第一章 27 『裏切りの光精』
そこに立つ金髪の少女をユーリは知っていた。今回の防衛作戦の要である結界指揮をとっていた。“光精”と謳われた少女。
シェイドを通して知り合ったカルト防衛本部総司令官ディサムス・アーガイル。血塗られた鬼の家系アーガイル家の現当主。妻を取らなかった彼の唯一の家族と呼べる娘。養子として引き取った儚げで美しい少女。それがマルティナ・アーガイル。
鬼族は最大500年という長大な寿命があるものの150歳を超えたあたりから人間としての姿を保つことが難しくなる。さらに多くの個体が発狂し、人の人格が薄まっていく。そして、いずれは本物の化け物となる。それが定めだとされている。故に、親が100歳を超え、子が成人したあたりから決闘を幾度も行い子が親を殺害することでアーガイル家は世代交代を行う伝統を長い年月の間続けてきた。それ故に世代を追うごとにその戦闘能力は上がってきた。ディサムス・アーガイルが血を途切れさせようと考えなければ、あと数代の後には世界に名を轟かせる戦闘系一族となっていたのは疑いようもなかっただろう。
悠然と立つ少女を見てユーリは息を呑んだ。崩れかかった内包の水壁から僅かに漏れる朝陽の輝きで少女の長い金髪が陽に触れキラキラと煌めき、真白なローブと髪が揺らめく姿には神々しいまでの美しさがあった。しかし、そんな時間が止まったかのような長い沈黙を破ったのはマルティナだった。
「その人を殺してはダメですよ。ミザール……ユーリ・カルレインは彼女との交渉カード足り得るのですから」
ユーリを殺そうとしたミザールをさとすようなそんな声だった。
……カルレイン?何を言って……
「……そんなもん、俺が被っちまえばわかりゃしねぇーだろ……何をこだわってやがる」
「それは……不可能でしょうね……彼の肩に刻まれた。その神紋……」
そういうとマルティナはミザールにユーリの僅かに見え隠れする包帯の巻かれた左肩を見るように目配せをした。それに面倒だなという目を向けるとミザールは渋々といった様子でユーリの影を利用して影の腕を作り出すと腕を伸ばし、破れた肩口を広げる。そして、肩に直接影の腕が触れた瞬間、突然腕がパシュッンという鋭い音と共に弾け飛ぶ。同時に露わになった包帯があまりの熱に溶け落ちた。そこには、大きな肩の傷の上から二の腕、さらには胸、背中の辺りまで侵食し、鈍く脈打つ紋が刻まれていた。その傷の上にある神紋を見て、ミザールの表情が明らかに引きつったように見えた。三枚の翼と西洋剣、所謂ロングソードが重なるように描かれた。“剣に三翼”。
「……っはっははははは、こりゃ、たまげたこんなとこに、あいつの息子がいるとはな!!」
「ええ、彼の者の血族です……そして、その神紋を付けたのは、あの女しか居ません。恐らくは貴方に対抗する紋と考えて間違いありません。迂闊に被ればそのまま消える事もありえるでしょう……」
「さっき……から、なん、の……話をしてやがる……!!それに……さっきの、質問に……答えろ!!なんで……ど……して、お前がここ……いる?」
「……そんな事を気にしてどうするのですか?ユーリさん。まぁいいでしょう。一つ目の質問には残念ながら今の貴方にはお答えできません。ですので、もう一つの質問にはしっかりと答えさせていただきます。」
マルティナはあくまでも丁寧な姿勢は崩さずゆっくり淡々とユーリに話しかける。
「私が、七つの冠、セブンスクラウンの光を冠する最後の一人。7番目の子供……ベネトナシュ・ティトスだから。と、答えさせてもらいます。ユーリさん」
「なっ……」
言葉が詰まって出てこない。頭が真っ白になり思考が停止する。
彼女の言葉を頭の中で反芻し、いくら考えても他の結論に行きつかない。わかりきっていた。わかりきってたはずなのにその言葉を彼女から聞かなければ信じられないのか?そう、彼女は……
「私が裏切り者ですよ。ユーリ・カルレインさん」
