間章 3 『第三陣』
「第二陣、突入!!」
その声が薄暗い行動の中に響き渡ると同時にサラが力強く地面をけりだし弾丸のような勢いで門の中に吸い込まれていった。その後ろをコンマ数秒遅れて、両腕に鈎爪を装着したディランが駆け込む。
「凍結の槍!!」
サラの叫んだ呪文が外にまで聞こえ直後、要塞の中からジュワンというある種、モノがマグマに一瞬で溶かされたかのような音が響き渡り、遅れるようにモンスターの断末魔がこだました。
「行くぞ。新入りを親玉のところまで死んでも運ぶぞ!!」
「「「おお!!」」」
その声を合図にイノシシの獣人とサイの亜人を先頭に真ん中にユーリを囲い込むように陣形を組んで走り始めた。それを確認した門番が
「第三陣、突入!!カウント開始!!1、2、3」
イノシシが要塞内に踏み込んだ瞬間カウントを開始した。明るい場所から薄暗い場所に入ったことで一瞬、その暗さを強く感じた。が10メートルも進んだところで、見えるようになり始めたが要塞内は思った以上に暗く魔法を使うような閃光も強い光源にはなっていない。見上げると高い天井の一部は崩れ、そこから雨と光が漏れているが全体として暗いことに変わりはない。周りの状況を把握しようとユーリがあたりを見回す間にも門番によるカウントが広い要塞内に響き続ける。
今集団はサラが氷で作った壁の間を走っていた。サラの話ではこの壁は中央あたりまで続いているはずだ。道となっている部分は強烈な摩擦を受けたような跡が残り氷が溶けている。むしろ若干床のタイルまでもが溶け一部熱を持ったように赤く光っている。どんな威力で放ったのかあまり考えたくない光景だった。ところどころでは、直撃した部位は肉片も残らなかったのか、氷の中に下半身だけが残っているものや全身が残って氷漬けにされたオークやゴブリンが閉じ込められていた。そのなかに同朋の姿がないことに安堵する。
そうこうしている間にユーリを含む集団がわずか十数秒で氷の道の終点まで走り抜けた。そこには無数の魔物がよろよろと起き上がるところだった。そして、そこで暴れまわる十字剣を振り回す女と、その背後に迫る魔物を片っ端から三枚におろしていく両腕に鈎爪を装備した犬耳の少年がいた。サラは奥を指さした。そちらに視線を向けると大分遠くではあるが、魔印のように赤い発光体があった。
あれってまさかさっきのでかい槍だろうか……そういえば突っ込んだのはあの2人だったよな……
思い至った瞬間何が起きたかおおよそ理解した。スピアフローズンは本来突き技で射程は精々15メートルほど。その範囲が氷漬けなはずなのだが、サラが使ったのは蹴り技だった。正確には飛び蹴り。飛び蹴りで370メートル先の壁に突き刺さっている理由として考えられるのは、一緒に突っ込んだディランによる重力操作が原因だろう。サラと槍が突き刺さっている壁から地球の数倍の引力を発生させ、それによって垂直降下の要領で槍は壁に突き刺さり強い摩擦で溶けて発光しているのだろう……二人はフローズンスピアの効果が終わったところで引力から切り離し氷の壁の出口を死守していたのだろう。かなりの強行突破。流石、正直脳筋の二人……
二人は10メートルほど前を先行しながら敵を蹴散らしていく。他の兵士たちは戦闘を壁際から中央に移し始めている。中央突破を援護するものも出始め、魔物も半分はそちらに流れ始めると、集団のペースが戻り始め、魔獣の壁の向こうに階段の入り口が見えた。門番によるカウントの声は現在45……46……47。第一陣の撤退まで10秒ほど。階段まではあと20メートル。イノシシの獣人の移動補正効果を使ってもそれなりに時間を食われている。往くてを阻んでいた最後のゴブリンを切り捨て階段を下り始めた2人に続いて集団も下り始める160段の地下階段を駆け下りる。途中で門番からの撤退の指示が後ろ手に聞こえてきた。結界が張られている様子がないにもかかわらずここには不思議と魔物がいないことに疑問を感じながら2段飛ばしで下っていく。響き渡る足音が反響して混ざりあう。
やがて目的のフロアに降り立った。長く続く廊下と建物全体を支えるような何本もの太い柱が壁からそりだす形でずらりと並び松明がつけられている。その間ごとに鉄格子のつけられた通路がある。
足元をよく見れば階段から乾いた血の跡が奥へと続いている。そこでようやく集団が足を止めた。まっすぐと伸びる廊下
「ここは非常用フロア……なんだけど……こりゃ、やばそうだ」
ディランの呟きと共に柱の陰から人影が出てきた。ゆらゆらと揺らめく炎によって人影が揺れる。
「……同志たちか、しかたがない俺がやろう」
