第3話
浴室から出た俺はいつの間にか仕立てたのか、体にジャストフィットした燕尾服のような礼服に着替えさせられた。
その後は、最初の無表情は何だったんだという位、溌剌とした双子メイドに引き連れられ控えの間に移動した。控えの間には最初の神官服姿とは打って変わって胸元の大きく開いたラベンダー色のドレスを着たマリーが待っていた。
「とてもお似合いですわ。」
マリーはさり気なく俺の腕を取ると、双子は音もなく部屋の隅に移動した。マリーは俺の服装に乱れがないか軽く見渡すと、上目使いでこちらを見つめる。
「ま、マリーもすごい似合っているね。さすがお姫様だね。」
俺はマリーの顔を見ようとするが、数々の貴石で作られたネックレスに彩られた谷間にどうしても目が惹きつけられてしまう。
「クスクス。ソウ様ってばどこに話しかけていますの?」
「ご、ごめん。」
「ふふふ。殿方とはそういうものだと知っておりますし、謝ることはありませんわ。それに見向きもされなかったら、それはそれで腹立たしいですもの。」
マリーは楽しそうに笑うと、直ぐに表情を引き締めた。
「これから謁見式が行われます。」
「返事をしているだけでいいんだっけ?」
「はい。緊張しないで下さいと言っても無理かもしれませんが、頑張って気楽に挑んで下さい。」
「中々難しいことを言うね。」
俺はぎこちない顔で笑った。
「私が隣にいますので安心して下さい。まだ、少し時間もありますしこちらで気分の落ち着くお茶でも頂きませんか?」
マリーの言葉で双子はお茶の準備を始めた。双子の淹れたお茶は確かに緊張していた俺の神経を和らげた。
お茶を飲み終え少し経つと黒いローブを着た冴えない感じの男が控えの間に現れた。
「そちらが勇者様ですか?そろそろ時間になります。準備はよろしいでしょうか?」
男は俺を一瞥するとマリーに確認した。
「ええ。大丈夫です。ねっ?ソウ様?」
そう言ってマリーは俺の手をギュっと握った。それに俺はこくりと頷いた。
「それでは参ります。」
男は俺が入ってきた扉とは違う大きな扉をノックした。すると扉の向こうに誰かが控えていたらしく、ゆっくりと扉が開いた。
「第一王女マルゲリッタ・ルーティア・カリスチア・ジルコ・リストリス・ユーベルターシャ様、並びに勇者ソウ・オーイシ様の御成り!!」
男がその風貌に似合わぬ大声で呼ばった。
謁見の間は体育館程の広さで、赤い毛足の長いカーペットが敷かれ、大きく太い大理石の柱がずらりと並んでいた。天井からはシャンデリアのような照明が沢山吊るされて広間を皓々と照らしていた。
部屋の両端に控えるお偉いさんと思しき人達の見定めるような視線に曝されながら、俺はマリーと共に玉座の前へと進んだ。
ある程度進むとマリーに合図され片膝を付いて頭を下げた。その様子を見てから、マリーは俺よりも一歩前に出て同じく頭を下げた。そして二呼吸くらいすると、玉座の脇に控えていた衛兵らしき男が声を張り上げた。
「ユーベルターシャ王国国王クライ・キーワーズ三世殿下の御成り!!」
衛兵の声と共に楽隊が高らかにラッパらしき楽器を奏でた。その音色にあわせて、広間に居合わせる人たちも頭を下げた。
布を引きずる音――おそらくマントだろうか――と足音が聞こえた。バサッと布を翻す音が聞こえ、重く響く声が聞こえた。
「面を上げい。」
その声に恐る恐る顔を上げると、数段高いところにある玉座に壮年の男性がいた。極彩色の衣装をまとい、ゆるくカールした銀髪の上には宝石を散らした王冠がシャンデリアの光を反射していた。ギョロッとした目でこちらを見つめる王様は想像よりも若々しい印象を受けた。
「そちが召喚された勇者か。」
王様は目を眇めて問うた。
