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第一章 28 『一瞬と一パーセントの彼女の選択』

「はぁっはぁっはぁっ……_______ッ!!はぁっはぁっはぁっ」

 森の中を荒い息と草木を踏みしめる音が響き、少女は走り抜ける。その服は枝で引っ掛けたのか、所々裂けていた。ジメジメと湿った森の中を走っているせいか、裾は泥はねが黒い斑点で模様を上塗りし続けている。森に入る際に盛大に枝葉に突っ込んだせいかセミロングの髪には小枝や葉っぱ、蜘蛛の巣が絡んでいた。

本来であればこんな獣道を走る必要は無かった。しかし、追われている可能性を考慮しないといけない。その為に迷う事覚悟で、合流ポイントであるマハーゼル緑地に向けて最短のルートをとる事のできる森の中を突き進んでいた。


数分前、ユーリが逃がしてくれた草原から今走っている森の中に入る際、アイリは迷う事をしなかった。

安全な街道を進めば、大分遠回りになり7kmほど、危険のある森を通れば直線距離4kmほど。走りやすさを考慮しても30分はかかる街道と迷わず行ければ20分かからない森。今のアイリには選択肢など無く、気づけばアイリは森の中に足を踏み入れていた。この森は常時であれば魔物がでない。しかし、今は敵が放った魔物がいる可能性もあった。それでもアイリ自身は魔物に出くわさない。それを信じて疑わなかった。根拠など微塵もない。しかし、そんな確信がアイリにはあった。


全身を突くような心臓の脈に気持ちが悪くなる。自分の身体が走るのを止めさせようとするかのように重くなる。緊張と焦りがさらにその不快感を増していく。それでも止めることを許されない。木の根に躓いて転びそうになっても片手で体を支えて押し返すとそのままの勢いで走り続ける。枝で切り傷のできた腕が足が痛い。心臓が肺が痛い。目じりにわずかに涙が浮かぶ。

 

「______ダメ……泣いたら……もう走れなくなる……それじゃぁ助けられない!!」


 ユーリを助けるには1秒なんかじゃとても足りない……1分……そう、1分速く私が目的地に到着できれば、私の事を守ると言ってくれたユーリをきっと助けられる。今、ユーリの生命線は私……

 肉体の安静を求めて立ち止まれば、一生抜け出せない後悔の渦に飲み込まれる。それだけは絶対にできない。例えこの身体がバラバラになったとしても


 太陽が少しずつ高くなり始めているのか、光が木々の間から差し込み森の中をキラキラと照らす。それでも朝露と乾くことのない湿った土はアイリの足を絡めようとしてくる。こんな環境の中だ。他の地域であれば食人植物やマッシュというキノコに化ける魔物が出ても何ら不思議はない。そんな明らかな脅威がないのはシェイドによって手なずけられたグリフォンのおかげだろう。アイリ自身は上空を飛んでいる姿を数回見たことのある程度だが、この地域の守り神とも呼べる存在だろう。他の地域では年間何万人もの人が魔物、あるいは魔獣が原因で命を落とす。それを一度体験しているアイリにとっては、このカルトの街はこの世界で唯一安全で心休まる場所だった。しかし、昨晩の襲撃によってその幻想とアイリの穏やかな生活は崩れ落ちた。アイリを狙って七つのセブンスクラウンが動き始めたということは、もう例えどこにいたとしても安全な場所など存在しないということにはかならない。それは、周りの人も同じだ。アイリを守ろうとする人も皆、大変な目に合う。何人も……何十人も……下手すれば、何百万もの人が死ぬ。その屍の上を歩いて、星降るセイレーの夜まで永遠にも等しい4年間を逃げ切らなければいけない。逃げ切ったとしてもそれから先の24年。またその先も24年、例え自分が次の娘を生んだとしても、その娘が……その呪縛から解放されない。鍵の呪いにかかった先祖から脈々と受け継がれてきた。継承するまで解けない不死の呪い。人の身でありながら償いきれない罪を犯したこの血筋に宿命図けられたものだった。周りを巻き込んで逃げることしかできない。