サイの亜人が前に出ると腰につけられたアックスを躊躇なく人影に向かって振り下ろした。刃は肩口から入り脇腹に斜めにその胴体を断ち切た。グシャリという骨が砕け血の飛び散る音が木霊した。サイの亜人がアックスを上げると、血が刃を伝い滴り落ちる。立ち尽くし呆然とその人だったものを見下ろす彼に全員が近づこうとしたとき、急にびくりと体を震わせたサイの獣人が後退った。足元に転がっている死体を見てその場にいる全員が息をのんだ。断ち切られた胴体がそれぞれ別々に体の再生をはじめていた。
「こいつ……腐食じゃない……これは、浸食……鬼種化だ!!」
サイの亜人のその言葉で戦慄が走った。ここにいる全員が突入時に腐食だと考えていた。しかし、それが鬼種化だったことは大きな問題だ。腐食によるアンデット化であれば両断してしまえば済むうえに魔法攻撃次第では浄化もできる。しかし、鬼種化では両断してしまうと圧倒的な回復能力を持って数を増やしていく。その為、打撃武器で意識だけを刈り取って動けなくするのがセオリーだ。その間に感染源を打倒できれば倒せる。しかし、感染速度も鬼種化は早い。一たび攻撃を受け感染すれば間違いなく肉体が鬼の浸食を受けることになる。これに包囲されてはなすすべはない。
ここに鬼がいるということは……上にもいた可能性が……
その考えを遮るように無数の気配を柱の陰から感じた。いずれも軽装でロッドを手にしている。ゆらりと柱の陰から出てきた魔術師たちは顔の片面の血管が異常なほどに膨れ上がっている。鬼種化に肉体が悲鳴を上げていることが伺えた。そして出てきた魔術師が一斉にロッドをかざす。
「なぁ……ここに魔物が一匹も入ってきてねぇ理由ってまさか______」
全員が感じていた疑問をディランが口にし同じ結論に至ったのだろう全員が臨戦態勢に入る。
それと同時に数種類の攻撃魔法が飛来した。
さきほどからなすすべもなく魔法を撃ち込まれ続けて15分。今も誰一人リタイアしていないのはサイの亜人が得意とする無属性の障壁で粘ってくれているおかげだった。それでも止むことのない魔法攻撃の嵐を受け続けることは相当な負担になるだろう。先ほどからサイの亜人は荒い息を吐き、大粒の汗を何滴も床に落としていた。
「おい、大丈夫なのか?」
「大丈夫な……わけあるか!!さっさと、何とか、してくれ!!」
ユーリの問いかけに必死に叫ぶサイの亜人。
「あと、20秒耐えてくれ」
「20秒だな?いいんだな?頼んだぞ!!」
さきほどから3分に一度、3秒ほどだが相手の魔術師全員が詠唱をする瞬間がある。全員がバラバラの魔法を打っているはずだが、魔術師は必ず数発撃てばリロード詠唱と呼ばれる事をしなければ、威力や精度を保てない。長時間戦闘の基礎だ。先ほどからその瞬間が奇跡的にか意図的にか被っている。だが、鬼種化で頭のネジが吹き飛んでいる彼らがそんな意図的にできるとも思えない。故に罠を張られている可能性も考え頼んだ。その瞬間を魔力を貯めてじっと待つ。サイの亜人の苦痛をこらえるような呼吸がいやに大きく感じる。
3…2…1…今
最後の魔法が放たれると同時にユーリが両腕をクロスさせた防御姿勢を取りながらも全速力でサイの亜人の横をすり抜けた。サイの亜人はそれを合図に自分の正面に展開していた障壁をユーリにまとわせた。ユーリは直前に打ち出された魔法をその障壁を使って正面からはじき返すと、ため込んだ魔力と雨による高い湿度を利用して十分な量の水を生成した。腕をバッと開くとその動きに合わせて水が10等分に分けられ空中に円錐状にまとめると、瞬時にそれらを氷に変換する。10本の太く長い氷の杭を作り上げ、両手の指に風魔法のシュートを展開させると杭の尻を前方に弾き飛ばすようにとこすりつけた。両端から順番に推進力を得た氷の杭がまっすぐに魔術師たちの腹を刺し貫き勢いのまま後ろの兵士すらも串刺しにして飛んでいく。瞬く間に杭は背後の壁に突き刺さった。そんな光景が合わせて10回。時間にしてきっかり3秒の出来事だった。一つの杭につき3人程が串刺しにされ多いところでは5人が動きを封じられバタバタともがいている。
「ユーリ。あんたやっぱめちゃくちゃだ……」
サラがあきれたように言いながら近づいてきた。返り血を浴びたユーリがわずかに視線を泳がせながら呟くように答えた。
「どっちみち傷つけないといけないなら、俺がやるのが一番傷が少なくて済む。きっとこれが最善だと信じるよ……」
わずかに震える肩をみたサラは
「あーあぁ……あんたは気を使いすぎなんだよ……今回あたしとディランは上司をやりにここまで来たんだよ?だから……あんたが気にすることなんてない!!謝るべきなのはこっちさ……嫌なことさせてすまない。あんな芸当ユーリ以外はできない。」
