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女の子、始めました!  作者: 結音透環子
続編 女の子、始めています!
21/31

1.相棒

『女の子、始めています!」開始です。

全10話。どうぞよろしくお願いします。

 令息シュリアンから令嬢シュリアへと転身してから、1年半が経過した。もうすぐ、19歳の誕生日を迎える。

 王国騎士団の任務中に性転換の呪いがかかり、男から女になったわけだが、呪いを解いても女の子のままだった――というのも、最初から女の子だったからだ。

 生まれる前に呪いをかけられて、男の子に生まれた女の子だった。

 5歳の頃の将来の夢はお嫁さんだったが、その時はまだ男の子だったから、夢は叶わないと諦めた。

 当時は男として生きていく決心もしたが呪いは解け女の子になったので、お嫁さんになるべく花嫁修業に勤しみ、令嬢生活を満喫している。

 でも17年間男して生き、聖騎士として護衛や警備、賊の退治で戦闘していたからか、戦える男前な令嬢が出来上がってしまった。正直、ダンス以外の淑女レッスンよりも、剣や体術の鍛練をしている方が楽しかった。

 母としては、もう少し淑女レッスンに身を入れて欲しそうだが、父とリオルは戦闘訓練に積極的に誘ってくる。リオルは「お嫁さんに行かなくていいから」と淑女レッスンを邪魔してくる。

 戦闘訓練に参加しているといっても、剣の構え方や薙ぎ方などの剣技を磨く程度。

 女性シュリアになってから、父は試合を申し込んでも受け入れてくれなくなった。寵愛する母とそっくりの娘を相手にできるわけもないから、仕方ないと諦めている。

 リオルは腕が未熟だから、私の身体を傷つけてしまう恐れがあるからと、基礎の型がリオルの身体に馴染むように、一緒に剣を振るくらいだった。

 こんな男前な令嬢の私だが、幸運にも求婚してくれる殿方がいる。


「シュリア、勝負しよう!」


 言葉だけ聞くと色恋とはかけ離れているが、実はこれが彼の愛情表現なのだ。理解できるようになったのは、1年程前。

 私の目の前には、情熱的な深紅の髪に眼光鋭い金の瞳の青年が仁王立ちしている。

 背が高く筋肉隆々で逞しい体躯に恵まれ、太めの凛々しい眉はどこから見ても男にしか見えない。

 立ち居振る舞いは威風堂々としているから外見は強面に見えるが、実は内面は純情だったりする。強いて云えばヘタレだが、私はそんな情けない彼の姿も気に入っている。


「……賭けの内容は?」

「俺が勝ったら、デートしてくれ!」


 強面の青年――カイルの顔は真っ赤だった。先ほどの威厳はすっかり消えてしまっている。


「では、私が勝ったらカイルのお嫁さんにはならない――それでいいか?」

「……」


 真っ赤だったはずの顔は、途端に青白くなった。

 いつもは「俺が勝つから、問題ない!」と勝気だったが、最近は絶句するか、狼狽るか、兎に角哀しそうな顔をするようになった。

 結果的にはカイルが勝つのだから堂々としていてもいいはずなのだが、万が一にでも負けてしまったら……そう考えたら怖くなったのかもしれない。

 私もカイルのお蔭で、剣技も体術も上達してきた。カイルが勝ち続ける為には、自分も私も無傷であることが条件だから、厳しくなってきているのかもしれない。

 それなら勝負を挑まないで、普通にデートに誘えばいいのだが。そうすれば、私も素直に肯く。

 でも、勝負してくれるのはカイルくらいだから、こうして勝負を持ちかけて来るのを楽しみにしていた。

 カイルは私が剣を振るっても、拳を突き出しても脚を蹴りだしても、快く受け止めてくれる。令嬢だから止めろ、とも絶対に言わない。寧ろ、令嬢だからこそ、私の身体が傷つかないように細心の注意を払って、相手をしてくれている。

