収穫祭の夜
篝火の照らす、収穫祭の夜。
夜には、一部の屋台を押し退けて、広場の中央に簡易の舞台が設けられる。
舞台は円状で、その周囲をぐるりと篝火が囲む。
そして舞台の真ん中には細い台が置かれ、今年一番大きいヨゥクの実を供える。ヨゥクは前世のカボチャくらいの大きさだ。
「今年のヨゥクの実はみんな良い出来だな。
一番を取ったジョーとこのヨゥクも去年のより大きいし」
「ああ、豊作だ。ありがたいこって。他の作物も出来が良い。今年の冬はひとまず安心だろうさ」
夜もふけると、人々は舞台の周りに集まり出す。
収穫祭の最後は夜の出し物で締める。
豊作の神にささげる、今日一番の見世物だ。
毎年同じ、2つの劇をする。
ひとつめの演目は<豊作願い>。
内容は分かりやすく、豊作の神への感謝と次の豊作を祈るものだ。
中央に供えられたヨゥクの実を囲むように、ちょっとしたストーリーを展開させながら数人が踊る。少し、前世の神楽と似ている。
なぜ野菜が舞台の中心にでん、と座すのかというと。
この辺りには「良く熟れたヨゥクの実には豊作の神が宿る」という言葉があり、収穫祭の目玉もヨゥクの実だからだ。
舞台のヨゥクの実を神に見立てるのだろう。
僕は毎年ふと疑問に思うのだが、ひとつの野菜を皆で崇め奉るような動きのこの舞、傍目にはちょっと妙な光景ではないだろうか。
日本じゃ"鰯の頭も信心から"でも、ここは違うし。
昔、母さんに聞いてみたことがある。
「皆で一生懸命お祈りするのって、ヨゥクの実が神様だから?」
母さんは吹き出した。
「そ、そんなことないでしょう。あんたはそう思うの?」
もちろん冗談だ。
「変なこと言うのねぇ。あれはお供え物なの。皆、本当は空にいらっしゃる神様に向かってお祈りしてるのよ」
実際に神が宿るかどうかは別として、単に供物として供えられているのだろう。
でもあの舞台を見るたびにヨゥクの実にお祈りしているように見えるから、ちょっと面白い風習だ。
僕は夜の出し物の助っ人として呼ばれていたので、夕方、姉さんたちとすぐにまた別れ、屋台の撤去やら、舞台の設置やらをやっていた。
僕はヨゥクの実を置く台と格闘していた。この台は細くて高いから、しっかり舞台に固定しないと倒れてしまう。
毎年のことだけど、この舞台の設置はとても大掛かり。なのに当日するから大変だ。よって出し物の担当はいつも人手が足りない。
「そういや、今年の"春の乙女"は誰なんだ?」
僕の近くで舞台を補強していたビルが聞いた。屋台でも出会った彼だが、同じく臨時の助っ人として呼ばれていた。
「あれ知らなかった?ええと、村長のところのカタリナさん」
「あ、やっぱりか。あの人飛び抜けて美人だもんなぁ」
"春の乙女"はふたつめの劇<厄払い>の重要な役で、毎年18になる娘からひとり綺麗所が選ばれる。
ひとりで延々と踊る場面があって、何週間も練習するけっこうな大役だ。
「きっと衣装も映えるだろうね。あ。ビルって昔、カタリナさんのこと好きじゃなかったっけ?」
僕はにやりとした。
「楽しみだねー」
ビルは憤慨した。
「年上をあんまからかうなよ!てかそんな前のこと何で知ってんだ。それ俺がまだおまえより小さい頃の話じゃん」
「姉さんに聞いた」
当時の僕の目から見てて分かったことだけど。
ビルは今年13歳で僕の3つ上。歳はやや離れているが、わりと仲の良い友人だ。
「ていうか、今は誰が好きなのさ」
「なんでそんなこと言わなきゃなんねーんだ…」
そうこうしているうちに舞台が出来あがった。
僕らにはこのあとも本番で黒子としての手伝いがある。
そこで、僕らは舞台脇の裏方用の天幕に入り、つかの間の休憩をした。
裏方組には楽士達もいて、舞台の脇で劇に会わせて曲を演奏する。演奏は、旅芸人の一座の楽士にお願いするのがこの辺りの恒例だ。
この村は毎年、馴染みのガスパロ一座が来てくれる。
楽器も貴重なこの時代、どこの村でも旅芸人はお祭りに引っ張りだこだ。方々(ほうぼう)旅しているから、情報屋みたいな役割もあって歓迎されるのが普通。
僕らの村も、毎年訪れる彼らを楽しみにしている。僕ら子供は昔から話を聞きに行ったりして、彼らとも仲が良い。
