3.捜査
目印にした教会に到着した所でオルガ様が再び目を閉じ、左手首にある腕輪に右手で触れた。
「どうやら、もう少し奥のようです」
オルガ様は目を閉じたまま言った。眉間に皺が寄っていた。まだ何かを探っているようだ。
オルガ様が装着している腕輪は、実はマリアルから私への成人祝いの贈り物だった。マリアルを救出するために、一時的にオルガ様に貸していた。
この腕輪には、一粒の孔雀石が嵌められている。この孔雀石はマリアルのネックレスと双子石だった。
オルガ様が当家で着替え中に、「マリアル嬢がよく身に付けいていた物はありませんか?」と訊いてきた。
突然の質問に驚いたが、オルガ様は個人の魔力の質を見分けるのが得意だと教えてくれた。囮捜査をしながらマリアルの魔力を辿り、居場所を突き止められるのではないかということだった。
アマレロ家が襲撃に遭い屋敷を修復する間、マリアルは当家に身を寄せていたのを知っていたから、もしかしたらマリアルの魔力を感知できる何かがあるのではないかと訊ねたようだ。
でも、マリアルが居候していたのは半年以上も前。目ぼしい物はなかったが、マリアルが贈ってくれた腕輪の孔雀石が双子石だということを思い出し、オルガ様に告げると探索がし易くなるという返答があったので、父を通してアマレロ伯爵に確認してみた。すると、マリアルは孔雀石のネックレスを付けていたことが判明し、オルガ様が探索しやすいように貸したというわけだった。
「近づいて分かりましたが、傍に魔法陣の気配も感じます」
目を開けて告げた、そのオルガ様の表情はかなり険しかった。
ノワール氏の魔獣召喚説が益々濃厚になってきた。それをオルガ様は肌で強く感じているのだろう。
「この奥は確か……奥に大きな倉庫を構える商店が立ち並んでいたと思います」
記憶の地図を引っ張り出した。
「それなら、倉庫が怪しいですね。街中で堂々と誘拐か……盲点でした」
リックが検討を付けると、渋面になった。悔しそうにもしていた。
騎士団は周辺の廃墟や人気の無い場所を捜索していたから、盲点を尽かれたとしか云いようがない。でも、目撃証言がないのも納得できた。
小声で会談しているから離れて護衛している騎士達には聞こえないだろうが、オルガ様の魔力探索は騎士団には伝え済みだから、連絡を受けた大半の騎士達はこちらに向かっているだろう。
「どの倉庫か特定できそうですか?」
「いいえ……魔力が混在していて、特定するのは難しそうです。お役に立てず、済みません」
リックの質問に、オルガ様は表情を曇らせた。
「ここまで場所が絞れたのも、オルガ様のお蔭なのですから、誇ってください」
「そうですよ。騎士団だけでは空回りするばかりで、無駄に時間を喰うばかりでしたからね」
「二人とも、ありがとうございます」
私とリックの励ましにオルガ様は笑って答えたが、完全には憂いは晴れていないようだった。まだ少し表情が険しい。
「迷子になったお嬢様一行に見えるように路地裏をウロウロ歩いてみたらいいんじゃないですかね」
「そうですね。間近なら、魔法陣の魔力も感知も特定しやすいです」
「――ということですので、シュリアお嬢様、迷子になってくださいね」
リックとオルガ様の会話を聴きながら、もう一度、記憶の地図を確認し直していると、迷子になりやすい道を思い出した。
『こっちに行ったら、通り抜けられるんじゃない?』
『マリアル、待って!』
幼い頃のマリアルを追いかけて迷子になり、散々な目に遭った記憶が突如甦った。
『ここ、どこ?』
護衛は付いていたが、運が悪いことに土地勘に慣れていない新人と方向音痴の壮年の騎士だった。
確か――あの道は四方八方倉庫の高い壁に囲まれてた場所だった。マリアルの泣き声に倉庫の中に居た人達が気づいて、裏口から表口に通してくれたお蔭で、無事に迷路から出たのだった。
今日のために、マリアルは迷子になったのかもしれない――そう考えると、あの日の恨みは浄化されたような気がする。
