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荒野の魔術師  作者: イルカ
7/12

魔術師の現状

  飲めや食えや、歌えや踊れ!


 収穫祭の"夜の出し物"であるふたつの劇が終わったあと、広場はあっという間に宴会場に変わり、騒然となっていた。

 これぞまさしくお祭り騒ぎ。


 今回の劇は過去最高に出来が良い!

 凄まじい迫力だった!

  だの、

 あの魔術にゃ驚いたなぁ。

 あんなの、久しぶりに見たわ。

  だの、

 カタリナさんとっても綺麗だったな!

 おいおめぇ抜け駆けすんなよ


 おいそこのバカども!わしの娘に手を出したら承知せんぞ

 暇ならこれを手伝え。働かんやつに到底 娘はやれんわ


  だの…と劇(と、その踊り手)の評判も上々。


 上機嫌で酒盛りをする者たちをよそに、〝出し物"の後片付けをする裏方組は、せっせと舞台装置を屋根の下へと運び込む。毎年大切に使う物なので、雨に降られたら困るのだ。


「つっかれたーぁ!今 片付けられるもんこれで全部だよな」


 ビルが腰を反らして呻いた。

 他の出し物係たちも皆似たり寄ったりな疲労具合である。


 よし、と出し物を取り仕切っていた村長が頷いた。


「ひとまずこれで良かろう。残りは明日片付けるしかない」


 なんと村長、今日の花形(娘さんのカタリナ)に近付こうとする男達にも、強引に仕事を押し付けた。…のだが、人手がいくらあろうと大変な作業であった。


「…皆、ごくろう!解散だ。いささか遅くなったが、おまえたちも広場で酒と馳走を楽しんでくれ!」


「やっと解放されたぁ!」

「お疲れビル。僕らもまざろう」

「ひゃっほう!まだまだ俺は食えるぜ!」


 ビルはえらく元気だ。むしろテンションがおかしい。僕はもう疲れて眠いのだが。普段の村の生活でこんな時間まで起きることはそうそうない。


 前世ではよく夜更かししたものだけれども。懐かしい。電気があったから徹夜し放題だった…。

 しかし、前世と比べ、今世の明りは貴重だ。

 周囲に煌々と篝火を焚き、料理の隙間に蝋燭をたくさん並べたテーブルを囲んで。闇夜の下にゆらゆらと揺れる光源がぼんやり皆の顔を照らしている。風情があって綺麗だが、今日しかできない贅沢である。


 ふと思った。

これを魔術で再現したら?蝋燭よりは安くないだろうか?

 とてもくだらないことを思い付いた僕は、

わざわざ、お酒をちびちび飲んでいる魔術師タカバネに聞きにいった。彼はてっきり人だかりに囲まれているものと思いきや、いつの間にかこっそり抜け出してひとり料理を食べていた。


「そりゃ3つ4つは簡単だがね…。これだけの灯りを付けろと言われると…」

「難しいんですか?」

「いんや。疲れる。…途中でアホらしくなるぜ、実際やるなら」


 木製のフォークでサラダをつっつきながら呆れたように答えるタカバネ。


「……。魔術って、そんなに疲れるものなんですか」

「そりゃもう。特に脳みそあたりが」


 フォークで今度はおでこをつつく。


「脳疲労?……」


 そう言う割に劇の後のタカバネは、あまり疲れた様子に見えなかったのだが…


 熟練しているから?もしくは、表に出さないだけかも。


 それにしても、タカバネは劇での魔術による協力のあと、そのまま後片付けまでも手伝ってくれたのだ。はじめの印象が "迷惑な人"…だったのだが、なんか、良い人だな、と思った。


 

 フォークを皿に置いて、タカバネが少し、背筋を伸ばした。


「ところで、魔術師になる件、考えてくれたか?」


 僕とタカバネはふたり、人々の輪から少し離れて話していた。

 ドンチャン騒ぎを横目で眺めながら、タカバネがやや真面目な表情で、ゆっくりと切り出した。


「そういや、悪かったな。魔術師になる覚悟決めろって言っときながら、何の詳細も伝えてなくて。

慌てて、説明もせずに君を結界から出しちゃったからな」 


「…その前に、ひとつ疑問なんですけど。

 なんで脅したんです?と言いうか、魔術師になることを国が強制しているとしても、他に、例えば魔術師になった時の利点を売り込むとか」


 タカバネがウっと詰まった。

「いやあれは本当にすまん。俺も大分焦ってて。本来もっと説明してから説得しようと思ってたんだけど。……でも君、別にもう怒っちゃいないんだろ」


「はい」


「あと、あの時すでに事情を呑み込んでいるように見えたんだが…気のせいではなく」


「…………。でも僕の勝手な推測だから正しくないので。詳しく聞いておきたいのです」


 断るにしろ、受けるにしろ、この勧誘話の裏にある事情を知っていなければならない。今後のために。するとタカバネは目を閉じてふと息を吐いた。


「しっかりしてるこって。事情はこうさ。近年、魔術師になれるだけの力を持つ人材が急激に減少しつつある。問題なのは、このままいけば今まで受け継がれて来た技術が失われてしまうということ」

 

