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女の子、始めました!  作者: 結音透環子
本編 女の子、始めました!
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4.葛藤

 今宵、ルーナリア王女の成人を祝う舞踏会が開催された。

 我が国、カラーズ王国では18歳を迎えると成人とみなされ、爵位を後継できると共に婚姻も認められる。

 つまり――本日より、ルーナリア王女も結婚適齢期に入った。

 婚約者は未だに決まっていない。一度婚約が決まりかけたが、王女に相応しい殿方ではなかったらしい。その殿方が原因で男性恐怖症になったわけだが、周りのサポートもあり、少しずつ克服し男性にも大分慣れてきたところだった。そろそろ婚約者を決めるという噂も出始めていた。

 これから求婚者が殺到することが予想されるだけに護身術を身に付けることになったのだが、結論からいうと、習得率は乏しい。得手不得手があるから、こればかりは仕方がない。

 でも、侍女の一人に適正があった。着替えなど女性しか居ない時は心強い存在になる。

 私は元男性という名残も根強く、着替えなどは恥ずかしいということで、侍女への誘いはかからなかった。

 私自身、女性に転身して初めて自分の裸を見た時は少々恥ずかしかったが、隅々まで確認しないと気が済まない性分だからか、羞恥心も直ぐに飛んで行った。

 流石に、自分以外の女性の裸を見るのはやはり気が引ける――というか、見たことはない。

 マリアルも着替えに関しては、私の前では気遣っている様子が窺えた。

 身体は女性になったが、心も女性なのか――それが自分でもよく分からなくなっていた。それが最近の最大の悩みだった。


 ――男性シュリアンに戻るべきなのだろうか。


 時々、そんな考えが頭を過る。

 たとえ、万が一男性に戻れたとしても、男としても中途半端な気がする。否、中途半端だった。

 身体が男性であった時も、心も同じように男だったかというと、それも違う気がした。ただ何が違うのか、答えはあやふやで見えてこない。

 確かなのは、男性でも女性でも、私は何も変わっていない。中身は同じで身体だけが変わっただけだった。

 結局は、男性でも女性でも、どちらでも中途半端でしかないのかもしれない。


 ――男らしい、とは何が基準なのだろうか。


 ――女らしい、とは何が基準なのだろうか。


 周囲の男女を観察したが、その答えは見つからなかった。

 でも、ひとつだけ分かったことがある。


 ――女性として認めてもらいたい。


 それは男性シュリアンだった時も同じように思っていた。男性として認めてもらいたい、と。

 男に襲われた時、『お前は男ではない』と言われていたような感じがして、ただただ哀しかった。

 それなら、女性になれば、そんな哀しい気持ちは消えるのではないかと思ったこともあった。

 だから、女性に転身した時、身震いするくらいに歓喜した。


 ――これでやっと、認めてもらえる。


 でも、現実は厳しかった。女性としても認めてもらえなかった。



「良かったら、俺と踊っていただけませんか?」


 その言葉は、私に向けられたものではなかった。近くに居た令嬢に、だった。

 ダンスの練習もしたのに、一度も誘われていない。

 良くて――壁の花。もしかしたら、それ以下かもしれない……。


 シュリアンだった時は、憂い顔の壁の花の令嬢を見つけてはダンスに誘った。

 ダンスに於いては、踊りやすいと評判は良かった。

 同僚の練習相手で女性パートを務めることで、どうしたら女性が踊りやすいのか研究した。

 その甲斐もあり、特に初舞台の令嬢には人気があった。

 舞踏会の参加は、準成人となる15歳から。

 今の私も令嬢としては初舞台になるのだが……『シュリアン』のような気遣いのある紳士は存在しないのだろうか。

 自分シュリア自分シュリアンが誘うことはできないのが辛い。

 自分でいうのも気が引けるが、シュリアンは紳士だったと思う。


 親しい令嬢同士が輪になり、話の花を咲かせている。時々、私の方をチラチラと見ているが、視線が合っても直ぐに目を逸らされてしまった。

 マリアルはひっきりなりにダンスに誘われている。正直、羨ましい。

 元同僚とは顔を合わせただけで、ダンスに誘われることはなかった。挨拶もそこそこで去ってしまった。何度も練習相手に付き合ったというのに、つれない。社交辞令で誘ってくれてもいいものを。

 周囲の花が一人、また一人と減っていく。

 人影が消え、見通しが良くなった。周りは明るくなったのに、心は陰り続けている。

 闇に包まれてしまいそうだ――そう思っていたら、本当に目の前が陰った。


「具合……悪いのか?」


 俯きかけた顔を上げると、カイルが立っていた。物思いに耽り過ぎて、気配に気づかなかった。


「いや、大丈夫。絶好調だ」


 そう……心以外は。身体は正しく健康そのものだった。


「あの……ごめん」


 カイルは軽く頭を下げた。悪目立ち過ぎないように配慮したのだろう。声量も抑えていた。


「何の謝罪だ?」

「俺の身代わりに呪いにかかったこと――きちんと謝罪していなかったから。本当に済まなかった」


 カイルは深く頭を下げる代わりに、真剣な眼差しを向けていた。

 言われて思い返すと、呪いにかかってからカイルに会ったのは、王国騎士団を辞した時だった。あの時は、謝罪どころではなかった。

 カイルは各領地に復興に廻っていたし、私も医師の診察を受けて医療塔に缶詰状態だった。

 戻ってくる前に私は帰郷してしまったから、会わず仕舞いだった。


「呪いにかかったのが私で良かったと思ってるから、気にしなくていい」


 多少、心が揺らいでいるとしても、口から出した言葉は本心だった。

 カイルはシュリアンの理想の男性像だ。

 炎のような深紅の髪に気高さを感じさせる金の瞳。背も高くがっしりしていて、シュリアンが欲しかった筋肉を持っている。凛々しい太めの眉に鋭い眼光。重低音の声は怒ると凄味が増す。全てに於いて、男だった。