 カイルは剣技も体術も私よりも断然優れているから、カイルも傷を負うことはない。令嬢の私にとって、健康的に鍛練ができる貴重な相棒だった。

 楽しい鍛練を続けるためにも、そろそろカイルに意趣返しするのは止めるとしようか。

 マリアルにも「カイル君が可哀想だよ」と注意されるようになった。ここ最近、マリアルはカイルを『様』から『君』呼びに変えた。カイルも特に何も言わないから、それで構わないのだろう。


「そうだな……私が勝ったら、ダンスの特訓をする――はどうだ?」

「それでいい……」


 カイルは了承したが、益々顔を青白くさせた。腰も引けている。嫁にならないという賭けよりは、ダンスの特訓の方が無難だと思うのだが。

 舞踏会では私としか踊らないとはいえ、足を踏まれそうになるので避けるのに神経を使い、カイルと踊るのは正直疲れを感じていた。他の殿方と踊るとカイルの鋭い視線に、踊りも楽しめない。カイルは睨みを利かせないようにと視線を背けているのだが、その背中が哀愁漂っていて余計に気になってしまった。

 カイルと婚約でもすれば気兼ねなく何度も踊れるようになるが、今のままでは踊り続けるのは厳しい。一回で充分だ。

 ここ最近、カイル以外で踊るのは、ルイスかオルガ様に定着している。実は……ルイスとオルガ様にも求婚されている。そして今も、継続中だった。

 時々、イアンもダンスに誘ってくれる。リューグとキリアは数回踊ったきりで、最近はダンスに誘っても逃げていってしまう。カイルに同情しているのか、同僚達もあまり誘ってくれなくなった。

 開き直った私は自分からもダンスに誘っている。令嬢であっても気になる殿方を誘ってもいいはずだ。男性シュリアンであったときも、令嬢から誘われると嬉しいのではないかと思っていたから。

 最近は、マリアルも「好みじゃない殿方に誘われるよりも、好みの殿方を誘った方がダンスも楽しい」と言って、お婿さん候補をダンスに誘うようになっていた。マリアルに刺激されたのか、他の令嬢たちもちらほら殿方を誘う様子も見られてきていた。

 ミリア様もカイルにダンスを誘っているのを見かけたが、カイルは私以外のダンスを全て断っていた。勿論、カイルが誘うのも私一人。


「そうと決まったら。早速始めようか!」


 そう言って、私はカイルの鼻先に向かって、愛剣を突き出した。

 きっと今日もカイルが勝負を持ちかけてくるだろうと、戦闘服に着替えて待っていた。



 ◇◇◇



「勝負あり!」


 鈴を転がすような可愛らしい声が、高々と宣言した。

 今日こそは勝てると思ったのだが……日頃積み重なった恨み辛みがまた増えていく。


「勝者、カイル・ロッソ!」


 カイルは憎たらしいほどに無邪気な笑顔だ。子供っぽく見えて好きではあるのだが、悔しいことには変わりない。

 それほどまでにダンスを踊りたくないのかと思うと、落ち込みたくなった。


「お疲れ様です」

「……」


 差し出されたタオルを無言で受け取った。


「どうかしました?」


 桃色の円らな瞳が覗き込んできた。


「随分とカイルに懐いているんだな」

「ヤキモチですか?」

「否……カイルに邪険にされても、めげずに話しかけているのが珍しいなと」

「そうですか? 確かにカイル先輩は見た目は近寄り難いけど、中身が純情少年なのは知っていますから」


 そう語る少年の方が見た目は純情に見えるが、中身は腹黒い。カイルに睨まれているというのに、怯む様子もなく悪巧みでもしているかのような悪戯な笑みを浮かべている。

 これから成長期なのか、身長は私よりも低い。丸みを帯びた顔立ちは幼い。声変り前の声色は可愛らしい少女のように高らかで、青銀の髪色が長ければ少女だと騙されるだろう。

 この少女のような少年が聖騎士だと言われても、直ぐには信じられない。聖獣ペガサスを召喚する姿を見て、私も聖騎士だと信じられた。


「――リック、俺にもタオルを寄越せ!」

「はいはい、今行きますね」


 カイルに呼ばれた少年――リックは今年の春、召喚の儀で聖獣ペガサスと契約し晴れて聖騎士となり、カイルの新しい相棒になった。

 カイルの相棒が決まったのは喜ばしいが、シュリアンとしては相棒の座をリックに明け渡してしまったことが寂しくて堪らない。そういう意味ではリックにヤキモチを焼いているかもしれない。


