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第一章 19 『守りたかったもの、守れなかったもの』

雪熊の咆哮が森に響き渡り、金属がギシギシと軋む音が段々と大きくなっていく。雪熊の巨大な氷の爪が振り下ろされるたびにドールの槍がひしゃげていく。力を流しきれずに、衝撃がドールの全身に伝わっていく。一際強い力で雪熊の腕がドールに向かって振り下ろされた。爪が槍に触れ押し込まれた瞬間、ピシッという乾いた音と共に一本、ドールの胴体にヒビが走った。


物言わぬドールの顔が徐々にひしゃげていく。それでもなお動くのは、流石は、ディベリーの作った玩具といったところだ。そんな攻防に終わりの時は訪れた。瞬間的な発光が周囲に煌めいた。その光が走ると共に、それまで雪熊の爪をなんとか防いでいた。ドールから魔力が消失し、糸の切れたマリオネットのようにくたりと力が抜けたのを雪熊が見逃すはずはない。素早く両腕の槍を切り落とすと、追い打ちをかけるように、ドールの胴体を噛み砕いた。


無惨に残骸が周囲に飛び散り、胴体は二つになり、巨大な歯型がくっきりと残されている。


口に残ったドールの残骸を顎をダラリと開いて落とす。微かに息を荒げる雪熊は、しばし自らが噛みちぎったドールの残骸を見つめ、思い出したかのように、閃光の原因に目を向け、その姿を捉えた瞬間全身の毛を逆立てた。


雪熊が見た先では、炎の塊が瞬間弾け、徐々に形を作り上げる。全体的に細身な体な中で、後ろ脚だけが異質に思える程の太さで、前脚に比べ3倍はくだらない。口の窄まった壺を思わせる程に太さは差がある。軽くしなやかな上半身に、強靭なバネを備えた下半身といったところだろう。そんな体のいたるところから噴き出す炎は中心は青く、端にいくほど薄くなっている。周囲に火種を絶え間無く起こし続けている。時折、火柱が上がるのは気流がわずかに乱れ、小さな竜巻を発生させているためだろう。


その狐は決して大きくはない。むしろ先ほどまでそこにいた狐と大差はない。それどころか幾分か小ぶりになったようにも見える。しかし、それが放つ何か、プレッシャーとも取れる物の質が先程の狐とは明らかに違う。ついさっき味わった身の危険をそれからは更に強く感じる。先ほどの何処かからかうような、弄ぶようなものとはまるで違う。純粋な殺意が雪熊に向けられ、後退りそうになって、雪熊はグッとこらえて見せた。


炎狐の瞳が周りを確認する様に漂って、最後に雪熊を睨みつけるとともに、臨戦態勢に入った。それを見て咄嗟に雪熊が炎狐に向かって突進を開始した。それに反応する様に炎狐も動き始め、その直後、地響きと共に突進していく雪熊が動きを止めた。キョロキョロと周りを見回し、何かを探す。


炎狐が動き始めた刹那、その姿が搔き消えた。少なくとも雪熊の動体視力で追うことができなかった。そして、遅れたように雪熊の左の脇腹に一閃、血が噴き出した。


「__ッ!!!?」


そこでようやく、後ろにその姿を見つけた雪熊が、大きく威嚇するように二本足で立つと両腕を上げた。


「スゥゥゥッ____グヴゴオォォォォォォォォォォォォォオオオ!!!!」


ズシリと骨身に響く重低音が森の木々を暴力的に揺さぶり、地面が揺れているような錯覚を覚えるほどの咆哮に炎狐が微かに萎縮する。


覚悟していたとはいえ、感覚が研ぎ澄まされている炎狐の状態では、耳の奥がキーンと言う耳鳴りに支配される。そして同時に筋肉が僅かに硬直するのがわかる。油断すれば飛ばされそうな咆哮を凌いで、雪熊の攻撃が来るまえに近すぎる距離を離すために大きく飛び退いた。今し方の距離では一瞬のうちに距離を詰められて、攻撃を捻じ込まれるかもしれない。


