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第一章 終幕 『終焉の始まりに訣別を』

アイリはボロボロになって仰向けに転がされているユーリの傍に膝をついた。水が退きぬかるんだ土が露わになり白いスカートにベットリと付着する不快な感覚があったが、アイリは気にもかけなかった。それというのも自分を守るために重傷を負った青年が、額に大粒の汗を浮かべ荒い息を漏らしていた。いつの間にか完全に崩れ去った内包の水壁から彼が気を失っている事はアイリにも理解できた。彼が死なずに済んだ要因は、彼が作り出した内包の水壁によって地面に水が張られ、なおかつその影響で地面が多少ぬかるんでいたからだろう。アイリはユーリを抱き上げる。手には泥と血が混ざり合ってヘドロのような土がついた。この状態では、感染症の恐れもあり、それよりも重篤なのは出血多量だった。先ほどはわからなかったが、腕だけでなく左足の骨と肋骨が数本折れ割れた骨が脇腹に風穴を開けていた。体温が少しずつ失われ、それに伴い、呼吸が浅くなっていることも感じられた。

見ているだけで痛々しいその姿に涙が出た。唇を噛み締めてアイリは魔法を展開した。青白い光がアイリの身体を中心に地面から溢れ出した。これまで、数回この魔法を使ったことがあった。成長する程に力が強まって来た。はじめて使ったのは、教会の前で息絶えようとしていた野鳥だった。なんとなく使い方を知っていたから使ったようなものだった。しかし、ナーヤに見つかりこっ酷くしかられ、やらなくなった。そして8年前にヘレンに使ったものは体力のないアイリの魔力を摩耗させた。しかし、これはそれらとは違う。自分の身体からだけではない。外側から力をもらっているようなそんな感覚。溢れ出す光が徐々にユーリに吸い寄せられていく。魔法は問題なく機能していた。それに安心するとともにアイリは自らの感情が抑えられなくなった。感情の濁流が震える唇から嗚咽とともに溢れ出した。


「こんな怪我してまで……戦わないでよ……」


ユーリの事だからそんな言葉を聞いてくれるはずないのに……言わずにはいれなかった。


ユーリに吸い寄せられていった光が足りていない血の代わりを果たし巡っていく。外側からでもそれらの脈動を見て取れる。


「なんで、そんなに必死で私を守ってくれるの?」


ユーリはきっと誰が同じ状況になっても助けるよね……きっと私だけじゃない。だってユーリは普段少し無愛想だったりするくせに、本当は優しいから。本当に大変な時には手を差し伸べてくれる。


ユーリを中心にヘドロになっていた血と土が分裂し始め時を戻すように流れ出した傷口に吸い寄せられていく。


「期待しちゃうじゃない……」


 私にだけ……そうなのかもって期待しちゃう……ねぇ……知ってた?カルトの街にはユーリを好きだって子かなり多いんだよ?


「私は……もっともっともっと……一緒に居たかったよ……なんでそんな小さな望みも叶わないの?私はただ……ユーリと……この街で一緒に居たかっただけなのに」


「どうして、私は……私はアルコルの末裔なのよ……!!」


そうじゃなかったらユーリが傷つくような事にならなかったのに。もっと普通に出会ってたら……きっと、君にこの気持ちを言わずにはいられなかった。


骨が逆再生の様に肉の中にめり込んでいき裂けた肉が縫合される様に傷が塞がり、塞がった先から傷跡も残らず消えていく。


「いつか、こんな日が来るって、あの日からわかってた!!……そんなの……言えるわけ……ないじゃない……」


 八年前のあの日自分が異常であることに気が付いて、様々な手段を使って調べ上げつい4年前にクラネースの孤児院の一室でナーヤの手帳を発見した。そこには、母の紹介で30年ほど前にアーシャという女性と出会ったこと。その女性はかつて再生をつかさどり、世界を滅ぼした魔女アルコル・ファーメシアスの末裔であることと呪いをかけられていることを知ったこと。娘を生んで父母に預けたこと、とある研究を始めたこと、アーシャが子供を身ごもったことを本当に嬉しそうに綴っていた。しかし、16年前のある日からページは、「知らない」「覚えていない」「思い出せない」という記述が目立っていた。そして一部には「なぜ、他人の子を育てているの?」「この娘のアイリの親は、どこにいるの?」「アーシャって誰?」という文面が読み取れた。その記述から数年がたちようやくアイリを自分の子供のように思えるようになったことが記されていた。