天幕には、そんなガスパロ一座の姿もあった。
「こんばんはマレーナ!久しぶり」
「あら、ロアートにビル! 一年ぶりね。
今年はあんたたちが裏方手伝いに来てたのね!二人とも元気そうで良かったわ」
「マレーナもね!」
天幕を開けると輝くような笑顔で振り向いた女の子。踊り子のマレーナ。活発で明るく、瞳の大きい娘だ。長い栗毛を一つに束ねている。
僕らと年が近いので、毎年村に来ると必ず一緒に遊んでいた。
天幕の中は他にも見知った顔ばかりだ。一座の面々である。
「おお、ロアートとビルか。元気そうだな」
「お久しぶりです。ガスパロさん、ニコレッタさん」
「皆さんもお元気そうで何よりです」
「まあ2人とも大きくなっちゃって。一年も見ないと男子は成長するわねぇ!マレーナったら寂しがって早く村の皆に会いたいってうるさくてね!」
「恋しい人に会いたいってね!」
「姉さん!変なこと言わないでよ」
久しぶりに会って友好を暖める天幕の中は、かしましいことこの上ない。
僕とビルは懐かしい面々に挨拶しながら天幕の御座に座った。
すると、隅の方に見慣れぬ人物がいる。一座の面子ではない。フードを被っている上に、背を向けているから顔は見えないが。
一座の横笛担当のスコットと、何やら話し込んでいる。
「ああ、あそこでスコットと打ち合わせしてる人ね!」
僕の視線に気付いたのか、マレーナがにこりと笑った。
「数月か前、カンタラの町で知り合った人でね。お互い都合が良いからって、しばらく一緒に旅することになったの。彼、魔術師なのよ」
「魔術師?」
ビルが驚いた顔で言った。
「珍しいな。一座にとっちゃめっけもんじゃん」
「そうなの。私たちの見世物も魔術で手伝ってくれるんだけど、あの人とても上手くて。すごく華やかになるの。ずっと居てほしいくらいよ」
魔術師が旅芸人の一座に加わったり、臨時で興行したりすることは良くある。
魔術師は彼らにとって大歓迎だろう。
魔術師が即席で虹を作り出したり、花を降らせたり…そういったちょっとした幻の術だけでも、文字通り"魔法のような"演出が出来るからだ。
それこそ都会の大きな劇団となると、必ずお抱え魔術師が居るらしい。
「魔術師か。こんな田舎にゃなかなか来ないからなぁ。昔一度だけ会ったことあるっけ」
「なんでも国立魔術師ギルドに属してるって言ってたわ」
「ええ?そりゃ凄い人じゃんか。なんでこんな地方にいるんだろ」
ビルが目を丸くした。
「物売りをしてあちこち回ってるんだって」
そこに、僕たちの会話を聞いていたロロナが加わった。一座の二人目の踊り子。おっとりしていておおらか、皆の姉貴分的な存在だ。
「魔術師っていったら、昔はこの辺りの田舎では滅多に会わなかったもんだけれど。ここ数年でちらほら見かけるようになったわねぇ。
皆地方に用事でもあるのかしら」
「彼は弟子を探してる、みたいなこと言ってたけど」
マレーナがくりくりとした目を動かして天幕の奥の魔術師を見た。
「弟子?」
話題の当人はまだスコットと話し込んでいる。
と、話が終わったのか、スコットがよっこらと立ち上がった。フードの彼も立ち上がった。
「あ、タカバネさん!こっち来て、今日の裏方紹介するわ」
マレーナがすかさず声をかけて振り向いた人物。
「あ、やっぱり」
昼間の魔術師だった。片耳の妙な飾りが印象的な青年だ。
こちらを見た青年は驚いた顔をしている。
「おや―」しかし、すぐに彼は笑顔になるなりのたまった。
「君、もう覚悟決まったのか!早いな」
唐突に何言うんだろうこの人は。つい身構える。
「…違います!…まだです…っていうか、何一つ具体的な話を聞かずには決めれません…。どういう勘違いなのかよく分かりませんけど、ここに来たのは祭りの手伝いです」
驚いて、思わずしかめ面で返してしまった。
「え」
と唸り、何かに気付いたのか、はっとしたように周りを見渡した。青年が、あ、間違えた、と呟いた。
「…すまない。指輪で呼ばれたんかと…。俺としたことが一瞬錯覚しちまった…」
指輪――昼間彼の屋台でもらった黒い指輪のことか。