 仮にカイルが性転換の呪いにかかったら、大変だったのではないだろうか。想像できないが、色々と拙いような気がする。主に視覚的に。

 もしかしたら、とても可愛い姿になるかもしれないが、逆の立場だったら間違いなく解呪方法探しに奮闘するだろう。

 それはカイルに限らず、普通の男性であれば戻りたいと誰もが解呪を諦めることはないはずだ。解呪しないと願い出るのは私くらいだろう。


「実はまだ……解呪方法も見つかっていない。申し訳ない」


 解呪方法は見つかっていない――そのことに安堵している自分も確かに存在していた。その気持ちの方が強かった。


「それも気にしないでいいよ。解呪するつもりはないと言っただろ?」

「……本当は俺に気を遣っているだけなんだろ? 恨まれても仕方ないと思ってる。気が済むまで罵倒してくれたっていい」

「恨んでいない。あれは事故だった――それだけだ。私が発動させていてもおかしくない状況だった。でも……」

「でも……何だ? どうかしたのか?」


 視線をカイルからダンスフロアに移した。


「そんなに気に病むなら、お詫びにダンスに付き合ってくれないか? それで貸し借り無しだ」

「だ、ダンスに……付き合う……?」


 カイルの蟀谷はピクピクと引き攣っていた。

 ダンスが苦手だからだろう。私と踊るのが嫌なわけではないはずだ……多分。

 壁の花は飽きた。兎に角、踊りたかった。令嬢として踊ってみたかった。


「別に嫌なら、無理しなくてもいい……」


 踊ってくれそうな相手は目の前にしかいなさそうだが、探せば一人くらいはいるかもしれない。そう思いながら、辺りを見回した。


「嫌ではない! ……お詫びに踊ってやる」

「いいのか?」

「あ、ああ。シュ……お前、ダンス好きだしな」

「なら、今の曲が終わったら、お願いする」

「任せろ!」


 顔の引き攣りは僅かに残っていたが、カイルは胸を張って力強く言った。

 自分から強請ることになってしまった。普通の令嬢なら、自分から誘うことはないだろう。

 こういうところが令嬢らしくないと言われてしまうのかもしれない。

 近くにいた令嬢達から嫌悪を孕んだ眼差しが向けられた。一部からは睨まれてもいた。妬みもあるのだろう。

 カイルは舞踏会に参加しても滅多に踊らないし、自分から令嬢に話しかけることも稀だ。公爵家長男で次期騎士団長後継という有望株で婚約者も決まっていないから、密かに人気があると同僚達やマリアルからも聞いたことことがあった。

 強面だが、顔立ちは整っている。威圧感を抑えて微笑めば、イイ男なのではないだろうか。


「行くぞ!」


 曲が終わると、カイルが手を差し伸べてくれた。

 スマートとは言えないが、エスコートされてダンスフロアの隅に移動した。


「なあ、次の曲にしないか?」


 曲が流れ、踊りも既に始まったというのにカイルは往生際が悪かった。

 狼狽えながらも、足は動いている。かなりたどたどしい動きではあるが。


「ワルツは得意な方なのに? 約束は守るものだ。私がリードするから安心してくれ」


 カイルに少し身を寄せると、彼の身体が強張ったのが分かった。

 動きは硬かったが、ダンスの中でワルツは得意な方だからか、足を踏まれることはなかった。

 カイルはダンスが苦手だと言うのに、一度も私を練習相手にすることはなかった。それどころか、「お前は男なんだから、断れ!」と怒られた。

 私が誰かにダンスの練習を頼まれると、どこから聞きつけてきたのか、その場に居合わせていた。何度かダンスに誘ったが、「イメージ練習で充分だ」と頑なに拒否された。

 だから今日、カイルと踊るのが初めてだった。

 初ダンスが令嬢として誘われたものではなく、呪いにかかった代償というのは複雑な気分ではある。

 ぎこちないワルツだったとしても、気心が知れた相手だからかカイルと踊るのは心地好かった。傍にいると安心できた。


 この日のダンスはカイルとの一度きりだった。他の人とも、踊っていない。

 ワルツが終わった後、舞踏会が閉幕するまでカイルの隣に佇んでいた。

 ルーナリア王女との挨拶は二人とも既に済んでいた。


「もう今日は踊りたくないから、話に付き合え」


 婚約者や伴侶以外は、踊るのは一度きりと決まっているので、踊りに付き合ってくれたカイルへのお礼にと承諾した。

 話は弾み、お互いに近況報告し合った。長い間離れていたから、積もる話はたくさんあった。

 途中、元同僚が加わったりもしたが、あまり会話は楽しめなかった。見えない壁を感じた。立ち去っていく後ろ姿を見送った。

 淑女レッスンの話題に移るとカイルの顔は顰め面になったが、領地の復興話や護身術に関しての話は盛り上がった。屈託のない笑顔を見せてくれた。

 姿形は変わっても、王国騎士団に入団してからの5年間と何も変わらず、同じように接してくれた。

 カイルと話している、その時だけは私らしくいられた。『シュリア』も『シュリアン』もどちらも存在していた。

 でも、舞踏会が終わってしまえば……。


 女性シュリアのままでは、カイルの傍にはいられない。

 男性シュリアンに戻れば、同僚としてカイルの傍にいられる。


 ――私の本当の心はどちらを選んでいるのだろうか。


 シュリアか。それとも、シュリアンなのか……答えは出なかった。

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