塞翁が馬のごとく
一度信用を失墜した食品会社が、再び市場に商品を出すことがいかに困難なことか・・・、
それが分かるのは、おそらく同じような経験をして新聞を賑わせた同業者だけだろう。
誰もが知っている有名な企業でさえ問題を起こせば出直すことが難しいというのに、我が社の様な小さな会社が、もう一度商品を売り込むのは至難の業だった。
「お世話になっております。カツオシD食品ですが・・・」俺は電話口で満面の笑みを浮かべながらスーパーの担当者に切り出した。相手に笑顔は見えなくとも誠意は伝わるのではないだろうか。
しかし相手は「アッ、あのカツオシ食品!」と言って、ブチリと電話を切ってしまった。
無理もない。先のダイエット食品“マカラス・ドリンク“はしばらく週刊誌やテレビで悪い話題を独占し、流行語大賞の候補にもなってしまったほどだ。
「山部さん、まだそこにいたの? ウチじゃあんなものを発売するような会社とはお付き合いできないよ。あんた、会社変わったほうがいいね」
なじみのスポーツジム会長が諭すような口調でそう言った。
簡単に言ってくれるが、履歴書に元カツオシD食品営業部と書いてあれば採用してくれないのだ。
「今度の新商品には自信があるんです。アメリカで実証されている人間の行動科学に基づいて作られたダイエット・ドリンクなもので」
そう食い下がると、会長はため息を付きながら「じゃあまあ、5分だけ」と時間をくれた。
新商品の“ヌトラローフ・ドリンク”はアメリカの刑務所で開発された献立に由来するドリンクだ。
終身犯等保釈される見込みの無い囚人は自暴自棄になりやすく、規則を守らず問題を起こすことが多い。懲罰房すら役に立たない彼らに刑務所側がとった最後の手段がヌトラローフという献立なのだ。
ミルクに小麦にマーガリン、肉に野菜と栄養豊富な材料で作られたパンのようなもので、見た目は他の食品と変わりはないが、ただ一つ異なるのはそれがまったく味がないということだ。
これを続けて出されると頑固で屈強な囚人もすぐに音を上げてしまうという。
「でもそれはローフじゃなくてドリンクだろ。味がないって言っても水と同じじゃないか」
会長がこうして反論してくれれば術中にはまったようなもの。俺はここぞとばかりにこのドリンクのすごさを説明した。
「そうなんですがこのドリンクを飲めば、しばらくの間は、あらゆる食品の味がしなくなるんです!」
「なるほど。それなら効果があるかもしれないな。だが先のマカラス・ドリンクも確かに効果だけはあったが材料がひどかった。今回の成分も社長しか知らない企業秘密とか言うんじゃないだろうね」
俺はウッと口ごもった。だが、こうなれば使用している食材を言わないわけにはいかないだろう。
「入っているのはキノコです」
「キノコ? なんというキノコだね」
「そ、それは舌シビレ茸・・・」
「毒キノコだね?」
「ハイ、でもニガクリダケのような毒性はなく・・・」
会長は、それ以後の話は聞いてくれなかった。
こんなふうに俺の営業はうまくいかなかったが、社長は「それなら、さほど害のない毒キノコを使ったちょっと怖いダイエット・ドリンクとして売りだそうよ」と言い出したのだ。
先の“マカラス・ドリンク”でゲテモノ食品会社とありがたくない異名を取った我が社にとって、そういう売り方はとてつもなく危険な賭けに思われたが、・・・売れた!
なんと、半年後には雑誌やテレビで「あのカツオシD食品が起死回生の大ヒット! 驚異的なダイエット効果」などともてはやされるまでになったのだ。
「悪いと思ったことが逆に良くなる。世の中、みんな“塞翁が馬”だねえ」社長が満足そうに頷いた。
まさかまさかの大ヒットに、社員一同は大喜びしたものだが好事魔多し。その頃からとんでもないクレームが多数舞い込むようになってきた。
一定の効果が得られ、ドリンクを飲まなくなった人達から「その後、猛烈な勢いでリバウンドして前よりもずっと体重が増えた!」と言われてしまったのだ。
調べてみると、舌の感触が戻ると同時に感度が以前とは比べ物にならないほど良くなって、例えば最安値の古々米を食べても鮮度がガタ落ちした魚を食べても、三ツ星レストランの料理の様に美味に感じてしまうようになったのだ。
ついこの間まで褒めていたマスコミは手のひらを返したように「一度飲めば、一生飲まなければならなくなる常習性のあるドリンク」とか「マカラス・ドリンクに続く恐怖食品」と言い始め、しまいには「カツオシD社長、再び起訴か?」などと無責任なことを書き立てるようになっていた。
社内には「今度こそ倒産に違いない」という落胆ムードが漂っていた中、社長が打ち出した次なる一手はこれまた逆転の発想。
「それなら逆に食欲不振に陥って、困っている人に売ろうじゃないか」と、まさに人間をなめきっている社長らしい発想だった。
効能書きを変えた“ヌトラローフ・ドリンク”は、世界的な大ヒット商品になり、我が社は倒産の危機を乗り越えたばかりか、社長はGT-R NISUMOを買うわ、海のレクサスと呼ばれるボートを買うわ。まさに“塞翁が馬”を思わせる大逆転劇となった。
でも“塞翁が馬”って悪いと思えば、それが元で良いことが起こり、良いことが起きればそれが元で悪いことが起こるという故事じゃなかったっけ?
( おしまい )
※・・・この話はフィクションです。
参考小説「マカラスドリンク」 http://ncode.syosetu.com/n5575bq/