「は、はい。」
「ふむ。此度はこちらから一方的な申し付けにも関わらず快諾してもらったようだな。このクライ・キーワーズ三世の名において感謝致そう。」
「はっ。」
俺は深く頭を下げた。
「凡そのことは既に聞き及んでいよう。事を成し遂げることが出来たのならば、我が国全てを以って貴殿に報いることを国王の名において保証する。」
王様はちょっと眉をひそめて忌々しそうな顔をした。その時の俺はどこぞの馬の骨に愛娘をくれてやる事に対する嫌悪だと思った。
「善きに計らえ。」
「はっ。」
俺はもう一度深く頭を下げた。
「マルゲリッタよ。」
「はい。お父様。」
「今回の仕儀、全てお前に任せる。王族として励むが良い。」
「はっ。心して励ませてもらいます。」
「うむ。では、剣を持て!」
王様は側近と思われる白い長衣を着た老人に命じた。
老人はビロードのような布の包みを恭しく王様に手渡した。王様がその布を剥がすと一振りの宝剣が現れた。
宝剣は柄に大小4つの宝石が嵌めこまれ、柄と白塗りの鞘の間にも9つの宝石が細やかな細工と共に施されていた。
王様はその宝剣を鞘を払わずに掲げると、舞台役者のようによく通る声を上げた。
「これぞ我が国伝来の聖剣ベニース・ルーなり!ベニース・ルーの導きし者、ベニース・ルーの聖別を受ける資格を持つ者を見出した王祖ボーウン・シィクの血を継ぎし者は誰ぞ!!」
王様の台詞にマリーが舞台女優のように優雅に立ち上がり応える。
「我なり!我こそが王祖ボーウン・シィクの末が一人、第一王女マルゲリッタ・ルーティア・カリスチア・ジルコ・リストリス・ユーベルターシャ!我が祖ボーウン・シィクの残されし秘技、召喚陣により異郷の勇者ソウ・オーイシを見出したるは我なり!!」
マリーは威風堂々と王座に歩み寄って、王の眼前に就くと膝を折った。
「我が子マルゲリッタ・ルーティア・カリスチア・ジルコ・リストリス・ユーベルターシャよ。王国と王祖の名の下、聖剣ベニース・ルーをそなたに授ける。これを以ってそなたを聖剣の持ち主として認めよう。そしてそなたの見いだせし勇者を真の勇者と成せ!」
「御下命しかと承りました。」
王様からマリーに聖剣が授与された。
途端に今まで空気のように静まっていた人々から万雷の拍手と「王国万歳」の声が上がった。
マリーは王様に背を向けると、人々の声に答えるように聖剣を掲げた。そして俺の元まで降りてくると、跪く俺に手を差し伸べ立たせると小声で俺にささやいた。
「ソウ様、皆様の声に応えて下さい。」
「応えるって?」
「とりあえず手でも振ってみてはいかがでしょうか?」
俺はその言葉に従って、こちらを見つめる人々に手を振ると、歓声は最早何を言っているかわからない程に膨れ上がった。
その後、謁見の間を後にした俺とマリーは、控えの間で双子と合流した。
「姫様、勇者様お疲れ様でした。」
「勇者様は慣れないことでお疲れでしょう。」
双子はそう言うと謁見の間に行く前と同じくお茶を淹れてくれた。
「まぁ、疲れたのは勇者様だけではありませんよ。私だって慣れないことして疲れましたの。」
そう言ってマリーは聖剣を机に放り出すと椅子に深々と座った。
「姫様、聖剣をそんな風に扱っては。」
「いけませんわ。傷がついたらどうしますの?」
「もう。今くらいいいではありませんか。もうコルセットはキツイですし背中がかちかちですわ。」
うーんとマリーは大きく伸びをした。ドレスで持ち上げられた豊かな胸がたゆんと揺れた。それを思わず見た俺に隙かさず流し目をくれた。
「うふ。ソウ様はいかがでした?」
「ああ、緊張してもう何がなんか。」
俺が素直な感想を言うとマリーは頬をふくらませて俺のすねを蹴った。
