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第一章 17 『守りたかったもの、守れなかったもの〜窮地〜』

 そのあまりの迫力にヘレンの足はすくんでいた。化け物の牙がなおもヘレンに迫る。まさにその牙が肉に食い込む瞬間、それを炎の壁が邪魔をした。


「_______!?____ヴォオオオオオオオオオオオ!!!!」


雪熊はそれに瞬時に対応して牙を引き飛びのく。四つん這いになって着地すると同時に着地の振動が地面だけでなく空気も震わせた。


 こいつが雪熊か……5mを超える巨体はまさに既存の6大魔獣の一角といったところか。人工物である魔物と違って、魔獣は約2400年前の未曾有の大災厄、“七首の龍の顕現”の際にもたらされた莫大な魔力の嵐が世界を飲み込んだ際の副作物の突然変異種。亜人種や獣人種の先祖も分類学上では魔獣に該当している。


 魔物と同様に多くの種類がいるが、この元は7大魔獣、現在は6大魔獣と呼ばれる雪熊たちは、まさに別格。数年前のメイノグスフェンリルの討伐成功は奇跡としか言いようがなかった。1つでも運命の歯車が食い違っていれば全滅という状況だったと聞く。それでもたった全長5㎝の揚羽蝶を殺すために兵の半数3000人が一度の戦闘で命を落としている。


 それと同レベルの魔獣をさしで相手をしないといけないなんて……あまりに荷が重すぎる。熊は目をそらすと襲ってくる習性がある。故に目をそらすこと=死。なんとか恐怖に打ち勝つしかない。


 ヘレンは雪熊を睨みつけながらゆっくりと深呼吸をする。と、体制を低くしていつでも動きに反応できるように構えた。


 2体の間に緊迫した空気が流れる。業を煮やして先に動いたのは雪熊のほうだった。瞬間沈み込むように地面をけりだした雪熊の体は巨体を信じられないほどのスピードで前に押し出した。加速しきったところで両手を振り上げて振り下ろす。急速に迫る雪熊の氷の爪をヘレンは瞬時に反応した。それでも氷の爪はヘレンの毛並をかすめていった。そして、振り下ろされた。地面からは巨大な鉱石結晶のような氷が生成されている。


『______っ!?うぉっ!?!?』


それは急速に成長してヘレンに襲い掛かった。紙一重のタイミングでそれを察知して空中で体を大きくひねり回避する。


 あんなのくらったら氷漬けにされかねない。一発でももらえば即死する通常攻撃とか洒落になんねーよ!!


 ヘレンは心の中で悪態を付きつつも目の前の戦闘に集中する。ヘレンが何とか着地すると同時に雪熊はその巨体を跳ね上げた。最高到達点は15m程か、巨大な隕石が降ってくるようにまっすぐヘレンに向かって自由落下してくる。


『だから、洒落になんねーって言ってんだろ!!!!』


 ヘレンはとっさに木の残っている場所に逃げ込んだ。全速力でその場を離脱しにかかる。背後で爆発音のような落下音と衝撃波がヘレンを襲う。それと共に地面はめくれ上がり雪熊の落下点を中心に20m程の範囲が荒れ地に変わる。思わず左側から後ろを見やる。しかし、そこには既に雪熊の姿はない。


『?????あいつ、どこ行っ_____』


直後衝撃波とは違う風が吹き抜け、目の前にそれは居た。


「ぐるぉぉぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」


 直後遅れたように周りの木々が鮮やかな切れ味で切り倒された。ズシンという振動がヘレンの体を振動させた。ヘレンの右側は氷漬けになった倒木と切り株の山ができていた。


 瞬間移動?そんなわけあるか、死角から回り込まれた!?まずいっ


 そう考えた刹那雪熊の右腕がヘレンに振り下ろされた。ヘレンは転がるような形で何とか左その攻撃を避けた。しかし、直後氷柱が地面から飛び出しヘレンの腹を刺し貫いた。


『ぐっ……ぐぅぅぅうう!?』


ヘレンの口から一筋の血が滴る。傷口から血がにじむ。幸いにも急所ははずれ、ヘレンの熱によって氷は一瞬のうちに溶けて消えた。動きを止められることはなかった。なんとかそのままの勢いで逃げ出す。雪熊に背を向けて全速力で森の中を駆け出す。


 森に逃げ込んだのは明らかに失敗だった。一瞬でも敵の姿を見失えば命取りだ。なら、リスク承知で開けた場所を目指すしかない。

 ズシンッズシンッという地響きから雪熊は間違いなく追ってきている。ヘレンも一杯一杯で走っているにもかかわらずその差は開くことはない。


『まったくどんな身体能力だよ!!あの熊!!伊達に地上最強生物を名乗ってないってか!?』


 このままでは確実に追い込まれる。早く……早く……開けた場所に出てくれ!!


