強引な勧誘
皆で露店を冷やかしつつ広場をぐるりとまわる。
村の知り合い連中の屋台には顔を出す。
行商人の屋台だろうか、綺麗な宝石やら装飾品やら、はたまた村では普段御目にかかれないような、珍しい品も見る。
広場の隅の方へ行けば、そこはかとなく怪しい商品を売る店も見かける。
屋台だけでなく、旅芸人たちがそこかしこで見世物をして、観客をわっと湧かせていた。
彼らの威勢の良い呼び声が飛び交い、広場の喧騒は日が落ちてからも全く収まらない。
目の回るような大騒ぎのなか、ふと目に留まる店があった。
別段、おかしな店ではない。
ここに来るまでにも見かけたような、普通の装飾品を売っているようだ。
だが、奇妙なことに、その屋台の前だけ人が避けるように、ぽっかりと空いている。
まるで店が存在していないかのような、自然な流れで、人々は店の前を素通りしていくのだ。
「何もないところ見つめちゃってどうしたの、ロアート」
「……………………いや、猫がいたってだけ」
「そう?あ、わたし焼菓子買ってくるから、そこで待ってて」
姉さんは隣の屋台に並んだ。
不思議なことに、この謎の屋台、どうも姉さんには見えていないようだ。他の通りすぎる人にも見えないのだろうか。
何か仕掛けがあるのだろうか、魔術のような。
店主と眼が合った。
「君、見えるんなら、突っ立ってないでいらっしゃいよ」
僕はふいを突かれて後ずさった。
「おいおい、逃げないで。怪しい店じゃない大丈夫。結界はってるだけだから」
結界だって?それよりも声をかけられたことに吃驚だ。
「ただの冷やかしはお呼びじゃないのかと思いまして」
店主がすいと眉をあげた。若い男だ。片耳に妙な耳飾りをしている。
「いんや、この屋台が見える客なら冷やかしでも歓迎さ」
どうも、結界は人避けじゃなくて"ふるい"だったらしい。
「お兄さん、魔術師なんですか?なら、商品の飾りは呪具?」
「そう、その通り」
店主はニイッと笑った。
「面白いね君。賢い子供は特に歓迎だ。ほらほら、遠慮しないで見ていきな」
パタパタと忙しなく手招きして、さらに笑む。なんだかひどく嬉しそうに見える。
「いや、なかなか今年は"見える"客が少なくてね。収穫がなくて、上にどやされるとこだった」
店主の青年がほっとしたように嘆息する。
「最近ろくに"力"のあるやつがいなくてな」
「は、はあ」
あまりにも露骨に客がきて喜んでいるので、結界はらなきゃ良いんじゃ、と思う。
「力って、魔力…のことですか?」
店主は怪訝な顔をした。
「魔力?なんだそりゃ。 いんや、"見る"能力さ」
この世界には魔力という概念がない?
「見る?」
「この屋台に結界を張ってあると言っただろ?
まやかしを見せてるんだが、"見える"やつには正しく見える。それが"見る"能力。見る力は魔術師の基本中の基本だ」
へえ、魔術の素養を持つ者以外をふるい落とす結界か。
「なぜそこまで?」
「力がないやつに渡しても、魔術の商品は使えないガラクタ。
あと、危ない。
ってことで、魔術師の客を判別するために、俺のような呪具売りはこういった類いの結界を張るのさ」
「なるほど。でも僕は魔術師じゃ」
「素質がある」
店主はやけにキッパリ言った。
「鍛えてもいないのに、そこまではっきり"見える"んだから、将来有望さ。
それに頭が良いようだし頭脳労働の魔術師には向いてるよ」
まるで僕が将来、必ず魔術師になると言わんばかりの力強い口調だ。
「いやね、ほんと今年は収穫が少なくて」
さっきも言っていたが、収穫とは何だろう。
「魔術師の客を見分けるためと言ったが、もうひとつ重要な目的がね。
魔術師相手の商売だけじゃなくて、その卵を見付けるために、この屋台をやってんのさ」
卵の収穫って。しかし喜ぶ訳はわかった。
「一年中、祭りやら市場やら、潜り込めそうな場所があればちょくちょくこうやって店を出して、