 それなら……捕まったほうがましなのでは……そんな考えが頭をよぎった。しかし、アイリはその考えを必死に頭を振って、追い払った。


 捕まり利用されれば、間違いなく世界が滅亡の道へ進む。各国の最大戦力を投入したとしてもポラリスを討伐することはできない。2400年前も旧バミューダ諸島海域にある。封印の星域と呼ばれる水島で、英雄ムルジム・オーグレーの魂を錠として封印するまでに世界は、人種、亜人種、獣人種。人口の3/4を失ったとされている。当時はロストテクノロジーを使ってもそれだけの被害が出たと伝えられている。今そんなものが復活すれば今度こそ……

 それだは何もかもが無駄になってしまう。彼の未来だけではない。世界の未来がなくなってしまう。

 それらは、少女が、少年が背負うにはあまりに重い。しかし、クラネースの襲われたときからそれを知っていたアイリにとっても、アイリが狙われる理由を本当の意味では理解していないユーリにとっても、今この瞬間、何よりも優先すべきはお互いを助けること。ユーリはアイリをアイリはユーリを何が何でも救おうと行動していることだけは間違いはなく、アイリ自身もそれを強く感じていた。

 ただそれだけがアイリの心を体を突き動かしていた。


「他の……事なんて……どうでも……いいっ!!ユーリだけは……たすけ……る!!」


 永遠に続く不安な森の中に決意の言葉がこだまして、直後自分の荒い息と大地を踏みしめる音にかき消される。森の最奥は過ぎたのか心なしか木々の間隔が広がり緑の密度が減ってきているようにアイリには感じられた。間違いなくゴールである合流ポイントは近づいている。視界の彼方に広がる明るい空間がアイリのそんな予測を確信に変えていた。下手すれば永遠ループもあり得る森の中で光を見つけることは進むべき道の証明だろう。幸いなことにこの森は比較的視界は良好だった。朝日が昇ってしばらく時間がたっていたことがやはり大きかったのだろう。朝霧があったとしてももう消える頃合いだった。

 そうやって、油断しているとアイリは木の根に躓きバランスを崩した。地面に転がる寸前で何とか片手を突き立て押し返す勢いをそのまま体勢を立て直した。こういう時自分の土壇場の強さともいえるものに感謝する。徐々に森の終わりが近づいてくる。その先の景色をわずかに視線の先にとらえることができた。ようやく道といえる場所に出られることにアイリはひとまず安堵したが、足を止めるわけにはいかない。勢いを殺すことも忘れて、森の終わり侵入を妨げるために腰の高さまである草垣に身を投じた。ガサガサという激しい音とバキバキと枝が激しく折れる音、そして、ビリビリとスカートの裾が引っ掛かり避ける音が同時にアイリの耳に届き、肌を直接こすった枝葉がアイリの肌に傷をつけた。ピッと入った細く鋭い傷から血が滲み出す。一瞬痛みに目を強くつぶって涙が出そうになるのを必死で抑えると、飛び出した草垣から抜け出し、西に視線を泳がせた。

「_______ッ!?いた……」

 自然とそんな声が漏れた。

まっすぐ森を突っ切ることはほぼ不可能だ。それがこの土壇場でできた事はまさに奇跡だった。200m先の合流ポイントで兵士たちが待機している姿が見える。思わず歓喜に大声で叫びそうになるのを必死に抑えるように両手で口を覆った。再び涙がこぼれそうになる。でも今ここで最後の体力を使い切ることはできない。まだ、私にはやるべきことがある。そして、わずかに止めていた足を再び動かし走り始めた。そしてそれと同時にアイリはそこに向けて叫んだ。

「お願い!!東の草原に援軍を送って!!!!…….ユーリを助けて!!!!」

その間にもアイリの足はそこへ向けて動き続ける。もう足は限界にきている。肺と心臓はもはや痛みを感じる事もなくなっていた。

あと100mそこまで来てアイリは僅かな違和感を覚えた。あの集団は自分を逃がす為の集団のはず、それなのにアイリが姿を現したのに保護しに来ないのはおかしい…….あまつさえ、撤退準備を始めないなんて事があるだろうか?その疑惑が頭を過ぎった瞬間、アイリは足を止めていた。

