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荒野の魔術師  作者: イルカ
3/12

村の収穫祭

 すっかり涼しくなったそよ風が稲穂を撫でて、金色のさざ波をたてた。


 秋風はいつも北から村を駆け抜け、南の森へと吹き込む。

 この頃にはすでに森は色移ろい、澄んだ青空に落葉樹の紅がよく映えるのだ。


 美しい季節。そして、実りの季節。


 稲刈りが終わるともうすぐ村は収穫祭だ。

この村の一大イベントを紹介しよう。


 収穫祭の主役は真っ赤に熟れた、ヨゥクの実。

 ヨゥクの実は柔らかな果肉に水をたっぷり含む。

 栄養満点で、その上痩せた土地でも比較的育てやすい野菜だ。

 村人にとって、最も人気で、とても重要な食料である。


 だからだろう、

 大きく育ったヨゥクの実には、豊作の神が宿ると言われている。祭りでは、その年一番大きい実が祭壇に供えられる。


広場にずらりと出店ができ、村人たちは一日中、祝え歌え踊れと騒ぎ通す。

 豊作の神へと実りの感謝を捧げ、次の豊作を願うのだ。


 破目を外しすぎた若人衆が乱闘騒ぎを起こしても、大人達もこの時だけは目をつぶる。


 誰もが普段の憂いを忘れる、一年に一度の晴れの日なのだ。

 そうして祭りのあと。祭壇のヨゥクの実は妊婦や赤子に食べさせ、新生児の良き成長をも祈るのである。


 この無礼講どんちゃん騒ぎが終われば、翌日からは忙しい。

 子供も大人もかりだされ、収穫したヨゥクの実を乾燥させる作業の開始だ。やがて訪れる厳冬に備えて蓄えるためである。


 この村の冬は寒い。

 雪は少なく、空気はヒリヒリと乾燥する。

 雪が少ないのは北山があるせいだ。

 村に吹き込む冬風に乗った雪雲は、北山を越える前に雨雪をほとんど降ろしてしまう。身軽になって峠越えした雲はカラカラで降水量が少ないのだ。

 逆に北山の向こう側の土地では豪雪らしいと、各地を渡り歩く旅芸人に聞いた。


 祭りは越冬のための充電なのだ。

 この村の祭りは、厳しく冷たい冬の前の、皆の楽しみなのだ。



「"氷の精霊がやって来る 北風にのって 飛んでくる

 白いおべべの寂しがりや みんなみんな 凍らせる"」


 イーニャに晴れ着を着せながら、アンナ姉さんが童歌(わらべうた)を歌っている。


「はい、出来上がり。チビッ子たち、この格好であんまり走りまわるんじゃないわよ。特にダン」

「はぁい」


「母さーん、こっちは仕度終わったよ」

「もうちょっと待っててね!」


 しばらくして慌ただしく奥から母さんが出てきた。普段しないお化粧をうっすらとつけている。

「お待たせ!」


 もう昼前だというのに、外は少し肌寒い。だけど空は蒼く晴れ渡り、絶好のお祭り日和だ。


 広場に向かう途中、前を歩く姉さんがこちらを振り向いた。

「あ、そう言えばロアート。

 ケットのおじさんが屋台手伝ってほしいって言ってたけど」


「ああうん。お昼の混雑時に助っ人頼まれてるんだ。

 だから、姉さんたちはお祭り楽しんでて。

 それと、夜の出し物も村長に手伝い頼まれててさ。

 人手足りないんだって」


「そうなの?

 なんか、あんた今日は引っ張りだこね…」


「今日はロアートは別行動かしら?」

「うーん、ほぼそうなるかな」


 すると弟たちからブーイングがおきた。

「えぇー?!兄ちゃん、一緒にお祭り行こうよー」

「遊ぼうよ」


「いやぁ、ごめんよ。でも夕方は遊べるからさ。その時一緒に出店を回ろう」

「ぶぅぅ」


「それじゃ、僕は行くよ。あ、屋台来てくれよ!」


「まったく忙しい子ね」

「兄ちゃんのバーカバーカ!アカンベー」

「これおやめ」


 お昼時、広場は騒々しく賑わっていた。

 屋台が所狭しと並び、活気と熱気が人々を包む。

 村人、近辺の村の者、行商人、よそからの旅人。

 村の内外問わずそこら中から人が集まって、自由に屋台を出したり、見世物をしたりしている。


 今日僕が手伝う屋台の主のケットは漁師で、毎年祭りでは魚を売っている。

「いらっしゃい!いらっしゃーい!焼きアカメはいかが?おいしいよー!」

 アカメは小さな川魚。

 ちょうどこの時期に捕れるから、屋台定番の人気者である。


「お、ロアートじゃん。やってるやってる!」


「やあビル。いらっしゃい。

 どう、食べていかない?