体力的にもギリギリな段階だ……なら……一か八か勝負に出るしか、現状最善の策だろう。これ以上長引けば、遅かれ早かれ体力が尽きて、殺される。さっきのドールの様に、そして、町の人々と同じように……


守るべき妻と娘がいる……

早く助け出してやらないと……


愛する妻と愛する娘の2人の顔を思い浮かべる。常に笑顔を絶やさないミラとそれを優しげな表情で見守りながら洗濯物を干しているカミラの姿を思い出した。


約束したことがある……


事件直前のカミラとの約束、

「今日もちゃんと帰ってきてくださいね?約束ですよ?」

「ああ、約束だ。必ずお前のそばに返ってくる」

あの時の情景が目に浮かんだ。


絶対に生きてカミラとミラの元に帰る……


アイリちゃんやテリヤを安心させてやらねーと……


アイリが大粒の汗を垂らしながらヘレンに魔法を使った時の表情が頭に浮かんだ。アイリの魔法によって生きながらえたからこそ今、立っていられる。


テリヤがいなければ、先程のドールの攻撃で吹き飛んでいた。


ちゃんと、全部終わらせて礼を言うんだ……


一人一人の顔を思い浮かべた。自らの手元からこぼれ落ちそうになっている。今の自分の全て。もう自問自答の時間は終わりだ……


覚悟は決まったか……?


………………ああ、決まった



雪熊を真っ直ぐに睨みつけた。炎狐に睨まれた雪熊が無闇に動けないのか、動きを止めて、炎狐を睨み返し、出方を窺っている。先程のような動きをされては打つ手がないのだろう。ならば雪熊としては、カウンターを狙わざるを得ないのだろう。瞬時にそう判断した炎狐は、しっかりと魔力を意識し攻撃体制に入った。


必然的に先に動いたのは炎狐だった。しかし、身体は動かずに炎狐の周りを漂っていた炎が地面を滑るように雪熊の周りを回り始めた。雪熊は困惑したように炎を目で追った。その炎が通過した場所で火の手が上がり始め、急速に炎の周回軌道が雪熊に近づいていき火の手も一緒に近づいてくる。さっきとは違う。物理的に動けなくされた雪熊は、防御するように身を縮めた。二つの炎はヘレンの元に戻るとゆっくりと二つの炎が回転し始めた。それが早くなるにつれて、炎の塊が急速に膨張をし始め、それ以上大きくならない火の玉の大きさになると青と赤の炎が白く輝き始め、限界を迎えたように分裂すると、それを吐き出した。


ビームという他にない。吐き出された粒子砲が地面をドロドロに溶かしながら火の海の中心にいる雪熊に迫り、その身に当たる直前で防御を諦めた雪熊が咄嗟の判断で爪を前にだし、弾きにかかる。瞬間、その勢いは確かに弱まったかに見えた。しかし、すぐに爪は溶かされ、僅かに軌道のそれたビームによって雪熊の両肩を切り落として、ビームは収縮し、勢いをなくして、やがて消滅した。


雪熊の断末魔の叫びが森を震わせた。断末魔の中で、炎狐は静かに獣人の姿に戻りその場で力を使い果たし倒れた。


ヘレンの視界の端で、のたうち回っていた雪熊が、急に動きを止めた。それを見てヘレンは硬直した筋肉を必死に動かしなんとか雪熊の方を見やる。その時、突如として雪熊が大量の蒸気を噴出させ始めた。それにより視界は真っ白にそまり、どれ程の時間が経っただろうか、30秒か1分かおよそその程度の時間が経ち、湯気が消えた。


「____ッ!?そんな、馬鹿な……そんなこと……あるはずが……」


湯気のはれた先にはあの巨大な身体は跡形もなく消えていた。あまりに衝撃な光景だった。先程まで雪熊のいた場所は炎に囲まれている。両肩を切り落とされまともに立上れもしなかった。その状況から見て、雪熊ではあそこから姿を消すことなど十中八九不可能と言えた。しかし、実際にあの巨体は跡形もなく__