それと同時に忘れていた感覚がアイリを襲った。心肺の痛みを感じた直後に身体中から汗が噴き出す。カクンッと身体の力が抜けて、危うく膝を着きそうになる。何とか膝に手を当てて体を支える顔を上げたアイリを立ち眩みによる視野狭窄が襲った。一瞬、世界がいびつになり、視界の全体が赤みを帯びる。自分の体の急激な変化に思考が一瞬停止した。しかし、わずかに見える視界の彼方。今までそこにいた。輸送兵と思しき集団は、いなくなっていた。

「__________えっ!?どうして……」

そのかわりにそこには血の池が道の真ん中に出来上がっていた。目がおかしいからこんなものを見るんだ……そう、思って深呼吸を数回繰り返し、もう一度視線を向ける。しかし、そこにはそんな地獄絵面ともいえる光景はなく、兵たちが待機している。そして、瞬きの瞬間、血だまりが見えた


「____!?」


一瞬だけ目に映る地獄は、おそらく真実の姿だ。考えが甘すぎた……もう、あそこに味方の兵は1人もいない……敗残兵として逃げていればいい方だろう。信じられないけど…….合流は…….読まれてた…….瞬きの一瞬だけ実像が目に映ることからまだ、幻術空間に飲み込まれてはいない……ならまだ……諦められない。飲み込まれてないなら、幻術を破った経験がない私にもやれる事はある。

アイリは一縷の望みをかけて、北に向かって歩みを進め始めた。まだ、絶望なんてしてやるもんかと心で叫び続け、自分を鼓舞する。自分の為に命がけの時間稼ぎに打って出た彼を今度は自分が救うために。

北に数キロ行ったところにある村。そこまで行けたら都への連絡ができるはず。そうすれば、近くにいる兵を東の草原に送る事も出来るかもしれない。傷付き疲れ果てた身体は次第に重さを増していき、眩暈と嘔吐感が出始めた。

いつもの平和な朝なら…….そんな戻る事のない朝を思い描いた。

その想像が今の現実との解離をアイリに自覚させてしまった。重い…….重い…….重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い重い脚に鉛をぶら下げ、関節に鋼を埋め込んだかのように重い…….言う事を聞かない足がアイリを地面に叩きつけた。

このままじゃ、本当に動けなくなる……それだけはわかる。これは疲れだけじゃない。焦燥感、空腹感は確かにある。けどこれは……そのどれとも違う……神経毒……何が原因?こんなところに神経毒を引き起こす植物なんて……

 アイリはハッとして自分が出てきた森の草垣に目を向けた。あの時しかない。そして、傷口を確認する。その足には、無数の切り傷と赤いかぶれのような症状がある。そして、草垣の影にそれを見つけた。


「シロマダラ……キンポウゲ……ッ!?」


 通常のキンポウゲは、強い毒性を持った黄色い花で、花に皮膚が触れれば赤くなる。しかし、シロマダラ・キンポウゲは白い花に黄色いまだら模様と鋭い無数の毒針を生やした魔草の一種で、通常の神経毒の作用に加え、人間の体内をめぐる信号を遮断するうえ、動物の生命維持に必要な魔力を吸収し繁殖する。即効性があり悪質で中層域連合から駆除指定植物とされている。

 このままじゃ、間違いなく……もう、やるしかない……

 そう考えると自然にアイリの手が動いた。近くに転がっていた鋭い木の枝を握ると、その細い首筋に木の枝を突き立てた。血しぶきが舞い鋭い痛みと共に首に穿たれた穴から空気が抜ける。首の内部に大量の血が侵入し、数秒で気道が血で満たされ、逆流する。枝で貫かれた首はその痛みに筋肉を動かすこともできずに呼吸が止まった。最後の力を振って、突き刺した枝をそのまま抜き取った。痛みに声も出せない。あれから1度目の死の感覚。あの時以来の死がアイリの意識を覆いつくした。

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