間章 2 『敗戦の傷跡』
ユーリが外の様子を確認すると、くすぶったすすを大量に含んでいるのかいやにどす黒い雨雲が上空を覆い、雨を降らしていた。音の反響しやすいテントの中にいたときはもっとお土砂降りであるように感じたが、外に出ると予想よりは雨は小ぶりだった。ユーリが出てきたテントは一つのテントを3つに区切って利用されていた。
そんな3部屋に区切られたテントは破砕魔法かなにかで粉々にし、均した瓦礫の上にたてられていた。見える範囲で同じよう簡易テントが10個ほど建てられこの野戦病院を形成していた。その間を治癒術師が慌しく行き来している風景を呆然と眺めた。10日ほどたっていることから考えて忙しさもいくらか緩和されただろうに、あれほど忙しくしている姿を見て、自分も忙しさの原因のうちだと考えると少し罪悪感がある。
ここは街中だったのだろう。周辺にはまだわずかに壊れた家屋の欠片が残されていた。比較的見通しのきく場所でいち早く敵を見つけられる場所ではあるが、逆に敵にも見つけやすい立地と言えた。
感覚的にここには何かしらの結界が張られているのは確かだが、どの種類のものを張ったかまではユーリにはわからない。結界には4種類ある。通常の悪意あるものが触れれば爆散する結界か、はたまた覆ったものを外から見えないようにする不可視系の結界か、破砕魔法を使えるものがいたのならば、隠匿式障壁の場合もある。中から見ると外の様子が見えるが、外からはそこに壁があるようにしか見えない。そのうえ、毒素や臭気、紫外線、なども遮ることができる。高等魔法。最後がユーリの使える内包の水壁のような、内から外へ出ることも外から内に入ることも遮断する特殊なものだが、分類的には結界魔法に分類されてはいるもののこれは遮断魔法という分類を作った方がいいだろう。
「まぁ……場所を覚えておけば大丈夫か」
そう呟くとユーリは結界の境界線を越えた。直後鼻を突く腐敗臭が周囲にたち込めていた……
「うっ……!?」
こんなにおいは結界内ではしていなかった。つまり……
後ろを振り返るとそこにはこの惨状の中まだ形をしっかりと保っている石材の家が建っていた。つまり、内側ではこの壁を透過していたことになる。一見して防御性能が低そうに見えるが、魔物に対してこれは非常に有効な手段だった。それというのも家が綺麗に残っている場所は街中の一定ブロックごとに張られた中規模結界がまだ機能していることを指し、そこの結界に触れた魔物は弾け飛ぶ。それを学習している魔物は近寄ってすら来ない。
「あー……なるほど……これじゃ、寄ってこないわけだ……」
そうごちると、ユーリは弱まりつつある雨の中ふらふらと目的もなく歩き始めた。
そもそも、10日もたっていることから、残党の絶対数はかなり減っているのだろう。それに都から兵士やら物資やらが届いていてもおかしくない。むしろ届いていない方がおかしいというものだ。にもかかわらず、なぜ、魔物がまだ街中に潜んでいるのか甚だ疑問だった。一部で簡易的な結界を張り復旧作業を始めている人々の間をすり抜けていく。雨が石畳の道を濡らし、滑りやすい中での作業をここにいる人たちは何時間も耐えているのだろう。崩れた家の外壁やら屋根やらをひたすら粉々にする作業、それを別所に運び出す作業。それらを魔法も使わずに黙々と続けている。時折こちらをうかがうような視線を感じるが、気を使っているということなのか今は誰も話しかけてこない。内心、「手伝ってくれ」とでも声をかけてもらえれば、作業を手伝うのにと考えつつ歩みを進める。こんな状況でいつも通りを求めることはあまりにも酷というものだったが、いつも通りの温かさが恋しい。それに、いやなことを忘れるには忙殺されるくらいがちょうどいいだろう。それほどに今目の前にある現実は、受け入れがたいものだった。思い出深い石造りの町は、瓦礫の山と血飛沫に汚れ、今は多くの人が緊急用に建造されていた地下都市での生活を余儀なくされている。