彼女の言葉に驚く一方で、彼女の言葉をスッと飲み込んだ自分がいた。今回の襲撃には不自然な点がいくつもあった。一つは、戦闘開始直後ブリュンヒル要塞での爆発。もう一つは斥候の情報では北門に進軍する敵は報告されなかった。あんな大量の敵を見逃すはずはない。そして、さっきまでユーリとアイリが捕らわれていた有幻結界。影魔法でも作れなくはないが人を閉じ込める程度のもので、人を強制的なワープによってループさせる程、強力なものは光魔法の手法でさらに相当の使い手でもない限りは使うこともできない。しかし、ユーリはこの手法を使う相手に1人だけ心当たりもあった。その人物こそが彼女だった。
そして、彼女が裏切者ならばこれらすべてに説明がついてしまう。辻褄が合う……
戦闘開始直後の爆発はあらかじめ斥候部隊に部下を配置しミザールと交信を行っていたのだろう。北門の部隊はマルティナが幻影で部隊を創り出し斥候がいったと誤認させ、戦闘後は爆発の混乱に乗じておびき寄せる予定のこの草原にいどうして日の出の少し前から結界構築をおこなう。魔物を使った誘導や時間稼ぎは日が昇り始めてからでなければ有幻結界構築に必要な光が足りなかったと考えられる。
そう考えると、俺たちはまんまと相手の掌の上で踊らされていたということだろう。あまりにも滑稽だ。あまりにも無残。あまりにも無価値。ここまで周到に組まれた策ならばこの先のシナリオもさぞしっかりとしたものだろう。
そう思ったらユーリはマルティナを鋭く憎悪に満ちた眼光でにらみつけていた。
「なにか、お気に召さないことでもありましたか?」
あくまでも丁寧な口調のマルティナに苛立ちを覚える。内心ではうまくいってほくそ笑んでいるに違いない。何とかしてその鼻っ柱をへし折る策を練るが、この2対1の状況ではどう考えても分が悪すぎる。下手に動けば即座に殺されても何ら不思議はない。
「こんなふざけたことされて、気に入るわけねぇーだろ」
ユーリは強い語調でマルティナの質問に応答する。
「困りましたね……もう少しあの方には希望を与えておきたいところなのですが……」
マルティナは口の端に笑みを浮かべながら続けた。
「あなたの今の姿だけではまだ、あの方が本当に絶望するには少々物足りないものなので、あの方には美しいまでの希望をお見せしようかと。あなたは今、あの方がどんな気持ちで必死に走って合流ポイントに向かっているかわかりますか?」
あいつの性格は長い付き合いなだけあってわかりきっていた。あいつなら……あいつなら必ず……
嫌な汗が背中をスーッと流れ落ちる。その背中をなぞられたような不快感がユーリをなおも不安にさせた。
「あの方なら……必ず、こう思うでしょう」
「「私が一秒でも早く合流ポイントに付けば、助けを呼べる。そうすればあなたを(俺を)助けられる。」」
二人の声はピタリと重なる。
「流石、よくわかってらっしゃいますね。ふふふふふふ」
考えていることとは裏腹に、マルティナは、自分の意図していることが通じたことを子供のように喜んでいる。
その姿はもう異常な精神状態にしか思えなかった。
「ちっ……これだから幻惑魔法の使い手は、どいつもこいつも性格わりぃーんだよ……」
唖然としていたユーリとは、逆にその反応を見て存在感を消していたミザールが毒づいた。それは、もう見慣れているとでも言いたげな呆れた目をしていた。
「人を喰らって嘲るあなたよりずっと、趣味はいいと思いますが?ミザール」
「どっちもどっちだよ……」
そんな二人のどうでもいいやり取りの間もユーリは頭を回し続けていた。そして、彼らの行動の矛盾点を見つけた。
彼らは、アイリを追いかけるようなそぶりを一切見せない。今なら崩れかかっている内包の水壁も容易に突破できるはずなのに……もしかするとマルティナが幻影で追尾を行っているかもしれないがそんな様子は全く見られない。どうやってここにアイリを連れてくる気なのか?
