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女の子、始めました!  作者: 結音透環子
本編 女の子、始めました!
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1.転身

 将来の夢は、お嫁さんだった。

 でも、それは叶わないと分かっていた。


 その理由は――わたしは男だから。


 叶うことなら、女の子に生まれたかった。

 そう強く願ったのは、父の妹――叔母の結婚式に出席した時だった。5歳になったばかりの頃。

 初めて参列した結婚式。王都自慢の薔薇庭園で行われた。


 ――お嫁さんになりたいな。


 叔母のウエディングドレス姿を見た瞬間、唐突に思った。自分も着てみたいと。

 頬を紅く染めて、はにかみながらお婿さんと誓いの口づけを交わす叔母はとても幸せそうだった。一段と綺麗だった。


「どうしたら、お嫁さんになれるの?」


 手を繋いでいた母を見上げて訊ねた。

 母は大きく目を見開いて、私を見下ろしていた。

 口をパクパクと動かしていたが、声を失ってしまったかのように言葉は出ていなかった。

 不思議で堪らなかった。何故、こんなにも驚くのだろうと。

 暫く沈黙した後、母は数回深呼吸し、乱れた呼吸を整えていた。

 落ち着きを取り戻したところで腰を落としてしゃがみ込み、私と目線を合わせた。


「シュリアンは、お嫁さんにはなれないの……なれるのは、お婿さんだから」


 そう言って私を見つめた母は憂いの表情を呈して、「ごめんね」と微かな声で私だけに聴こえるように囁いた。

 あの時の母の私への謝罪の言葉は、女の子に生んであげられなかったこと対する懺悔だったのだろうか。

 母の言葉で、私は自分が男に生まれたのだとはっきりと自覚した。

 周りを見渡すと、自分と同じ年代の幼子を見つけた。

 その幼子は淡いオレンジ色のフリルたっぷりの可愛らしいワンピースを着ていた。

 自分が今着ている服を改めて眺めてみると、全く違うことに気づいた。

 完全に異なるのは下半身。ズボンを履いていた。

 思い返してみると、スカートを履いた記憶がなかった。いつもズボンだった。

 でもそれは、男の子だから当たり前のこと。そう受け入れていた。


 ――やっぱり男の子だったんだ……。


 本当は女の子に生まれたかった、そのことに生まれて初めて気づいた。

 同時に男の子に生まれたことをはっきりと自覚した。男として生きていくしかないのだと諦めた。そうするしかなかった。母の哀しそうな顔をこれ以上見たくなかったから。

 だから、男として生きて行こうと決心した――はずだったのだが……。



 ◇◇◇



 ここ数日、カラーズ王国では大雨が続いていた。

 調査の結果、王都より南東部に位置するセピア遺跡にある魔法陣が原因だと判明した。

 昨日から豪雨に変わり、このままでは王国全土が冠水してしまうことになる。一刻の猶予も許されない状況に陥っていた。

 そこで、王国騎士団が問題解決に乗り出した。

 私――シュリアンも騎士団の一員として、セピア遺跡に向かった。


「此処は異常なさそうだ」


 同僚のカイルが言うように、この部屋には何もなかった。

 壁や天井、床に至るまで一面、クリーム色一色だった。

 念のため隅々まで調べたが、何も見つからなかった。


「隣の部屋に行くとしよう」

「そうだな」


 同意すると、カイルは入ってきた扉に向かって歩き始めた。

 私もカイルの後ろに続いた。

 部屋の丁度ど真ん中にカイルが足を踏み込んだ時、足元が光った。


「――危ないっ!」


 カイルを突き飛ばした。

 その直後、足元に魔法陣が浮かび上がった。

 解読すると、何かの呪いだいうことだけは理解できた。一部に呪の基本となる文様が描かれていた。

 範囲は半径1メートル程。


「シュリアン!?」


 私に突き飛ばされたカイルがこちらに向かってきたが、魔法陣の中には入ってこれなかった。結界で阻まれていた。

 カイルは剣や魔法で結界を破壊しようと試みるも、歯が立たなかった。剣は折れ、魔力も尽きたのが見て取れた。

 私も足掻いてみたが、無駄に終わった。愛剣はカイルを突き飛ばした時に手を離してしまった。少し離れた場所――結界の外側に落ちているのが見えた。

 魔法陣の影響か、魔法は一切使えなかった。成す術はない。

 せめてもの救いは、命を奪う呪いではないことだろうか。


「壊れろ! 壊れろっ!!」


 折れた剣を投げたカイルは両手で握り拳を作り、必死な形相で結界をがんがんと叩いていた。

 その拳は傷つき、血を流していた。


「カイル、せ。無駄だ。私なら大丈夫だ。命を奪う呪いではないから」

「嫌だ! 本当なら、俺が呪いを受けるはずだったん――だっ!?」


 魔法陣が眩く光った。目が痛くて開けていられない。

 それはカイルも同じだったのか、右腕で目を庇っていた。


「シュリアン!」


 視界が光で覆われ目を閉じた直後、私を呼ぶカイルの叫び声が聞こえた。




「――っ!」


 悲鳴を上げそうになり、咄嗟に右手で口を覆った。想像を絶する痛みが身体中を襲った。

 骨が軋む音が聞こえていたような気がする。身体の造りが替えられているような感覚といったらいいかもしれない。

 胸が熱い。苦しい。皮膚の内側に風船を入れられたような、圧迫されている感じがする。

 それよりも何よりも、下半身の激痛が酷い。身を引き千切られる……というよりは、凝縮しているという方が当て嵌まるかもしれない。狭いところに無理矢理押し込まれているような。