 その手帳を手に入れてやっと自分が何者であるかを知ることができた。そう、知ってしまった。自分が世界を滅ぼす害悪そのものだということを。

 そこから養父となったテリヤ・エルメスの部屋で8年前のクラネース・魔獣騒動の資料に目を通し、セブンスクラウンが自分を狙ってくる可能性に気が付いた。


「知ってた……私が、いつか……ユーリを危ない目に合わせちゃうって……」

それでもできるだけ長く一緒にいたいと思っちゃった……それにここなら、安全なんじゃないかって、思っちゃったから……

 自分が安寧を与えられているだけだということには多分気が付いてた。いつでも連れ去れたことは容易に想像がつく。それでもしなかったことに何かしらの意図すら感じられる。

「こんなことになるんだったら……知った時に、いなくなれば……よかった……」

 きっとこんなことを言ったらユーリは起こるよね……でも言わずにいられないよ……考えずにはいられないよ……私がユーリをこんな目に合わせちゃったことに変わりないんだもん……


血が戻るとともに光が押し出される様に身体の外に押し出され、フワフワと浮き上がってからパッとシャボン玉の様に弾けてわずかな光彩を放って消えた。それらには見向きもせずにアイリはユーリに向けて言葉を紡ぎ続けた。


「もう……私なんて……守らなくて……いいんだよ?……傷つかなくていいん……だよ?ユーリは…………」

私の事を……忘れて最後まで……生きて……

 アイリにはその言葉がどうしても声に出せなかった。


いつの間にか流れていた涙が、アイリの頬を伝い、ユーリの瞼に落ちた。それとともにユーリの中で魔力が活性化するのを感じた。それと同時にユーリの身体からは残っていた光が溢れ出し、光が一つ弾けたのを合図に次々に弾けた。それと共にアイリの周りの青白い光が消えた。勢い余ったのか、草原もユーリを中心に数m再生してしまったようで、さきほどまでのぬかるみはなくなっていた。


再生の魔法の一部始終を後ろで見ていたティトスがアイリの背中に声をかけた。


「アイリ様……残念ですがそろそろ……」


「もう少し……」


そういうとアイリはユーリをぎゅっと抱きしめた。その姿は、大切な人を忘れない為に感触を手触りを匂いをそして、その存在を忘れまいとしている様だった。


「……わかりました……ゲートを開いたらお声がけします。」

ティトスはアイリの姿を見てせめて諦めた様に嘆息すると、後ろを向くと指を縦に空を切る様に振った。空中に線を引くようなその動作で、黒い線が浮かび上がった。

「?_________ッ!?」

上から切り開くように黒い空間が時空を侵食するように広がっていく。それはさながら悪魔がはい出してきてもおかしくないような瘴気を帯びていた。しかし、ティトスは少し慌てた様子を見せながら空間に向けて人差し指を向け指先から光の玉を放射した。すると、時空の禍々しさが消え去り、ゲートは白い空間に変化した。

「ミーザールー!!あなたがいるせいで、危うく影のゲートが開くところだったじゃない!!」

 ティトスは隣でフワフワと浮いてるミザールに批難の目を向けた。

「そりゃ、お前がまだ力を取り戻してねーのがわりーんだろ!!人のせいにすんじゃねーよ」

「今、明らかに干渉していたじゃありませんか……私が召還紋を引いて黒い線が現れるわけないんですから。なんですか?20年ぶりの再会だというのに、何かの仕返しですか?あんな化け物専用の門くぐったら私はともかくアイリ様が消滅してしまうじゃありませんか!!」

「20年ぶりに顔合わせて、ガキになってたやつに言われたかねーな。」

「そういう、あなたは、ひんむかれて醜い姿をさらしていたではないですか」

今にもつかみ合いの喧嘩を始めそうな2人がしばらくにらみ合い

「まて、んなどうでもいいことより……そろそろ時間だろ」

「んんーどうでもよくはありませんが、そうですね。急がないといけないのは確かです。」

「それに……あいつももうある種の化け物だ」

ミザールは吐き捨てるようにそういった。



 ティトスが再び、アイリに声をかけた。


「アイリ様……申し訳ありませんが、これ以上は時間を延ばせません。参りましょう……」


「……わかりました……ティトス。条件、忘れてませんよね?」

アイリは振り返ることなくティトスに静かに問いかけた。

「ええ……もちろんです。」

その答えを聞いたアイリは、抱きしめていたユーリをゆっくりとぬかるみの消えた草原におろし、ゆっくりと立ち上がり、ティトスに向き直った。

「では、まいりましょう。本日よりアイリ様のものとなる浮遊城塞マラフィナベクトへ」

そういうと、ティトスはアイリをゲートの前に導いて、


「私は念のため、ゲートか閉じる寸前に通ります。アイリ様は先にくぐってください」

そういうとティトスはアイリをミザールに引き渡した。そして、

「ミザール、少しの間アイリ様をお願いします。」

小さく耳打ちすると二人がゲートをくぐるのを見送った。


アイリは最後に一瞬振り返り、

「最後まで……守ってくれて……ありがと……さよなら」

一筋の涙をこぼしたその憂いの表情がティトスだけが見ていた。



「……行きましたか……私は、私のやるべきことをやりましょう……」

そうつぶやくと、ティトスはユーリにゆっくりと近づいた。

「……ユーリさん、あなたは、私たちにとって脅威となりうる……そう判断されました……アイリ様には申し訳ないですが、ここで……死んでいただきます」

どこか自分を納得させるためのものともとれるつぶやきをすると、ティトスは光を束ねて一振りの剣を目の前に呼び出した。基本的に武器を持たないティトスは昔から魔法で直接的に相手を殺すことをしなかった。と言えば語弊があるが、ただ単純に殺傷系の魔法が使えなかった。それ故に最後の一撃だけは必ず自分の手で。

