間章 5 『死に場所を求めて』
レイピアで与えられたダメージはあまりにも少なかった。連撃で与えた傷も切っ先で皮を切る程度の刺し傷がいくつかだけ。一応一通り武器は扱えると自負しているもののあまり達者ではない。飛んでくるタイミングとコントロールは素晴らしいのだが、何が飛んでくるかわからないのは、それはそれで怖い。この飛んでくるまでの間にアーガイルはこちらに錨を叩き込もうと左腕を振り上げ、おろし始めた瞬間。ザクリとアーガイルの振り上げられた左腕に突き刺さり肘に繋がら腱を断ち切られたことでアーガイルが初めて錨を振り落とした。その錨は半回転した結果、ユーリの髪先をその切っ先で僅かに切り後ろに背後にめり込む。突き刺さっている大剣を目視で確認し、咄嗟にユーリは錨からアーガイルの腕から伸びる鎖を力の限り踏みつけ跳躍する。一瞬視界の端、大剣の飛んできた方向には剣の装填された射出砲が見えた。アーガイルは、鎖を思いっきり引かれたことにより、わずかによろめき迎撃が遅れる。その隙をついて、左腕に突き刺さった大剣を掴み、レバーよろしく引き倒すと意外に関節部を引き裂いて、あっさりと抜ける。その勢いのまま着地すると、
「そーーーーーーらっ!!!!加速!!!!!!」
吠えると同時に遠心力と風魔法で加速した勢いに任せて大剣をハンマー投げのように振り回し、アーガイルが右手に持っている錨に叩き落した。大剣がその勢いに負け砕けると同時に、もろに受けた錨が根元からポッキリと折れた。腕に電撃が走ったかのような痺れに襲われる。反動が付きすぎたようだ。震える指に一瞬目が落ちかけて、迫る拳に一瞬反応が遅れディフェンドの効果が聞くもノックバックで10m程吹き飛ばされた。
急速に遠ざかるアーガイルが見えた。直後に上下が分からなくなるほどに叩きつけられ回転し、やがて止まる。痛みは思ったよりもない。おそらく鎧のガードが効いたのだろう。
できるだけ早く起き上がる。が、力が抜け膝をついた。ユーリがもたついている間に飛び道具をかいくぐったアーガイルは、その巨体を自在に操り、地面に突き刺さった錨をダイビングキャッチで掴むと、体勢を立て直しもせずに、ユーリに向けて突進してくる。射出砲を使って大量の剣が断続的に飛ぶ中そのことごとくを叩き落としてあと数歩のところで、間にサラが割って入った。
「氷壁!!……氷杭」
凛とした声がアーガイルの足音をかき消すように響いた。その瞬間、現在の間合いとほぼ同じ厚みの氷の壁が出現した。体制の崩れた状態のアーガイルはそのままの勢いで氷の壁に追突し半分ほどめり込んだ。そこにもう一つの魔法が唱えられた。その言葉には僅かな覚悟の色が伺えた。氷の杭はアーガイルの膝を割り、腕の骨を串刺し、腹を抉った。瞬間、透明だった氷が真っ赤に染まる。血を浴びた氷が湯気を上げながら急速に溶けていく。終わった。そう思った。あまりにあっけない幕引きだったと。そう考えた。しかし、その氷は振るわれた錨で弾け飛んだ。断末魔のような咆哮を上げ全身を血で染めた赤鬼は錨を振り回した。
これでも生き続ける彼は本当に化け物なのだろう。常人ならすでに5回は死んでいそうなほどボロボロの肉体で、半分は肉塊と言えるほど形を失いつつある。命ある限りいずれは生き返る鬼族を殺す方法は2つ伝えられている。一つは同じ血のながれる肉親であること。もう一つが複合魔法で心臓に触れること。この鬼を殺しきるには単一属性魔法では時間稼ぎにしかならない。この世で最も殺し難い人型生物。
「サラ、ディラン……時間稼ぎは任せる」
「……ここまで来たら一思いにやってやってくれ」
二人からの攻めが激化しても未だに錨を振り回すアーガイルの目はつぶれていたようだ。こちらとしては好都合だ。
ユーリは手に魔力を集中させる。使うのは2つの魔法。相手の肉体を透過させる透過爪これで腕を入れればアーガイルの分厚い胸部を貫くことなく心臓に触れられる。手術などで使われる医療魔法だが、戦場では相手の心臓や臓器を抜き取り殺すのによく使われる。うまくコントロールすればそれができる魔法だ。もう一つが、アーガイルを殺すための技。変わりやすい天候水・氷・風・雷の合わせ技。一定空間を4つの属性がぶつかり合う技。本来は敵の半径1m程の空間に発生させて滅多打ちにするが、アーガイルには心臓に当てないと意味がない。さらにユーリは雷に関しては軽い電流程度の威力しか出せないが、体内で流すのならそれだけで十分な威力に変わる。