「それで、何処にデート行きます?」

「何処に行くって……お前、付いてくる気なのか!?」

「当然じゃないですか。オレだって、シュリア先輩とデートしたいですもん。いいですよね? シュリア先輩」


 リックのお願いに思わず、肯いてしまいそうになった。肯いてもいいのだが、私を凝視するカイルの金の瞳が鋭い視線で「断れ!」と投げかけながらも捨てられた子犬のような瞳もチラチラと垣間見せていて、思い留まった。

 それにしても、リックはあざとい。私がリオルに似た仕草に弱いことを知っていて、乞うのだから。

 私が男性シュリアンとして聖騎士だった頃、従騎士だったリックとチームを組み1年程指導もしていたから、そこそこ付き合いはあった。その時から、可愛らしさを武器に私を惑わそうとした。リューグとキリアはいつもコロッと騙されていたが……。

 可愛らしさで云えば昔のルイスに似ていたからか、カイルはルイスを扱くようにリックにも厳しく訓練していた。だから、ルイスと仲が良くなるかと思ったが、カイル以上に仲が悪かった。二人の喧嘩は子犬同士がじゃれている感じで、見学者を和ませていた。

 でも、リックが成人になる頃は、厳つい殿方になってしまうかもしれない。昨年、私の護衛に来ていた、リューグの父親の相棒の筋肉隆々の壮年の殿方が実はリックの父親だった。リオルも父の子供の頃にそっくりだから、将来は厳つい偉丈夫になってしまうのだろう。今の内に可愛がっておこう。

 得意の武器が使えるのも後数年。可愛らしい後輩の頼みを受け入れてもいいかもしれないと甘い考えが浮かんだが、カイルはその気は全くないようだ。


「何でお前は非番の度に俺に付いてくる。実家に帰れ!」

「実家に帰っていないのは、カイル先輩も同じじゃないですか!?」


 リックが言うように、カイルは実家にほとんど顔を出していない。非番の度に当家を訪れては、勝負を挑んでくる。可愛らしいお土産も持参しながら。

 ルイスに対抗心を燃やしているのか、ほとんどのお土産が髪飾りの贈り物だった。カイルからの私の成人祝いは『解呪』という傍迷惑な贈り物だったから、カイルなりの謝罪でもあるのだろう。

 先日リューグが、「カイルが一人で可愛らしいお店に入っていった。ちゃんと自分で選んでたぞ」と教えてくれた。お勧めを店員に訊いたが、店員はカイルに委縮してしまったため、自分で選ぶしかなかったようだが。でも、カイルはセンスが良かった。私に似合う髪飾りを選んでくれていた。

 今付けている真珠の髪飾りも、カイルからの贈り物だ。動いても邪魔にならない、ちょっとやそっとで外れない、戦う令嬢にピッタリな髪飾りだった。

 ただ、毎回訪れる度に髪飾りを贈られ、「俺が勝ったら、付けてくれ!」と勝負を挑まれ、髪飾りも増えすぎたので、この前、贈り物を丁重に断ったところだった。

 そして今日、勝負の賭けがデートに変わったというわけだ。


「家はむさ苦しい男しか居ないから、嫌です! 先輩に付いてきているわけじゃありません! オレは美女に会うために此処に来ているんです!」

「尚更、悪い! とっとと帰れ!」

「い・や・で・す!」

「分かった――なら、負けたらとっとと帰れ!」

「ちょ、先輩!? オレ、勝負するなんて一言も――っ!?」


 カイルがリックに剣先を突き出していた。リックも反射的に剣を構えたが、打ち合わずに躱しまくっていた。それも仕方ない。リックの細腕では、剣を交わせば直ぐに弾き飛ばされてしまうだろうから。