 その願いが通じたのか、次の瞬間バッと視界が開けた。巨大な岩が中央に鎮座している。山と森に挟まれているものの相当広い雪原に見える。ところどころに何かの残骸がいくつかあり、その場所はどこか見覚えのある風景だった。


 森から飛び出したヘレンは50mほど走ったところで体を反転させた。地響きが確実に迫ってくる。


 『来た!!』


そう感じた瞬間。森をぶち破るような勢いで、雪熊がヘレンの後を追って飛び出した。雪熊は勢いを殺すどころかむしろ加速してヘレンに突っ込んでいく。ヘレンも前面に炎の壁を何層にも重ねて展開する。それを見た雪熊は自分の頭部に氷の角の生えた頭蓋骨のような兜を作り上げ頭部を突き出すようにして全速力で風を切り裂きながら突き進む。そして、ヘレンの炎の壁と真正面からぶつかり合った。


 炎と氷のぶつかり合いは、相性では確実にヘレンのほうが優勢のはずだが1秒と持たずにヘレンの炎の壁が10枚単位で破られていく。それでも最期の一枚が破られるまではとそこで踏ん張り魔力を練りこんでいる。


『単純なぶつかり合いで負けるわけにはいかねぇ!!!!』


 それでも明らかに勢いで負けていた。最後の一枚に雪熊が突っ込んだのを確認して炎の壁を爆破魔法に瞬時に切り替えるとヘレンはそこから脱兎のごとく離れる。


 直後、最後の一枚だけ異常な強度のせいかなかなか破れない雪熊はそのまま局地的な爆炎に飲み込まれた。周囲に広がる熱風はヘレンでも体験したことのないものだ。炎耐性の強いはずのヘレンの毛並もその火力に毛がジリジリとした熱さを皮膚に伝えてくる。


『取った!!_______!?!?!?!』


 勝利を確信したヘレンの目の前を巨大な影がダンプカーのような勢いで走り去った。


『雪熊!?』


しかし、その勢いを止められなかった雪熊は中央にある大岩に頭から衝突した。


『んな……バカな______!!?あんな火力の爆発に巻き込まれて氷属性の雪熊が生きてられるわけ』


「いやーー本当に素晴らしいね。マラファンクス!!」


驚愕しているヘレンの耳に突如少年の声が届いた。


 この光景を見て、素晴らしい?ふざけているのか?


『誰だ!!』


そう心の中で吠えながらヘレンは、声の聞こえた方向を振り返る。


木の上の太い幹に腰かけているのは12歳くらいの少年に見える。水色の長髪にニタニタと細められた目元、小さい鼻。髪の毛と同様に真っ白な肌。それがどこか色彩を忘れてしまったような錯覚に陥る。水色のローブに身を包むしかし、その足元はこの雪景色のなか7分丈のズボンと裸足でいる。


 睨みつけるヘレンに怯えることはなくその少年は不気味な笑顔をヘレンに向けた。


「なんで、こんなところに子供がみたいな目で見てるね。獣人。いや、その姿、炎狐か……血が途絶えてなかったとは、驚いた。」


『!?……何者だこいつ!!』


ヘレンはこの少年に本格的な警戒心を向けた。確かにさっきまでこの場にはヘレンと雪熊の気配しかなかった。それにあの雪熊を見て怯えないやつは、間違いなく普通じゃない。


「あーぁあ、名乗ってなかったね。これは失礼ー。僕は、七つの冠セブンス・クラウンが一人。2番目の子セコンド・チャイルド、メラク・ディベリー。芸術家さー」


2番目の子、芸術家、氷の冠……


 その名乗りを聞いた瞬間、ヘレンの警戒心がすべて雪熊からメラク・ディベリーに傾いた。瞬時に臨戦態勢をとる。その行動にディベリーは


「ん?警戒してるね?心外だなー今ここで君を襲うつもりも、アルコルを継承した少女を狙う気もないよ。そのうち放っておいてもミザールあたりがやってくれるし。僕はやりたいことをするだけさ。そして今は、人知を超えた力同士の本気の戦いが見たくてしょうがない!!ほらほらいいのかい?こっちに向かってくるよ?」


