12.招待
――もう6年近くも前。あれは、王国騎士団の入団試験が行われた日だった。
「始め!」
合図と共に剣と剣がぶつかり合う金属音がした。しかし、その音は一度だけで止む。
「勝負あり! そこまで」
開始から10秒で決着がついてしまった。
深紅の髪の少年が一撃で相手の剣を弾き飛ばし、相手の咽喉元に剣先を突き刺していた。その隙間、皮一枚。
「勝者、カイル・ロッソ」
試験会場内は静まり返っていた。圧倒的な力に誰もが魅入られていた。
「……凄いな」
「あれが、騎士団長の子息か」
深紅の髪の少年――カイルが闘技場から退出すると、各々に囁く声が聞こえてきた。
「優勝、確実だろうな」
試合はブロックごとに分かれ、各ブロック内全員と対戦する。
今年は各ブロック10人。10ブロックに分かれていて、それぞれ一番多く勝利した者が輩出され、優勝を競い合う。
入団試験に挑む9割の試合が行わたが、カイルの強さは突出していた。
優勝トーナメントに出たかったが、カイルの試合を見る限り、奇跡でも起こらない限り無理そうだ。運が悪いことに、カイルと同じブロックだった。
「次――ルイス・シーニーとシュリアン・ブラウ、入れ!」
「はい!」
「はい!」
10ブロック全ての出場者が出揃う1巡目、最後を飾る試合となったのが、ルイスと私だった。
「宜しくお願い――」
「僕のお嫁さんになってください!」
試合前の挨拶は、ルイスの求婚に変わっていた。
「――なりません!」
慌てて拒否の言葉に言い直した。危うく、「お願いします」と言ってしまうところだった。
緊迫していた会場内にどっと笑いの渦が巻き起こった。
ルイスもはっと我に返ったようだった。顔を真っ赤に染めて、俯いてしまった。プラチナブロンドの髪に覆われて真っ赤な顔は隠れてしまった。
緊張がピークに達していたのだろう。目の前に居るのが女の子と勘違いしてしまうのも仕方がない。あの頃の私の見た目は女の子だったから。
でも、ルイスもあの頃は私よりも小さくて可愛い女の子のような少年だった。
試合の結果だが、私が圧勝した。最初の一撃でルイスの剣を弾き飛ばし、「私は男だ!」と剣先をルイスの咽喉元スレスレに突き付けた。『お嫁さんになりたい』という閉じ込めた想いを掘り起こそうとしたルイスに激高した。
入団してからは、私と同じようにルイスも女顔で揶揄われていたから、「お互いに強くなろう」と一緒に剣技を磨き合う仲間として、親交を深めていった。従騎士時代は、ルイスと一番仲が良かった。
入団したばかりの頃は、従騎士の中ではルイスが一番弱かったから、「私が守らなくては!」と意気込んでいた。
ブロック内対戦に於いては、最後にカイルと勝負するまでは勝ち進んだ。
「全ブロックの最終試合だ。カイル・ロッソ、シュリアン・ブラウ、入れ!」
「はい」
「はい」
この時が、カイルとシュリアンの出逢いの始まりだった。
「両者、礼!」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
お互い、初めて視線を交わした。怖いと思った。一瞬にして呑み込まれてしまいそうな気分だった。
私を直視するカイルの金の瞳は、あの時から既に私を瞳だけで捕らえていたような気がする。その瞳は完全な女性となった私に求婚した時と同じだった。
カイルとの試合は、ブロック内では一番善戦したのではないだろうか。カイルと同じブロックでなければ、決勝トーナメントに出場できたはずだった。
あの年の優勝者は誰もが予想した通り、カイルだった。準優勝したのが、リューグだった。準決勝でカイルと対戦しなければ、イアンが準優勝だったかもしれないが……。
◇◇◇
「緊張でおかしくなっていたのは認めるけど、本気だった。あの頃から、僕は君が女の子だったらいいのにと、ずっとそう想っていた。そして今――僕の理想の女性が目の前に居る。だから、君が女の子で嬉しいんだ」
ルイスがゆっくりと歩みながら、目の前まで近づいてきた。
出会った頃は見下ろしていた身長も、今では見上げるほどに高い。半年前よりも、ぐんと伸びていた。肩幅もしっかりしてきていて、身体が鍛えられているのが傍目でも分かった。以前よりも身体はずっと逞しくなっていた。
もう女の子には見えなかった。どこから見ても、男の子だった。声も低くなって、より男を感じさせた。
腰を落として片膝をつくと、私の左手を取った。
「シュリア――僕と結婚しよう!」
左手がルイスの顔の方に引っ張られた。
ルイスの唇が私の左薬指に触れる寸前、動きが止まった。
「返事も待たずに、口づけようとするな!」
カイルの刃がルイスの首筋に沿って突き出されていた。僅かでも動かせば、ルイスの首は斬れていただろう。