力のありそうな子供を見付けては、魔術師の師匠に推薦する。
それが俺ら下端の仕事なんだ」
「いったいなんのお仕事されてるんです?」
「国立魔術師ギルドさ」
「え!それって、国唯一の公認魔術師組織!かなり大きな所じゃないですか…」
「まあね。
だけど新人集めがこのところ大変で、手の空いている奴はみんな駆り出されてる。
もちろん10人に1人いるかっていうレアな人間見付けるためだけに方々旅するなんてアホらしい。
大概のやつが商売の片手間に探してるけどな 」
なんでそんなに国ぐるみで新人集めに必死なんだろう。
「そこまで魔術師は成り手が少ないんですか?」
「"見る"力を持つ人材が、年々が減ってきている。よって魔術師は今後衰退する一方…と、いうのがギルドのお偉方の見解だ。
実際、各地で活動する俺たちも、感じていることだ。客が少ない、てね」
「それでやっきになって人集めてるんですね」
「そういうこと。いやはや理解が早い。にしても君は幾つだ?」
「……10歳です」
「そうは思えないな。ほんとか?」
真顔で問い返された。
僕はつい素を出してしまったことを後悔した。10歳児の演技を忘れていた。村の皆はもう驚かないから油断していた…。
店主の青年はちょっとしかめてみせた僕の表情を眺めつつ、ブツブツと呟く。
「こんな田舎でこんな頭回って教養あるガキ見たことねーよ。あ、もしかしてお忍びか…?…俺実は今やばい…?」
「僕は貴族ではありませんからご安心を」
「そうだよな…。こんなところに貴族がいるもんか。どう見たって君は村人だよな…」
彼は一瞬うつむいたが、すぐに顔を上げた。
「ま、違和感はあるけど無害だから、よし」
非常に面倒臭げな顔だ。考えるのは放棄した、と書いてある。
「あれ、もしかして今までの会話、面接ですか?」
「おや、ご名答。やはり賢い」
彼はふたたびニヤリと笑った。
ところが、だ。その後に続いた声は硬く強張っていた。
「向いている。君、魔術師になりな」
唐突な声音の厳しさに、僕は一瞬固まった。
いや、青年は相変わらず笑顔である。しかし眼が笑っていないーーさっきまでのおちゃらけた雰囲気はどこぞへ消えた。
「腕の良い師匠を紹介するから」
冷たくはないが、何処までも真剣な声に戸惑った。
「そんな…強制みたいな言い方ですね。そこまで人手不足なんですか……?
急に言われてすぐ決めれるものでも……しかもそんな国がらみの話聞いちゃったし。
断れ…ないんですかこれ。ここどこです?結界ってこんな変な」
ふと周囲を見渡せば、妙に静かなことに気が付いた。お祭り騒ぎの只中にいるはずなのに。結界の内側には音が届かない、訳ではない。さっきまでは、確かに聞こえていた。
いつの間にか、屋台と僕は広場ではない、どこか別の場所にいた。なぜか見渡すまで気付かなかったのだ。
周りが草原らしいことに。
草原だと分かるが、焦点がぼやけた映像のような、くっきりしない違和感がある。結界の内側は、いったい何がどうなっているのか。下手に逃げ出そうとすると、迷子になるのだろうか。
「そうさ、ご明察。気付いたようだから言うけど、結界の中ってのは異空間でね。結界の出入りには俺の許可が要る。
頷くまで君は出れない。諦めてくれ」
青年が硬い声で言った。
「悪いけど、これもギルドーー国の方針なんだ」
「……ただでさえ少ない魔術師の卵を他国に逃がさないための?」
青年は目を丸くした。
「…そうだ。特に君みたいな、他国に取られでもしたら、厄介そうな若手はね」
「そんな横暴な。第一、国がこんなことをして良いとも思わない…」
「そりゃあ、そうだよな……」
青年の凍りついた笑顔から力が抜けた。
苦いような、情けないような表情になった。いささか間抜けで
元のおちゃらけた雰囲気が戻った。
あっという間に真剣な空気が瓦解した。
「すまん。でもやっと見付けた有望株…君を逃がせば俺の首が飛ぷんだよなぁ」