今なら僕の奢りで一匹おまけするよ」


「おお、気前いいな!じゃ2つくれ。

 ところで今日ジャンとカレンを見なかったか?」


「ああ、二人ならついさっき会ったよ。6つも買ってくれた。

 仲良く手を繋いで食べてた。どうみてもありゃデート」


「え、何?デート?あいつらそんなこと一言も…」


「ちょっと前から付き合ってるらしい」


「聞いてねぇ。ってことはおれだけ仲間はずれかい!」


「てことで、邪魔するなよ」


「するか!独りで回ってやるよくそぉ」


「御愁傷様」

 ビルはとぼとぼと屋台から離れていった。

「あ、ビル」


「うん?」


「ついでに宣伝よろしく」


「……何気に冷たくねおまえ…」

 ビルは更にとぼとぼと屋台から離れていった。


「容赦ねぇなロア坊」

 小魚を淡々と焼きながら、ケットが呆れ顔をした。

「ビルはいじりがありますからつい」


「まぁ、見てて面白い坊主だがな。だがなかなか憐れ」


「大丈夫。すぐに回復しますよ。あの年頃なら辛いことはすぐ忘れられます」


「なに偉そうに言っとんだ。お前もその年頃だろうが」

 おっとそうだった。

「お前はたまに妙な達観をするな」


 太陽が傾いてきて、昼時の混雑も落ち着いてきたころ、

「さて、そろそろ客足も引いてきたな」

 ケットがあたりを見渡しつつ手拭いで汗をぬぐった。


「ロア坊、ありがとうよ。お前は計算が早いからな。助かった」


「おじさんの屋台は毎年人気で行列出来ますからね。手伝いは必須です」


「稼ぎ時だよまったく。来年も助っ人に来てもらいたいくらいだ」


「僕でいいなら手伝いますよ」


「そりゃありがたい。お前は接客も上手いしな。しかし、なんだか妙にこなれているあたり、変な坊主だな」


 これは褒められているのかどうか。曖昧に笑う。

「そりゃどうも」


 約束の駄賃とアカメを数匹もらって屋台を出た。

 その頃にはもう空がきれいな夕焼けになっていた。


 辺りは薄暗い。

 広場には幾つもの篝火が焚かれ、屋台にも蝋燭が置かれた。

 それらの無数の灯火が、ぼんやりと暗がりに浮かんでいる。

 祭りでしかこんなに贅沢に灯りを付けたりしない。幻想的な夜の光景だ。


 仄かな明かりのもと、広場の入り口に佇む母と姉たちの影を見付けた。手を振って駆け寄ると、母は穏やかに笑む。


「ロアート、ごくろうさま」

「おかえりー」

 僕の兄弟も満面の笑み。祭りを楽しめているようで良かった。


「おつかれ。ところでその包みの良い匂い。焼きアカメだよね」

 姉さんが目敏く土産に気付いた。

「そ。皆で食べてくれって、おじさんがね」


「さすがケットのおじさん。やったわ、アカメは何匹食べても美味しいもの」

 小躍りしそうな喜びよう。


「でかした弟よ」

 僕は苦笑した。


 すると袖がくいくいと引っ張られた。

「兄ちゃん、兄ちゃん。それより、おみせ早く見て回ろうよ」


 弟と妹は待ちきれないとばかりに、「ほら、行こうよ!」と駆け出してしまった。


「あ、待て待て」

 本当に子供らしく可愛い子たちだ。

 僕には欠片もない ( と自覚している ) 無邪気さと可愛らしさ、溢れんばかりの元気が眩しい。

 姉さんにしてみれば、僕はさぞや可愛いげのない生意気な弟だろう。そのかわり手が掛からなくて面倒は見やすいはずだ。いや、むしろ精神年齢的には僕が姉の面倒を見ているというべきだ。

 そう思っている所がまさに「生意気」なのだろうが。


 人混みのなかを器用にすり抜け、ダンとイーニャが仲良く駆けていく。


「うわ、なんでまだあんな元気なのあの子達」

「走ったら危ないぞー!」


 姉と僕は慌てて手の掛かる元気な弟たちを追いかけた。


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