 どこか呆れるような声音が届いたかと思うとその声に急に歓喜の色がうかがえるようになった。そしてディベリーの指し示すほうには先ほどまで岩に頭をめり込ませていた雪熊がかぶりを振ってこちらに突進をかまそうとしているところだった。


『____!?』


 さすがに先ほどの攻防をもう一度やるには体力が持たない……それにこいつの言葉を真に受けていいのか判断に困る。


 そんな考えを巡らせている間に雪熊がこちらに向かって突進を開始した。そして、大きく身体をねじり始めた。


 はっきり言って嫌な予感しかしない。

ねじりが限界まで来た瞬間雪熊は渾身の力で地面を押した。地面が丸ごとめくれ上がるのを見た。次の瞬間弾丸のようにスクリュー回転をし始めた雪熊が大気をゆがめながら文字通り弾丸のような勢いでヘレンに突っ込んだ。ヘレンも渾身の力で地面をけって上空に回避する。それに反応した雪熊は急激に向きを変えさらに勢いを増して追いかけて空中に向かって飛びあがった。


『______!?!?!?!』


あまりにも予想外な行動に驚嘆しつつも体をかがめて間一髪のところでそれを交わした。しかし、背中に強い衝撃を受けて、直後地面に叩き付けられた。


「素晴らしい!!あの姿は、とても美しい殺戮兵器だ。スピード、パワー。あれほどの生物は他にいない!!まさに、まさに!!神のみが創り出せる芸術作品だ!!!!!!」


大興奮のディベリーの声が異常なほど遠く聞こえる。もはや痛みすらも感じられないそれほどに強い衝撃が全身の隅々を貫通した。身体の感覚は失われていても頭だけはフル回転を始める。


 こんなの……どうすりゃ倒せるんだよ……化け物とかってレベルじゃねーよ。最大出力の爆破魔法が破られるなんて……あいつは、氷属性の魔獣なのに炎が利かないのか?


 ちらりと今まさに着地しようとしている。雪熊を見る。体の至る所が焦げ氷の爪の一部は溶けてなくなっている。顔面に至っては、氷の兜は完全に溶け、左目は瞼から頬にかけて大きな傷が残っていた。


 攻撃事態はしっかりと通っている?それでも……決め手に欠けるのはなんでだ?


「おいおい、しっかりしてくれよ。君も神の創りし芸術の一つなのだからわかるだろう?その真価を僕に見せてくれ!!」


 ディベリーの歓喜にあふれた興奮気味な声が耳に届いた。正直、耳障りで仕方が無い。だが、


『神の創りし芸術……俺にも雪熊並みの潜在能力があるとでも言いたげだな……何かあるってことなのか?』


 何を敵の言葉に耳を貸してるんだ。あいつが俺に助言のようなことを言って何の得がある。


 いや……ある……


 その結論に至り、ヘレンはディベリーに飛び掛かるように跳躍し、首根っこをつかむと、背中に乗せると雪熊から距離をとる為に岩の裏側へ向かった。先程の攻撃の衝撃が残っているのか、雪熊がそれに反応する様子を見せなかった。


『おい!!メラク・ディベリー、お前俺の本気を見たいんだろ?見せてやる。だから少し時間を稼げ!!』


「ふっ……はははははははは、あんた面白いよ!!最高だ!!確かに僕は君の本気が見たくて仕方がない!!」


 ディベリーは心底楽しそうに語った。


「でも、まさか……敵である僕に囮をしろって言いだすとは思ってなかったよ」


ある種の賭けだ。1つ目は、考えるための時間稼ぎ。もう1つはこいつが俺に関する何らかの情報を持っていて上手く聞き出せれば、文字通りの打開策になる。でも、そんなに口が軽いか_____


「いいよ。やってあげる顕現にも時間がかかるもんねー」


ん?顕現!?今顕現って言ったか?


 獣人のうち獣化ができるのは約4割。そのうち先天性のものはその内の2割、後天性のものが8割。そのうち顕現が可能なのは先天性の者と後天性の者の1割未満。いずれも何らかの条件を満たさなければいけないとされている。


「じゃ、健闘を祈るよ」


ディベリーは、ニッと心の中を見透かしたような不気味な笑みを浮かべるとヘレンの背中から飛び降り、フワッと着地してみせると右の親指と中指を擦り合わせ、パチンッとならした。


 乾いた音が周囲に反響した。2体と1人のうるさいくらいの息づかいしか聞こえなくなった森に響き渡ったようにすら感じられた。


 静寂を破ったのは、不意に吹いた風の音だった。



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