 魔術師は淡々とした口調で語り始めた。


「そしてこれはこの国だけの問題ではない。

この辺り一帯の国すべてで起きていることだ。


この国では3年ほど前から言われてきたことなんだが…

 これが異常事態なのか、それとも自然な流れなのか――――とにかくまだ各国とも調査中で、原因は掴めていないようだ」

 表向きは。とタカバネは小さく付け加える。


「だから今のところどこの国も躍起になって魔術師とその卵を集めている。 

 それはもちろん、うちの国も。

 国は結構焦っているんだ。小さな国だから。

 その結果が、俺ら魔術師ギルドへの無茶振りだ。構成員の魔術師には、"見える"やつを見つけ次第報告・勧誘するノルマが義務付けられた。これが2年前の話さ。これが俺が君をどうしても魔術師―-―正確に言うと、国立魔術師ギルドに勧誘したい理由だ。


これが昼間、俺が説明するはずだった内容。OK?」


 僕は頷いた。

「魔術が廃れることを危惧していると?」

「そう」

 それだけにしちゃ慌てすぎだろう。


「まあ、表向きの理由だけどね」


 すると、タカバネがバッサリ言い切ったので拍子抜けした。


「で、ここからは裏の事情なんだが。

 今、この国は平和だ。北とも西とも条約を結んでいる。

 しかしだからと言って――戦争に備えない訳にもいかない」


 戦争。そんなこったろうとは思っていた。でも、子供にこんなことまで話すとは…。


「子供に何を話してるんだって思うだろうが…。君普通じゃないし。

 君はこの辺も理解してそうだから話しておく。


 魔術師は、戦時においては、切り札となり得る存在だ。

 どこの国も表立っては魔術の技術の保護のため、と嘯いているが。

 結局のところ戦争になった時のため、今のうちに魔術師を確保しておきたいのさ。

 だから、そのために、お互いにこっそりと・・・・・、対策を講じている。


 国が焦るのも、ただでさえ貴重な戦力を他所に取られたくないからだ」


 戦争の影響が大きいのはどこの世界も同じか。予想通りだが、虚しい。目の前の魔術師も戦争に駆り出される運命を思ってか、暗い表情だ。


「それで見付けしだいとにかく確保しろ…という………。

 ………実際断った場合どうなるんです?何か罰則ペナルティでも?」


「いんや。さすがにそこまでは。

 少なくとも、表立っては罰則を与えたりしない。今のところはね。

 今は国家間でお互い、知らない振り・・・・・・をしているから。

 機密を漏らしたくないお偉方の判断により、しばらくは強引な手は使われない」


 時間の問題だということか。


「それでも、国家から首輪がつけられる。国家魔術師ギルドに入るかどうかはともかく、君のような子は見付けた時点でギルドに登録されるんだ」


ひやりとした。登録して、国が見張るということだろうか。


「だから、今後も国からの干渉があるよ…死ぬまでね」


淡々と続けられた言葉。


ここで断っても国からは逃げられないのかと、

じわじわと背筋が裏寒くなる。戦争ともなれば、問答無用で徴兵されそうだ。


「それと」とタカバネがさらりと加えた理由。


「危険なのは、他国も必死だという点。それに賊も。魔術師は狙われる。魔術師はまだ自衛できるからましだけど、見る力があるだけで何も知らない子供は危ない。人拐いに合うか、最悪殺されるか」


ゾッとするような理由だった。

 彼の声音はやはり淡々としていたが、それが逆に恐ろしい。

 不安と静かな恐怖が、胸の底から這い上がってきた。

 僕だけならともかく、家族と村の人々を巻き込むかもしれない。

 


「君のことはまだ報告していない。

 でも、例え俺が報告しなくても、遅かれ早かれ見つかると思うよ。国か、それ以外にかは…」

不安が僕の顔に出ていたのか、なんだかタカバネが気まずそうな顔をした。

そして、つぃと、夜空を見上げた。

見えない闇の先を見透かそうとするような、遠い目だ。


「まあ、今のところはまだこんな効率の悪いやり方だが。これから国と魔術師ギルドの方針は厳しくなって、もっと効率的な見付け方に切り替わるだろう。そして、より強制的になると俺は見ている」


 その時後悔するよりは…今の内に素直に魔術師になったほうが良い。とタカバネは主張したいのだろう。


「納得いったかい?」


 僕は頷く。嫌と言うほど分かった。


「………魔術師になるとして、僕はどうすればいいんですか」


「魔術師になるにあたって、まず、君には村を出てもらうことになる。そして王都に行って、ギルドに登録してもらう。俺は報告も兼ねて、ギルドまで君を送る。だがそこからは師匠を紹介するから従ってくれ」


 その後も細かい話をして、タカバネは安心したように笑った。

「話を聞いてくれてありがとう」


「まだ、両親に話してみないと何とも言えませんけど」


「うわあ、手強そうだ」


「それよりタカバネさん、ご馳走なくなりますよ。早く戻りましょう」


「結構話し込んじまったな。君の友達さっきから君を探してるんじゃないかな」


 夜空に輝く星たちの、眠たげな瞬きが村を見下ろす。

 収穫祭は今年も終わった。

 けれど今しばらくは、賑やかな笑い声が空にこだますのだった…










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