魔力が右腕に集まるのを感じながら、イメージを作り上げる。間合いの詰め方、魔法の発動タイミングと標的物の位置。それからアーガイルを殺す覚悟をこの瞬間に固める。
_______本当に殺す以外の方法がないのか?
「_______……ッ!?」
いまさらながらの疑問を抱く。しかし、思い浮かぶはずもなかった。ユーリはその時間を放棄したのだから。冷静な状態なら何か浮かんだかもしれな。今までの知識のすべてを使って新しい魔法を開発できたかもしれない。それでも、ユーリがそれをするにはあまりに欠けたものが大きすぎた。
意志の固まらないまま、ユーリは地面を蹴り加速を始めた。その間合いは瞬く間に近づき、不規則に振り回される錨を掻い潜った。アーガイルの鳩尾めがけて腕を突き出す。
「透過爪!!」
そう唱えた瞬間、魔力を消費した感覚と共に自分の指がその分厚い筋肉を素通りした。徐々に入っていく指は霊長類とは思えないほど頑強な肋骨おもすり抜ける。微かに指先に感じる心臓の鼓動を頼りに指を入れる。器官を透過するたびにわずかな抵抗感がある。肺の外装と肺胞のその先、手が入りきったところでようやく短距離選手の10倍ほどに肥大化した心臓にたどり着いた。そこまでにかかった時間は体感にしてみれば10分ほどに感じられた。しかし、実際は1秒にも満たないものだった。そして、一瞬の躊躇のあとその心臓に触れた。
バンッと大きくアーガイルの体が跳ね上がった。しかし、ユーリは触れた心臓から指を離すことはなく。そのあまりに弱弱しい鼓動を指で感じる。弾力のある心筋の小さな血管までを感じ取れる。アーガイルは抵抗をやめたように錨を取り落とし、動きを止めていた。魔力の込められた指をアーガイル自身も知覚できたのだろう。あと一言、呟くようにその詠唱を言えば、終わりにしてやれる。だが、その言葉がなかなか口にできない。
シェイドに教えられてきたのは魔物を殺す術だった。その技をアーガイルとの手合わせで初めて人に対して使った。そしてその時「それは人間を傷つけるためでも殺すためのもでもない。守るためのものだ。」そう教えたのは誰でもない彼だ。そして、彼は「それができなかった儂が言えた事ではないがな」そう寂しそうに付け加えたのを今でも覚えている。
俺の知る限り最も強い男が彼だ。彼を尊敬している。その強さ、その冷静さ、そして何より慈悲深い。もしユーリが王の素質を持ったものは誰だと問われればまず間違いなくこう答えるだろう。ディサムス・アーガイルであると。未だ幼い自分の中に燦然と輝く憧れの象徴が今、まさに自分が殺そうとしている男だ。仕方がないと言って切り捨てるには、あまりにも大きすぎる。ユーリは彼の過去をほとんど知らない。それでも彼の人となりを知りすぎている。一度迷いが生じるとその考えを振り払えない。
「何してる!!はやく止めを!!」
ディランの声が耳に入るが俺は答えられない。揺らぐような決意など最初から決めていなかった。アーガイルが動きを止めた今。危険もなく考えられる。それでもいつまでもこうしてはいられない。
「……」
「もう……よい……転送……」
「えっ?」
そんな微かな呟きに顔を上げかけたその瞬間、大きん手によって塞がれ、視界が暗転した______
急激な浮遊感から解放され地に足が着いた瞬間、目隠しでバンジージャンプをした直後のようなおぼつかない感覚とジャイアントスイングで振り回されたのに近い気持ち悪さで、四つ這いになり、空っぽの腹の中から胃液を吐き出した。
「_______っあぁぅあ……ぅぇう……っは!!」
一通り吐き出して、ようやくあたりを見回す。
薄暗い洞窟の中のような場所、辛うじて魔光石が設置されて明かりがあるような状態だ。地面も先ほどの大理石とは打って変わって普通の土のようだ。しかし、土というには語弊がある。正確には岩石や岩盤といったところだろう。
あたりを見回し部屋の中央にアーガイルが仰向けで倒れているのを見つけた。ゆっくりと歩み寄るとこちらに気付いたのかこちらに顔を向けたが、片目は完全につぶれ、もう片方の目も半分しか開いていなかった。額の刀角も根元のあたりから折れすぐそばに転がっている。
「そこに……いるのは、ユーリ……カルレスか?」
「ああ、そうだ……アーガイルさん」
