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或る若侍の末路

語り手はきっと石燕(せきえん)

妖怪なんだか幽霊なんだかよく解らない冥府の公務員おにいさんです。



 んー?


 なに、どうしたの?

 ヒマすぎて死ぬ?

 俺は忙しいんだけどなー。


 ……え。

 面白い話しろって?

 でたよそういう無茶振りーその一言でめちゃくちゃハードル上がるんだからねーやめようねー。


 ……。


 ……うん、そんなにへこまないでよ。

 俺が悪い気になってくるからさ。


 んー、じゃあねー。

 一つだけ昔話をするよ?


 従順で優秀だった、あるお侍さんの話をねぇ。



  ◆


 戦国時代の事だったかなぁ。美しいお姫様とその従者の侍がいてねー。

 それはそれは素敵な主従だったんだよ。

 心優しく正義感のある姫君と、その姫を思い忠誠を誓う若い侍。


 この侍はすごく腕の立つ人でね、異例の大抜擢だったんだ。

 だから彼を憎む人もいないわけではなかったんだけど、根が真面目で良い人だから評判はすごく良かったの。


 でね。


 その美しい姫が結婚することになってね。

 時代が時代だからねー、親の権力拡大の為のいわゆる政略結婚でねー。

 姫の親の武将と結婚相手の武将が手を結ぶのをよく思わない勢力もいっぱいいたんだよ。


 そんな中、ある日姫のもとに刺客がやってきて姫を殺そうとした。

 もちろん従者の侍が姫の側を離れるよう仕向けて、一人の時を狙って。


 でね、この後がすごいんだ。


 慌てて戻ってきた侍が刺客を全員倒しちゃったんだよ!

 それも、たった一人で!


 ……あれ、反応が微妙だなぁ。


 確かにお話ではよくある展開だけど、実際はホントにすごいんだよ?

 相手だって馬鹿じゃないんだし、簡単に負けるような刺客を送り込むわけないし、そもそも暗殺専門の人たち大勢から姫を護らなきゃいけないんだからもう、ホントに大変なんだから。


 えっと、どこまで話したっけ?

 あー、そうそう。

 侍が刺客を全員斬り伏せたとこからだね。


 さっきも言ったとおり楽々勝てた訳じゃなくて、侍自身も血まみれの満身創痍だったの。

 それでも姫を護らなきゃって、大丈夫でしたかって、必死に痛みを押し殺しながら聞いたのね。

 そしたら、姫は言ったんだ――


 ――この人殺し、私に近寄るな、って。


 え?

 ……うん、そうそう、侍の方が正しいんだよ。

 だってああしなきゃ姫も侍も殺されてたんだから。

 時代も時代だしねー……って、今でもこれは正当防衛か。


 とにかく侍はびっくりして。


『私は貴女の為に、貴女を、護ろうと――』


 狼狽しながら侍はそう言った。

 だけど姫は首を振って彼を拒絶する。

 こんなに簡単に人を殺せるなんてお前は人の心を持っていない、お前は鬼だと罵る。

 侍は絶句して、どうしていいか解らなくなって、ただただうろたえた。


 だってそうでしょ?

