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読みやすさを重視して長編として投稿しておりますが長さは短編と言える程度のものです。予めご了承ください。
雨が降っていた。さらさらと静かな音を立てて。
春の雨は少し冷たいが、穏やかで優しい。その音を聞きながら家の中で過ごす時間が緩やかに流れていく。忙しい日常をほんの少しだけ忘れさせてくれるような、ゆったりとした時間。
そんな雨の日には、瑞希は妹の柚穂と決まってこんなやり取りをする――。
「だーかーらー! 雨の度に傘買ってくるのやめろって言ってるでしょー!?」
……雨音をかき消すような大声とともに。
「……だって、雨」
柚穂がいつも通りの何を考えているのかわからないような無表情とともに、緩慢な仕草で窓の外を指さす。
「雨はわかってるってば! 私が言ってるのは、いちいちコンビニでビニール傘を買ってくるのをやめろっていう話!」
「でも、濡れるの嫌」
「だったら家から持ってけばいいじゃないの……。今日は予報で雨降るって言ってたでしょ?」
「……一本、百円」
「一本が百円だとしても束になれば千円にも一万円にもなるのよ! ていうか!」
瑞希は玄関の傘立てを指さす。
「柚穂の傘ばっかりで私やお母さんの傘を立てるスペースが無くなっちゃうの! ジャマよ、ジャマ!」
傘立ては確かにビニール傘によって占拠されていた。その数は悠に十本を超えている。傘立てに収まりきらず、壁に立てかけられている分まである。
「……瑞希も、使っていいよ?」
「いらんわ! はぁ……はぁ……。全くもう……」
叫び疲れてため息をつく。柚穂はやはり無表情のままきょとんと首を傾げた。彼女が今日新しく買ってきたビニール傘の先からは、まだ雨水が滴っている。
「……もういいわ。ほら、そんなちっちゃい傘じゃ服も濡れてるでしょ。着替えちゃいなさい」
「ん」
柚穂は新しいビニール傘を許容限界絶賛突破中の傘立てにグリグリと押しこむと、瑞希の横を通り抜けてとことこと自室に向かっていった。
より一層密度の高まった過密状態の傘立てを見て、瑞希はゲンナリとする。
「どうしたら言うこと聞いてくれるのかな……」
彼女とうまくいかない。いつもやり取りがどこかずれていて噛み合っていないのだ。自分との会話をのらりくらりとかわされてしまっているような、そんな感覚。柚穂との間にはどこか距離がある。瑞希はそう感じていた。
……柚穂は三年前にできた家族だ。母の再婚相手が連れてきた、当時はまだ小学生だった少女。
今年で中学生になる義妹との関係は未だぎこちないまま。それはこうしたささいなやり取りからも感じてしまう。
「……ううん。諦めちゃダメよね」
瑞希は自分を叱咤する。彼女がまだ抵抗感を抱いているというのなら、こちらから少しずつでも歩み寄る努力をしなくてはならない。
何事も簡単に諦めてはいけない。柚穂ともっと距離を縮めるために、義姉として努力しなくては。
「……まあ、現実問題としての目下課題は、ひとまずこのビニール傘なんだけど」
一周回って戻ってきた目の前の課題に、瑞希はため息をつく。
安物のビニール傘だからといって全く使い物にならないというわけではないが、そろそろ何本か処分したほうがいい頃かもしれなかった。