「もう、そういう感想は求めてません。」
「勇者様、朴念仁ですか?」
「普通そこは綺麗だったとか褒めるところです。」
双子の言葉にマリーも全くですと遺憾の意を顕にした。
「もういいです。それでは次の予定ですが、これから神殿へ移動してよいよ聖別の儀式を行いたいと思います。」
マリーは若干ぶすっとしたまま次の予定を説明した。
「聖別の儀式は、それ自体は長くかかりませんが、聖別によって生じる肉体的変化に時間がかかります。」
「そんなに長くかかるの?」
アニメなどでは光って終了みたいなイメージがあったので尋ねた。
「そうですね。これから行なって、肉体が安定するのは明日のお昼ごろでしょうか?」
「そんなにかかるのか……。」
「ええ。そこでちょっと問題があるのです。」
マリーが気まずそうに言った。
「問題?」
「聖別の儀式によって、ソウ様の肉体は現在の通常の肉体から勇者の肉体へ作り変えられるのですが……。」
「ですが……?」
「ちょっと痛いです……。」
マリーは俺から目をそむけながら言った。
「もしかしたら……ちょっとじゃないかもしれないですけど……。」
「そ、それは、もしかしてかなり痛かったりするのではないでしょうか……?」
俺は段々怖くなって恐る恐る聞いた。だが、そんな俺の様子を見ないようにしながらマリーはとんでもないことを言った。
「だ、大丈夫ですよ! あまりの痛さにすぐ気を失いますから!次に目を覚ましたら終わってますって! 天井のシミの数を数える間もありませんったら!」
「いや! それ大丈夫じゃないでしょ?」
俺の背筋にひやりと汗が流れる。
「ご安心を勇者様。」
「ワタシとレアで終了まで治癒魔法を掛け続けます。」
「勇者様は安心して。」
「気を失っていて下さい。」
双子メイドがいい笑顔で言った。
「そ、それでは早速儀式の間に行ってしまいましょう。」
「ちょ、ちょっと待って!」
「ソウ様、怖いことは早く終わらせるに限ります!」
そう言い切りるマリーの笑顔に押され、双子に両腕をがっちりホールドされて俺は神殿にある儀式の間に向かった。
儀式の間は神殿の半地下にあり、明かり取り用のステンドグラスからは赤々と夕日が差し込んでいた。どこか湿った土の臭いのする石造りの部屋だった。床の中央には透明な石で描かれた魔法陣の様な模様がモザイクで作られていた。
そんな儀式の間の中には真っ白い薄衣をまとった少女が三人と野郎が一人佇んでいた。
薄衣はかろうじて肌が透けない程度の薄さで、少女たちの桃色の先端はうっすらと透けて見えていた。俺はそんな少女たちを直視しないように足元を見ながら、素数を数えていた。
「くすくす、先程あんなに見たのに。」
「うふふふ、まだ見慣れてないのですか?」
双子か妖艶な笑みでこちらをからかうが、そうそう簡単になれるわけがなく、俺は黙って数字の世界に没頭していた。
「ソウ様、そんなぶつぶつ数を数えていたら儀式ができませんわ。」
そう言って俺の顔をつかみ、自分の方に向けたマリーは、自分の容姿に対する自身がそうさせるのか、何の恥ずかしげなさそうだった。そんなマリーを見て俺はこれから大事な儀式を行うのに浮ついた気持ちじゃダメだろうと、気合を入れなおした。
「よし、もうこうなればどうとでもなれだ! さぁ始めようか。」
俺が意を決してそう言うと、三人の少女は一斉に頷いた。
「それでは、ソウ様はその魔法陣の中心に仰向けに寝て下さい。」
俺は黙って頷き、マリーの指示通りに寝転がった。双子は俺の左右にそれぞれ立ちお祈りをするように目を瞑り、手を組んでいた。
「それでは、これより勇者聖別の儀式を始めます。」
