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女の子、始めました!  作者: 結音透環子
続編 女の子、始めています!
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5.開戦

 魔獣が後ろから追いかけてくるのを尻目にアマレロ伯爵領とブラウ伯爵領との境目に位置する岩山に囲まれた――ゴルド平原を目指す。緊急事態に備え、魔獣を誘い出すために準備している場所だ。

 街中の建物が幾つか半壊するなどの被害は出てしまったが、騎士達の迅速な避難により、人的被害は回避された。

 カイルと私を乗せた聖獣ラウトが先駆け、魔獣を前後に挟み込むように聖獣に相乗りした騎士達が後を追っている。

 倉庫を脱出してから、およそ15分で目的地の平原に到着した。


「――避けろ!」


 騎士団長の張り上げた声を聞き届けた聖獣ラウトが急降下した。

 真上を熱い炎が通り過ぎていった。魔獣を待ち構えていた騎士団長が放った火の魔法だ。

 熱い炎が魔獣を直撃した。100メートル離れた地点で魔獣が雄叫びを上げているのが聞こえた。

 聖獣ラウトが地面に着地した。すぐさま背から降り立ち、騎士団長達が集まる場所に向かった。


「シュリア、怪我は?」

「ありませんが……父様はどうして此処に?」


 当家専用の戦闘服に身を包み大剣を持った父が、騎士団長の傍に佇んでいた。


「我が領を守るために決まってる――シュリア、当家専用戦闘服これを着なさい」


 父が左腕にかけていた、当家専用戦闘服ジャケットを差し出した。私専用の特注品だ。


「ありがとうございます」


 父から受け取った私専用戦闘服ジャケットに袖を通し、着用する。

 着替え終ると同時に、魔獣の雄叫びが更に大きくなった。声の振動で、炎が消え去った。

 覆っていた毛が焼け落ちた程度で、ほぼ無傷のように見えた。


「手強いな」

「そう簡単には倒れてくれそうもないか」


 騎士団長の呟きに、若草色のタイを緩めながら同意するベイジュ副団長。

 ベイジュ副団長は聖騎士ではないが、剣技だけなら父よりも強いらしい。


「厄介ですね」


 二人の後にマホン副団長も同意の旨を述べた。


「愚痴るわりには、お前ら――顔が嬉しそうだぞ?」


 騎士団長達の表情は憂うどころか、不敵な笑みを浮かべていた。

 そう言い放つ父も、嬉しそうな顔をしているが……私も父の血をしっかりと受け継いでいるようだ。


「理由は分かりませんが、魔獣はシュリアを標的にしています」


 カイルが騎士団長達に報告した。


「……そのようだな」


 警戒しているのか、魔獣は動きを見せていないが、視線だけは私を真っ直ぐに捉えているのを確認した騎士団長が呟くように言った。


「うちの娘は、変なモノばかり惹き付けてしまうようだ」


 父が困ったような顔で大きな溜息を吐きながら、カイルをじっと見ていた。

 父に見つめられたカイルは、何も返答せずに顔を引き攣らせているだけだった。変人だという自覚があるのかもしれない。

 カイルは私以外の女性には目もくれない。一途に私だけを見つめている。まるで、今の魔獣のよう。

 カイルといい、魔獣といい、父の言うことも一理あるかもしれない。

 あの魔獣も元はと云えば、母に非常識な恋慕を抱いたブライトン・シンザが残した碌でもない傍迷惑な遺産だ。

 きっと私を狙うのも、シンザの呪いの残骸の所為なのではないだろうか。そんな気がした。恐らく、父の殺気もシンザに向けられたものなのだろう。


「――では、お姫様を守るとするか!」

「了解!」


 魔獣を追ってきた、全ての騎士達がゴルド平原に集結した。ベイジュ副団長の掛け声に騎士達が戦闘準備に入った。


「シュリアは魔獣から上手く逃げろ」


 父の指示に肯いた。最初に魔獣と対峙していた時から、前線で戦うには荷が重いことは充分理解していた。


 魔獣は自分を攻撃してこない限り、私しか狙わない。つまり、騎士達は死角からの攻撃が可能――とはいえ、生半可な攻撃では魔獣は倒せない。

 父を含めた騎士達が攻撃しやすいように、大技を使いやすいように綱渡りの如く移動しなければならない。上手く逃げるというのも非常に重要な役割だった。しかし、口で言う程簡単ではない。

 シュリアの体力がどこまで持つのか――それが大きな問題だった。


「俺が守ります! 俺がシュリアを必ず守ります!」


 カイルが騎士団長、二人の副団長を順に見据え、最後に父に真剣な眼差しを向けた。


「……いいだろう。その代わり、シュリアにひとつでも傷を負わせたら――シュリアは嫁にはやらん!」

「分かりました。必ず、無傷でシュリアを守ります!」

「――勝手に決めたが、いいよな?」


 カイルの返事に満足した父が騎士団長を見遣った。一応伺いを立てているようだが、「抗議は受け付けない」と言外で脅しているように感じた。その姿勢は誰よりも偉そうだった。


