースの家長ではない。ヴァースの家長は魔術士ヴァースの頂点に君臨し、ヴァース一門の頭首として存在する。その弊害で、魔術士としてのヴァースは稀に治外法権的な主張をする。勿論、突っぱねられないと領主にはなれない。だが抜け道として、かつての頭首には領主も兼任した猛者がいたという記録もある。
そもそも領主と頭首が同一ではないのは、その業務が多過ぎるからである。初代があまりの煩雑さに匙を投げて役割を分けたと言われているが、良い仕事をした、と歴代領主に必ず感謝される。それほどまでに多忙を極める。
そして当代はというと。
ヴァース一門頭首、バルムンド・ヴァース。
ヴァース領領主、ウィルレイナ・ヴァース。
彼らは、祖父と孫娘の関係になる。
ヴァース邸――とはいうものの実質領事館――に帰邸した琉瑠は、自室としてあてがわれている部屋に向かう前に、領主に呼び出された。玄関をくぐったばかりで伝言を受けた為、フェアウェルトとアストも同行した。
領主の執務室を叩扉すると、中から爽やかな声で入室を促される。
「お呼びでしょうか、領主さま」
「呼んだわー。……あら、ウェルとアストも一緒なら丁度よかった」
銀髪の派手な美女が、執務机から顔を上げる。
「そこ、座って待ってて。すぐに終わるから」
そう言って窓際のソファを示すと、控えている侍従に茶器の用意を命じる。
3人は促されるままに座った。二人掛けにフェアウェルトと琉瑠、隣の一人掛けにアスト。腰を据えると間もなく、飲みものが用意される。琉瑠とアストには紅茶、フェアウェルトは珈琲だ。
「有難う」
侍従は軽く頭を下げると、再びウィルレイナの背後に控えた。
紅茶を一口啜って、琉瑠は溜息を吐く。
「レイナさん、相変わらず大変そう」
「領主だからなあ」
アストは紅茶には手を付けず、卓に据えてあった甘味に手を伸ばす。
「書類はともかく、実務は兄貴と分業してるからそこまで姉貴の負担はない筈だけどな」
熱い珈琲を呷るように飲んで、フェアウェルトは呟く。
「俺はラズが領主を継ぐもんだと思ってたけど」
「兄貴は領主よりも頭首向きだな」
「レイナの方が頭首向きじゃない?」
「純粋に魔力量とかの資質だけならな」
琉瑠も甘味を口に運びつつ、ウィルレイナの様子を眺める。
「魔術士の連中はどこも独特だからな。姉貴みたいな綺麗な魔術だと何かあったときに抑えられない」
ウィルレイナを取り巻く魔力は、美しく渦を巻いている。
「あんなに戦闘狂なのに?」
「戦闘狂なのに」
フェアウェルトとの手合わせの後だからだろう。いつもよりも魔力が溢れ出ている。常ならば、身体に沿って流れるくらいなのだが。
「姉貴の魔術は正統派だからな。あまり力技で押し込めらると弱い」
「でもそもそも、レイナさん相手に力技が可能なのってそんないなくない? 魔力量多いし」
「俺らくらいだな」
だから、ウィルレイナは頭首にはならないのだ、と。
ヴァース一門次期頭首と目されているのは、目下、フェアウェルトであった。