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第一章 21 『最期の朝陽』

ヘレンはあの日、最後にカミラと言葉を交わした雪に包まれたクラネースの町外れの家の前に立っていた。今は存在しない町と存在しない我が家。あまりにも懐かしい光景は、守ることのできなかったヘレンの心に深い傷を掘り返し、抉ろうとしているようでもあった。しかし、そんなヘレンの心持ちとは、違いヘレンを温かく出迎えるようにカミラは目の前にスッと姿を現した。


『なんだか昔より、大きくなったんじゃない?』


咄嗟になんと言えばいいのかわからなかった。


「そう、かもな……お前は痩せたか?それとも俺に、そう見えてるだけか?」


ヘレンの目の前に現れたカミラは、ベットで今も眠っている痩せ細った姿でそこに居る。抱きしめたら壊れてしまうんじゃないかという程の細さ、毛並みも茶色くフサフサしていたのに、見る影も無く白くなり、弱々しさが滲み出ている。立つことすらも覚束ないだろうその姿に手を伸ばしかけて、ヘレンは手を引っ込めた。どうせ、触れることなど出来ない……所詮は夢でしかない。そう、頭でわかってしまっている。


『そうね……私も随分と痩せたものね……ミラを産んだときは、太って大変だったのに……これじゃあ、ガリガリ……』


守りきれずに失ってしまったものが目の前にある。あまりに残酷な夢だ。幸せすぎて、目覚めたくなくなってしまう。半分現実、半分夢。それが、ヘレンを余計に苦しめる。


『あなたも本当にまめね。あの日から八年間毎日、病室に顔を見せに来て、来ないと思ったら夢の中にまで会いに来るんだから……ま、これに関しては自分の意思ではないのね?』


「…………」


『……ヘレン?……泣いてるの?』


ボロボロと涙を流し始めたヘレンにカミラは驚いて目を見開いた。


「お前は、俺を責めないのか?」


『責める?どうして?』


「俺は、お前を……ミラを……村の連中を……護らなければいけなかったのに……結局、誰も救えなかった。」


ヘレンは俯き、拳を固く握り締め後悔を口にした。


『誰もって事ないでしょ?』


カミラはヘレンの頬に両手を添えるとまっすぐに向き直らせると励ますように続けた。


『アイリちゃんとテリヤさんを護れたじゃない』


触れている感触が頬にしっかりとある事に、ヘレンはさらに驚かされた。


「それは……あいつらは……むしろ、助けられたのは俺の方だ」


それは、事実だった。アイリがいなければ、あの場で死んでいた。テリヤがいなければ、アイリは戦いに巻き込まれていただろう。それを考えれば、俺は2人に救われた。


『でも、あなたが、雪熊を追い返さなきゃ、2人も助からなかったんじゃないの?』


カミラの言う事は結果論に過ぎない。


「それは……そうかもしれんが……」


しかし、ヘレンは口籠った。確かに、結果論だが、確かな繋がりがもたらした勝利でもあった。あれは、そんな戦いだった。


『それに、責めるなんて……できない……むしろ、謝らなきゃいけないのは……私の方。約束を守れなかったのは、私……あなたはちゃんと帰ってきてくれた。それなのに私は……ずっと、待ってもらっちゃってる……』


「俺は何年でも待つさ……もう、俺にはそれしかない……お前が、目覚めるその日をじっと待つしか、俺の生きる意味なんて……見つけられなかった。」


その言葉を聞いてカミラはヘレンの頬に触れていた手でヘレンの頬を掴むと両手で横に広げるように引っ張った。


「あっ……ててててて、いひゃい!?いひゃいいぃ!!」


痛がるヘレンの顔を見てカミラはようやく手を離した。ヘレンは顔を抑えてうずくまる。数秒後、痛みが少し和らいでテリヤに


「な、なにすんだ__よ……」


そう叫びながら向き直って、衝撃のあまり、口をつむんだ。


先程まで穏やかだったカミラの表情は、悲しみに支配されていた。涙をポロポロと流し、眉を寄せて、視線を僅かに彷徨わせたあと、ヘレンを見つめ返し、僅かに詰まったような声で


『今度……そんなこと、言ったら……絶対に、許してあげません!!生きる意味が、なきゃいけない?私が……あなたに、生きていて欲しい!!それだけじゃ、いけないの?』


ヘレンはカミラのそんな表情を見たことがなかった。カミラがヘレンの前で涙を見せようとはしなかった。最後の数年は母の強さばかりが目に留まっていた。そんな彼女がある種子供のように悲しいという感情を表に出していた。


その声は悲痛な叫びのようにも聞こえた。自分は一緒に歩めない。その事を悔み、申し訳ない思いが込められているのかもしれない。それでもヘレンがそれを責める事をしないそれが、さらにカミラを苦しめている。


「…………」


そこでようやく自分が吐き出した言葉の意味を理解した。それはあの事件で生き残った者の責任を放棄するだけではない。自分が歩んできた道の否定と彼らの死は無駄でしかなかったと、生かされたヘレンが言ったようなものだった。