そういえば、さっきから魔法で作業してるやつがいない。住人の中にも魔法が使えるやつは多いはずなのに、それに亜人の姿を一向に見つけない。ピクシーなどの小妖精は目に付きにくいがそれ以外の獣人やエルフ達は相当に目立つはずなのに、見かけなくなっていた。最後に見たのはテントでエルフが1人、遠くで魔物を探して歩き回っている猫の亜人と鳥人が1人づつ、くらいのものだ。この辺りは結界を貼り直して魔物が寄ってこないようになったのがつい数時間前だという話をしているのをさっき作業をしていた男たちが言っていた。それまでは通路ごとに兵が控えていたようで、相当な人員が割かれていたらしい。
フラフラと路地をさまよっていると大通りに出た。その時
ダアアアァァァァァァァァン________ダアアアァァァァァァァァン________ダアアアァァァァァァァァァン_______
突然、地面を震わせる大音響が響き渡った。同時に感じた違和感にユーリは思わず首をひねった。
「???……これ……時報じゃない……」
断続的に鳴り響くその音は聞きなれた心地いい鐘の音とは全く別のものだった。しかし、周りで作業をしている人々はまるでそれが聞こえていないかのように黙々と作業している。その光景に違和感を感じた。
直後、背後から複数人の足音とそれに伴う水菜は寝る音が迫ってきた。さっと振り返ると迫ってきているのは、明らかに臨戦態勢で武装している兵士たちだった。
「急げ!!中央の要塞だ。」
「ようやく奴らを取り囲んだらしいな」
「そこのお前!!何をしている?お前もこの鐘が聞こえているということは魔法適性のある兵士だろ?どうして砦に向かわない?おら、いくぞ!!」
6人の男たちの先頭を走る見るからにごつく頬から角が2本生えた獣人がユーリを怒鳴りつけた。とっさに横を通り抜けようとする集団に道を譲ろうとした時だった。先頭を走っていたイノシシが通り過ぎる直前にユーリの腕をその重厚感のある爪のついた手で掴んだ。スピードがついているせいか力のコントロールができてないのか掴まれた腕の骨がきしみを上げ、それに伴って激痛がユーリを襲った。その間にも彼らのスピードが落ちることはなくその勢いのままユーリは静止状態から一気に加速がついた体は一瞬浮かび上がった。とっさに魔法で関節強化ができたことで腕が抜けることはしのげたが、安心している暇もなく上がりきった直後、重力に従い体に落下する働き刹那わずかな無重力体験と共に地面が急速に迫っていく。ぶつかる直前に腕が引かれその力を利用してなんとか着地し、引きずられかけながら走り始めた
「うわぁぅっ!?はぁっはぁっ死ぬかと思った……」
「たく……ドンクセー奴だな」
悪態をつきながらも走るスピードは落とさずに街路を結構な勢いで走り抜ける。作業をしている街の人々が何事かという顔でこちらを見て、その勢いに慌てて道を開けていく。
「おい……待ってくれ……何がどうなって……てか、確かに魔術師だけど……俺は防衛兵じゃ……」
「あぁ?何言ってるか聞こえねーよ……その様子じゃ何も知らねんだろ!?たっく、これだから新兵はよ!!さっきからなってるこのうっせー鐘が聞こえてんだろ?これはなぁ要塞に向かえっていう命令だ……」
「この緊急時に武装もせずに出歩く新兵いやがるとは思わなかったぜ……こっちはくそ忙しいのにサボリか?シバキ倒すぞこの野郎!!」
イノシシの男の後ろを走っていた鼻の頭にサイのような角をはやすイノシシに体格では劣る亜人の男が、悪態をつきながらユーリをにらんだ。
「あ……いや……俺は……」
「おい、新兵とりあえずこれ使え。こっからは丸腰じゃあぶねぇ」
サイの隣を走っていた見てくれは人間の男がそう言いながら背中に携えていた黒に白いグリップの巻かれたバルチザンと呼ばれる槍を渡してきた
「これ……あんた……メインじゃないのか?」
