間章 1 『敗者』
雨の音が貼られた布を弾く激しい音に不快感を感じる。ここはどこだろうか?この辺りは雨は多くなかったはずなのに、8年間カルトの街に住んでるけど、こんなにも激しい雨が降ったことあったか?
雨音が周りの音を消し小気味良さを通り越した耳障りな音のみが支配していた。目を開いたユーリの瞳は一瞬まばゆい光に白く包まれた。思わず「っぅう……」といううめき声をあげた。数回の瞬きの間、視界は暗いままで虹彩は何も映し出すことはない。
「……どうなってるんだ?」
思わず疑問が口をついて出た。一瞬光を感じたことから失明しているとは考えずらい。かといって目隠しがされているわけでもないらしい。
「あ、起きてたのか……悪いね……あんたの目今ちょっと借りてたんだ」
見えないことについて熟考に入ろうとした時、ようやく雨音以外の音をユーリの耳がとらえた。それは聞き覚えのある女性の声。どこか大雑把で面倒くさそうな声が聞こえた声が頭上で聞こえた。
「お前、サラだろ!?……他人の目で何してんだよ!!」
「はぁ……これはあんたのためでもあるんだよ!?」
「どういうことだ……」
「今はお前の網膜情報からあんたの見た映像を復元する魔法を使われたあんたの視覚を魔法で強制的にカットして、休ませている状態なんだ。言ってしまえば部分仮死させて魔法で蘇生させてる。ま、それも今終わったよ……ほら、見えるだろ?」
サラがそういった瞬間。再び瞳が明るさをとらえた。ぼやけて靄のかかったような視界が徐々にはれていくように目の焦点が合うと、覗き込む左目を長い前髪で隠した少女の顔が目の前にあった。特徴的な燃えるような赤色が今のユーリの目には一層鮮やかに見えた。そんな彼女の橙色の瞳と目が合って、ユーリは僅かに言葉に詰まって、覗きこんでいるサラの顔をしばし見つめた。
「あぁ……ちゃんと見えてる見たいだね……」
「……ああ……お前の寂しそうに泣いてる顔……はっきり見えるよ」
最初見た時は見間違えか、錯覚かと思ったがそうではなかった。サラは静かに涙を流していた。涙の雫がサラの目から溢れユーリの額や頬を滑り落ちた。
「っ……そうか……」
「そこまで……見えてりゃ何の心配もねぇな……」
「っ!?犬っころ……戻ったのかい?……覗き見なんて悪趣味じゃないか……」
サラは突然聞こえた少年の声にわずかに悲鳴のような声を漏らし、批難するような視線を向けながら言った。ユーリも枕から頭を上げ、体を起こし声の主を振り返った。その視線の先には雨に濡れたのか大量の水が滴る犬耳の生えた少年。ディランが立っていた。
「んなこと言ってもな?姉さんよ……あの状況で声かけれるわけねぇだろ……」
その言葉に黙り込むサラにディランが
「揃いも揃ってお通夜みたいな顔しやがって……慰霊式は昨日、終わってんだ。それが終わっちまった以上、俺たちのやるべきことは……もう、前に進むために動きだすしかねぇんだよ……それに今は頭のお前がそんな顔しててどうすんだ」
「……そうだね……そう、なんだけど、ね……」
2人の間で意味深な会話が続く中、ユーリはそれに割って入った。
「ちょっと、待ってくれ!!話についていけない!!トップがなんだって?ていうか、そもそも、俺はどのくらいの間眠ってた?」
「なんだサラまだ話してなかったのか?」
「まあね……その前にあんたが戻ってきたんでしょっ」
「一先ずだ……ユーリに話しちまおう」
「えぇ、そう……そうだねディラン……ふっー……ここはカルトの街に仮設された野戦病院みたいなものの一つ。街の中にはセブンス・クラウンの引き連れてきた魔物残党が少ないけど残ってるからここは結界で覆ってある。それで……あなたが眠っていたのは10日間。眠り続けた原因はお察しだろうけど体内に貯蔵されていた魔力を使い果たしてなお、戦う為に生命維持に必要な魔力にまで手を出した為。簡単に言えば魔力欠乏症。覚えはあるでしょう?」
そう問われて思い出す。森の中の逃走劇と激しい戦闘によって疲労度はもはや、ピークの状態で水龍乱舞は完全に捨て身だった。もとよりあれは相打ち覚悟で放った技だった。
「……ああ、あるよ」
そういって、ユーリはバツが悪そうに顔を伏せた。
「街中であんな大魔法をぶっ放してまだ動けたことに普通なら驚くもんだが、そこは、ユーリだしな……生まれて初めて魔力量の底を見れたわけだな……」
「ディラン!!煽るんじゃないよ。ねぇユーリあなたもヘレンの妻がなんで昏睡状態になってたか、知ってるでしょ?あんた、あまりにも無鉄砲が過ぎるよ」
「あぁ……すまんってまて……カミラさんは今も昏睡状態だろ?なんで過去形なんだ?」
「ユーリそんなことよりも、あなたの事を」
「そりゃ、目覚めたからに決まってんだろ?」
「それ……本当か!?早くヘレンに伝えてやらないと……ヘレンはどこにいるんだ?」
それはユーリにとって衝撃の事実だった。とっさに共に戦った戦友の顔が脳裏に浮かび、どこかにいるだろう男の居場所を尋ねた。
「ヘレンはいない」
返ってきたディランの言葉に一瞬全ての思考が停止した。
「ディラン!!」
ディランの考えなしの発言にサラから鋭い制止の声が飛び、怒鳴られたディランはサラを睨み返すと
「隠しててもいずれ知れることだろ?」
ディランがサラに対して強気に出るのは珍しいが、それ以上にサラの言葉は先ほどから歯切れが悪い