確かに昼間、僕が魔術師になると決めたなら「タガバネ」の名を呼べ、と言われたが。でも考えりゃこの選択肢、猶予があるだけでイエスしかないような。タガバネのあの脅迫まがいの強引な勧誘も国立魔術師ギルドが後ろにいる訳で、断れば今後どうなるのやら
――と考えが巡ったことで。
僕のしかめ面はさらに険しくなった。
「いや、偶然すぐにまた会うとはね。驚いた…」
「僕も、突然そんなこと言われるもんでビックリです」
僕は身構えたまま睨んだ。
「え、そんな睨むなって。別に何もしないよ。あ、それより後ろの…」
「あれ、うん?知り合い?いきなりどうしたの」
隣でマレーナたちが面食らっていた。
「あ、ああうん。昼間の祭りで出会ったんだけど、その時ちょっと話がこじれちゃって」
つい、周りを完全にほっぽりだしていた。
挨拶も抜きに、突然周囲を無視した応酬を始めるから、何事かと思ったに違いない。
「なんかえらい喧嘩腰だけどおまえなんかされたの?」
ビルは怪訝そうだ。僕の態度にだろうか。
「まあ、祭りで人が増えてもここは小さな村だから、同じ人と偶然何度も会うことも珍しくないわよね」
のんびりとロロナが言った。
「あ、すみません勝手にいきなり喧嘩はじめて…」
「喧嘩ってほどでもないけどね…。とにかく、知り合いなのねおふたりさん」
「いや、申し訳ない」
タカバネが気まずげな顔をした。そりゃいい大人が顔会わせで突然変なことを言い出したんだからな…
彼はビルと僕に向き直り、にこりと笑った。
「改めてよろしく、魔術師のタカバネという。今日は、舞台を盛り上げるから、君らにも手伝ってもらいたいと思ってたんだ」
「俺はビルといいます。こちらこそ、うちの祭りのためにありがとうございます」
「いんや仕事だしねこれも。よろしく」
タカバネは僕らの近くに座った。
「それに、この村の<厄払い>は良く出来てるらしいから、ぜひ生で見たい」
「そうなんですか?至って普通の劇ですけど…」
意外そうにビルが目を瞬いた。
「この土地を"見れ"ば分かる。<厄払い>ってのはその土地の気の流れを良くするためのいわば一種の"儀式"だ。正しくやれば、きちんと土地が元気になる」
タカバネはついっと目線を上げて、頷いた。天幕越しに外を見ているような視線だ。
「この土地はとても気の流れが良い。自然も豊かだし、人も穏やかだ。北にあるけど比較的住みやすい良い土地だ。畑も元気だし。今年も豊作だったろ」
「確かにそういう効果のためにやるんだと聞かされてます」
「この村の<厄払い>はそんなに効果があるんですか?」
彼には、この土地の気の流れのようなものが"見え"ているのだろうか。気になった。
「そう。確かにすぐに違いがわかるようなものじゃないし、気休め程度の儀式だけど。毎年こつこつ積み重ねればね。
劇は劇でも、<厄払い>は"儀式"をやり易いように劇にして先祖が伝えたものだから、実際に正しく演じれば効果抜群さ。君らの村は伝統を大切にしてるんだな」
「へぇぇ」
素直に感心するマレーナ。ビルも驚いている。
「何となく意味があるのは分かってたけど、そんな重要な儀式だったのか、この劇。全然知らないでやってたぞ、俺たち」ちょっと不安げに言った。「知らないからってあとから廃れたりしないよな」
「いんや、大丈夫。君らの村長なら絶対知っていると思うぞ。あそこはご先祖に魔術師がいるようだし。
こういった土地の儀式を取り仕切る役目の村長の家には、代々必要な魔術の知識も受け継がれているはずだからね。この村はしっかりしてる方。大丈夫」
「へぇ!そうなのか…」
「というか、さすがというか、魔術師さんってやっぱり物知りだわねぇ!」
驚きの事実だ。この村の祭りの本質を、タカバネという魔術師は語ったのだった。魔術の知識を通して。
魔術というのは、普段は触れない法則だ、でも実はとても普段の暮らしに影響していたようだ。
魔術師が希少な分、国で扱うような新しい魔術の知識は田舎には未だあまり広まっていない。
しかし既に土地に根付いた魔術はある。恐らくその昔、この土地を拓いた人々の用いた知恵だろう。
こうしてしばらく僕らとタガバネは、本番までの打ち合わせと、みんな興味津々、主に魔術についての雑談をした。