その答えにアーガイルは僅かに口をほころばせると
「カルレス……聞きたいことはいくつかあるだろう……」
そういって切り出した。
「結論から言おう……あの状況を打開するには儂を殺すしかなかった……配下、魔物含め全員儂の浸食を受けさせてある……儂を殺さねば止まらぬし、殺せば魔物もろとも感染者は全員死ぬ……もとからもう助からない状態の者への延命に使ったものだ……結局苦しめるだけになってしまったが……いたしかたない……それと……カルトの戦いは儂の角が折れたことで終わりだ……全魔力を消費してへし折れよった……眷属とのパスも全部切れた……今頃は土になっている頃だ……」
息も絶え絶えにアーガイルが語る内容は、ユーリの聞きたかったことだった。
「……そうか……」
長い沈黙に入りかけ、先ほどから疑問に思っていたことを尋ねた。
「それで……ここはどこなんだ?」
「ここは……世にある10の自然ダンジョンの一つ……鬼逝島のコロニー、ダンジョン……その最下層。儂が先代のウォルトゥム・アーガイルと……生涯一人と決めた女を殺した場所だ……」
「鬼逝島……鋼刃蟻の巣ダンジョンか!?なんでそんなところに……」
記憶は定かではないが、カルトから南に200km程行ったところにある孤軍列島の島の一つがこの鬼逝島。鬼おも殺すといわれる鋼刃蟻。別名シャクラアントという魔物が大量に生息する危険地帯。その鋼刃蟻が形成する複雑な巣がダンジョン化している。多くの鉱石や蟻に殺された者たちが身に着けていた金品が運び込まれる宝物部屋まである自然ダンジョン。生存率数パーセントの高難易度で知られている場所。
「ここがアーガイル一族の最後の地だからだ……これまでの頭首15人が全員この場所で己より強くなった我が子の手によって殺された。儂も本来ここで息子と殺しあうはずだった。」
伝統にのっとるのであればアーガイルの言うとおりだった。しかし彼は
「でも、お前は生涯未婚を貫いた。」
「ああ、そのとおりだ。」
アーガイルは首肯する。
「儂に残された。最後の時間……話を聞いてくれるな?」
ユーリは黙ってうなずくことしかできなかった。それを見たアーガイルは顔を正面に戻し、ぽつりと語り始めた。彼の生きた道と遺言を
ユーリが懐に飛び込んだ直後、アーガイルの身体が大きく震え、ガムシャラに振り回していた錨を取り落とした。その錨は大理石を突き破り切っ先が重さで土に大きくめり込んだ。しかし、そのまま数秒が経過していた。この場にいるものならわかる。ディサムス・アーガイルはまだ死んでいない。しかし、明らかに殺気が消えている。静かに包み込むように膝をつきユーリを包んでいるようにすら思える。それでも彼を殺さなければ、状況は終わらない。それはこの場にいる全員の見解。
この状況に最初にしびれを切らしたディランがまくしたてる様にユーリに怒声を浴びせた。
「何してる!!はやく止めを!!」
それに、ユーリは無言のまま答えることもない。ユーリが懐にいる以上下手に攻撃することもできない。万が一にも魔法を暴発させたらユーリ自身もただでは済まない。あれこれ考えている間にアーガイルが身じろぎをし始める。何かを呟きながらユーリの灰色の髪をなで最後に目をふさいだ。その瞬間、空間が大きくゆがみ2人の周りが半透明になり、1秒もしないうちに、その姿は消えてなくなった。
「何が起きた!?」
私は思わずいら立ちの入った声を2人に向けた。
「わからない……けど、今のは転移魔法だと……思う……」
サラが自分の見解を口にする。
「転移魔法?行先はわからないのか?」
「わかったら苦労はしねぇーよ。多分、転移魔法を使ったのはおやっさんだ……魔力の残りから2000~4000km圏内でおやっさんの行ったことのある土地としか言えないな。」
自分で言っておいてなんだが、その範囲はあまりにも絶望的な数字だった。カルト国内であればまだましだが、それ以外は7割の面積が下層域、敵対国である魔族国家ディルハンドレイド帝国の領土内ということになる。
一人を探し出すために軍を動かすことのできない場所ということになる。それにあそこは人間族の生活できる環境でもない。
思考が嫌な方に進みかけたところで、背後にあった入り口の扉が唐突に開かれ、サイの亜人が顔をのぞかせた。