「……それは、そうかもしれない。けど……こいつの事だ……必要以上に自分を責めちまうに決まってる」
サラはチラリとユーリを一瞥すると、ぼそりと溢した。その言葉にディランはでかかっていた言葉を飲み込んだ。
「うっ……だけどよ……」
2人だけで話が進みかねない状況になりつつあったところをユーリは割り込むように声をあげ、引き戻した。
「おい、待てよ……どういうことだよ?いない?なんで!!」
その問いかけにディランが考え直してやはりいうべきではなかったかという意見に流れそうになったのか、急に頭を振ると躊躇いがちに重い口を開いた。
「はぁ、落ち着いて聞いてくれ…ヘレンはなぁ戦火の最中、黑蜘蛛っつうバケモンに倒されて、そんまま行方知れずになった。10日も帰ってこないんじゃ……生存は絶望的だろ……」
ディランの予想は正しいだろう。どんなに強靭な戦士でも体力を消耗し、傷付いた状態では生存率は相当に低い。ましてや10日間。絶望的だ。
「そうか……俺がヘレンを置いてかなきゃ……」
「それは違うね……」
ユーリが呟くとサラがそれをすぐさま否定した。
「ヘレンも防衛兵ってことを忘れてんじゃないかい?ヘレンはお前らを二重の意味で先に行かせたんだよ。友として身を案じ、まだ逃がせると判断した。防衛兵としても民間人を救う義務がある。友としても一兵士としてもやつの選択は揺るがなかったろうさ。状況が悪ければ悪いほどヘレンは必ず同じ選択をしてた」
サラは小さく、「お前だけでも守れてあいつは本望だろう」そう呟いた。
「1人の命が救えるだけで、あいつが満足するかよ……」
サラの呟きにユーリは反論を返した。
「するさ……それがお前なら尚更……」
彼女がヘレンの何を見てそれを言っているのかユーリには理解できなかった。しかし、あまりにもまっすぐなその目を見てユーリは困惑を表情に出した。
「どんな根拠があってそんな……」
「根拠はあいつの過去とその時言ってた言葉。」
ヘレンの過去、ヘレンと知り合って妻カミラの見舞いに行ったとき軽く語られた過去。
「あいつは8年前に今は無くなった村で基礎訓練を受けていたことがあった。そこで、魔獣騒動に巻き込まれ、村人や同僚だけじゃない。娘も失い妻も昏睡状態になった。それは知ってるだろ?」
「ああ、勿論……その時に娘を失ってるはずだ。」
「そう……守ると誓った村の人々を守れず、仲間を失い、娘を失い、救おうとした全てを取り落としかけて、辛うじて数名を救った。あの状況で数名でも助け出しただけでも称賛されるような悲惨な現場だった。」
その言葉は、その現場を知っているかのように紡がれていたことに疑問を感じ口にした。
「まるで、見てきたように言うんだな……」
「ああ、実際目の当たりにしたよ……そこら中に散らばる死体と血溜り、血と焼ける森、それに交じって肉が焦げる苦みのある不快な臭い……当時12歳の私は初めての実務で救助に当たってその場に居合わせた。朝方に到着した時には、目の前は生地獄みたいでさ……その時点で半数は既に死んでやがった。残り半分も救助し治療を始めた先から死んだ。おまけに治癒魔法を掛けたら血を吐く始末……もう目も当てられなかった……」
そう、自嘲気味に乾いた笑いを浮かべた。
「数えて70人を見殺しにしたところで気が付いた。傷口から3大奇病の一つ。人体をアンデット化させる人腐菌が入り込んでた……あの時の技術では、人腐菌のサンプルを持ち帰ることしかできなかった。」
いやなものを思い出したかのように目を伏せ、重々しい口調で語ったサラがふぅと短い息を吐きだし自分を落ち着けると続けた。
「そのあと目覚めたヘレンが妻と面会した後に言ったんだ。『俺はあの日、誰も助けられなかった……むしろ救われてここにいる……次なんて起きないと信じたい……だが、もし、もしそれが起きてしまったなら……俺は今度こそ……救ってやろうと思う。この何も掴めず取り落とした手で……今度こそ必ず』てさ……幼いながら敵わないと思ったよ……あんなことの後にそんな言葉を私は言えない……それが今回のことで身にしみてわかったよ……よく亡くしたものは取り戻せないっていうけど。きっと、何かをなくさないと本当の意味では……その言葉の重さをはかれないのと一緒だ……私もようやく理解したんだ。あいつらもこんな気持ちだったんだって……」
一瞬の沈黙で強くテントの布を打つ雨音だけが反響した。直後
「こんな……こんな!!悔しくて悔しくて悔しくて悔しくて腸が煮えくり返るほどに自分の弱さが憎らしい!!頭がおかしくなりそうなくらい!!」
「お、おい!!サラ!!」
サラは悲痛な心の叫びを吐き出し、無造作な後ろ髪を血が噴き出しそうな勢いで掻き毟る姿には狂気すら感じられる。それをディランが後ろから羽交い絞めにすると、後頭部に容赦のない頭突きを決め、サラを一撃で落として見せた。
「すまねぇーユーリ……続きは後で……今は、一旦席をはずしてくれ……その様子ならちゃんと歩けるだろう」
発狂するサラの姿を見て呆然と立ち尽くすユーリにディランがそううながした。
「……あぁ、そうだな……」
「あーあと……外出るんだったら……中央の城塞には近寄るなよ?まだ、あの辺は駆除しきれてないからな」
それを背中越しに聞くとユーリはわずかにふらつく足取りで雨の降りしきる中テントの外に歩み出した。




