出立
本日二話目の投稿です。
「おまえはとても警戒心が強い。
大人のように疑うことを知っている。
それがおまえの不思議なところさ。
…人間の恐ろしさを知っているから。
でもね、同時に人の優しさも、知ってるだろう?
だからおまえは人を信じられる。それも盲信の類でなくて信頼をね」
旅立ちの前日に、サオラ婆ちゃんが言った言葉だ。
「いいかい、ロア坊。
信じられると思う人に出会ったら、まずは最後まで信じなさい。人を信じれば、その相手も信頼を返してくれる。
そしてね。これからおまえは信頼を裏切られることもあるでしょうけど、その裏切りが全てではない。だからめげずに信じなさい」
前世において軽く人間不信だった。そして今だって治ってない僕。僕の心底を見透かしたかのような助言は心に沁みた。
サオラ婆ちゃんはその日、僕に選別として数種類の薬草を持たせ、その使い方を教えてくれた。
出立は、その数日後だった。
祭りに訪れていた旅芸人のガスパロ一座が村を出る日。
僕らも彼らの移動に合わせた。
というのも、タカバネがガスパロ一座に臨時で雇われていたからだ。彼に同行する僕も手伝いをする形で一座に入れてもらった。…そうやって旅の安全を図り…。
やがて一座の目的地、カンタラという大きな宿場町に着く。そしてその頃にはもう雪が舞っていた。
カンタラは一座が毎冬、逗留する町だという。
「今年は雪が降るのが早いですね」
「そう、だから急いだんだが、間に合って良かった。町にたどり着けなきゃ、危うく何もない道端で冬眠しなきゃならない所だったよ」
「冬眠っていうか、永眠しますね…」
冬の旅は常以上に厳しい。
だから旅人はみな渡り鳥のように大きな町に集まる。それを狙って一座もここで興行するのだ。僕らも冬のリスキーな旅は避けて春まで一座を手伝うことにした。
その合間にもタカバネは例の屋台を出していたが。
こうして僕らは凍てつく時期を活気あふれる街中で過ごした。
「入るよタカバネ、夕食できたって女将さんが」
「あんがと、ロア。この手紙書き終えたら行くから下で待ってくれ」
「ギルドへの手紙…?」
「うん。報告さ。君を連れていくことをね、伝えとかないと」
町に留まる間に僕とタカバネも、かなり打ち解けた。
でもそれ以前に大きな変化があった…
それは出発した日の夜、二人で見張り当番として焚火を囲んでいた時。
「今更なんだけど」
僕は脈略もなく、ふと思いついたふうに言ってみた。
「僕の本名は、”ロアート・トムソン”」
「………あっ……聞いちまった。
ちょ、君、魔術師になるなら真名は名乗るなって言ったろうが」
タカバネはくわえていた小魚を焚火の中に落っことした。面白いくらいに狼狽している。
彼は、初対面で僕に「本名は名乗るな」と制止して以降、ずっと僕のことを君、とかこの子、とか呼んでいた。器用なことにそれでも呼ばれたら分かるのだが…
でもこの調子じゃ今後も「君」。
「どうせ皆から聞いて名前知っているのにね」
「……直接本人から聞いた真名でなくとも迂闊に口に出せない」
「真名の魔術師にとっての重さは分かっているよ。自分にも、相手にとっても。
でもタカバネ。僕はあなたのことを信頼できると思った。だから、伝えたんだ」
「…………………………」
「改めてよろしく」
以降、タカバネはようやく名前で呼ぶようになった。ロア、という愛称でだが。
ホッとした。
……実際、名無しは不便でしょうがないし。
そうこうしているうちに
春風が吹いてきた。そして雪が解け始めた…
再び移動を開始する時が来たのだ。
そして僕らは、残念ながら一座とそこで別れなければならなかった。
行き先が違う。
僕らは首都、彼らは別方向にある町が目的地だった。
「じゃあね、ロアート。元気でね!」
「お世話になりました」と頭を下げる。
明るい一座の彼らは別れの時も朗らかだった。強いな、と言うとマレーナが元気よく言った。
「だって、私たち旅芸人は別れと出会いの商売、別れもたくさんある。
それにね、旅してりゃまたどっかで会えるのよ?
その時にまた、すぐに笑って挨拶ができるように、笑って別れるの。
それに、あなたたちの笑顔を覚えておきたいじゃない!だから、ほら、元気出して 」
いつも元気をくれる彼女の輝くような笑顔を、僕も目に焼き付けておこうと思った。




