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くたばれバレンタイン!


 クリスマスに次ぐリア充爆発しろイベント、それがバレンタインである。

 彼氏または彼女と幸せな一時を過ごすもよし、女子力を振り絞って作ったお菓子をクラスメートに配るもよし、憧れのあの人に勇気を持って告白するもよし。

 一方、切ない思いをする羽目になる者も少なくない。


 例えば――



  ◆


「かっかかか(かずと)! かくまってッ!!」

「あれー、(かなで)くんじゃん。兄ちゃん? 呼ぶ?」

「あっいい呼ばなくていい! 今はいいからとにかく助けてっ……!」

「別にいいけど、どうしたの?」


 (しゅう)はアパートの玄関のドアを大きく開けた。

 と同時に奏が文字通り転がり込み、そのまま玄関の正面のガラス戸につっこみ豪快な音をたてた。


「ちょっ何の音だよ、修お前なにし……」


 部屋の奥から顔を出した白髪藍眼の少年――和は、言葉を切らしたのちため息をついた。

 肩をすくめてみせる小学校高学年くらいの見た目の水色の髪の少年、和の弟の修。

 それから、膝を抱え丸まった状態で転がっている奏。

 色々と言いたいことはあったが、まずは……


「奏テメー何靴履いたまま入ってきてんだこの野郎」


 丸まったまま動かない奏の背中を踏みつけ、玄関を指差し脱げと命令する和。

 げしげしと踏まれることに対しては抵抗もせず、奏は顔を膝に顔をうずめたまま首を振った。


「怖くて玄関に近づけないので和さん脱がしてください」

「……何言ってんだお前」

「だ、だって……今日何の日だか知らないの……?」

「は?」

「バレンタインですよ和さんッ!」


 そう叫ぶなり奏はばっと顔を上げ、立ち上がって(無論靴は履いたまま)和の肩を掴んだ。

 涙の滲んだ奏の瞳に映る和の顔は引きつっていたが、そんな事はお構いなしに肩を揺さぶりまくる。


「椿がね! 毒物をね! 俺に盛ってくるの! 逃げてもいつの間にか俺の前にいるの! 鍵閉めても部屋入ってくんの! ねえ俺殺されるかもしれないッ!!」

「いやいやいや……」


 とりあえず奏を引き剥がし座らせる。

 と、修がポンと和の肩を叩いた。


「奏くん大変なんだね。良かったじゃん兄ちゃんモテなくて」


 にやにやと面白そうに笑う修をどかし、とりあえず落ち着けと奏の背中をさする。

 寒い屋外で何らかの攻防を繰り広げたあとだったのだろう、その手は普段から体温の低い和ですら少し冷たいなと感じるほどだった。


「奏くん、ココアとか飲む? 僕いれるよ」


 やかんを片手に修は言う。


「兄ちゃんもいるよね?」

「俺はいいよ。その感じだと奏泊まってくんだろ? 買い物行ってくる」

「あー、そっか。いってらっしゃい」


 片手をあげ微笑む修。

 それから少しだけ手を伸ばし、和を引き止めた。


「そうだ、兄ちゃん」

「なんだよ」

「……雪乃(ゆきの)さんからチョコもらえるといいね?」


 楽しそうにくすっと笑った修の顔面に、鍵の束が飛んできた。



  ◆


「椿ねぇ……」


 白い息を吐きながら和は呟いた。

 日差しは暖かく優しいが、その柔らかさを打ち消してしまうほどに風は強く冷たい。


 椿――切れない糸を操る女郎蜘蛛の少女。

 水は得意だけれど炎は苦手。

 波打った黒く長い髪に深紅の瞳を持った彼女の姿を思い出し、和は苦笑した。


 椿は奏のことが好きで好きで好きで好きで仕方ないことを、和は知っている。

 「追い詰められて涙目になってる奏くんが可愛くて大好きなの!」とかなんとか言っていたのも知っている。

 奏は口から狐火を吹くことができるが、それを封じる為に猿轡を噛まされ口を塞がれた事が二、三回あることも知っているし、追いかける椿と追いかけられる奏の姿を目撃し見て見ぬ振りをしたことすらあるくらいだ。


