2.誠実
アマレロ伯爵領では、一昨日から淑女誘拐事件が起きていた。
現在までに誘拐された淑女は、マリアルを含めて6人。いずれも若い女性だが、既婚、未婚は関係なく誘拐されているということだった。
「――私が囮になります!」
騎士団長に直談判した。
父から簡単に事情を訊いた後直ぐに、カイル達と一緒に王都にある王国騎士団に向かった。
部外者だが――元聖騎士。半年近く前の未婚令嬢誘拐事件では囮で協力し、カイルが私に魂を繋ぐ契約の呪いをかけたこともあり、カイルの父親である騎士団長には貸しがあった。今回の事件に囮捜査として女性が必要だったこともあり、捜査本部への参加が異例として認められた。
「俺も一緒に囮になります!」
私に続いたのがカイル。
「俺に性転換の呪いをかけてください。お願いします!」
カイルの起っての希望で、性転換の呪いをかけたのだが……。
「……ぷっ……くくくっ……」
リューグが必死に笑いを堪えていた。その気持ちも分からないでもない。ただ、カイルが可哀想すぎて、笑えなかった。
「カイル……済まないが、諦めてくれ――オルガ君」
「はい、解呪します」
顔を引き攣らせた騎士団長が、オルガ様に解呪を頼んでいた。
カイルは大人しく解呪されていた。囮捜査に加わるのは無理だと悟ったようだ。もしカイルが悟らなかったら、カイルの美的感覚を疑っていた。
女体化したカイルは、いつものカイルだった。身長は少し縮んだくらいで、逞しい体躯はほとんど変わっていなかった。騎士服の下に隠れていた胸は恐らく――筋肉。
カイルの女体化を見て、あの時、カイルが呪いにかからなくて本当に良かったと心の底から思った。
「最初からカイルは無理だと分かっていたが、一人足りなくなるな。さて、どうするか……」
騎士団長が顎に手を添えながら、対策を考え直していた。
「騎士でなくても良いなら、僕が……囮捜査に加わります」
「そうだな。魔法陣に詳しい者が囮に加わった方が何かと都合もいいだろう。オルガ君、協力ありがとう」
囮捜査に必要な女性は5人だった。此度の淑女誘拐事件は、「11人の淑女を生贄にし、魔獣を召喚するのではないか」と解呪の第一人者であるノワール氏が語っていた。
現在、誘拐された淑女は6人。残る5人の女性が必要ということで、私とオルガ様、イアンとルイス、そしてリックの5人が今回の囮になった。ノワール氏が楽しそうに性転換の呪いを施していた。愛弟子のオルガ様に呪いをかけるときはとても好い笑顔だった。
イアンは有無を言わされずに女体化決定となっていた。ルイスは私を傍で守りたいからと自ら志願した。リックは自分が適任だと自ら売り込んだ。
美女と美少女集団が出来上がった。敵も食らいついてくるだろう。
アマレロ伯爵領ではこれ以上淑女が誘拐されないよう、厳戒態勢が敷かれている。敵も身を潜めて様子を窺っているようだから、囮だと気づかれないようにどう上手く誘い出すか、慎重に行動しなければならない。
「それでは、宜しく頼む。皆、無事に淑女達を救出せよ!」
騎士団長の掛け声で、打合せ通りの配置へとそれぞれ散らばるように向かって行った。
「シュリア、俺が必ず救出する!」
威風堂々と宣言するカイルは、とても頼もしかった。完全に聖騎士モードに入ったカイルは格好良かった。
誘拐された場所を特定するために、私もカイルと暫定的に再び魂を結ぶ契約をした。何度もかけて良い呪いではない。負担を無くすためにも、今回は対価を払うことにした。
対価は髪飾りにした。役目が終わり解呪すると消失する。真珠の髪飾りはカイルからの贈り物の中で一番のお気に入りだったから失うのは辛いが、記憶を無くしてしまうよりは遥かにマシだと未練を断ち切った。