「ちょこまかと……小賢しい」


 カイルの鋭い太刀筋を躱し続けるリックの動きに見惚れていた。

 次第にカイルの剣捌きも鋭さを増していった。体力が追い付いていかないのか、リックの息が上がってきていた。


「うわっ!?」


 リックが足を滑らせる。その隙をカイルは見逃さず、足技を使ってリックを転ばし、組み敷いていた。

 やはりカイルは凄い。素直に尊敬していた。私がリックを負かすには、まだまだ時間がかかるだろう。


「負けだな――大人しく帰れ!」

「ズルいです。オレが先輩に勝てるはずがないのに……」


 今にも涙が零れそうなくらいに哀しい表情を見せるリックを組み敷くカイルは、片方の口角を上げて不敵な笑みを浮かべている。

 二人とも私服姿だから、何も知らない人が見たら、カイルは少女を襲う悪漢だと思うだろう。


「俺には泣き真似は通用しない」

「ちぇっ! 分かりましたよ。今日の所は帰ります」


 リックを助ける仲間はこの場には居なかった。私もカイルの味方だった。偶にはリック抜きでカイルと過ごしたかった。

 あざといリックだが、自分が言ったことは守る漢だ。言葉通り、帰っていくだろう。

 満足したカイルも、リックの上から退いた。

 自由になったリックは、カイルから距離を置いた。

 帰り支度をしているが、大人しく帰るつもりはないようだ。


「デート楽しんで来てくださいね。オレがいないからといって、シュリア嬢を襲ったら駄目ですよ!」

「――なっ!?」


 リックは目を細めて、流し目をカイルに送っていた。その瞳は冷たく、まるで――痴漢を見る目つきだった。

 カイルは珍しくも、リックの視線に圧倒されているようだった。

 カイルの口から否定する言葉が出てこない。私を襲うつもりだったのだろうか。

 そんなことはないと信じたいが、見る見るうちに顔を紅く染めていくカイルを見ていたら、信じてはいけないと思ってしまった。

 母からも「殿方は狼になるから、無闇に近づいてはいけませんよ!」と口が酸っぱくなるくらいに言われている。カイルは呪いで狼に変身してしまったから、母が言ったようにカイルには近づかない方がいいのかもしれない。


「カイル……私を襲うのか?」


 近づかないようにしよう思ったが、そんな心とは裏腹にカイルに向かって歩みを進めた。


「近づかないでくれ!」


 近づいた分、カイルは私から離れていく。


「どうして、後退る?」

「俺はシュリアが好きだ!」

「知ってる」

「……」


 カイルが狼狽えている。いつも追い詰められていたから、逆の立場になってみたくなった。勝負に負けた腹いせもあった。カイルにじわじわと詰め寄っていく。


「俺は……好きな女を……抱きしめたいから……だから……無理矢理、襲わせないでくれ!」


 カイルが吠えるように言った。突然の大声に驚いて足が止まった。


「カイルは私を襲いたいのか?」

「襲いたくはないが……既成事実を作ってしまえばいい――と凶悪な俺が囁くから……ごめん。今日は帰る……」


 しゅんと項垂れて、カイルは俯いてしまった。自分の失言を悔やんでいるようだが、私としてはカイルの本音が聞けて良かったと思っていた。今までのカイルの行動が漸く理解できたから。


「カイルがダンスで身体が強張るのは、私に触れるのが嫌なのではなくて、襲わないようにと葛藤している所為か?」


 ダンスをする度にカイルの動きはぎこちなくなり、身体が触れると機械のように固まり、私に触れるのが嫌なのかと思い始めていた。それが余計にカイルとのダンスを憂鬱にさせていた。