マリーはそう言うとスラっと聖剣を鞘から抜き放った。聖剣の刀身は両刃で、実戦で使えるのかと言うほど装飾的だった。
マリーが聖剣を両手で持ち高く掲げると、ステンドグラスから差し込んだ夕日が聖剣を赤く染めた。
「我、マルゲリッタ・ルーティア・カリスチア・ジルコ・リストリス・ユーベルターシャが王国と王祖ボーウン・シィクの加護の元に於いて、聖剣ベニース・ルーに因る勇者の聖別の儀をここに執り行う。」
マリーはそう言って掲げた聖剣を胸元に捧げると、ゆっくりした足取りで俺の頭上に移動した。そっと目でその動きを追っていた俺の視界に薄衣の中が飛び込んできて、俺はぎょっとして目を閉じた。
「我らが奉ずるは血肉なり。」
「我らが奉ずるは血肉なり。」
「我らが奉ずるは血肉なり。」
マリーの言葉に双子が続く。俺も言ったほうがいいのかと思ったが特に言われてないので黙っておくことにした。
「血肉は我を成し、我は王国を成す。穢れた血肉は魔を成し、魔は魔界を成す。清き血肉は霊を成し、霊は世界を成す。」
「血肉は我を成し、我は王国を成す。穢れた血肉は魔を成し、魔は魔界を成す。清き血肉は霊を成し、霊は世界を成す。」
「血肉は我を成し、我は王国を成す。穢れた血肉は魔を成し、魔は魔界を成す。清き血肉は霊を成し、霊は世界を成す。」
俺の額にひやりとした感触が生まれる。薄目を開けると剣の腹が俺の額にあたっていた。
「我ら今ここに、この肉を刻み、穢れた血肉と清き血肉に分かつ。」
「我ら今ここに、この肉を刻み、穢れた血肉と清き血肉に分かつ。」
「我ら今ここに、この肉を刻み、穢れた血肉と清き血肉に分かつ。」
「穢れた血肉は王祖ボーウン・シィクと聖剣ベニース・ルーの御力により清き血肉と清め賜らん。清められし血肉は我、マルゲリッタ・ルーティア・カリスチア・ジルコ・リストリス・ユーベルターシャの下、王国の威光の為に束ね、形つくられん。」
マリーが独唱すると聖剣が幽かな光を宿した。やがて光は強くなり、一筋の線になった。
「この肉に宿りし霊魂は我、マルゲリッタ・ルーティア・カリスチア・ジルコ・リストリス・ユーベルターシャの名の下に形造られ、聖剣ベニース・ルーに因りそこに留まらん。」
詠唱が進む度に聖剣の光は俺の体を這いまわり、刺青のような模様を全身に描き出した。
「我らが血肉よ! 我らが霊よ! 我らが王国よ! 今ここに聖剣ベニース・ルーの聖別を成され給え!!」
マリーの声が一段大きく響くと、俺の体に描かれた模様が一斉に裂けた。
「ぐああああああ。」
思わず痛みに俺は声を上げた。体中から血が溢れだし、白い薄衣を赤く染めてゆく。
そんな様子を眉一つ動かさずに見ていた双子が、おもむろに俺に近づき、衣を剥いだ。そして何やらブツブツと唱えると、その手の平にCD大の白い光を放つ円陣が現れた。双子はその手を俺の全身にかざした。するとかざされた箇所から痛みが引いていった。
「今ここに勇者の肉が現れる! 王国よ歓喜に歌え! 血肉をここに讃えよ!!」
これくらいの痛みならなんとも無いなと思ったその時、マリーの声に反応して全身の細胞が脈打った。最初は弱いうねりだったがそれは徐々に強くなり、体を内側からひっくり返すかの様な痛みとも言えない不快感が俺に襲いかかった。
「うぅ……ううぇええあああああ!!」
俺は声にならない叫びを漏らし、体はびくびくと電気を流されたカエルみたいに跳ねた。
そんな俺を双子は半ば押さえつけるように癒し、マリーは半ばうっとりとした表情で、俺の体表から流れる血液を丁寧に、愛おしげに舐め取っていた。
舐めとった血液を口の中で満足そうに味わうマリーの婀娜っぽい表情に俺は寒気を覚えたが、寒気と俺の意識は激痛の波に飲み込まれて消えていった。