そんな考えを遮るようにマルティナはユーリの顔を覗き込んだ。
「ふふ……何か必死に考えてますね。何を考えてるか、当ててあげましょうか?」
心底楽しそうな笑顔を浮かべる少女。こんな状況でなければずっと見ていたいとさえ思えるほどの笑顔を張り付けている。
「………」
「どうやって、あの方をここまで連れてくる気だ?今から行ってもあの方は合流ポイントに付いてしまう。でも、実は合流ポイントに人は、いないんですよ。」
「……人は?つまりは……」
「はい、そうです……先につぶしたうえで私の幻惑で彼女を兵士たちが待ちわびているかのように補強してあります。」
「……くっ……」
流石に抜け目がなかった。そうだ……こいつは今回の作戦の内容をすべて把握したうえでここに居る。すべての敗因をつぶして、つぶして、つぶしきったうえでここに居る……彼女がここに来た時点でもうその下準備のすべてが終わっていて、ユーリの喉元に剣の刃を触れさせた状態だったわけだ……
それはもはや、勝てる要素など一片たりともなかったということではないか……
「それにあの方は、万が一にもそれに合流することはありません。希望の一瞬を絶望に変えてこそ人はあっけなく崩れるんですから。」
「なにっ?」
「そろそろですね」
怪訝な表情を浮かべたユーリにそう呟くとマルティナは真っ白なローブをはためかせながら背を向けると右手の人差し指立ててから縦にフッと一回振った。それと同時に空中に人が通れるほどの大きな穴が生まれた。それは穴というよりは歪というべき代物で中で闇が蠢いているように見えた。
「そんなもんで、何する気だ!!」
激昂するユーリの声も聞かずにマルティナの開けた歪にミザールが影の腕を伸ばす。そして10秒もしないうちに目標のものを掴んだようでミザールの目が歪んだ。
「さぁ、感動のご対面のお時間です!!」
その言葉と共に、影が何かを引きずり出し始める。最初に出てきたのは、影の腕がつかんだ白い袖が泥で汚れ枝木で切れて、肌色がわずかに見える。ところどころに葉っぱが刺さった茶色の髪の毛、細い首筋。ユーリにはそれが誰なのか即座にわかった。
さっき確かに逃がして今頃は合流ポイントの側まで行っていたはずなのに
驚きに満ちた目で自分の左腕を掴んでいる影を見ている。そして、景色が一瞬の内に変わった事をまだ理解できていないのか、あたりを見回す。そうしている間にも全身がここに引きずり出され、爪先が出切ったところで歪がまるで、存在しなかったかのように消え去った。
体制が崩れた状態で引きずり出されたアイリは尻餅をつくような体制で草原に倒れこんだ。
「かはっ…….ゲホッゲホッ…….どうして、ここに……?あと、少しだったのに…….」
苦しい呼吸のまま、辺りを見回して、ようやくここが草原だという事を理解し、そして、現状を理解するのに数秒もかからなかった。地面で倒れ自分を見ているユーリの顔には諦めにも似た絶望的な状況をただ見ている事しかできなかった無力感に打ちひしがれたような表現をしていた。
「____ッ!!!?ユーリ!?」
アイリはもがくように立ち上がろうとして、草でつんのめりうつ伏せで倒れ、すぐに両腕を描くようにして立ち上がると立ち上がった勢いのまま駆け寄ろうとして、アイリとユーリの間に割って入った影に反射的に立ち止まった。
「えっ…….ティナ…….ちゃん?」