「……そうだ」


 少し沈黙した後、カイルは肯定した。その直後、益々項垂れてしまった。

 肯定したことでカイルは私に嫌われたと沈んでいるようだが、俯いているカイルは気づいていない。私が顔をにやつかせていることに。

 いつも勝負を挑まれるばかりで色めいた話がなかったから、嫁にするといっても所詮はオママゴトの延長なのかと思っていた。だから、私は女性として魅力がないのかと悩み始めるようになった。

 ルイスも非番の度に私に会いに来ていたが、一緒に鍛練することはなかった。訓練中に私を傷つけたくないと、応じてくれなかった。自分の身を守ることに関しては賛成しているが、剣技や体術を磨くことは好ましく思っていないように感じた。

 ルイスとは鍛練よりも、領地や王都の街に出掛けてデートすることが多かった。令嬢扱いされていた。

 さり気なく頬を撫でてきたり、手の甲への口付けの許可を願い出たりと、スキンシップが多かった。段差があるところでは手を差し伸べ、紳士らしくスマートにエスコートしてくれ、お姫様気分を存分に味合わせてくれた。

 オルガ様は舞踏会などのパーティーくらいしか顔を合わせていない。ノワール氏の元で解呪の研究に忙しくしているようだ。聖獣と契約していない為、移動手段も限られてしまう。そのため、会う機会は少なかった。

 オルガ様とは、ダンスを踊るときに世間話をするくらいだろうか。物腰柔らかいが、淀みなく真っ直ぐに見つめてくる視線は熱い。でも、必要以上に触れては来ないので、殆ど進展していない。

 三人の対応が違い過ぎて、私はどうしたらいいのか分からなくなっていた。女性になれば、簡単にお嫁さんになれると信じていた自分が恥ずかしい。

 女の子に転身した最初の頃は、想い想われたらそれでいいと満足していた。でも最近はただ想うだけでなく、女性としても求めてくれる殿方に嫁ぎたいと考えるようになっていた。だから、このままカイルのお嫁さんになっても幸せになれないのではないかと思い始めていた。

 でも、カイルの言葉からは私を女性としても求めてくれているのが分かり、安堵していた。嫌悪するよりも嬉しかった。


「シュリア先輩……カイル先輩が可哀想です。純情な男心を弄ぶと、後で痛い目に遭いますよ」


 顔を綻ばせていたら、リックが呆れたような声でカイルには聞こえないようにそっと耳打ちしてきた。

 リックが告げた言葉は預言通り――にはならないだろう。強引な事はしないと約束しているから。


「カイル――デートに行こう!」


 カイルがぱっと顔を上げた。酷く驚いている表情をしていたが、自分の都合の良い空耳だとでも思ったのか、たちまち不審を抱くように沈んだ顔に戻っていった。


「約束通り、カイルが勝ったのだから、デートに行きましょう!」


 女の子らしく誘ってみたのだが、カイルは益々不審がってしまった。喜ぶどころか、険しくなった。


「デートしたくないなら、止めてもいいが?」

「行く! シュリアと二人でデートに行く!」


 今度は即答だった。

 いつもの口調に戻した方がいいのかと落胆したが、この方が私らしくていいのかもしれない。実を云うと、先程の言葉遣いは鳥肌が立っていた。


「では、着替えて……父様?」


 突如、背後から鋭い視線が突き刺さってきた。振り返ると、少し離れた場所に父が立っていた。眉間に皺を寄せて、泣く子も黙る恐ろしい顔をしていた。


「悪いが……デートは後日にしてくれ」


 ただならぬ父の雰囲気にカイルは黙って肯いていた。


「――シュリア」


 父がカイルから私に視線を移した。その表情は未だ恐いままだった。暫く無言で私を見つめる。やがて、重く口を開いた。


「マリアル嬢が誘拐された――」


 父が放った言葉に衝撃が走った。できることなら信じたくない――思考停止したかのように、一瞬、頭の中が真っ白になった。

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