「いや知りませんそんなこと。だからってこれはない」
「え!冷たくない?」
知るか!と僕は呆れ返った。
ふと、あることに気が付いた。異空間と彼は言った。しかし、じっくり見渡すと、何故か、草原が良く見えるようになった。
いや、この草原は、見覚えがある。
そう、良く良く、見れば。思い出した。
「それに閉じ込めたっていっても、この草原村の近所じゃないですか。僕は歩いて帰ります」
「え?!」
突然、青年は面食らった顔をした…
「なんでそこまで見破っちゃってんだよ、おい。なおさら逃がしちゃ不味い人材じゃないかよ」
なぜかさらに勝手に焦りだした。
「なあ、君、よく考えてくれ。国立ギルドなんだから、悪いようにはならないんだぞ。むしろ一般よりよっほど充実した人生を送れることを保証する」
今度は説得し出した青年はいまや必死だった。額に汗が浮かんでいる。
「…て言われてもなぁ。魔術師なんて胡散臭いし」
「胡散臭い?一応魔術師はエリートなんだが…」青年はショックを受けた顔をした。
「だって、こんな犯罪一歩手前なことをしているようじゃ…」
青年は押し黙った。僕は嘆息した。
「少し、考えさせてください」
「……分かったよ。考えてくれるだけでもましだ。
脅そうにも結界のまやかしは全く効かないようだし。
それにこれ以上魔術師の印象を悪くしたくないしな」
十分に最悪ですが。他の魔術師はともかく、この青年魔術師と、彼の属する魔術師ギルドは…とは言わず。
「末恐ろしいガキだな…」
「いや、大人になればきっと凡人だよ僕は」
「そんなこと言うガキがねぇ…」
「……」
青年は屋台に並べた商品のうち、最も地味なものを選んで僕に手渡した。黒い指輪だ。
「こいつは、目印だ。君が呼べば、俺は君の居場所が分かる。決意できたら頭のなかで良いから俺の名前を呼んでくれ。俺はタカバネだ」
タカバネ?名前にしては変わった響きだ。
「僕はーー」
「待った!」
打って変わって真剣な顔で、タカバネは僕を見詰めた。
「まだ名乗るんじゃない」
「は?」
「いいか、もし魔術師になると決めたなら、絶対に本名は自分から名乗るなよ。隠しとけ。呪いに利用される」
「え、でも調べれば名前なんて分かるでしょ」
「それでもだ。人伝だと効果は薄まるが、本人から聴いた真名は呪いなぞに使われると」
タカバネはそこで言葉を切った。
首を振る。
「あくまで、君が魔術師になるなら、の話だな」
「タカバネ……というのも偽名?」
「いんや、これは潜名といって…魔術師としての通り名みたいなものだ」
「あだ名みたいなものなのか。自分で付けるの?」
「そういうやつもいる。俺は師匠からもらった」
タカバネは僕を見て苦笑した。
「好奇心旺盛だな君は。実は魔術師けっこうなりたいんじゃねぇか?
ーーさてと、この辺にしないと」
そう言うや、彼は自分の耳もとを触った。片耳にしかない、あの妙な耳飾りだ。それを人差し指でチョンチョンとつつくと、チリン、とーー
次の瞬間、突然耳元に喧騒が戻ってきて、僕ははっと我に返った。
そういえば、半時間ほど話し込んでいたはず。
なぜか姉さんたちのことがすっかり頭から抜け落ちていた。
これも結界の効果だというのだろうか。
僕はもとの広場の一角にいて、例の屋台からやや離れた場所に突っ立っていた。結界から出されたのだろう。
相変わらず人は屋台一個分認識できずに通りすぎていく。
店主の青年、タカバネはニヤリと笑って手を振っていた。そして隣の屋台を指す。
目線を遣ると、なんと、随分前に並んだはずの姉さんが、まだ同じ位置に立っている。
どうやら、結界の中は時間の流れまでもまやかしだったようだ。
僕は無言で目礼し、そのまま隣の屋台に並ぶ姉さんに駆け寄った。
「あらロアート、ちゃんとあんたの分も買うわよ?」
「あ、ああうん、ありがとう」
姉さんはやや怪訝な顔をして、「なんか、疲れた顔してるわね」と言った。