炎の中心に動くモノを捉えてその思考は停止した。僅かな炎の隙間から小さな生き物がのたうち回るのが見えた。一見してネズミのようなその姿、しかし、ネズミとは違い明らかに発達した上半身の腕に不釣り合いに大きく鋭い爪がある。


「あれは……土竜か?」


そう、まさにモグラとしか言いようがなかった。そして、朦朧とする意識の中その爪が、というよりは肩から先が氷で作られているように見えた。まるで、無くなってしまった身体の一部を補うようなその姿に、ヘレンは理解した。雪熊は消えたのではなく、縮んだ。


「!!____あいつを……仕留めねーと……また……」


そうやって、身体を起こそうとして、意識にヒビが入る様な感覚に襲われ直後、視界が暗転し、急速に周りの音が思考が遠ざかっていく。眠りの波が押し寄せてくる感覚に抗う様に


まって、くれ……まだ、おれ……には、やることが……


そうこぼした。しかし、その甲斐なくヘレンの意識は眠りに飲み込まれた。



その後の話はテリヤに聞かされたものだ____


クラネースから東に50kmほどの街ヴォーリアス________


10日間目を覚まさなかったヘレンに第一声、「すまなかった」と告げたテリヤは語り始めた。


あの日、ヘレンが倒れていた現場には地中へと続く小さな穴が2km近く伸びていた。しかし、山中に入り木の根が多くなるにつれて、その追跡は困難となり、結局は瀕死まで追い込んだ雪熊を逃す結果となった。それに関しては、予想していただけに驚きはなかった。しかし、その後に続いた言葉にヘレンは絶望に苛まれる事になる。


右足を失ったテリヤは魔導力椅子に座ったまま長く静かな廊下を滑るように水平移動しながらヘレンに合わせて歩く。

「やっさん……なぁ……やっさん!!」

「…………」

その呼びかけにテリヤが答えることはなかった。ただただ無言のまま廊下を進み続ける。

「一体、俺に何を見せようとしてるんだ?」

 無機質で長い廊下の奥。治療室と書かれた部屋の前で立ち止まるとテリヤはようやく重い口を開いた。


「あの日の犠牲者は278名、つまりは……村の人口がの98%が亡くなった。命があるのはたったの4人。俺と……お前と……アイリちゃん……そして……」


そう言うと、目の前の木製の扉を開けるようにヘレンに促した。


日が溢れる部屋の中、様々な最新の魔導具の置かれる中央にあるベットを囲むように配置されている。数人が交替で治癒魔法の詠唱を続けている。そこに眠っている1人の獣人の為に、その光景をヘレンは知っている。それは目覚めることのない人間に行われる人間による悪足搔き。最終治療と呼ばれるものだった。そして、その結果は植物状態での延命が関の山。今回も恐らくはそうなるのだろう。さらに、そこに眠る獣人を目にして、ヘレンは崩れ落ちた。安らかにやり切ったそんな表情で眠るカミラだった。


「彼女は、ミラちゃんと家の下敷きになった。その際、ミラちゃんは崩れた屋根の破片が胸に刺さって、即死だった。それでも、そうせずにはいられなかったんだろうな……カミラさんは、俺らが救出するまで死んだ娘に治癒魔法をかけ続けた。助け出した時には微かに意識もあったんだが……」


「____っ……」


ヘレンは両膝をついた状態で右腕で身体をなんとか支えて、左手で顔を覆うと憚ることもなく涙を流した。


「その結果は見ての通りだ。魔法の負荷に耐えられなくなった脳の一部に回復不能なダメージを負ったみたいだ。多分……もう……」


テリヤはそれ以上何も言わなかった。ただ、ヘレンの肩に手を置くと「すまない……すまない……」と呟きながら共に涙を流した。


その後、ミラやかつての同僚たちの亡骸と対面したはずだが、全くと言っていいほどに記憶に残っていなかった。


忘れたくとも忘れられない過去。同じ様な目にまたあっちまった……つくづく平穏な日々は続かねーな……


そして、ヘレンは、目の前の化け物の悍ましい姿に現実に引き戻された______


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