 トラウマになんのも無理ないよな、そう可哀想な友人に同情しつつスーパーに足を運ぶ。

 夕方だったこともあり、人でごった返していた。


 ――面倒だしカレーでいいか。あ、でも確か前奏が来たときもカレーだったな。


「……ハヤシライスでいっか」


 和にとってはそんなに大差がないが、修は断固ハヤシライス派だと言っていたことを思い出す。

 似ているが何かが決定的に違うらしい。


 家にあった野菜を思い浮かべつつ買い物かごに商品を入れていく。

 こんなもんかなとレジに足を運ぼうとすると、不意に肩を叩かれ振り返った。

 そして、和の表情がめんどくさそうに歪む。


「椿かよ……奏が死ぬほどビビってたぞ、何したんだよ」


 ふわりと波打った黒く長い髪に、紅い瞳。

 可愛らしい笑みを浮かべた少女――椿は、にっこり笑って和に言った。


「偶然ね和。奏くんは?」

「俺の質問は無視か」

「奏くんは?」


 和のコートの裾を掴み上目づかいで微笑む。

 それは男の心臓に早鐘を打たせ頬を染めるに十分な行動だったが、和の顔はひきつるだけだった。


「ちょっ……怖いからやめろストーカー女」

「怖いとは何よ失礼ね。ねぇ、奏くんどこにいるの? チョコ渡したいの」

「やめとけよ、マジで死にそうになってたから……えっと、ほら」


 和はコートのポケットから携帯を出し、カチカチとボタンをいじってから椿に一通のメールを見せた。


『frm:修

 sb:頼む(‘o‘)ノ

 ――――――――

 奏くんが「麻酔飲まされて防腐剤口に入れられて俺は標本にされちゃうんだ」って泣いてます!

 できれば夜ご飯はそういうのなしのメニューでお願い(^◇^)┛』


 和の携帯をじっと見つめたまま、椿はぽつりと呟く。


「……奏くん、やっぱり和の家にいたんだぁ」

「そこかよ! つーかどうせ見当ついてたんだろ?」

「まぁね。でも……」


 はいっと携帯を返し、それから、和の藍の瞳を見つめて肩をすくめた。


「和、キレると怖いから。和のことはわりと好きだけど、家には行きたくないわ。どこで地雷踏むか判らないもの」

「お前が訳の分からないことを奏にしなければ別に怒らねーよ」

「……ふふ。和って奏くんのこと大好きよね。わたしの次くらいに」

「やめてくれ、お前のド変態目線と一緒にすんな!」


 椿の肩を軽く小突くと、彼女は楽しそうに笑った。


 実際、奏は椿を嫌っている――というより怖がっている。恐れてると言ってもいいかもしれない。

 しかし和と椿に関しては、決して悪い仲ではなかった。

 椿の度が過ぎた行動に和が本気で怒り戦闘になった事はあれど、それ以外の理由で互いに怒りを覚えることはない。

 椿が人の泣き顔に恍惚とするあの性癖さえをどうにかすれば、もともと人懐っこい奏のことだ、きっと仲良くなれるはずだと和は思っている。

 もう一度言う、椿の性癖をどうにかすればの話だ。


「……あれ? 和?」


 と、不意に聞こえた、ふんわりとした女性の声。


「わあ、こんな所で会えるなんて……!」


 振り返った先には、ゆったりとそう喜ぶショートボブの黒髪に空色の瞳の女性。

 名を――


「……雪乃(ゆきの)


