旅は道連れ
本日三話目の投稿です。
だだっ広い灰色の丘を、一本の道が貫いている。
なだらかな起伏に応じて曲りくねりはすれど、単調な道だ。僕らは早朝に宿を出てからもう二時間は歩いているのだが、いつまでたっても延々と残雪と枯れ草だらけの景色だ。
しかしそんな退屈な行進にもようやく変化が訪れた。
ガタゴト、ガタゴト…後方から響く、重たげな音と足元の振動。
僕らが来た方向からだ。
振り返ると幌馬車が一台追いついてきている。一本道だし目的地も一緒だろう。
「ロア、道の脇に寄るぞ。あ、あまり草むらの奥に入るなよ」
荷馬車をやり過ごすため脇に退こうとすると、タカバネが軽く忠告した。
「ここらへん蛇が出るから」
道の淵ぎりぎりに留まった僕らに、近付いてきた幌馬車の御者が手を挙げる。
御者は陽気そうなおじさんだ。僕らも手を挙げて挨拶を返した。
すると馬車は僕らの手前で止まった。
「やあどうも。今日はいいお天気だね!ところであんたら、王都まで行くんだろ?」
「ええ、そうです」
するとおじさんは親切なことに、ある提案をしてくれた。
「なんなら乗ってくかい?」
僕とタカバネは顔を見合わせた。
「いいんですか?」
おじさんは陽気に笑った。
「なあに、俺たちもちょうど護衛が欲しかったところさ」
そして僕らはありがたく同乗させてもらうことにした。
「おれはトッホだ。行商をやっている」
「俺はタカバネと言います。こっちは弟でロア。道中お世話になります」
「おうよ。さ、坊主、おまえさんはちょっと狭いが幌の中に入んな。で、兄さんの方は御者台に乗ってくれるか?」
馬車の後ろに回って幌をめくると、確かに狭い。
幌の中には荷物と、それからトッホの家族か仲間だろうか、人も乗っていた。
三人。手前から若い女性、奥に幼い少女と老婆だ。
崩れないよう固定した荷物と荷物の隙間に彼らは辛うじて座っている。
僕が手前に乗り込むと、一番近くのお姉さんが微笑んだ。
「あら、こんにちは」
「こんにちは。しばらくこの馬車に乗せて頂きます。よろしくお願いします」
お婆さんが目を見張った。
「まあこりゃ礼儀正しい子だわねぇ」
「よろしくね坊や。でもそんな堅く構えなくっていいよ。あなたたちと同じ。私たちもトッホさんに乗せてもらっているの。
わたしはフランカ。君のお名前は?」
若いお姉さんの問いかけに、僕はロア、という愛称を答える。
「ロア君ね」
お姉さんが頷いた。
正しく言えば、本来、僕は「ロアート・トムソン」だが。
魔術師にとって本名、というか真名は封印するものらしいから僕はもう名乗らない。
(もっとも、他人の口から洩れるのは防ぎようがない。また、他人の口を経てならば、知られても害は小さいらしい。害って…)
言霊のような思想なのだろうと僕は受け入れている。
僕は「タカバネ」のような正式な別名「潜名」をまだ持たない。
そこで今は愛称を名乗るのだ。偽名って訳でもないし問題ない。
「ロア君、そんな端っこじゃあ馬車から落ちちゃいそうね」
気軽に話しかけてくるこの人、フランカは気さくで何だか豪快そうなお姉さんだった。
「わたしの隣なら詰めれば座れるでしょ。おいで」
そう言ってフランカは積み荷をぎゅうぎゅうと奥に押し込む。
「ありがとう!」―-でもふと懸念、雑に扱っちゃマズいんじゃ―――と
ガタン!と馬車が揺れた。
積み荷の天辺がグラッと不吉によろめく。
隣の少女がそれを不安げに見上げた。
だがフランカは「ま、まぁ大丈夫でしょ」と目を逸らした。
少女は僕より年下、7,8歳だろうか。人見知りするのか、おずおずと問い掛けて来た。
「お兄ちゃんたち、どこから来たの」
「ここよりだいぶ北の方です。カンタラって宿場町知りません?」
「おや、知っとるが確か、結構遠いねぇ」
「そこの更に北の村から」
「へええ。それは長旅ね。カンタラからここまでだって、幾つか町を経由したでしょう」
この三人と話しながらしばらく行くこと数時間。
薄暗くて揺れる荷台の中は日差しを浴びて温かい。そのせいかお婆さんと少女はうとうとしだした。
残ったフランカと僕は二人でぼそぼそと喋る。
御者台でも会話は盛り上がっているようで、陽気な笑い声が聞こえる。
「御者台に乗っている君の連れはお兄さん?」
「はい」
さすがに親子にゃ見えまい――。見えたら彼は嘆く。
そう、ちなみに一座と別れてからの旅の間、
便宜上僕らは兄弟という設定にしてある。
その方が説明も楽だから。それに一人前の魔術師はともかく、僕が魔術師の卵だというのは少々厄介だ。希少な魔術師が欲しい有象無象に狙われかねない。
馬鹿正直に吹聴するのはいただけない、とタカバネに言われた。
「お兄さんは何ていうの?」
「タカバネ」
「へえ?珍しい響きね。あ、ごめんなさい。でもわたしの知り合いにも一人いるわ、名前の響きが何だか似ている」
「なんて人なの?」
「カザフネって言うんだけど」
おや、もしかして潜名…なのか。
「魔術師なのよ」
「へええ!」
「ここ最近会わないわねえ。忙しいのかしら」
たわいもない話をしているうちに馬車は雪解けの丘を抜けて、人里に入った。
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