母親
収穫祭が無事終わった、その翌日
―――お昼前。
村人たちは全員、広場の片付けやら冬への準備やらに奔走している。
…そんな中で、僕は未だに出かけられずに自分の家にいた。
客人がいるのだ。
朝から突然押しかけてきて、今も食卓の椅子に腰かけている客人。
彼はずっと話をしている。
対面に座る僕の母をなんとか説得しようとしているのだ。
しかし母さんは頷かない。それどころか怒りに満ちた目で客人を睨みつけている。
かれこれ20分はこの調子である。
突然、母さんが立ち上がった。
「いきなりやってきて何をおっしゃっているのですか貴方は!」
恐ろしい程の激昂だ。その剣幕に仰天した客人…タガバネ(例によって勧誘の仕方が微妙な魔術師)…は後ずさった…椅子ごと。
母さんは厳しくさらに言い募った。
「国は勝手なことをおっしゃるのね!
魔術師になれば、褒賞が出るですって?
そんな息子を売り飛ばすような真似、できるもんですか!」
ひと息に捲し立てられて、タカバネはやや蒼褪めていた。
当の「息子」本人すら…血の気が引いた。この時心底母が怖いと思った。
今まで母がこれ程誰かに怒鳴る姿など見たこともなかった…。
――息子さんを魔術師にします。つきましてはお覚悟を。
開口一番にタカバネからそんなことを聞かされた母さんは、まず押し黙った。
そしてひとこと、
「お帰り下さい」
母さんは無表情だった。
僕は面食らった。意外だった。
…ここまで強く反対されるとは、思ってもみなかった。
タカバネの説明は、昨日僕に話した裏事情を除いていたが、決しておかしな内容ではない。ただ、母さんからすれば、国のやりようは理不尽に映ったのだろう。
彼女は僕と違って、納得しなかった。
当事者であるはずの僕は茫然としていた。
口を挟めない。
まるで他人事のように2人の話を聞いていた。
ボンヤリと、どうしたらよいのだろう、と思った矢先。
タカバネがいきなり椅子を滑り落ちた。
そして、土下座。
僕はぽかんとした。母さんも一瞬怒りを忘れたのかキョトンとなった―――
「お願いです。息子さんを我々国立魔術師ギルドに渡してください!」
叫ぶように言ったタカバネ。
一瞬、部屋がしんと静まった。
母さんが、ストッと、力が抜けたように椅子に座った。
「…どうぞ、それはやめて。椅子に、お座りくださいタカバネさん」
「………………」
「ごめんなさいね。私も怒鳴ってしまって」
しばらくして、落ち着いた様子の母に、タカバネが穏やかな眼を向けた。
「息子さんを、本当に愛されているんですね」
どこか、羨ましそうな眼差しだった。僕は瞠目してそんな彼を見ていた。
「今回の勧誘は、息子さんのためでもあるのです。……お母様、これは、国家機密なのですが、この際お話し致しますのでお聞きください」
淡々と、昨日と同じように裏事情を語るタカバネの表情は、どこか優しげだと、僕は思った。
「それに、ですね。息子さんは普通じゃない。気付いていらっしゃるでしょう、
賢すぎますよこの子は。失礼ながら、最初、子供の姿をした魔物なのではないかと思いました」
本人を前にひどいこと言うなこの人。ギョッとタカバネを見ると、いつものひょうきんな笑顔であった。
母さんは怒るでもなく苦笑して、
「そうね。取り替えっ子ってご存知?この子、3歳の時、急に中身が入れ替わったんじゃないかってくらい、大人しくなっちゃって。それからずっと、こんな感じ」
「えっ」
「とにかく、夫が帰るまで返事は待ってください」
「分かりました。私への連絡方法は息子さんに教えてありますし、何かあればガスパロ一座の天幕に居ますから」
呆気にとられた僕が蚊帳の外にいるまま、話はそこからトントン拍子に終わってしまった。
各話の長さがバラバラですみません…。