 僅かでも動こうとすると身体に激痛が走り、動くに動けない。

 歯を喰いしばる。悲鳴を上げた方が楽になるかもしれない。でも、一度でも声を出してしまえば止まらなくなりそうな気がして、耐えた。

 命の危険はないと判断したが、それは間違いだったかもしれない。痛みのショックであの世に逝ってしまいそうだ。

 もうこれ以上耐えるのは無理だ、そう思った途端、痛みが少しずつ和らいできた。


「ふぅ~」


 完全に痛みが引いた途端、安堵の溜息が口から零れてきた。


「シュリアン……だよな?」


 カイルの声だ。どこか困惑しているような声色だった。ゆっくりと目を開けると、カイルの姿が視界に入った。

 覆われていた光は完全に消えていた。

 カイルの金の瞳が物語っていたのは、不信だった。目の前の存在が信じられないような。

 カイルの瞳を窺ったが、視線は合わなかった。視線の先を辿ると、カイルが凝視していたのは――私の胸だった。

 ゆっくりと視線を下げると、見慣れないモノが目に入った。


「胸が……膨らんでいる?」


 濃紺の騎士服の上着がはち切れんばかりに膨らんだ胸が押し上げていた。首元の白いタイが頼りなさげに揺れていた。

 胸周りがかなり窮屈だ。大きく深呼吸したら、銀色のボタンが弾け飛んでいきそうだ。


「……柔らかい。でも、弾力もある」


 両手が自然と自分の胸へと伸ばしていた。思うままに胸を揉んでみた。

 触っている感触もある。どうやら、本物のようだ。結構、大きい。片手だけでは足りない。両手で覆うと丁度良さそうだ。

 カイルが顔を真っ赤に染めて凝視していることに気づかず、私は胸の大きさや感触を確かめていた。

 一通り自分の胸の感触を堪能した後、胸に添えた左手はそのままで、右手を恐る恐る下半身へと移した。


「――無い!?」


 生まれてから今日まで存在していた男の象徴は触れなかった。消えていた。下半身も本当に女性の身体になったのだろうか。

 知識としては知っているが、実際に確かめてみなければ分からない。服の上からでは、判断できそうにない。触れ難く、もどかしい。


「シュリアン、止めろ!」

「どこを触っている!?」

「こんなところで脱ぐな!」

「落ち着け!」


 ズボンに手に掛けたところで、駆けつけてきた騎士団の仲間が顔を真っ赤にしながら叫んでいた。


「私は落ち着いている」

「確かに冷静に見えるが……いや、落ち着いているなら、此処で服は脱がないでくれ。お願いだ」


 カイルが懇願する。その顔は深紅の髪を上回るくらいに真っ赤だった。


「何故だ?」

「何故って……」


 口ごもるカイルが未だに私の胸を直視していることに気づいた。漸く、彼が何を言いたいのか分かった。

 先程までは男性として生きてきた。騎士団では集団での湯浴みだったから、裸を晒すことに抵抗はなかった。

 でも今は、女性の身体だ。男性であっても、相応しい場所ともいえないが。

 確か――閨の教育では、女性は夫以外の男性には裸を見せてはいけないのだった。

 危なかった。念願の女性になったというのに、お嫁に行けなくなるところだった。

 これからは女性として生きていくのだから、気を付けなければならない。帰還したら、女性について詳しく学ぶことにしよう。

 今後の方向性が決まり安心したからか、気が抜けてしまったようだ。身体が造り替えられたことで負担が大きかったのもあるだろう。


「シュリアン!?」


 身体がふらついた。バランスが保てない。前方へと倒れていくが、地面に衝突することはないだろう。

 目の前にはカイルが居る。きっと、彼が助けてくれる。


「ありがとう、カイル」


 その通りに、カイルが私の身体を支えてくれていた。彼の右手が私の胸を鷲掴みしているとしても。

 偶然、なのだろう。あたふたしながら「ごめん」と謝っている彼を見れば分かる。

 ただ、慌て過ぎているからか、手に余計な力が加わり、その度に胸が変形している。

 痛みはないが、自分で揉む感触とは違い、奇妙な感じがする。

 でも、その奇妙な感じが『女性の身体になったんだ』と実感させてくれたような気がした。

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