間章 4 『鬼の一族』
7人が講堂の中へと踏み込んだ直後、後ろ手に扉がギシギシと重い音を立てて閉じた。
重い音が反響した講堂内に明かりはなく、やがてその音も闇に吸い込まれるようにスーッと失われた。どこまでも続いているように錯覚する闇に身一つで投げ出されたような不安に駆られる。
先ほど一緒にこの行動内へと踏み込んだはずの7人はお互いの顔すらも認識できないでいる。やけに心臓の音が大きく聞こえ、それが他の音をかき消しているのか、隣に立っているはずの運び屋やサラたちの息遣いすらも感じられない。それはまるで闇が音を吸収しているかのような。精神を蝕む静寂。
やがて、耳鳴りが聞こえ始めても誰一人声を上げない。この場にいる全員が感覚を限界まで研ぎ澄している。それを肌で感じられるようになってようやく全員の位置が把握できた。
チャラッ……______
不意にそんな微かな金属のこすれるような音がこの苦痛な静寂を破った。それは同時にこの場にいる全員に一層に緊張を与えた。いると思っていた者のいない空間に確かにそれがいた証明だったから。正確には今の微かな音はエコーでおそらくこの部屋の主は俺たちを把握した。全員が身構えそうになった時、咄嗟に盾を構えた兵士が前に飛び出し、その後ろおそらくディランが遊撃のポジションを取る。ユーリのサイドにいたであろうサラと運び屋がその後ろについて前方防御を固める。後ろにいた二人が横に展開し6人がユーリを守るようにカウンター狙いの正面防衛陣形、槍型を組んだ。その時だった。
ジャラ……ジャラジャラ______
部屋の奥から激しく金属がこすれなにか重たいものを二つほど持ち上げたかのようなその音は鎖だった。そして、次の瞬間には、闇を切り裂くように二つの物体が飛来した。暗闇に慣れ始めた目ではそれが何なのか判断できなかった。ただ、何かが飛んできた。頭ではそう認識できていた。
ゴシャッ_______ガッ
両サイドからそんな生々しい音と何かが飛び散ったのか服が水しぶきを受けたかのように湿る。不快な生暖かさが布ごしに感じられ、さらに「……ぁぁ____ぁ……ッ」声にならない悲鳴を聞いた。両サイドからほぼ同時に肺の空気がすべて抜ける最後の吐息が聞こえた……
その瞬間悟った。この数日幾度となく感じてきた___死___
サイドを2人が固めていなければ間違いなく自分自身に降り注いでいた。
そのことに気がついた瞬間、ユーリの全身から冷たい汗が噴き出した。
今この瞬間、死にもっとも近い場所にいるのは間違いなく自分であると錯覚する。それは錯覚などではないかもしれない。
精鋭で組まれていたはずの都の先行部隊2人を一瞬のうちに葬った。この講堂にいるだろう敵、ディサムス・アーガイルは間違いなく自分など及びもつかないほどに強い。それだけはわかってしまった。
「ユーリ、ボケっとすんな!!」
ディランのその声に我に返ったユーリは牽制を兼ねて、水灯の青い炎を圧縮し球体に変えると、アーガイルのいると思われる正面へ向けて投擲した。時速100㎞/h程で真っ直ぐ飛んだ火の球は2秒もたたずに何かにぶつかり、炎が狙い通りに部屋全体に弾けた。飛び散る炎が講堂の各所にある燈台に引き寄せられるように飛び、青い炎を灯した。青い炎が燈台にともったのは一瞬で、魔法の作用を失いオレンジ色の炎に変化した。
そうして、ようやく部屋の全体像が把握できた。床と天井は全面大理石で壁は無機質なコンクリートのような材質。天井までの高さは8m程。全体は六角形の部屋の中にさらに小さな六角形の空間を作るように規則正しく配置された柱が立っているが、所々削れたり、へし折れたりしている。部屋が崩落しないように支えているというよりは、装飾で置かれているような印象を受ける。見回してみると壁の至るところに血飛沫のあとがのこり、肉片や骨のかけらが飛び散っている。この惨劇の中心に彼……否、人であることをやめた化け物の姿があった。
