其の六
其の六
それは突然だった。
休日で彼女は自身の部屋にいた。するとノックもなしで勢い良く扉が開かれた。あまりにも突然の事で身体がビクリとする。
「なっ・・・・・」
そこにいたのは彼女の母親だった。
その表情は顔面蒼白で、奥歯をカタカタ揺らしながら、そしてゆっくりと「・・・・・みちくんが」と言葉を発する。
「はっ?」
いきなり自分の部屋に入って来られて、訳のわからない事を言う母親に彼女は苛立っていた。
しかし彼女の母親はそんな彼女の事はお構いなしに「直道くんが事故で亡くなったって・・・・・」と告げた。
「・・・・・」
彼女と彼は幼馴染だ。それは母親同士が同級生だからだ。家族間の交流も深い。そんな同級生の子供は自分の子の様に可愛かっただろう。その彼が亡くなった。
――なくなった?なくなったって何?
最初、彼女は母親の言っている意味が理解できなかった。
そんな彼女に母親は「と・・・・・とにかく、今から病院に行くから準備しなさい」と、そう言い残して彼女の部屋から出ていった。なくなったと病院のいう言葉からやっと彼女は、亡くなった、つまり死んだという意味を理解する。
「・・・・・死んだ?あいつが?」
それでも彼女は冷静だった。
「そっか」
母親に言われたとおりに身支度をする。
その表情は今までと何ら変わらない。まるで近くのコンビニにでも行くかの様な雰囲気だ。
彼女たちが病院に到着するとある部屋の通された。
そこは病室ではなく霊安室だった。そのことから彼女は彼が本当に死んだのだと理解した。
彼の親や彼女の親は泣き崩れていた。唯一その場で涙を見せていなかったのは彼女一人だけだった。
冷たく静かで暗い部屋。ロウソクの微かな光と蝋が焼ける匂い。
彼女がそこで感じた事は、自分が死んだらこういう光景になるのかと思った。
彼女は一切、彼の心配などしてはいない。もう死んでいるのだから。心配したとことで彼が戻ってくるはずもないし、そもそも彼女にはそういう感情はないのだ。
それともう一つ。彼女はある物を持っている。その存在がさらに彼女の死という感覚を鈍らせていた。
――はぁ・・・・・。面倒くさいな・・・・・まじファック。
彼女はこれから起こる事を考えると憂鬱で仕方が無かった。
彼の死は親にも病院にも知られている。そこから生き返ったとなると、言い訳を考えるだけで憂鬱になるのだ。
――いや、あたしが生き返らせたとかわからないか。死んだ人間が、ひょっこり生き返ったりする話はあると聞くし。
彼女は自分がそう考えていると、あることが頭をよぎった。
――もしかしてそれは、誰かが死神の尻尾を使って生き返らせた?まさかな・・・・・。
過去に死神の尻尾が存在した可能性。
それは決してゼロではないだろう。しかし彼女にとってそんな事はどうでもいいのだ。
今、死神の尻尾は自分の手の内にあるのだから。
「さて・・・・・と」
彼女は一度、自宅に帰って準備をする。準備といっても死神の尻尾を持って行くだけなのだが、そこで彼女はふと我に返る。
「なんであたし、あいつを生き返らせようとしてるんだろ・・・・・」
彼女には相手を心配するなどという感情はない。別に心配はしていない。ただ彼が死んだと聞いた瞬間から、生き返らせようと思ったのだろう。
――まぁそんな事どうでもいいか。早くしないと葬式まで準備されるし、少し急がないとな。まったく世話のやける奴だなぁ。死んでからもあたしに迷惑かけるなんていい度胸だ。
そんな事を思いながら病院へと急ぐ。
――でもこれ使い切ったらどうなるんだろう。
彼女は知らない。死神の尻尾を使うとはどういうことなのかを。その代償さえも。
彼女は再び慰安室にやってきた。するとそこには何もなかった。
「一足遅かったか」
ちっ、と彼女は舌打ちをして、あまり気は進まなかったが、仕方がないので次の行動に出る。
「すいません。今日亡くなった爽真直道の遺体は葬式場に運ばれたんですか?」
近くのナースセンターで情報を得る。すると意外な答えが返ってきた。それは葬式場ではなく自宅へ運んだとのことだった。つまりは、
「自宅で葬式をやるのか。それは好都合だな」
葬式には二種類ある。葬式場であげる葬式と今回の様な自宅葬式だ。今では自宅で葬式などとても珍しいが、家族がそれを希望したのだという。
彼女は病院を出るとすぐに彼の家へと向かった。
彼の家に到着すると家の中へと通された。家族で交流があるので何も疑われることはなかった。彼は自身の部屋にいるという。彼女はそこに向かう。小さい頃は何度も来た場所だった。
――何も変わってないな。
そして彼の部屋の扉を開く。そこにはベッドに横たわる彼の姿があった。
「よう。元気?」
彼女は眠る彼にそんな言葉をかける。そして部屋をぐるりと見渡す。
「ふーん。だいぶ男って感じの部屋になったじゃないか」
その部屋は真っ黒なカーテンがかかっており、本棚に机にテレビ、余計な物は何もなく、きちんと整理整頓された綺麗な部屋だった。
彼女はベッドに横たわる彼の側に寄る。血の気はまったくない。呼吸もない。死んでいる。
「生き返った後で文句いうなよ」
彼女はそう言って鞄から桐箱をとりだした。蓋を開けて死神の尻尾に触れる。そして彼の額にも。
「人間にはまだ試した事ないから成功するかはわかんないけど、きっと大丈夫な気がする。残りの年数が三十六年。つまり生き返ってもあんたは五十歳までしか生きられない」
彼女は一度言葉をきり、深呼吸をする。そして最後の言葉を口にする。
「全部だ。残り全部。三十六年をこいつにくれてやる」
その瞬間、彼女は自分の中から何かが彼に流れ込むのを感じた。
そして彼女は彼の顔に目をやる。そこには顔面蒼白な顔はなく、赤みがかった顔があった。
「成功・・・・・した?」
彼女は彼の呼吸を確かめる。しっかりと指先に彼の吐息があたる。寝息をたてて、ただ寝ているだけの彼がいた。彼女はふぅ、とため息をつく。
「良し。目的は果たしたし帰るか」
そう言って立ち上がった瞬間だった。
カタン、と音がした。音のした方へと視線を向けると、桐箱の中には何もなくなっていた。
――使い切ったなぁ。
そんな事を思った直後だった。
ぼとりと何かが落ちたのは。
ヒント十一、既に答えは文中にある
最終ヒント、代償があるという事はどういう事か