世は情け
幌のなかに、夕陽が差し込む頃。
「おぉい、王都の外れに着いたぞ!」
御者台からトッホが叫ぶのが聞こえた。
荷馬車の端に居る僕は、幌の裾をまくって外を見た。
雪解けで灰色の原っぱが、灰色の畑へと景色を変えている。ようやっと人里だ。
馬車が到着したのは王都の外れ。
郊外らしく田畑が広がっていて、道中の殺風景な丘よりはよっぽど目に楽しい。
やがて馬車は緩やかに歩みを止めた。
(ついでに衝撃で積荷の天辺がついに決壊し、箱がひとつフランカの頭に直撃したのだが…)
最後の惨事はともかく、僕らは無事王都に着いたのであった。
「おれはこの街でいったん補給して、それから王都の中央に向かう。
そのためにここで一晩泊まることになるんだが…。
婆ちゃんらには王都までの運賃をもらってるから、明日も乗せてく。
そんで姉さんと、あんたら兄弟はどうするね。護衛はもちろん王都に入ってからもありがたいが」
「いえ。護衛の件、申し訳ないんですが。
少々用事もありましてここで降ろしてもらえると助かります。
ここまで乗せていただいて、本当にありがとうございました」
タカバネがやけに改まった口調で答えている。トッホが笑った。
「気にせんでいい。持ちつ持たれつさ」
続いてフランカも言った。
「トッホさん、わたしもここまででお願いするわ。本当にありがとう」
「そうかい。兄さんと姉さん旅慣れてる感じだったし、護衛は実際助かったよ。まあここから一緒じゃないのは残念だが、しょうがねえなぁ」
「護衛はまた雇うんですか?」
僕は気になって聞いてみた。
「いや、目的地も近いことだし雇わんよ。今から探して雇うと、赤字になっちまうし時間も喰うんでな。
外よりゃ安全だし、街中じゃ雇ってないんだ。今みたく外からの続きで街中も頼むことはあるが。
…とは言え最近はどうも物騒になってきたからなぁ。あんたらも、道中気を付けてな」
「それじゃあ、大変お世話になりました」
「ありがとうトッホさん。わたし王都で活動してるから、会ったらお礼させてね」
「あいよ。おまえさんら、また機会があれば護衛を頼むよ」
別れ際、護衛を兼ねていたこととは別に、タカバネはお礼をトッホに渡していた。
そしてトッホたちやフランカと別れて、僕らはそれぞれ町に散った。
「馬車に乗せてもらったおかげで、予定よりゃ一日縮んだよ。それにやっぱり人数が多いに越したことはないね、旅は」
夜、宿屋に泊まった折。階下の酒場で夕食をとりながら、タカバネがしみじみと呟いた。
「本当に、今回はラッキーだったなぁ。良い人に拾われたってことも含めてな…」
確かに。ヒッチハイクなんて、拾う側も拾われる側も善人でなければ危険だろうな。
「良い人…懐深い人だったよね。トッホさん」
僕も旅に慣れてきたが、実際、人との出会いは貴重なものである。
…喧騒の中、ふとそんなことを思った時、
酒場に入って来た女性と偶然目が合った。おや、と目を丸くする。
「あれ、フランカさん?」
「あらあ!」
向こうも驚いたようだ。
すぐに彼女は笑顔になり、席を縫って僕らのテーブルに近づいて来る。
「ロア君とタカバネさんじゃない!
お久しぶりね…というには夕方に別れたばかりだけど」
「同じ宿だったんですねぇ」
僕が驚いているとタカバネも手を挙げて軽く挨拶をする。
「先刻はどうも。フランカさん」
「どうも。こんなこともあるものよね。
そうだ、席ご一緒していいかしら!」
「ええ、どうぞどうぞ」
「ありがとう!―-あ、そこの娘さん、わたしにもその料理お願い。あとお酒も」
「あ、はあい!ちょっと待ってて下さいね!」
「―-そういえばふたりも、王都を目指してるのよね。…―-もし構わなければ、わたしも同行させてもらえないかしら?」
タカバネが眉をあげた。
「でも俺たち、この町に用事があるんで、出発は数日後になりますよ?それでも良けりゃ」
「それはもちろん構わないわ。それに、わたしも用事があるからすぐには立てないのよね…」
「なら、喜んで。人数が増える分には歓迎ですよ。実際、あなたなら安心ですし。よろしく」
「あら、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいわ!」
フランカは嬉しそうに笑った。
「あなたたちとは良い縁がありそうね。
あ、タカバネさん、敬語と敬称はとっちゃってよ。年近いんだし」
「じゃ遠慮なく。俺のこともタカバネでいいよ。
君は王都へは出稼ぎかい?格好からして傭兵みたいだけど」
「そうそう。こう見えてわたし、けっこう力も強いし、腕も立つのよ。…女の傭兵は珍しいかしら?」
「へえ、いや、旅すがらよく見かけるし、知り合いもいるよ。確かに少数だけど、珍しいもんかい?」
「そうね、たまにびっくりされちゃうものだから。女が傭兵っていうと」
「そりゃ女は男よりゃ力が弱いが、仕事によっちゃ彼女らのほうが向いてると俺は思うね」
意外なことをいうタカバネ。
「うーん、それは人によるでしょうけどね…。でもまぁ公平なご意見どうも」
「ありゃ、余計なことを言っちゃったか」
「いいえ、別に。珍しい考えってだけで」
フランカは面白そうな顔をしていた。
「フランカさん、もとは一人で王都まで行くつもりだったの?」と僕。
「そうねぇ。予定では馴染みの商隊にでも潜り込もうと考えてたんだけど、あいにく用心棒の手は足りてて」
そうするとこの遭遇、渡りに船だったのかな。
「そういうあなたち兄弟は出稼ぎっ…て感じじゃないけど」
フランカは僕らを見比べて首を傾げた。
「出稼ぎ…というか、王都の縁者を頼りにして田舎から出てきたところさ」
さらりと当り障りなく答えるタカバネ。
一瞬、目をしばたかせた後、フランカは肩を竦めて苦笑した。
「ふうん。お互い色々と大変ね…」
フランカに微妙な反応をされた気がする。
どうやってかこちらに何か事情があると察したのか。
タカバネは、用心深さを発揮して、もしくは説明の面倒くささを鑑みて、ひとまず誤魔化しただけなのだろうけど。
とは言え彼女も詮索するほど無遠慮な人ではない。と思う。
「ロア、これおいしいから食べてみ。この宿の料理は結構おすすめよ」
フランカは皿を僕の前に押しやって、さっさと話題を変えてしまった。




