魔の宴-3
アストは溜息を吐いた。またか、と。琉瑠のこれは常習だ。
「財務長官のご挨拶、わたしは聞いてないの。お名前、教えてくれるかしら?」
艶やかに微笑みかけ、艶めいた声音で問い掛ける。
落ちたな、と。その場の皆が思った。
「……おいウェル、琉瑠の暴走が始まったぞ」
「今更だ。男じゃないなら構わない」
独占欲を隠そうともしていないフェアウェルトだが、琉瑠のこの悪癖には無関心である。この艶やかな笑みを男相手に向けようものなら、それが譬え仲間内でも闇討ちを辞さないくらいには嫉妬深いフェアウェルトだが、琉瑠のこの色香は、何故か同性にのみ発揮されるのだ。
そして女性相手だと寛容になるのは、ひとえに琉瑠の環境ゆえ、だ。
「わたし、おともだちがあまりいないの。仲良くしてくれると嬉しいわ」
はるばる東大陸から西大陸に渡海してきた琉瑠には、友人がいないのだ。
そのことを承知しているフェアウェルトは、琉瑠の女性関係には口を出さない。いや、出せない。
「フェアウェルト、俺らも一応性別男、だけど?」
「それこそ今更だな。ヴァースの連中は仲間だ。男じゃない」
つまり、琉瑠を恋愛感情で見たら、容赦しない、と。
なんとも面倒な御曹司である。
要するに、
「ウェルは過保護なんだよ」
「……レイルルには過保護なくらいで丁度いいとは思うがなあ」
女タラシ全開の琉瑠だが、ヴァースの中では年少の部類だし、この集まりでは最年少だ。年長者が世話を焼きたくなるのは当然というもの。
とは言っても、上下関係があるわけでもなく。実力としては対等だったりするのだが。
「……迂闊なんだよなあ」
男たちが過保護に見守る中、琉瑠は財務長官令嬢を口説き落とした。
「瑚紅珠・玲琉瑠というの。レイルルって呼んでくださる?」
「わ、わたくし、は、ロナリー・ガラルドと、申します」
「ロナリーね。ロンって呼んでもよろしいかしら?」
「か、構いません、わ」
財務長官令嬢、改めロナリー嬢は、熱に浮かされた様子で琉瑠に答える。
ふふ、と笑みを零して、琉瑠はトドメを刺す。
「やっぱり可愛い声ね」
間近で見つめられ、蠱惑的な笑みと声を至近距離で浴びてしまったロナリー嬢は、……その場で意識を飛ばしてしまった。
意外過ぎる展開に成り行きを黙って見守っていたロナリー嬢の友人たちが、彼女を介抱して帰っていく。
「うふふ」
「ご機嫌だな、琉瑠」
「ええ」
だって。
「コネも最高のお友達ができたわ」
「……存外に利己的だな」
まさかそんな思惑があったなんて思わなかった。
「打算かよレイルル」
「コネも、って言ったでしょ。可愛いからお友達になりたいって思っただけ。家柄も良いってオプションは喜ぶことではあっても残念がることじゃないでしょ」
確かにそうだが。
「これで領主さまのお手伝いがかなりやり易くなるわね~! お友達がいるのといないのとではあちらの対応も変わってくるから!」
打算塗れにしか聞こえない。