「いやいや……拾いもんだよ……どうせ俺の魔力じゃ3割も能力が発揮できない魔槍だからな」
そのわりにこのペースに息も上げずについてきているところから見て魔法の制御にはたけているように見えるが、ユーリが視線を送っていると男はそれに気が付いて
「ん?あぁ……俺、運び屋だから移動特化なんだ」
「あ……そういうことですか……」
なんで言いたいことが分かったのかという疑問は置いておいて、どおりでいろんなところに武器を下げているわけだ。その男は見えるだけでも短剣、長剣合わせて10本はぶら下げていた。
「それ、グレイホーンっていう槍で攻撃の瞬間切っ先が分裂するっていう地味に嫌な効果付与がされてるみたいでな、うまく使えよ。あと、着いたら防具を貸してやるから付けろよ」
「……ああ、感謝する」
その一言でユーリは完全に巻き込まれたことを悟った。
これからどうなるのか?などと考える暇ものなく一行の行く手にブリュンヒル要塞が見えてきた。ほどなくして、要塞前の広場にたどり着いた。
崩れて原型を失った要塞の前につくとそこには兵士や魔法使い、武器を手にした一般人が集まっていた。話によれば先ほど最後の魔物の一団を要塞の中に閉じ込めたらしく中にいるのは推定2千程の魔物とカルトが襲撃された夜に命を落とした者たちの屍が突如アンデット化したとのことで大分騒ぎになったらしい。さらにそこにはアンデット化が始まった際まだわずかに息の合ったディサムス・アーガイル姿もあり、その魔力からキーアンデットと呼ばれる洞窟型ダンジョンのボスのような者になってしまった。
ユーリは改めて情報を整理すると先ほど分かれた一行の運び屋から渡された装備を身に着ける。両腕に小手と魔刻が彫られた黒い胸当てをつけると体の表面に強い物理耐性魔法が展開された。それに感心しながら周囲を見回すと集まった人々の八割ほどが同じ方向を向いている。耳をすませば喧騒の中に通る声が聞こえてくる。人波をかき分けてその場に行くとようやくその内容も聞き取れた。
「……第三陣の突入から1分後各班、無事なものを全員連れ離脱しろ!!第三陣によるキーアンデット討伐」
そこでは一人の女性がブリュンヒル要塞の扉の前に立ち口上を述べていた。姿は見えないがその声は先ほどまで一緒にいたサラのものだった。さっき頭がどうのと言っていたのはこのことだったようだ。
「以上が作戦である!!これより、我らがブリュンヒル要塞の奪還作戦を開始する!!向かってきた魔物はすべて殲滅し一匹たりとも取り逃がすな!!我らの敵は殉職していった我らが同志の皮を被った悪魔である!!我らの同志の体を好き勝手に使われてなるものか!!これは死んでいった友に捧げる戦いだ。同志たちのその体、返してもらう!!第一陣とつげーーーーき!!!!」
「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」
その言葉に続けとばかりに周りの者共が雄たけびを上げる。周りの空気だけでなく地面までもが震えているような錯覚を起こす。まるで一匹の魔獣の方向のようだった。突入部隊が要塞の巨大な扉を攻城兵器を使ってぶち破るとともに興奮状態の人々が濁流のようになだれ込む。数の優位は明らかだとしてもこの戦法は捨て身すぎる。乱戦になれば生ける屍がいる以上不利になるのに
「……やはり、来たか……」
そんな考えをしていると背後から声をかけられた。振り返ると先ほど口上を述べていた女性サラがいた。その姿はテントで心を乱した事実などなかったのではないかと思わせるほど落ち着きを取り戻し、今は白銀の聖騎士鎧を身に着けていた。背中には突撃用のランスを背負い腰からは十字剣が下げられている。その装いにわずかな違和感を感じた。しかし、そんなことよりも聞かないといけないことがある。
「サラ……大丈夫なのか?それに……なんで、このことを黙ってたか聞いていいか?」