「この者に最大の敬意と安らかな眠りを……」

 目の前に召還された剣を手にすると両手で握りこむと高々と振り上げ、少し躊躇した後、ユーリの首をめがけて振り下ろした。最後の瞬間目を閉じたティトスは、突如として吹き抜けた疾風を感じた直後、周囲にとどろいた金属と金属のぶつかり合う甲高く耳障りな音と、手に走る骨肉に刃が入った時の生々しい感触とはまるで違う硬いものに阻まれるたような痺れで目を見開いた。

「_________!?」

 振り下ろされた切っ先は標的の首をとらえることはなく、大きく宙を舞いティトスの後方に突き刺さり、まるで幻影であったこのように光が分散して消えた。代わりに剣の軌道を塞いでいる鉤爪とそれを付けた今にも人を食い殺さんとしているような目をした半人半獣の少年がいた。


「あぁー……それは、流石にしちゃなんねーよ……ティナ嬢……俺が、ユーリ様を殺されるのを黙ってみてられるわけねーんだからさ……」

 その言葉には隠す意思の全くない殺意が前面に押し出されていた。

 咄嗟にティトスは回避魔法を使って、素早く少年から距離をとった。


「……あなた……ディラン……」


 そう呼ばれた少年はゆらりと立ち上がった。七分丈の黒いズボンに袖が引きちぎられタンクトップのようになった軍服から覗く腕と耳の毛は逆立っている。


「あぁ……そうだよ……お前に裏切られた部下の一人……ディラム・パントランだよ!!」


 ディランがその腕に怒りを込めて横に薙いだ瞬間、突風が巻き起こり扇形に土が捲れ上がった。


「……どうしてあなたがここに?確か、あなたは幻惑でアイリ様を彼と勘違いして、追っていったはずだけれど……」


 少し予想外の事態に目を丸くする


「あぁ、まんまと騙されたが……ユーリ様が自害なんてするはずねーからな……気が付いて引き返してきた。それにしても、シロマダラ・キンポウゲとは、随分エゲツナイことするじゃねーか……」


「そうですか、やはりアイリ様、2度目の死を体験したんですか……どおりで……でも、流石、心を持たない忍びの末裔……アイリ様を助けるって選択肢を取らなかったあたり、本当に流石としかいえない……」


 ティトスからの評価を聞いたディランは、あきらめたように短い溜息を吐いた


「俺に与えられた任務はコーリアス・カルレインの息子を主とし、守ること。それからその身辺を監視すること。基本的に干渉は不可……だ。ということで、腸は煮えくり返ってるが、これも任務だ。見逃してやる」


「ふーん……見逃してもらうのは、どっちだと思ってるんです?あなたでは、不意打ちでもしない限り私を殺すことはできませんよ。それに、その機会をあなたは棒に振ったのですから。万に一つもあなたに勝ち目はありません」


「そりゃ、どうかな……俺の予想だといい勝負はできるな……」


「そうですか……あなたもあの技を……次に会うのが少し楽しみになりました……」


 そういって、ゲートへと向かおうとするティトスだが、ディランを警戒しているようで、ゆっくりと後退するのをみたディランが

「言っただろ?見逃してやる。ゲートの先まで追うこともしねーよ。単騎で乗り込むには、あまりにも分が悪い。その先で待ち構えてる奴が俺じゃ……どうにもならねー」

 そう言ってディランは顔をしかめた。

「そうですか……」

そういうと、ティトスは初めてディランに背中を向け、ゲートをくぐろうとして

「では、またいずれ……1年後にファラディスでお会いしましょう」

「!!ファラディス?ファラディスっつったか!?おい、ティナ嬢!!」

その呼びかけにティトスが応じることはなく不敵な笑みとともにゲートの中へ消えていった。ティトスがゲートをくぐるとともにゲートは跡形もなく消失し、荒れ果て、ところどころぬかるみとなった草原だけが残った。

 ディランは眠っているユーリのそばに胡坐をかくと

「……すまねーユーリ様……あんたの大事な人、取り返せなかった……」

その言葉はあまりにも虚しく、誰の耳にも届くことはなかった。


 ディランは二回りは身長の高いユーリを担ぐとカルトの街へと歩き始めた。

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