「ああ……」


 騎士団長は顔を引き攣らせながら了承した。二人の副団長は上下の唇をしっかりと隙間なく合わせて、無言を貫いた。当然、周りの騎士達も何も言わない。

 兎に角、父が放った殺気は、凄まじかった。遠くで魔獣も身震いしていたような気がした。

 それにしても、父も大概にして自分勝手の人間だったようだ。私に確認もせず、勝手に進めているのだから。こういうところはカイルに似ている。だから、カイルを憎みきれないのかもしれない。

 父の身勝手さに少々腹は立ったが、私を愛するが故だと思ったら、許すしかなかった。私を通して、愛する妻が怪我する姿を想像したくない気持ちも理解できるから。

 それに、私が傷ついたら母がどれだけ哀しむか、どんな説教が待っているのか考えたら怪我をするわけにいかなかった。私だけでなく、父も説教の対象になるだろうから。カイルに提示した、私を怪我させない条件は、父自身のためでもあった。


「魔獣の方も、準備が整ったようですね」


 マホン副団長の言葉に、皆が堅唾を呑んで肯く。

 魔獣が動きを見せなかったのは、取り込んだヒートルと完全に同化するため。周りに強度な結界を張り巡らせていたから、騎士達も攻撃できなかった。

 完全体になれば激戦化するのは予測できたが、途中で攻撃してしまうと、領地一体が壊滅してしまう危険もあり、下手に攻撃できなかった。だから、完全体になるのを大人しく待つしかなかった。

 ヒートルが手にした黒珠は、人間を飲み込み魔獣を創る危険な代物だった。



「シュリア――」


 カイルが左手を差し伸ばした。

 私はカイルが抱き上げやすいようにそっと身体を力を抜き、カイルの左腕に身体を添わせた。

 カイルは左腕で私の上半身が起きるように縦に抱き上げた。

 魔獣を倒すまでにどのくらいの時間がかかるのか、今はまだ誰も予測できない。最後まで逃げ切るためにも、体力を温存しなければならなかった。だから、最初はカイルに抱き上げられながら、逃げることにした。その役目をカイルが務めた。

 カイルが戦力に加われないのは騎士達にとって大きなデメリットになるが、私を抱えて逃げ続けられる最適な騎士もカイルだった。

 カイルも魔獣を倒すよりも、私を守ることを優先したのだろう。


「俺にしっかりと掴まっていてくれ」

「分かった。ありがとう、カイル――信じてる」


 右手に剣を持ったカイルの右腕を動かしやすいように、私は右腕をカイルの首の後ろから回して前に出した右手でカイルの上着ジャケット――鎖骨辺りを掴んだ。

 適度な体重をカイルの左胸板に預け、右半身を隙間なくぴったりと合わせるようにくっつけた。

 こうしてカイルに抱き上げてもらうのも、2度目。1年も前になるが、あの時よりも更に逞しくなっているような気がした。胸板が一層厚くなっていて、そして、熱い。

 カイルの顔を見ると、ほんのり紅く染まっていた。でも、表情は酷く真面目だった。魔獣だけを真っ直ぐに見据えていた。

 いつもカイルが一心に見つめていたのは私なのに――今、カイルを独占している魔獣に嫉妬してしまった。恋愛感情ではないことは分かっていても、嫌な気分になった。私もこんな感情を持っていたことに気づき、内心で苦笑してしまった。


「総員、構え!」


 ベイジュ副団長の掛け声に、しんと静まり返った。それぞれが戦闘態勢に入った。

 私を捉える魔獣の視線が一層厳しくなった。射抜くような視線を受けて、身体が震えた。


 ――怖い!


 今まで対峙してきた敵の中で、一番怖いと感じた。

 鍛えてきたとはいっても、この中でやはり非力だ。

 一度でも魔獣と交戦してしまえば、軽い怪我では済まないかもしれない。

 傷つくのが怖い。でも、それ以上に傷ついて、カイルのお嫁さんになれなくなるのが怖かった。

 最後まで自分を守り続ける力があれば良かったのに。


「俺が絶対に守る!」


 私を抱くカイルの左腕にギュッと力が籠った。

 途端に、嘘のように不安が消えた。安心した。

 足手纏いの自分が情けなかったが、守られる存在であってもいいのだと想えた。

 そう想えるのも、カイルだから。頼ってもいいのだと想わせてくれたから。カイルを信頼しているから。


「開戦!」


 ゴルド平原全域に騎士団長の戦闘開始の合図が轟いた。

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