返り血と自らの血で赤黒く染まった傷だらけの体躯。そんな中、額にひび割れた歪な刀剣角だけは一切汚れていなかった。しかし、体内魔力が残っていないのか鬼人族に備わっている異常な再生能力が機能していないようだ。肉体には刺し傷や切り傷、火傷、巨大な杭で穿たれた傷も見受けられる。なによりもその両腕に巻かれた鎖に目が行った。その鎖は腕から一本づつよれながらもこちらへとまっすぐ伸びている。その鎖はユーリの足元まで伸び、そして、通り過ぎている。
後ろを振り返りたくない……でも、獲物を確認しなくてはならない。俺はアーガイルが何を使うのかも知らない。それでは、勝ち目もない……
意を決して振り返るとそこには、肩口から斜めに抉られた2人の亡骸が扉の両サイドに打ち付けられていた。その切り口はまるで鏡写しのように左右対称でほぼ同一の角度から入れられたものだろう。そして、肝心の獲物は、壁に突き刺さった錨が2つ。その大きさに面食らった。かなりの厚みと幅で2メートルはある鉄塊。見た目から軽く300㎏ほどはあるだろう……これを飛ばしてくる腕力も驚異的だが、何より恐ろしいのは正確さだ。アーガイルからは俺らが見えなかったはずなのに二人の切り口はほぼ同じ。肩口から入り心臓を確実に通りみぞおちの下あたりまでを切り裂いている。一瞬でも息があったのが奇跡とも呼べるレベルだ。鋭利な刃物で切断したような切り口だが、この錨はアックスのカテゴリーでどちらかというと叩き切るものだ。どんな速度で飛んでくればこうも見事な切断面が生まれるのか。こんなものかすれば腕が飛ぶだろう。よもや彼は本物の化け物になっていた。
御年186歳となるアーガイルも本来ならとっくの昔にああ成っていてもおかしくなかった。
鬼人族は長命だ。その寿命は500年。しかし、そのほとんどの時間を人ではなく鬼として過ごすことが宿命付けられている。鬼族の多くは100歳を超えたあたりから自我を失い始め125から150歳までには、完全な鬼と化す。そのため暴走を始め、国などから討伐命令が下る。故に、その子孫は、親が鬼になる前に手を下す。これが鬼人族が人里で暮らす絶対条件。鬼人族の肉親同士の殺し合いの歴史。そんな理由から鬼人族の家長は一人の例外もなく、自らの親に手をかけている。それはつまるところ、代を重ねるごとに当主が強くなることを意味している。そして、アーガイル家は全種族最強と謳われる鬼人族で最も強い家系。しかし、彼はアーガイル家を当代で滅ぼす決断をした。それは、親類殺傷の運命だけでなく鬼人族の出生の問題からだった。
鬼人族の子は必ず母親の腹を自ら割きはい出てくる。その自らの額に飛び出した角で。強大になりすぎたアーガイル家の子供は生まれた時点で20センチほどの角をはやして生まれる。それにより、母親は惨い死を迎えることになる。彼にはそれが納得できなかったのだ。
それでも方々からの反対によりせめて養子を迎えることでアーガイル家の名を残すことだけは承諾し、やってきたのが才女マルティナだった。
しかし、マルティナは裏切り、アーガイルに手をかけた。結果としては殺せなかったが故にアーガイルの自我が暴走し今に至る。
見つめていた錨が壁から抜かれるジャリッという音に急速に意識を引き戻された。錨は壁から引き抜かれると逆再生のようにアーガイルのもとに戻っていく。
現状、アーガイルの奇襲によって2人犠牲になって、残りは5人。戦力差を見ると分が悪い。例え相手が満身創痍でも、いや満身創痍だからこそ恐ろしい。なら……鬼人の弱点を突く