「待ってる」
大人しくは待たないとは思うが、私の返事にカイルは満足したのか、颯爽と立ち去って行った。
その後ろから、リューグとキリアが追いかけて行った。3人で行動を共にすることになっていた。二人が無言で行ってしまったのは、笑い出さないためだろう。後ろ姿から覗く肩が僅かに震えていた。
「では、私達も行こうか」
「はい」
「オルガ様はオレの後ろに乗って下さいね」
聖獣を召喚する。リックも自身の聖獣を召喚し、オルガ様を自分の後ろに乗せていた。
オルガ様とリックの3人で、先ずはブラウ伯爵家に向かう。当家でドレスに着替えて、アマレロ伯爵領に馬車で行く予定だ。隣領だから、2時間もあれば到着する。
ルイスはイアンと同じような長身のスレンダー美女となっていたから、以前に囮捜査で使用していたドレスがあるということで、騎士団内部で着替え中だった。二人は準備が完了次第、私達とは反対の隣領からアマレロ伯爵領に入ることになっていた。クジで班を決めて、二手に分かれることになった。
「出発進行~!」
リックの可愛らしい元気な声が騎士団の庭一帯に響き渡った。
◇◇◇
馬車で移動するのも久しぶりだ。移動の殆どは聖獣に騎乗し空中を駆けていたから、ゆっくりと街並みを眺める機会は少なかった。聖獣も人目に慣れたのか、単独で移動する際は召喚を強請ってきた。
昨年の豪雨と土砂崩れで領内の道路や家屋が冠水したが、復興も無事に終わり、のどかな風景が拡がっていた。
馬車の窓から見える領内の風景を鑑賞しながら、感慨に耽る。
昨年までは、父の後を継ぎ、私がこの領地を治めていくのだと決意していた。
女性の後継は認められていないから、継承権は弟のリオルに移っている。それが当然だとは思いつつも、心の何処かで寂しさを感じている。
生まれ育った領地だから、愛着がある。人々が心豊かに暮らせるように発展に努めていきたいという願いは女性になった今も変わらない。
女性だから諦めなければならないという気持ちもあるが、法改正してまで領主になりたいと今の所はそこまで考えていない。それよりも先ずは、お嫁さんになりたいという夢を叶えることに全力を尽くしたい。一度は諦めてしまったが、5歳から昨年の17歳までの間ずっと、心の奥深い所では叶うことなら叶えたいという気持ちを押し殺していたから、先ずはその願いを叶えたい。
お嫁さんになりたいという願いを叶えるためには、誰に嫁ぐか。その答えはまだ決まらない。
爵位を継がない殿方なら、嫁いでも幾らかは自由が利きそうだから、陰でブラウ伯爵領を支えることができるのではないだろうか。そう考えると、目の前の殿方が適任なのだが……。
「あの……何処か、変ですか?」
オルガ様が頬を染めながら少しだけ俯き、窺うように私を見る。恥じらう姿は本当の乙女のようだ。
「いえ、完璧です」
男性に女装姿を褒めるのは可哀想だと思い、言葉を選んだ。素直に褒めたくない気持ちもあったのだが。
条件だけで嫁ごうかという浅ましい考えの裏側で、実はオルガ様に嫉妬していた。
どう見ても、オルガ様の方が女度が高い。
豪華なドレスを着飾っているわけでもない。街を散策するから、動きやすく一人で着替えられる上下に分かれているツーピースの服を着ていた。それでも充分、可憐な美少女だった。薄く紅をひいた程度で殆ど化粧はしていない。肌も綺麗だった。
然も、付け気ではなく地毛だ。ありのままの姿だった。オルガ様の髪は元々肩甲骨辺りまで長い。
解呪を含む魔法陣を研究する学者達は杖の魔導具を媒体にして魔法陣を描くが、複雑な魔法陣ほど沢山の魔力を消費するため、自身の髪を伸ばして魔力を貯め込んでいた。当然、オルガ様も髪を伸ばしていた。
