N氏の帰還
気がつくと海岸だった。
N氏はほとんど裸の状態でうつ伏せになっていた。
飛行機事故で海に放り出されたところまでは覚えている。
無我夢中で板キレを掴み、岸まで泳ごうとした。ところが高い波に飲み込まれ、その後、意識がない。
N氏は立ち上がる。体の節々が痛い。
「なんとしても生き抜いてやる」
N氏は海に向かってそう叫ぶ。波の音に混じり、声がこだまする。
その日から、N氏の無人島での生活が始まった。
最初のうちは、木の実を採取して食料にした。海岸の奥は森になっていた。
寝る場所は木陰。用を足す場所は寝る場所から少し離れた木陰。
最初は塩辛い海の水を我慢して飲んだが、森の奥に山があり、山から海に向かう川を見つけてからは、川の水を飲んだ。
そのうちに魚を釣って食料にするようになった。
木の枝から釣竿を作り、糸のかわりに草の茎を巻き、虫を捕まえて魚の餌にした。
数日は刺身ばかり食べていたが、そのうちに火を起こすやり方を見つけた。
木をこすり合わせ、発火させるのだ。
焼き魚は無人島生活ではごちそうだった。
ある日、海岸にたむろしていたアホウ鳥に石を投げたところ命中した。
火を起こして肉を食べてみた。実にうまい。
N氏は無人島生活に慣れてきた。
河原から集めた石を集め、木材を加工する道具にした。
木の皮をはいで腰に巻いた。
無人島に着いてから一年後、簡単な丸太小屋を建てた。
次の年までには荒地を耕し、農作物を育てた。
N氏の生活の文明度は急速に発展していった。
鉄鉱石から鉄を生成し、鉄器を自在に操るまで五年かかった。
その頃までには紡績、織物の技術を習得し、N氏は無人島に来てから作ったTシャツとジーンズを身に着け、スニーカーを履いていた。
改築したログハウスのガラス窓から海が見えた。
セスナ機を完成させたのは、N氏が無人島生活を始めてから十年後のことだった。
N氏はセスナ機を操縦し、無人島を後にした。
セスナ機は離陸から約八時間後、N氏の故郷である某国の飛行場に無事着陸した。