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千歌

「あ!!化け物が来たぞ!!気持ち悪い奴はおいはらえ!!」

 一人の男子、斉藤慎吾(さいとうしんご)の一言で6年3組の教室にいた生徒は一斉に扉の方を見る。

 開いた扉のドアノブを握り締めたままの生徒-青山千歌(あおやませんか)は怯えた表情になりその場に立ちすくんでいた。

 千歌は、この春6年生になるとともにこの「桜下(さくらした)小学校」に転校してきた。千歌は小学生でも分かる「綺麗さ」というものをもっていた。細身で色白の肌、背中まで伸びた髪を一つに束ねているその姿さえ「美しい」と言えるものだった。

 最初のうちは女の子から「かわいいー!」と騒がれていたものだった。それでも千歌は男の子だった。クラスの男子がそんな千歌を妬まないわけがなかった。

 特に斉藤慎吾という男子は「クラス内でのリーダー」とも言えるくらいクラスを仕切っていた。そして慎吾に逆らえば"いじめられてしまう"そんな暗黙の了解がクラスの中であった。

 そんな慎吾は「自分より目立つやつ」が大嫌いだった。だから、いきなり転校してきて女子に騒がれている千歌をいじめにいたるまではそんなに時間はかからなかった。そして千歌へのいじめが始まってからは女の子達も千歌の周りからはいなくなった。

 最初は無視をしたり軽く悪口を言うという小さなことだったものの、だんだんそれはエスカレートしてきた。もとから大人しく笑っているだけの千歌に反抗なんてできなかった。

 そしてそのことを相談できる人というのが千歌にはいなかったのだ。

 両親の仲は千歌が小学校に入学する頃にはとうに冷め切っていた。千歌が転校してきたのもこれが理由だ。離婚、とまではいかなかったが両親は別居することになった。千歌は母親のほうについていくことになった。

 しかし母親は仕事と家事に追われては、千歌に対しての優しさというものがなくなってしまったのだ。そんな中で千歌が「いじめられている」なんて相談できるわけもなかった。


 そしてそんな中、そのいじめをさらに大きくしてしまう「致命的な出来事」が起きてしまったのだ。


 それは9月の終わりだった。千歌はいつものように慎吾を中心としたクラスの男子からいじめを受けていた。

「お前女みてえな髪!!気持ち悪ィ~っ!!」

 慎吾が千歌の髪をぐいぐいと引っ張っては笑っている。千歌はそれを抵抗しながら「やめてっ!」と言うだけだった。だがそんな言葉は慎吾の耳には入っていないのだろう。

 自分より目立っているやつを泣かせられる快感、自分が気に喰わないやつの上に立てるという優越感。そんな気持ちでいっぱいの慎吾に千歌の言葉が届くはずもない。

 そして慎吾がやっていることに罪悪感というものを感じることもない。そうこれは慎吾にとってはただの「遊び」の一つでしかないのだ。

「痛い、痛いよ!!やめてっ…!!」

 そのときだった。

 千歌の叫び声とともに、慎吾の手の中から引っ張っていたはずの千歌の髪の毛の感触が消えたのだ。

 慎吾はただその場で立ちすくむしかなかった。そう、消えたのは感触だけではなかった。「目の前にいたはずの千歌が消えた」のだ。

 ハッとして慎吾は辺りを見渡す。千歌は10mほど先に座って泣いていた。

 それを見て慎吾の表情は段々と青ざめていった。慎吾は見たのだ、いや慎吾だけではない。その周りにいた男子達も確かに見た。千歌が10m先へと「瞬間移動」したのを。そんなことを目の前で見て人間が平気でいられるわけもない。そして彼らはまだ小学生だ。

 慎吾たちは「うわぁぁあああーー!!!!!」と情けない叫び声を上げてその場を去ってしまった。


 しかし、次の日からは千歌に対して怯える様子もなく、それどころかさらにいじめが大きくなってしまったのだ。慎吾たちは千歌を見るなり「気持ち悪い!!化け物!!」というようになった。

 それは、11月になった今でもまだまだ続いている。

(どうして、どうして僕がこんな目に合わなきゃいけないの…!!化け物じゃないんだ、化け物なんかじゃないのに!!)

 千歌は自分がどうして"そういうこと"ができるのかは知らない。小学2年生のときから、そういうことができるのは知っていたがいつも喧嘩している両親に聞けるはずがなかった。そのときから千歌は「両親に対しての遠慮」を知ってしまっていたのだ。

 でも、そんな自分を今まで嫌がることはなかった。むしろみんなにできないことができるというのが楽しくてしかたがなかったのだ。転校していじめられるまでは。

「家に帰っても居場所がない、学校にきてもいじめられる…もうやだよぉっ…」

 自分に言い返す勇気も力もない。担任に助けを求めても現状は何も変わらないということはもう既に知っている。1学期が終わる頃に相談してみたが何も変わらなかったのだから。

「誰か助けてよ…僕悪いことしてないのに…!!」


 千歌はただただ一人で泣くことしかできなかった。



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