「心配ない。あれはお前を欺く演技だからね……言わなかったのは……逆に聞くけど、お前、これを知ってじっとしてられたか?」
「無理だろうな……今だってあそこに突っ込んであの堅物を引きずり出したいのを我慢してるしな……それに、アーガイルが生きている以上。俺はあいつに対しても責任があると思ってる……マルティナを止められなかった責任が……」
サラはやはりかと言いたげな目でユーリの顔をしげしげと見つめる。やがて諦めたように小さく肩を落とすと
「はぁ……賭けはあんたの勝ちだよディラン」
その言葉にサラの陰に隠れていたディランが出てきた。
「だから言っただろ?あんな芝居うつ必要はねぇって……どうせこいつはどうあっても誰かのために動いちまう。こんな状況どっかからかぎつけて来ちまうんだからよ」
「おや?彼がそうでしたか……コーリアス様の……先ほどの話、お請け致しました。」
後ろから声が聞こえ振り返ると先ほど一緒に走ってきた6人が立っていた。先頭には運び屋の男。その後ろにサイの亜人、イノシシの獣人が並んでいた。
「あんたたちは……あのようすだったから真っ先に突入したんだとばかり思ってたよ……」
その言葉を聞いた運び屋は肩をすくめながら
「実際そのつもりでいたけど、事情が変わったのさ。君をアーガイル家当主の前まで安全に送り届ける仕事ができたからね」
「連れて行ってくれるのか?」
「そこの2人たっての希望だしね……それにきみの力を見ることができそうだから。見たところ君の体には魔力があふれているみたいだし」
運び屋は観察するような視線を向け意味深な笑みを浮かべた。
「10日寝てたから動くかわからないぞ?それに相手はアーガイルだ。そう簡単にはいかない」
「今いるメンバーであの怪物に対抗できる攻撃魔法を持ってんのはユーリしかいねーからどっちにしろおめぇを送り込む以外方法がなかったんだ。何のためにお前が目覚めるタイミングに合わせたと思ってんだ?」
確かに昔、手合わせをした際「殺す気で来い」といったアーガイルの体にダメージを与えられた技が一つだけあった。その時にアーガイル自身が「150年以上生きてきたが、親父殿の決闘以外で儂に傷を入れたのはおまえくらいだ」と言っていた。そのことを言っているのだろう。
ディランの意図的に作戦の決行を遅らせた発言を言及しようとして口を開こうとして
「そういうことだよ……私としては全力で止めたいところだけど、仕方がない」
サラに防がれた。
「そろそろ行かないと中が大変なことになってきたみたいだ……」
確かにぽっかりと口を開ける要塞の門の中から金属が打ち合わされる音のほかに悲鳴やら怒号が聞こえてきて、むしろ悲鳴の方が大きくなってきている。
「嫌な予感しかしないな……」
「ああ……でもアーガイル様が現状で最奥から動くとは思えない。あの人は周りを巻き込みながら戦うから前線には出ないはず…………ごめん、自信なくなってきた……」
中の悲鳴を聞いてサラがげんなりした表情をしたが、気を取り直し冷静な声音でユーリに向けて
「一先ず、私たち2人が先に突入して中央までの道を確保する。あなたたちは10秒後に突入を……目的の部屋はまっすぐ突き進んだ先にある地下への階段を下った廊下の先。」
そして、運び屋の方に向き直ると
「どうか、ユーリをお願いします。」
そういうと、頭を深々と下げた。顔を上げると脇で臨戦態勢に入っていたディランに目配せをし
「遅れるなよ?ディラン」
「お前の突撃なんかに遅れるかよ襲ってきたやつは任せとけ」
「では、まかせたぞ。それと……ユーリ、今度は手刀じゃなくていい。アーガイルに不純物を叩き込んでやれ」
そういいのこすと、背負っていたランスを構え魔力を込める。門の横に立っていた男が青白く輝く槍を見た瞬間中に向けて
「第二陣、突入!!」
そう中に響き渡ると同時に、一騎当千の2人だけの第二陣が突入を開始した。