さて、マリアルを追いかけるか。泣いているかもしれないから、助けないと。
「オルカ、リィーン。あの道なら、通り抜けられるんじゃないかしら? 行きましょう!」
言うよりも早く、二人の返事も待たずに記憶の中に在るマリアルの幼い影を追いかけた。
「お嬢様、待ってください!」
「お待ちください!?」
リックとオルガ様が慌てて追いかけてくる。
幼いマリアルの影だから簡単に追いつく速さだと思っていたが、オルガ様には辛かったようだ。息を切らせていた。
でも、休憩するにはちょど良かったようだ。
「迷子に……なったら、どう……するん、です、か……」
オルガ様が息も絶え絶えに喋っていると、倉庫の裏口が開いた。
「お嬢ちゃん達、迷子になったのかい?」
「良かったら、表口を通りな」
扉から出てきた二人の中年の男達の見た目は人懐こそうだったが、案内されて倉庫に入るとガラの悪そうな男達が10人程中に居た。あっという間に包囲され、動きを封じられた。
的中したようだ。オルガ様が真顔になっているのは、魔法陣を間近に感じているのだろう。
思わず笑いが零れそうになるのを堪えながら、怯えながらも気丈に振る舞う令嬢を演じる。
「貴方達、何をするのですか!? こんなことをしてお父様が黙っていませんわ!」
実際に黙らないのは、父ではなくて――カイルだが。
カイル達聖騎士は、聖獣での移動が速いために周辺の僻地や廃墟を捜索していた。カイルの気配が近づいているのを、魂の契約呪を通して感じていた。
だから、不安は全くなかった。寧ろ、心は落ち着いていた。
ガラは悪い男達だが、見たところはリックと二人なら簡単に倒せそうだった。でも今は、男達を倒すのが目的ではない。マリアルの居場所に連れていってもらわなければならない。
それに敵の仲間はまだいるだろう。敵を刺激過ぎないように、大人しく捕まる振りをした。
リックは瞳を潤ませて、か弱さを演出していた。
オルガ様は目を閉じていた。男達には諦めたように見えたかもしれないが、私には魔法陣と同調し探っているとしか思えなかった。
◇◇◇
「ここで、大人しくしていろ!」
男達に連れていかれた先は、隣の倉庫だった。かなり広い。四方50メートル位だろうか。
中央に大きな魔法陣が描かれている以外には何もなく、見通しが良かった。
私とオルガ様、そしてリックの3人は、魔法陣の中に放り込まれた。
手足を拘束されなかったということは、魔法陣から出られないということなのだろう。普通に動けるので、苦痛はない。
男達が倉庫を出て行ったのを見て、魔法陣の中を改めて確認した。6人の淑女が居たが、一人だけ両手を縄で拘束されている女性の後ろ姿が見えた。充分に見知った姿だった。
「マリアル!?」
「……シュリア?」
聞こえてきたのは、正しくマリアルの声だった。
「今、縄を切る! じっとしてて」
早口で話しながら、ブラウスのリボンとボタンの上二つを外して、胸の谷間に手を入れた。取り出した折り畳み式のナイフで、マリアルを拘束していた縄を慎重に切断した。
「シュリア、ありがとう……」
マリアルが自由になった手首を優しく撫でながら、私が折り畳み式ナイフを元の場所に仕舞うのをじっと見ていた。
「ねぇ、いつも入れてるの?」
「寝る時以外は」
「そう……」
マリアルはそれ以上、何も訊かなかった。ゆっくり世間話をしている場合でもないからと、場を弁えたのもあるだろう。
シュリアンの時から毎日、上着の内ポケットに忍ばせていた。今まで、結構役立っている。持っていると安心する、精神安定剤のような代物だった。
「護衛騎士達は無事?」
「それはまだ分からない」
約束の時間が過ぎても戻ってこないマリアル達を心配した御者の一人がアマレロ伯爵に報告し、マリアル達一行が行方不明になったことから一連の誘拐事件と関連付けていた。此処に護衛騎士の姿は無い。
「この娘は?」
