魔の宴-1
壱。魔の宴
先程まで飲んでいた店に戻り、連れの待つ席へと向かう。柘榴月の日には、同じ流派の若手で飲むのが恒例となっている。若手とは言えども、魔術士として独り立ちした者しかいない為、この場では琉瑠が最年少である。
「お待たせー」
「おかえりー、あれ? 御曹司がいる」
「ほんとだ、お疲れ様です。今日は来れないんじゃありませんでしたっけ」
「間に合わないかもしれないとは言ったけれど来れないとは言ってないな」
「似たような意味ね」
アストと琉瑠が座っていた席は空いたままだったから、二人はそこへとおさまる。ウェルは店主に言って椅子をもう一脚もらうと、琉瑠の隣についた。椅子を持ってきてくれた店員に葡萄酒と蒸留酒を注文する。
「てゆーか御曹司、御曹司なら魔物の暴走くらい率先して対応してくれよ」
「悪いな、地下に籠ってた所為で連絡が遅かったんだ」
「ああ、領主さまのいつもの」
「レイナも少しは自重してくれればいいんだけどねえ」
口々に話していたら、人数分の葡萄酒と蒸留酒が運ばれてきた。それから、注文していない筈のつまみも。
「あら店主、私、つまみもお願いしたかしら?」
「さっきの騒ぎで被害が出なかったからな」
ちょっとしたお礼だ、そう言って、店主みずから、生ハムやら干物やらを並べていく。
「気が利くじゃねえか店主、有難う」
「有難くいただくわね」
礼に礼を返して、改めて杯を傾ける。
「じゃあ、本日2度目だけど! 我らがヴァースに!乾杯!」
「乾杯!」
「乾 杯!」
「乾杯!」
思い思いの言語で乾杯を告げて、一気に呷る。
魔の宴、これからが本番である。
「とは言っても俺ヴァースでもなけりゃ魔術師でもないんだけどね」
重量のある硝子杯の中身をあっという間に飲み干して、アストはあっけらかんとそう言った。
ディローブ・ジェイ・アスト。
黒目に黒緑色の髪、浅黒い肌の彼は、南大陸の出身だ。母国でディローブ一門といえば名だたる武術家で、本人も相当の手練れ。因みに魔術の才能は皆無である。
「まあ今更じゃね?」
口の端を上げて薄く笑みながら、アストの隣の男が早速生ハムに手を伸ばす。
カナリエ・グロフト。
栗毛碧眼のお調子者。軽そうな見た目から侮られがちだが、ヴァース術派の将来有望株である。
「そうですよ、御曹司が連れてきたご友人ですもの、今更遠慮はなしです」
のんびりとした口調で、どの隣の女性が笑む。
スロニカ・テネシー。
ふわふわの黒髪と碧眼の可愛らしい小柄なお嬢さんだが、この集まりの中では最年長である。実年齢は訊くなかれ。
「あ、スローンの食べてるやつ僕も食べたい。どれ?」
「これですよ」
スロニカから皿を受け取って、少年が礼を言う。
マギシア・フレン。
どこからどう見ても少年にしか見えないが、歴とした成人男性である。銀髪黒目の彼は他術派の門下で、魔術の適正の関係でヴァース派にうつってきた。
「わたしはそちらのが食べたいな。レイルル、取ってもらってもいいか?」
「はいはい」
スロニカとマギシアの間に座る男性が、琉瑠に皿を渡す。
クロード・ラス・ファウエルン。
赤髪茶眼という情熱的な色彩を持つ彼だが、性情はいたって温厚。どこぞの貴族の子弟らしいが、本人の口から聞いたことはない。
「どうぞ」
皿に盛ったマリネをクロードに渡して、琉瑠は杯を呷った。
瑚紅珠・玲琉瑠。
紅髪紅眼の彼女は、その身に纏うものも紅で統一されていた。アストと同様にこの国の生まれではなく、彼女は東大陸の出身だ。
「ウェルは?」
「じゃあそこの乾酪を」
葡萄酒の入った硝子杯を傾けながら、ウェルは答えた。
フェアウェルト・ヴァース。
ここら一帯を治める領主一族であり、また歴史ある魔術流派の一門でもあるヴァースの青年である。黄金色の髪と瞳という派手な見た目に相応しく、華々しい日常を送っていた時期もあるとかないとか。同門に限らず〝御曹司″などと呼ばれたりするのは、領主さまの弟だからだ。
この面子で柘榴に集まるのが、彼らの不文律となっていた。
領主を筆頭とした流派の若手、というだけで目立つものだが、それでなくとも彼らは目立った。視覚に訴える色彩も、その容貌も。
美男美女しかヴァースの流派には入れないのか? と冗談交じりに囁かれる程度には、彼らの見目は整っていた。だがしかし、適齢期の見目麗しい男女がこれだけ揃うと、毎度のことながら起こりうる事態がある。
「フェアウェルト様ぁ、こちらで一緒に飲みません?」
「こっちにどうだいスロニカ嬢、奢ってやるからさ!」
大衆居酒屋だからという点も原因の一つとして挙げていいかとは思うが、他所の席から誰かしらが誘われるのだ。
「……今日はスローンをお呼びのようだね」
「ウェルも呼ばれてるけど、毎回よく誘えるよねえ」
クロードとアストがのんびりとぼやくが、呼ばれた当の本人たちはといえば、無視である。……これも、毎度の風景だ。魔の宴の最中にフェアウェルトが誘いに乗ることは、ない。
「店主、酒の追加頼めるか」
「承ったよ」
黄色い声をなかったようにして酒を追加するのもいつも通り。
だが、今日は少しだけ、いつもと違った。
「余所者でヴァースの皆様を独占するの、やめていただけません?」
高圧的な物言いが耳に入り、七人は揃って胡乱な目を向けた。