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「瑞希、わたしのバッグは?」
シャワーを浴びて部屋着に着替えた柚穂がリビングにやってくる。瑞希はテーブルで柚穂を待っていた。
「……バッグなら、ここ」
テーブルの上を叩く。……柚穂のバッグの中身が広げられていた。
「ねえ、柚穂。……これ、どういうことなの」
「……あ…………」
柚穂が目を丸くする。瑞希が手にとったのは、水色の生地に白い水玉模様の入った折り畳み傘。瑞希があげた物だ。相変わらず手をつけた様子もない。
「忘れてたなんてことはないわよね。あんなに上の方に入ってたんだから」
「あ……えと……ぁ、ぅ……」
柚穂が声を詰まらせる。覚えていたことは間違いないようだ。……覚えていた上で、この傘を使わずにあの雨の中を……。
「どうしてよ……。そんなにこの傘、嫌いだった?」
「ごめんなさ……」
「謝らなくていいから」
折り畳み傘を握ったまま柚穂の言葉を遮る。その瑞希の言葉も、わずかに揺らぎ、かすれていた。
「謝らなくていいから……ねえ、教えてよ。私だって柚穂に嫌な思いさせたいわけじゃない。別のが良かったら新しいの買ってあげるから。だから……ね……?」
「…………」
「柚穂、……私のこと嫌い? まだお姉ちゃんだって……認めてくれない……?」
「…………」
黙ったまま何も答えない。凍りついてしまったかのように視線一つ動かさない。
「ねえ、柚穂ってば……」
繰り返し問うと、彼女はようやく口を開く。
「……め……なさ……」
そして、絞りだすように答えた。
「…………ごめん、なさい」
……またあの日のように、申し訳なさそうに目を伏せて。
「……柚穂」
……違う。
そんな言葉を聞きたかったのではない。そんなことを言わせたかったのではない。
「……ねえ柚穂。私、なにか間違ってる? なにか柚穂に嫌な思いさせちゃってる? 言ってよ。私、直すから……」
「…………」
柚穂はまた口を紡いでしまう。瑞希はもう……我慢の限界だった。
「……わかんない」
折り畳み傘を握る手が震える。そして、
「わかんない……わかんないわよ!」
思い切りテーブルに叩きつける。椅子も蹴り倒された。
「なんで何も言ってくれないの!? それじゃわかんない! わかんないってば!」
「…………」
「やっぱり私のことなんて嫌いなんでしょ! 正直に言ってくれればいいじゃない! 勝手に新しい家族を作られて、勝手に住む家も変えられて、そんなの受け入れられないんでしょ!?」
爆発した感情はもう自分には止められなかった。それは怒りではなく、それ以上の戸惑いと悲しみだ。
「だったらもう好きにしたらいいわよ! もう知らない!」
そしてその衝動は、瑞希に言ってはいけない言葉を吐き出させる。
「私だって……私だって……!」
衝動はもう、止まらずに――。
「私だって、好きであんたの家族になったんじゃないんだからッ!!」
……部屋中に、雨音が響いた。
まるで、声が雨音以外の全てをかき消してしまったかのように、静かだった。
「…………」
柚穂はいつものように無表情だった。ただいつもと違うのは、それが何を考えているのかわからないのではなく、"何も考えていないかのような"、空虚な無表情だということ。
「…………もう知らない。柚穂なんて、嫌い」
テーブルに手をつくと、髪がバサリと落ちて瑞希の視界を遮る。
床の軋む音がゆっくりと続いて、遠ざかっていった。そして玄関のドアが開く音がして、それきり何も聞こえなくなった。
「……知らない……知らない……知らない……」
瑞希は蹴り倒した椅子を起こすと、そこに崩れ落ちた。