あんな芸当というのは3種類の魔法を併用したことだろう。この世界の魔法は多くの人が使える無属性に加え体内を巡る属性と合致する物質を周囲から掻き集めてしか使えない。例えば、水を出すためには体内の魔力と周囲の湿気を瞬時に合成して水を作り上げる。ちなみに雨の日は変換効率がいい。魔法は多い人間でも2つの属性ほどそれも性質が近くなくてはならない。という誓約がついて回る。近いのは水と氷、炎と風くらいのものだ影と光は反発属性、雷はどれともそれなりに相性がいいが希少な属性だ。普段は土として使われることが多い。無属性と微弱な雷魔法を使うことから土はカテゴリーエラーとされている。
そんな慰めをされてもパイルバンカーなんて技は人に向けて撃っていいものではない。それが元人であっても……
俯き手を震わせるユーリの肩を全員が無言で「お前は悪くない」と言うように叩きながら通り過ぎる。皆一様に元同僚たちの無残な姿を一瞥すると奥へと走り始めた。
最後に肩をたたいた運び屋だけが、
「その気持ち、感触を忘れちゃいけない。それで悩もうが苦しもうが絶対に慣れるな。人をやめないためにも……行こう」
そういうと運び屋はユーリの肩に腕を回すとユーリを連れて走り始めた。
「……ああ」
松明の頼りない明かりがゆらゆらと揺れ不気味な長い廊下の終着点。そこには神殿にあるような重厚な岩の扉があった。このあたりの暗さでは確認しずらいがその扉の側面には彫刻なのか凹凸があり、いかにもボス部屋という雰囲気を醸し出していた。
「この扉……この廊下全体におそらく、石化魔法がかけられてる……そうだね?」
運び屋がサラに向けて同意を求めると、サラは小さくうなずいた。
「じゃ、この廊下の仕掛けも知っているね?」
「ああ、この廊下には480の鉄格子付きの通路があって、その中には使役後に石化された様々な魔物が安置されている。この扉を正規の手段以外で開ければそいつらが石化を解かれ、鉄格子を開けて出てくる」
馬鹿げたラストダンジョン仕様……この要塞を建てた奴は相当性格が悪いのだろう……サラの話ではここは普段は魔物は石化されたまま廊下は石化されていないらしい。この扉を封印つまり石化すると不正に解除したときのみ魔物の封印も一緒に解かれる仕掛けになっているらしい。
「それで……解除法は?」
「すまないがわからない。解除法はディサムスとその側近しか知らされないんだ……まさか封印までかけているとは……」
側近、つまり行方不明のヘレンとカルト襲撃の首謀者マルティナことセブンスクラウン、光の冠ベネトナシュ・ティトス。どちらもこの場にはいない。もう強行突破以外に方法はない……
「誰かが残って魔物を食い止めないといけない……そういうことですね?」
「……そう、なるな。あの量では扉も数秒持たずに破られて、滅多打ち……」
目を伏せながらサラが呟く。その言葉に重い沈黙が流れた
一か八か突入したとしてアーガイルを秒殺するなんてことは、彼を異空間か何かに飛ばしでもしない限り不可能だろう……ここは誰かが残るしか……
このままでは前に進めないのではないか、そんな不安は刹那のうちに砕かれた。
「じゃ、俺とこいつが残る……お前らは行け」
沈黙を破ったのは、イノシシの獣人の肩に腕を回した。サイの亜人だった。その言葉に先行部隊の面々が眉間にしわを寄せた。
「俺らも残ります!!」
先に行くよう命令された3人が異を唱えたが
「この局面じゃこれがベストだ……お前らは、しっかり新入りと指揮官たちを守れ。それとあんたは奥に進めよ?ルーク……」
「あ、バレてましたか?」
イノシシの獣人が運び屋に向けて言っていた。一同が微かに驚きの表情を浮かべているが、ユーリには何のことかさっぱりわからなかった。
「何ちゃっかり残ろうとしてんだ?あんたにはあんたの役目があるだろ?」
「気づいているのにその言葉遣いはいただけないと思いますよ?」
「今のあんたはルークである前に俺たちの運び屋でチームとしては一番の後輩だからな。正体が何であれ、仲間内ってことで言いこなしだ」
「……わかりました……それでは、先に進ませてもらいます。」
ルークと呼ばれた運び屋が静かに答えて扉に手をかけた。それと共に触れた部分から徐々に扉に色が戻っていく。その色の浸食は扉から壁、床、天井と急速に広がりを見せて無機質だった廊下そのものの時間が動き出すように鮮やかに変化した。
ギリギリというさびたような音とともに扉が大きく開かれ、同時に封印の解かれた魔物の唸り声が廊下中から聞こえてくる。
「では、行きましょうか。あとはお願いしますよ隊長」
「任された!!」
その言葉を合図に廊下に2人を残して7人で部屋の中に踏み込んだ。