ユーリは咄嗟に戻っていく錨を地面を強く蹴りつけ追いかけながら運び屋から渡された魔槍グレイホーンを構えると死角になっている場所からアーガイル本人に奇襲を仕掛けた。4人もユーリの目的に気が付いたようで、魔法攻撃を使ってユーリの足音や気配を打ち消してくれる。後ろから刃物やら光線やらが飛んでくるのはさすがに怖いが、目の前に迫っている3m近い巨体の怪物よりはずっと気が楽だ。その差が槍の間合いに入るところで、戻ってきた錨をキャッチしたアーガイルの腕が反動により後ろに引かれ、魔物や野生動物のようなドスのきいた咆哮を上げ、行動を開始しようとしたところに、ユーリは槍を突き出した。狙いは2ヶ所。角と肩。ユーリから見て右側から回り込んでいたこともあり、狙うのは左肩。そこでユーリを捉えたアーガイルが槍の軌道から角をそらすように首を右にそらしたことで左肩の僧帽筋が伸びきったそこで、魔力を注ぎ込み切っ先を分身させて突きこんだ。アーガイルはギリギリのところで身体を後方にそらし、それを躱したが、切っ先は固い皮膚をかすめ少量の血が飛び散った。しかし、ただではやられない。状態をそらしたエネルギーそのままにバク転を決めユーリに超重量の足が至近距離から叩き込まれそうになったのを間一髪、槍の柄で防ぐ。瞬間的に槍が折れんばかりにしなったが、折れずにユーリもろとも吹き飛ばされた。ユーリはその勢いのままなんとか着地を決めると、陣形までバックステップで後退した。
「無茶すんなバカ!!」
盾の後ろに身を隠したユーリへの第一声はディランからの非難だった。
「絶好のタイミングだったと思ってる……」
その言葉に運び屋が
「確かにあのタイミングしか奇襲は仕掛けられなかったでしょう……しかし、後方からの支援がなければ、彼は音で気配を察知し、片方の錨を先に掴みその勢いのまま振り下ろしてあなたの四肢を引き裂いたでしょう。残念ながら無謀としか言えません」
と、弁護と見せかけた非難を畳みかけた。
「そんな言い争いは後!!来るよ!!」
サラのその声に意識をアーガイルに戻すと先ほどの奇襲に大層お怒りご様子だった。本能が前面に出された野獣のような唸り声をあげ、両目が赤黒い輝きを放っている。顔中だけでなく、体中の血管が隆起しそれに伴って、全体的に一回り肥大化した肉体で走り始めた。足が地面に着地し蹴り上げる度に大理石の床に小さなクレーターを穿つ。地面をけりだすたびにアーガイルの体は加速していく。色やサイズ感からも隕石がこちらに飛んでくるのと大差がない。わかるのはどちらもまともに食らえば先ほどの二人のように即死する。威力があるということ。しかし、今から回避に移っても遅い。回避しきる前に突っ込まれるか、回避しようとしたところを錨で薙ぎ払われるかしか、浮かばない。他の4人もそれを理解しているのか、よけようとせず、防御を正面の盾役に集中させる。ユーリは思い付きを実行する。
そこそこの魔力を消費して盾役の前に水を出現させると瞬時に氷を作り上げその範囲をアーガイルの進行方向に向けて爆発的に拡大させる。アーガイルはそれを気にも留めずに突進を続ける。そのまま氷に覆われた地面に突入したが、思惑は外れアーガイルは大理石もろとも氷を踏み砕き、スピードを維持しながら突っ込んでくる。
「なら、これでどうだ!!」
ユーリがそう吠えると同時に氷からアーガイルめがけて無数の氷柱が生える。体を貫かれながらも、突進をやめないアーガイルの正面に巨大な氷槍を作り上げると、風魔法のシュートで打ち出した。
アーガイルは迫る氷槍を避けようともせずに向かい撃つ。そして、ひび割れた刀角で砕いて見せた。
今の攻撃でも進行を止めることはおろか、速度を落とさせることもできないのか……
追いつくことのできない力の差に呆然自失に陥りそうなのをグッとこらえると、ユーリは氷の津波を起こした。巻き上げられていく氷の粒が結合しあい一つの大きな氷塊を作り上げていく。アーガイルは迫る氷の津波にまっすぐに突入した。そして、間合いギリギリのところで波がすべて凍り付き動きを止めた。かに見えた瞬間弾ける様に氷塊は砕け散り、中から半分凍り付いた姿のアーガイルが右腕の振り上げ錨を撃ち落とした。それを盾で防いだ先行部隊の隊員を後ろの壁まで吹き飛ばした。激突と同時に肺の空気をすべて抜かれたようなうめき声をあげ、それきり動かなくなった。その声を聴いて我に返った。各々が陣形を崩し四方に散る。
ここからは乱戦が始まる。誰もがそれを理解していた。唯一の盾役を失った今。固まる意味などないに等しい。下手すれば一撃のうちに全員が屠られる。