 ――雪乃といい、もう一つの名は『雪女』だった。

 にやにやとした顔で和の背中をバシッと叩いた椿にデジャヴを覚えつつ、和は雪乃の名前を呟く。

 雪乃はふわふわとした笑顔で和と椿に走り寄った。

 それから買い物かごを一旦床に置くと、「ちょっと待って」と呟きつつ鞄の中から大事そうに紙袋を取り出した。


「買い物が終わったら、届けにいこうと思ってたんだよ。ハッピーバレンタイン、和」


 はいっ、とアイボリー色のそれを差し出す。

 ピンクのマスキングテープで飾られたかわいい紙袋を、和は心なしかぎこちない動きで受け取った。

 頬が熱を持つのを感じながら、それを一生懸命隠しながら、小さく「どうも」と呟く。

 雪乃は短い黒髪を揺らして嬉しそうに笑った。


 そして再び鞄に手を入れ、同じ紙袋を(・・・・・)もう一つ(・・・・)取り出した。


「これ、修くんの分も。せっかくだから一緒に持ってってもらってもいいかな?」


 ニコニコと明るい微笑みとともに発せられたその言葉に、紅潮した和の気持ちは一気に熱を失い、逆に椿のテンションはぐぐいんと高潮した。高潮しすぎて噴き出してしまった。

 密かに和が椿の足を踏みつけるのとほぼ同時、「たくさん作っちゃったんだけど、椿ちゃんも貰ってくれる?」という雪乃の台詞にさらに心をえぐられる。


 「わたしまでありがとうございます。ホワイトデー必ずお返ししますねー!」


 ぺこりと頭を下げて笑う椿に貰ってくれてありがとうと笑う雪乃。

 和だけが煮え切らない表情で貰った紙袋を見つめていた。


「でもすごいですね。いくつ作ったんですか?」

「えっとね……和と修くんと、つらら姉と、美奈子さんとエルティちゃんたち、お世話になってるから石燕(せきえん)くん、(ゆら)ちゃんと、あとは……」

「すごい、本当にたくさん作ったんですね! わたしなんて一つで精一杯だったのに……。大変じゃなかったですか?」


 愛しい少年の姿を思い浮かべながら、鞄ごしに手作りのフォンダンショコラをぎゅっと抱きしめる椿。

 そんな少女に雪乃は両手でガッツポーズを作り、「大変じゃないよ!」と言ってみせた。


「みんなに喜んでもらえると私すごく嬉しいし。それに……」


 そこまで言って、雪乃は慈愛のまなざしで和を見つめる。

 柔らかで優しい笑顔で、和にとって死刑宣告とも等しい言葉を発した。


大事な弟(・・・・)のためだからね!」



  ◆


「あはははは! いやー、相変わらず和は望みのない恋愛してるのねー! 近所の大学生のお姉さんに恋しちゃった小学生を見てるようだったわ!」

「望みがないとかお前にだけは言われたくねえわ……。奏の怯えっぷりを見せてやりてえよ」

「あら、いつも見てるわよ。本当に可愛いわよねあの顔……うふふ」

「帰れ変態!」


 夕暮れの帰り道、オレンジ色の陽が差す黄昏の街。

 ある意味誰よりもカップルに遠い、『果てしなく希望が見えないけど諦めることもできないししたくない恋路』を抱えた二人の男女は並んで歩いていた。


「ねえ和。このチョコ、奏くんに渡しといてくれない? もちろん麻酔も防腐剤も入ってないわよ」

「なんで俺がパシられなきゃいけねーんだよ。自分で渡せ」

「だってわたしからじゃ受け取ってもらえないじゃない。せっかく何回も練習して作ったのに……」


 残念そうに鞄を撫でる椿を見、「自業自得だろ」と笑う。

 言い返してくるかと思っていたが、椿は珍しく眉を下げて和を見上げた。

 予想外のリアクションに言葉が詰まる。

 少し考えたのち、和はゆっくりと口を開いた。


「……俺はお前みたいに無理矢理口開けさせてでも食わせるとか、そういうことしないからな。受け取ってもらえなくてもこっそり捨てられても知らねーぞ」


 その一言に、椿の表情はまるで二人の正面に輝く夕陽のようにぱっと明るくなる。

 和の腕を掴んで揺さぶって、歓喜の声を上げた。


「渡してくれるの!?」

「あいつが嫌だっていったら渡さないけどな」

「それでもいいわ! ああ、ありがとう和、好きよ! 洗濯バサミの次に!!」


 一体それは累計で言うと何位なんだと突っ込む和を完全に無視して、椿はうっとりと自身の頬を両手で挟む。


「これで和よりは希望が見えてきたわ……!」

「いや俺はお前みたいに心の底から嫌われたりしてないから。お前より望みあるから」

「わたしはあんたみたいに異性として見られてないわけじゃないわ、わたしの方が希望あるわよ」

「ねーよ」

「あるわよ!」



 くだらない問答を繰り返す、陽に照らされ長く伸びた影がふたつ。


 かれこれ二百年以上も、こんな感じなのである。




オチが家出しました。


意外と登場人物が多かったです。


◆修/雪童子(ゆきわらし)

和の弟。

元は人間ではなく雪人形だったため、もちろん血は繋がっていない。

人間の形をしている今も梅雨くらいになるとふっといなくなり、秋が終わるころにどこからか戻ってくる。

元ネタは新潟県の逸話。


◆椿/女郎蜘蛛

貧しい農家の娘→遊女→疫病で死亡 というわりとテンプレ悲劇な人生を歩んできた女の子。

いろいろあって怨霊化していたところを奏に鎮められて以降、奏が好きで好きで好きで仕方がない。

炎は苦手で水が好き。滝が一番好き。


◆雪乃/雪女

にこにこふんわりしたお姉さん。

『つらら女』の妹で、自称『和の姉』。どっちも血は繋がっていない。

過去に人間と悲恋を経験して以来、あんまり彼氏は欲しくない。

鈍感。



和と奏は以前出てきたので割愛!

読んで頂きありがとうございました。

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