それが付喪神です
「……間違えた」
500mlのパックのストレートティーを前に、里奈は小さく呟いた。
大学受験を控えた冬休み。
一日中予備校にこもり朝から晩まで勉強に明け暮れる毎日はとても楽しいとは言えないが、志望大学に合格するためには努力あるのみと解っている。
それに、昼休みのコンビニでの買い食いはわりと好きだった。
カップ麺や冷凍食品など色々なものに手を出してきたが、今日選んだものは初心にかえってメロンパンと蒸しパン、それとパックのストレートティー。
そのストレートティーに、否、それの開け方に問題があった。
なんか開けづらいな、そう思うのも仕方がなかった。
里奈が開いたのは『開け口』とされている方の、反対側だったのだ。
「くっそー……、ん?」
きっちりと閉まった『開け口』でない方の開け口をストローでがしがしと攻撃していると、里奈はある字列を見つけた。
開けなければ見ることが出来ない位置に、印刷された小さな文字。
――『リサイクルありがとう』。
そんな言葉が、小さくひっそりと並んでいた。
「……」
パックを傾け、じっと見つめる。
――そっか。こっち側は普通、全部切り開いてリサイクルに出すような人しか開けないんだ。
そう思うと、里奈はなんだか申し訳なくなってきた。
普段はコンビニの袋に他のゴミとともに入れて口を縛り、そのまま予備校のゴミ箱に捨てていた。
しかし。
(『ありがとう』なんて書かれたら、なんか捨てづらいじゃん……)
このささやかなお礼の言葉の考案者にそういう意図があるのかは不明だが、里奈は緩やかな威圧感すらこの文字列から感じてしまった。
――見たよな?
――お前これそのまま捨てたりしないよな?
そんな意志が見え隠れするのだ。
「仕方ないな……持って帰ろ」
呟いて、里奈はメロンパンをかじった。
◆
軽くすすいだ牛乳パックをざくざくと縁に沿って切る。
母親に聞いたところ、空になった牛乳パックは洗って開いて生肉を切るときのまな板に使っているらしい。
(知らなかったな―)
里奈は料理をしない。
たまに簡単なお菓子なら作るが、無論肉は使わない。
しかし牛乳なら使うのだ。
これからはちょっと気をつけよう、そんな事を考えながらパックの角にはさみを入れる。
パチンと音がして、四角かったそれは綺麗に展開された。
(……よし)
もう一度洗ったそれを軽く振って水をきり、母親に教わった位置に干しておいた。
なんとなくいい事をした気分になりつつ、台所を後にする。
自分の部屋に戻ろうと廊下に足を踏み出した、その時。
テッテレー!
「……は?」
台所に響いた何かの音。
ゲームのファンファーレのようなバラエティー番組の効果音のような、そんな音。
里奈がいつになく低いテノールボイスを反射的に出してしまったのとほぼ同時に、次の音が響く。
リサイクル、ありがとー!
幼児が声を揃えたような、可愛く重なった声。
明るいそれとは裏腹に、里奈の表情は微妙だった。
「……」
無言で台所に戻り、牛乳パックを持ち上げる。何もない。
その周辺もわさわさと探ってみるが、音が出そうな電子機器やおもちゃは何一つ見あたらなかった。
「……」
いまいち納得できないまま台所を後にする里奈。
首を傾げながら再び部屋に向かった。
――が、その表情はまんざらでもなさそうだった。
付喪神は九十九神。
彼らは物を大切にする人の友だちです。
そんな話。
◆付喪神
長い年月を経て霊魂の宿った古道具や器具のこと。
九十九神とも書くが、この「九十九」は「長い年月」「多種多様な万物」を表す言葉です。