「サラ、防御を回してくれ!!ディランは遊撃を運び屋は適当なタイミングで武器を投げ込んでくれ」
ユーリは3人にそう呼びかけながらディサムスの前に躍り出た。
「了解……ディフェンド!!」
サラは仕方がないというため息の聞こえそうな声の後にしっかりと無属性の防御魔法がユーリのプレートに上掛けされる。
「指示雑だなー……武器の順番はこっちで判断していいね?」
「頼みました」
武器は運び屋の裁量に任せてまず槍を使わずに突っ込むことにする。ディランは指示が飛んだ直後から投擲武器をアーガイルの傷口めがけて投げ込んでいる。アーガイルもそれが煩わしいのか、錨を細かく動かし律義にすべて叩き落していく。ユーリはそのすきをついて側面から水属性の強化魔法でスクリューさせた状態で拳に掛けると身をかがめて一気に加速しタックルする勢いで、アーガイルの脇腹の風穴に拳をめり込ませた。水流に削られ塞がっていた傷が開き飛び散る水滴に血が混じる。アーガイルもさすがに効いたのか、数メートル後ずさると標的をこちらに切り替え腕を振り上げた。そのタイミングを待っていたかのようにアーガイルの脇の下に側面から何かが投げつけられ浅くはあるものの突き刺さった。なかなかどころか素晴らしいコントロールだった。一瞬ひるんだすきにユーリは一気に接近し、その投げつけられ突き刺さったダガーを掴むと勢いのままに背中に取り付きつつ、右脇の下から肩甲骨、肩口を傷口を広げる様に引き裂いた。
痛みに禍々しい咆哮を上げ暴れだすアーガイルから素早く距離を取る。その姿には一切の理性を感じられなかった。獣の防衛本能だけで行動しているような無駄だらけな動き。もう彼には人を罠に嵌め容易く屠る頭もないのかそれともそれもすべて演技なのか、読めない。読み間違えれば叩き込まれて肉塊に変えられる。最悪ミンチだろう。だが、先ほどの攻撃で、切り裂いた右腕は上がらない。代わりにダガーも先ほどの一撃で刃先が折れ曲がって、正直使えない状態になっていた。アーガイルの筋骨はどれだけ固いのか、鉄が居れるって……
そんなくだらないことを考えられる当たりまだ冷静なのか……
ユーリは持っていたダガーを腕の間接めがけ投げつける。
アーガイルはそれを当たり前のように手首だけで錨を操り弾いて見せた。
直後、運び屋からの第二射が飛んだ。それをいち早く察知したアーガイルが同じように再び武器をはじき上げた。弾かれた武器は高速回転し、ユーリを襲うが、一瞬見えた柄を右手で素早く掴み構えた。握られていたのはレイピアだった……刃の部分は無傷で柄の部分のみがわずかに破損していた。明らかに弾かれること前提で柄を頭に投げ込んだことが分かる。アーガイルはディランの投擲武器に気がそがれている。そのうちにユーリは肘を曲げ、左足を下げ肩幅程度に開くとわずかなためを作ってから素早いすり足で相手の腕の隙間に潜り込み攻撃せずに、スライディングで背後を取ると乱れ突きを繰り出した。最初の数発で背後を取られたことを理解したアーガイルは、巨体の遠心力を利用して、体をひねった勢いの数倍のパワーで錨を振り回す。わずかに逃げ遅れ持っていたレイピアが錨によって粉砕され、顔にかけらが飛んできたが、プレートの防御魔法とサラがかけてくれた魔法のおかげで傷はつかなかった。柄だけになったレイピアを一応、アーガイルに投げたが、結局弾かれ、耐えきれなかったのか砕け散った。
読んでいただきありがとうございます。
11月以来の投稿になります。ちょっとずつ書き溜めてからの投稿となるので、とりあえず2章の序章終わりまでは、今から書こうと思います。(現在これを書いている時期は2月の頭くらいです。)
せめて鑑賞終わりくらいまでは書こうと思ってたのがずるずると書かないままに早4か月ほどが経ち、ちょっとずつ文章がまともになってきている?そうあればうれしいと思います。
多分、6月くらいまでは5日刻みの投稿を復活させられるかとは思います。正直自信はありませんが頑張ります。