マリアルの侍女の膝の上で眠っている女の子について訊ねた。先程までマリアルの傍で「お姉ちゃん、ごめんなさい」と泣きじゃくっていた。今は、泣き疲れて眠ってしまっていた。
「あの男達にお遣いを頼まれたみたい。路地裏に女性を連れ込むように、ってね。捕まえられた時に、ちょっと男の人を倒してしまって、それで縛られちゃった」
「それは……ごめん」
「謝らないで。恐い思いもしたけど、スカッとしたし。これでも私は無事な方だから。それに――シュリアが助けに来てくれるって、信じてたから」
護身術を教えてしまったばかりに、マリアルが傷つくこともある。そう考えたら、怖くなった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「助けに来てくれたんでしょ?」
マリアルは嬉しそうに笑った。その笑顔がいつまでも続くように絶対に助ける、心の中で固く誓った。
マリアルの顔を真っ直ぐに見て、しっかりと肯いた。
「シュリア先輩……女の子達、かなり衰弱しています。服の上からしか確認していませんが、この子のお腹には多分痣が……」
マリアルから捕まった経緯を訊き、こちらの囮捜査の簡単な説明をし終えたところで、同じ年頃の女の子を両腕で抱えていたリックが話しかけてきた。話の最後で口を噤んだリックの肩は震えていた。怒りなのだろう。
「許さない! 絶対に掴まえてやる!」
リックの桃色の瞳は闘志を燃やしていた。腹黒いが、女の子が傷つくのが許せない、立派な騎士だった。
私も元紳士だった騎士だ。同じ女性としても、これから命を育む女性の腹部を殴り傷つけた輩は成敗しなくては気が済まない。
「僕も同意見です。魔法陣を悪に使う奴は許せません!」
魔法陣の隅々を歩き探っていたオルガ様が魔法陣の中央に立つと、片膝を床について身を屈め、両手を魔法陣の上に乗せた。
淡い金色に光っていた魔法陣が、オルガ様の髪色と同じ桜色に変わった。魔法陣に干渉し、消そうとしているのだろう。
見守る事しかできないが、この場にオルガ様が居て良かったと思う。
「あの女性……もしかして、オルガ様?」
マリアルがそっと耳打ちしてきた。
「ご名答。双子石で魔力を探り、マリアルの居場所を突き止めるために、孔雀石の腕輪をオルガ様に預けている。勝手な事をして、ごめん」
「気にしないで。呪いをかけてまで、囮捜査に参加してくれたんでしょ? シュリア達が助けに来てくれたのも、オルガ様のお蔭みたいだし? だから、許す!」
「許してくれて、ありがとう」
マリアルの許しを得、気が楽になったところで立ち上がった。
「シュリア、何してるの!?」
「準備運動」
「それは見て分かるけど……」
腕と脚を曲げたり伸ばしたりとストレッチして、身体の筋肉を解していた。
「もうすぐカイル達が突入してくるから、私もすぐに動けるようにしておこうと思って」
「シュリアも戦うの?」
「戦闘中は淑女達の守りに徹するつもりだが、何が起きても即座に対応できるようにしておきたいだけ」
囮捜査への参加の条件として、騎士達が突入した際、聖獣を召喚した後に結界を張り、淑女達の守りを固めると騎士団長と約束していた。緊急事態が起こらない限りは、結界の中で大人しくしているように指示されていた。
戦闘に加われないのは寂しいが、現役の騎士達と同じように鍛練しているわけでもない私が加わると、返って邪魔になる。淑女達を守る者がいるからこそ、騎士達も安心して戦える。だから、私はその役目を全うすると決めていた。
準備運動が無駄になることを祈るが、どうしてだか嫌な予感がしていた。だから、不安な気持ちを取り払うためにも、身体を動かしておきたかった。
今丁度、額や蟀谷から汗を流しているオルガ様と視線が合った。やはり、魔獣を召喚する魔法陣のようだ。目の合図で理解した。
嫌な予感が拭えない。増幅していく。
胸騒ぎに拍車をかけるかのように――倉庫の扉がキーキーと不気味な音を立てて開いた。