 偉い人に「この人を護れ」って言われて、姫もそのことを知っていて、だから命をかけて死に物狂いで護ったのに。

 理不尽だよねぇ。

 じゃあ何のためにその侍さんを近くに置いてたんだーって話だよねー。

 非道いよねまったく。


 でもねー、非道いのはこれからなんだよねー。



 姫のキレっぷりは瞬く間に城中を駆け巡って、侍に同情する声があちこちから聞こえるようになったのね。

 本来なら色んなところから褒め称えられるべきなのに、侍に与えられたのはひそひそ話と憐れみの視線、それから嫉妬深い同胞からの小さな嘲笑だけ。

 いや、だけじゃないな。

 もっともっと悪いことがついてきちゃったんだ。


 さっきも言ったけど、侍のことをよく思ってない人もいてね。

 そういう人たちが、色んなところで言いふらしたんだ。

 姫を殺そうとした首謀者は――姫の従者の侍その人だ、って。

 そんな訳ないのに。


 噂にはどんどん都合のいいように尾ひれがついて、まことしやかに囁かれた。

 侍がどんなに否定して姫への忠誠を訴えても、とんとん拍子に話は進んでいってしまった。


 だって、姫様本人が侍を全く庇わなかったから。

 彼女が否定さえすれば、彼の疑いは無理矢理でも晴れるのに。



 ある日侍は捕らわれて、拷問にかけられた。 姫を暗殺しようとしたのはお前だろって。


『違う、違う違う違う違う違う! 私がそんなことをするものか……!』


 あの時の傷口も塞がらないまま引き摺られて、石で殴られ熱湯を被せられ、指の骨を砕かれてもなお彼は認めなかった。


 でもねー、昔の拷問って本当につらいものでねー、どんなに暴力に耐えて違う知らないやってないって言っても解放してもらえるような物じゃなかったんだよー。


 だからね。

 ついに無実のその侍は、処刑されることになっちゃったんだ。


 後ろ手に縛られたまま斬首刑。

 いよいよ死を待つだけになった侍は、微む視界の端に映ったものを見て絶望した。


 ――姫様、姫様、姫様。

 どうしてここにいるのです?

 私の死を嘲笑いにきたのですか?

 私は貴女を裏切ってなどいない、貴女を護りたかっただけ。


 それなのに……



 でもね。

 姫も別に、侍を指差して笑いにきた訳じゃなかったんだ。

 いや、刑場につく直前までは別にあんなやつ死んでもいいって思ってたんだけどね。


 ボロボロに擦り切れた布みたいな、無残な姿になった自分の従者の姿を見て、姫は息が止まるくらい驚いた。

 だって彼女は、戦国乱世の中で自分の命を狙った人すら殺されるのを嫌がったような……良く言えば(・・・・・)心優しく(・・・・)正義感のある(・・・・・・)、悪く言ってしまえば世間知らずで不必要な同情をもったオヒメサマだったから。


 人殺しは自分の命をもって償えばいい。

 そう思っていた姫ですら、絶句した。

 死刑囚とは言えまさかこんな目にあっているなんて、って。


 ――こんな姿になるまで痛めつけられても、彼は私を捨てなかったの?


 お気楽なお姫様は青ざめて、ゆっくりと侍のもとに歩み寄った。

 いろんな偉い人の、制止の声も無視して。


 でもねー、一定の距離までしか近付かなかったんだよねー。

 罪悪感から近付けなかったのかな?

 一度あんなに罵倒してしまったから、彼女のプライドが許さなかったのかな?

 それとも、彼の傷口を近くで見たくなかったのかなぁ。

 真意はわからないけどさ。


 それでも侍は、姫が近付いてきたのが解ったの。

 だからね、彼は、こう言った。


 もう顔を上げる力も残っていないのに。

 かすれた声で、絞り出すような、か細い声で。


『お元気なようで良かったです。私はあの時貴女を護れたことを、貴女に仕えられたことを、誇りに思っています。どうか生きてください』




 そうして侍は死んだ。

 え、その後のお姫様?

 ずいぶんと生きたよー。五十歳くらいまでね。


 ただ、けっこう悲惨な人生送っててねー。

 怪我はするわ病気にかかるわ失明するわで。

 でも頑張って必死に生きた。


 人々はあの侍の呪いだって言ったよ。

 でも姫はそうは思わなかった。

 だってあの侍は、姫に『生きてくれ』って言ったんだから。


 きっと私が死なないように護ってくれているんだ。

 そう思って。





 はいめでたしめでたし~。


 どう?

 俺この姫嫌いだから思うんだけど、ざまあみろじゃない?


 え。

 俺が性格悪いって?

 なんでよー、むかつくじゃんこの姫ー。自己中だしさー。


 ……あ。


 もしかして俺、これ誰の話だか言ってなかったっけ?

 あー、そっか、ごめんごめん。


 今は彼ねー、フツーに妖怪として暮らしてるよー。


 ほら、(ひいらぎ)くんって知ってるでしょ?

 肩ぐらいの髪をハーフアップにしてる……

 今確か居酒屋でバイトしてるんじゃなかったっけ。

 会ったことあるよね?

 ……あ、解った?

 そうそう、





 天邪鬼(あまのじゃく)のさ。





 ……さて、ここでクイズです。


 ――護れてよかった。

 ――誇りに思っています。

 ――生きてください。


 これらの言葉は、意味をひっくりかえすとどうなるでしょう?



姫様は死んでもなお彼の言葉の意図を理解できませんでしたとさ



って話です。


柊くんは今日も元気。



◆天邪鬼

思っていることと言っていることとが反対な()のこと。

または日本に伝わる妖怪、悪鬼。

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