「すまない……そうだな。だが、待っている……そのために……今回も生きて帰るさ……」


『……そうね……いつか、必ず……あの子の前に手を合わせに行かなきゃいけませんし……』


低いトーンでボソリと呟いた。2人の間に重い沈黙が流れた。先に口を開いたのはカミラだった。


『そろそろ、行った方が良さそうね……』


そう言うと、カミラはヘレンの身体を指差した。それに促されるようにヘレンは視線を自分の身体を見た。


「……これは……」


『きっと、あなたの残された時間……このままここで話をしていては、消滅するだけ……ですから……行ってください。』


「そうだな……行ってくる。」


『はい……今回もちゃんと帰ってきてくださいね?約束ですよ?』


その言葉にヘレンは目を見開いた。まるであの日を再現するような光景とその言葉に


「ああ……約束だ。必ずお前のそばに帰ってくる。」


戸惑いながらもそう言葉にして、あの日までと同じように、ニカッとカミラに笑いかけると、ゆっくりと身を翻し、後ろ髪を引かれながらも雪の中を確かな足跡を刻みながら歩き始めた。


そんな姿をカミラは涙を流して見守った。その存在が虚空に消えるその瞬間まで____



真っ暗になった繭の中に炎が揺らめいた。ヘレンの灯す炎が消えた為に暗くなっていた空間が再び明るく照らし出された。しかし、残された時間はあまりに少ないのだろう。すぐにその炎は勢いをなくし、スッと消えた。たった一瞬に全てをぶつける。以外の選択肢はヘレンに残されていない。


自分の最大出力そのために、残された魔力を右腕に集中する。壁際に行き壁に手を当てると、半歩下がって、ゆっくりと肩幅より若干大きく足を開くと腰を数センチ落とし半身になる。

距離は測ったあとは、魔力を放出して壁をぶち破ればいい。右腕を引くと大きく息を吸って、半分ほど吐く。それを数回繰り返す間に集中する魔力を拳から放出した炎が高密度に纏まり丸くなった。精一杯に纏めたが10センチほど。

これでは足りないか。

そう判断するとより集中する。生命維持で体内を巡っている魔力も拳に当てるイメージを固めた。あとは、腕力で捩込む他なさそうだ。頭の奥がズキリと鈍い痛みが生まれた。それとともに血液が沸騰したように回り始める。早鐘を打つ心臓がヘレンの集中力を乱し、炎が僅かに揺れる。しかし、揺れるたびに炎が大きくなる。まるで身体が生命維持を放棄したかのように、力が湧き上がる。際限無く膨れ上がっていくような錯覚に襲われながらそれを出来うる限り小さく凝縮する。

密度がこれ以上、上がらない。そう本能が伝えた瞬間。意を決したヘレンは、下がった半歩を目にも留まらぬ速さで踏み出すと、その勢いを利用して重心を出した足に乗せ、引いていた腕を撃ち放つ。ビキビキという縮められていた筋肉が弾けるような音を立てながら急速に伸ばされ、力が肩から肘、腕の先に到達し、壁に向かって腕が光速で伸びる。撃ち放たれた拳が繭の壁に触れた瞬間、一瞬の出来事のはずなのに世界がゆっくりと動いているように見える。繭に触れた感触はないしかし、炎が繭にめり込み、ヘレンの腕から解き放たれた。炎が巨大なひび割れを作りながら壁にめり込んでいく。


やった。そんな確信が心に広がった。それと同時に嫌になるほどゆったりと流れているように感じられた時が急速に流れ始め、繭に刻まれた亀裂が数十倍の速さで広がり、解き放たれ炎が急速に拡大し、弾けた。


目がこれまでに経験した事のないフラッシュに晒され、思わず手で顔を覆い身を屈める。直後、耳が爆音を微かに捉えたと思った刹那、キィーーンという長い耳鳴りに変わった。目も見えず耳も聞こえない。爆風を感じたのも一瞬のことで、あまりに強い刺激で全ての感覚が途切れたようで、目も見えないままふらふらと前だと思われる方に進む。

僅かに足に繭の糸の一本一本を踏むような感覚が戻り始めた。それとともに熱風の中に爽やかな風が混ざるのを感じた。徐々に見え始めた目に眩い光を見た。

最初に見えたのは、朝の澄んだ空気を伝える温かでありながらも柔らかな朝陽。しっかりと見えるようになり、視界が徐々に広がっていく。地面に擬態していた蜘蛛の巣が所々炎上し、崩壊しようとしていた。


そこでようやく、自分が繭からの脱出に成功した事を理解した。


「……やった……やったぞ……カミラ……」


外の景色を見て気が緩んだのか、ぐらりと、足の力が抜け繭の上に転がった。仰向けに見上げる空に大きく溶けた繭が見えた。その繭は、半分が崩れ、残った部分も炎で溶け始めていた。それが、先程の爆発が予想を遥かに上回る破壊力を誇った事が伺えた。

もう、今度こそ指先一つ動かない。激しい自分の呼吸に混じってパチパチという、何かが燃える様な音が近づき、それとともに、焼ける匂いと煙が周囲に立ち込め。


次の瞬間、糸が繭の重さに耐え切れずちぎれる音とともに繭が落下を始め、ヘレンもそれに巻き込まれて落ちていく。意識が遠のくと共に空が急速に遠ざかっていく。どこまで落ちるのかわからない。ただわかったことは、


「また……約束を守れないのか……」


そうこぼしてヘレンは風穴の様にぽっかりと口を開けたそこの見えない奈落の闇に吸い込まれていった__


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