「おい!!こりゃどうなってんだ?突然魔物が土に還ったんだが……アーガイルをやったのか?……っ!!」
あたりを見回して、サイの亜人は肩口から胸まで叩き切られて死んでいる2人の同僚を見つけ息をのんだ。そして、目を伏せたところで
「土に還ったというのは、確かですか!?」
サラがサイの亜人の言葉に食って掛かる。
「あ……ああ、一斉に動きを止めたと思ったら、すぐに形を失って……」
サイの亜人が引き気味に答えると、それを受けてもう一度考える。
「ということは、アーガイルを鬼たらしめていた魔角が砕かれたということでしょうか……」
「そうなるだろうよ……それよりもユーリがどこに飛ばされたのか突き止める方が……」
「まぁまぁ……とりあえず、ここ出ようぜ?崩れかかってるしよ……」
サイの亜人から遅れて、講堂内に入ってきたイノシシの獣人が気の抜けた声でそう申告する。確かに先ほどから妙に砂やら塵やらが天井から降ってきていた。これは確かにまずそうだ……
「そうですね一先ず、脱出しましょうか……先導をお願いします。」
そういってイノシシの獣人に指示を出した。
「あんたに何かあるとこまるからな……しゃーない。付いてこい」
生き残った5人はイノシシの移動補助の魔法を使って、講堂を抜け長い廊下を一気に駆け抜ける。補助のおかげで馬に匹敵するような速度まで加速する。これまた長い階段を駆け上り、主戦場だったホールに躍り出た。そこには、人の形をしたものは一つもない。砂になって崩れていた。ホールは小さな砂漠のようだった。血の臭いと湿気をすべて吸い尽くし乾燥した空気。むしろ空気中に砂の粒子が混ざっているようで、呼吸するたびに咽てしまいそうになる。かといって咽て、せき込めばより砂を吸い込むことになる。全員が布を口に巻いてから走り始めた。そして30秒もしないうちに入り口にたどり着き、扉を突き破り外に脱出した。雨はいつの間にか上がり、晴れ間が見える空の下
「「「「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」」」」
幹部メンバーの生還に広場が地響きが轟くような歓声が5人を迎えた。
全員が息を整え、5人が城塞の2階部分に上がり広場を見下ろせる位置に立った。そこで私は反響の魔法を使い話始める。
『皆さんのおかげで、先ほどこの城塞にいる魔物の掃討が完了しました。まずは、御礼申し上げる。』
私のその言葉に再び歓声が起きる。しかし、『ですが、』と付け加えると、広場の歓声は一瞬にして静寂へと変わる。
『失われたものは戻らず、犠牲者を正しく埋葬することも叶わない状況です。』
静寂の中に私の声だけが響き渡る。何度やってもなれることはない。
『カルトの街も今は荒れ果て、明日もわからぬ暗闇の中にいることは重々承知しています。』
それでも今の私にはやるべきことが、果たすべき使命がある。
『しかし、我々の願いに耳を傾けて欲しい。できることならその力を貸してほしい』
私はまくしたてる様に言葉を続ける。切迫したこの状況は果たして彼らに届くだろうか?
『一人の少年がディサムス・アーガイルとの戦いにおいて、転移魔法により行方が分からなくなりました。勇敢に戦い強敵を打ち倒した彼は今尚、危険な状況に立たされていることでしょう。』
『そこで、彼をユーリ・カルレスを探し救ってもらいたい。』
そして、私は一つのペンダントを取り出した。中央に城塞を象ったチェスの駒が組み込まれた腹圧な紋様のいくつかの宝石の付けられたシルバーのペンダントを高々と掲げる。4人がギョッとした顔で私を見つめる中で名乗りを上げた。
『旧王国騎士団、団長代理。ルーク……コリディアス・プロメテウスの名において!!』
今一度大きく息を吸うと私コリディアス・プロメテウスは兵士たちに宣言した。
『この場にいる全員に、緊急指令を発令する!!これは旧王国騎士団からの正式な依頼である!!我らが友を必ずやクイーン、ラプラスの元へ連れてきてほしい』
その言葉に小さなざわめきが起きるとそれが伝播するように騒がしくなり、広場は再び歓声に包まれた。
彼を必ずあの方のもとまで連れていく。その決意を今一度胸に刻み付けて、行動を開始した______