女体化して分かったが、本来の男性の姿のオルガ様は美青年だ。髪を短くして筋肉を付けたら、令嬢に人気が出るだろう。
落ち着いているのは、オルガ様が年上だからか。私より2歳年上。近々誕生日を迎えるから、もうすぐ21歳になるはずだ。
武力は乏しいが、それを補える程に知力は豊富だ。物腰柔らかく控えめだが、いつでも的確な判断で行動する姿は凛々しい。
今回の囮捜査への参加も、ノワール氏が云うような生贄の魔法陣が使用されるとしたら、騎士達だけで対応するのは難しい。オルガ様が最初に私への求婚で語ったように、自惚れかもしれないが知力で支え守るために参加したのかもしれない。
「シュリア先輩。オレは? 似合ってます?」
「リックも充分、似合ってる」
リックもオルガ様に劣らず、とびきりの美少女だった。というか、殆ど変わっていない。胸もこれから成長期を迎えるようだ。
「女体化したら、思う存分女の子の胸、触ろうと思っていたのに……」
リックは聖騎士としての誇りで囮捜査に参加しているのは間違いないと思うが、別の思惑もあったようだ。願いは叶わなかったが……。
「ねぇ、オルガ様の胸、触ってもいいですか? いいですよね?」
「良いわけがないでしょう。ちょっとリック君、止めなさい!?」
リックの気持ちも分からないではなかった。自分よりも大きい胸に興味が湧いた。私もちょっとだけ触ってみたかった。
「純情な男の夢を叶えさせてください」
リックの夢は邪だが、素直な男心なのだろう。私もリックの夢を叶えさせることはできない。
オルガ様とリックの攻防戦を見ながら、数時間前にリックに言われたことを思い出していた。
『……純情な男心を弄ぶと、後で痛い目に遭いますよ』
傍から見ると、私は3人の純情な男心を弄んでいるような悪女なのかもしれない。
私なりに真剣に向き合ってきたが、真剣さは足りないのかもしれない。
これ以上引き延ばしていると、本当の悪女になってしまいそうだ。
私もそろそろ本気で答えを出さなければならない。その時期は目前まで迫っている――そう感じた。
その通りだとでも云うように、馬車が止まった。
「お嬢様方、着きましたぜ」
馬車の扉が開いた。御者の手を借りて馬車から降りた。
「あっしは馬車と馬を預けてきますんで、適当にこの辺を散策していてくだせい」
騎士団の年輩の騎士だが、御者にしか見えない。上手く変装していた。変装の達人で、潜入捜査に秀でていた。
面白い口調だが、実はこの騎士の素だった。
馬の扱いにも慣れていて、当家の御者よりも馬車の操作が上手だった。実に快適な馬車の旅だった。
「それでは、オルカ、リィーン、行きましょうか!」
これより、囮捜査の開始だ。
町娘に変装したお忍びのお嬢様と侍女という設定で、オルガ様がオルカ、リックがリィーンと女性らしい呼び名に変えた。
私も囮捜査の間だけ、女の子らしい口調に変更した。
「はい!」
「……はい」
リックが元気に返事をする。
オルガ様はこれから歩き始めるというのに、既にお疲れの様子だった。大丈夫かと心配になったが、疲れているのは主に精神的なものだろう。
余談だが、オルガ様はリックとの攻防戦に勝利した。だからきっと、その内オルガ様も復活するだろう――というか、復活してくれなくては困る。これからの散策は、オルガ様が頼りになるのだから。
「オルカ、どの道を行きますか?」
オルガ様は一息吐いた後、目を閉じた。十数秒ほど沈黙し目を開けると、真剣な眼差しを遠く離れた場所に向けていた。
「あそこにある教会に向かって、歩いていきましょう」
「わかりました」
私達3人は、オルガ様が示した方角――教会を目印にして歩き始めた。
背後では通行人に扮した騎士達が動く気配も感じた。