何もそこまでしなくても――と思わなくもなかったが、注意できなかった。カイルの威圧感は半端なかった。
カイルの言う事が正しかったからか、ルイスも反論しなかった。
ルイスが私の手を離すと同時に、カイルは剣を鞘に仕舞った。
「シュリア、返事も聞かずにごめん。急いてしまって悪かった」
「ルイス、あの……」
「返事は急がないよ、ゆっくりでいい。僕は本気だ。だから、真剣に考えて欲しい」
「分かった。きちんと考える」
「ありがとう、シュリア」
ルイスの笑顔は眩しかった。少し細めて笑う目が魅惑的だった。どことなく、色気も漂っているような気がした。
まだ少年の名残はあるが、洗練されつつある紳士が目の前に居た。
「ねえ、シュリア。ダンスの練習に付き合って欲しいんだけど……良いかな?」
先程の話は終わりだとでも言うように、唐突に話題が変わった。
いつもはっきりと話すルイスにしては、少しだけ歯切れが悪い言い方だった。
ダンスは得意なはずなのに、自信無さげなのも気にかかった。
「……良いよ」
断る理由はなかった。私にとっては、願ったり叶ったりだった。
「ありがとう。実は、もうひとつお願いがあるんだけど……」
「何?」
「1週間後なんだけど、僕とのファーストダンスを踊ってくれないかな?」
もうひとつの願いも特に断る理由はないが、1週間後というのが引っかかった。
何があるのか、考えを巡らしてみる。それほど時間はかからず、答えは見つかった。
「――そうか、ルイスの誕生日か」
「覚えててくれたんだ、嬉しいな。それで……引き受けてくれる?」
「私の一存では……少し待ってくれないか? 父様に参加できるか訊いてくる」
行動が制限されている身では、気軽に承諾するわけにはいかなかった。護衛の調整も必要になってくる。
確か今日は、父は執務室に籠っているはずだった。
「それなら、もう承諾は得ている。招待状……」
懐から招待状を取り出して、差し出したルイスの表情は心なしか陰りを見せていた。私が受け取っても、あまり嬉しそうにはしていなかった。
招待状は2通あった。
「マリアル嬢も、宜しければいらしてください。アマレロ伯爵にも了承は得ています」
「ありがとうございます……」
マリアルは心許ない笑顔で招待状を受け取っていた。
ルイスとは全く接点がない――というのが理由のひとつだが、黒幕に狙われている私も参加する成人祝賀会に自分も参加すれば、身の危険が降りかかるかもしれない。警備への負担もかかり、迷惑がかかることも懸念しているのだろう。
でも、必要以上に心配する必要はなさそうだった。
「会場が――王国騎士団大広間!?」
招待状の中身を確認すると、会場はシーニー伯爵家ではなく、一際目立つように王国騎士団大広間と記載されていた。
「うちの領地は豪雨の被害が酷かったからね。復興で駆けずり回る方が優先だったから、舞踏会には参加できないし、大変だったんだよ。今も屋敷は修復中だから、騎士団に会場を借りることになったんだけど……」
ルイスは言葉を濁すと、口を閉じてしまった。どう話そうかと思案している表情をしていた。
「マリアル嬢の参加は自由だ。申し訳ないが、シュリアは強制参加してもらうことになる」
代わりに口火を切ったのはカイルだった。
「――囮ということか」
「護送に聖騎士6人が就くが、実質は様子見だ。今回は黒幕に動きがあるか確認する意味合いが強い」
私の呟きに、カイルが事務的に答えた。口調が硬い。それに愛想もない。
カイルは何を考えているのか、全く読み取れない。現れた時から、鉄仮面を被ったように無表情だった。完全に聖騎士モードに入ってしまっている。
ルイスの成人祝賀会は限られたごく一部の者しか招待されないらしい。純粋な招待ではなかったから、ルイスも躊躇いを見せていたのだろう。
騎士団内部で情報が漏洩するのか、探りを入れるようだ。
会場が騎士団内であれば、襲撃される確率も非常に低くなる。比較的安全な囮だといえるかもしれない。
派手な囮作戦ではないからか、父も渋々承諾したのだろう。ここ数日、父の機嫌が悪かったのも、その所為だったのかもしれない。
「護衛の関係上、申し訳ないが、マリアル嬢には今此処で返事をもらいたい――」
「お父様の了承を得ているようですので、参加します!」
マリアルは間髪入れずにカイルに返事した。
「了解した。君達の安全は我々が保証する――イアン、リューグ」
カイルは私とマリアルを視界に入れたまま、イアンとリューグを呼んだ。
「了解」
「報告に戻るよ。シュリア、またな!」
二人は身支度を整えると、そそくさと立ち去って行った。
「気を付けて!」
イアンとリューグを乗せた二つの黒い影が見えなくなるまで見送った。
その間中、カイルの視線を感じていた。肌がビリビリしていた。