表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

ある日の快速列車

 毎朝、電車は一番前の車両に乗る。


 快速ゆえのハイスピードで景色が次々と後ろに流れていくのを眺めるのも楽しいし、いつも座席が開いてるのも嬉しい。


 そんな下手すると二、三人しかいない車両の中で、いっつも同じ場所、つまり僕の正面に座っている少年がいる。

 僕が乗る駅ではもう既に座ってて、僕が降りる駅でもまだ座っている。

 涼しげな目元の、でもどこかぼんやりした感じののイケメンだ。

 栗色の長い髪をポニーテールよりもっと低い位置で一つに結っていて、綺麗な顔をしてるのも合わさって女性かと思った。けど服装は男だし、男かなって思い始めたら体格も男に見えたから多分「少年」という表現で問題ないと思う。

 男のくせにロン毛かよって思わせられないのは、やっぱり美形だからなのだろう。

 ちくしょうめ。


 彼は毎日本を読んでいる。

 何を読んでんのかと思ってタイトルを覗いたら、『不思議の国のアリス』だった。

 可愛いなオイ。


 まぁ、毎回座席が空いているから、毎日同じ席に座ってしまうのも全然おかしくはない。

 僕だってそうだ。

 ――学生かな? いつも私服だから、大学生か私服校の高校生だろうか。まぁ中学生ではないだろ。社会人……にもぶっちゃけ見えない。


 毎日向かい合わせに座ってるんだから、挨拶でもしてみようか。

 そう思ってはいるのだが、いつも話しかけられずに降車駅についてしまうのだ。




 そんなある日、彼は本を読んでいなかった。


 いや、その言い方では少し違う。

 僕が乗った時には読んでいたが(彼の今日の本は『蒼天の城』だった。確かベストセラーになった戦国ものだ)、三つ目の駅の少し手前あたりでふと顔を上げ、運転席の方をじっと見つめていた。

 その駅を通り過ぎ次の駅を通り過ぎ、電車は速度を落として停車する。それでも彼は前を見たままだ。


「……あの」


 見かねて僕は彼に声をかけた。


「どうかされたんですか?」



 少年はゆっくりと僕の方を向いた。栗色の髪と同じ色を、瞳も少し帯びている。とても澄んだ色だ。

 少年は口を開く。


「あんた、いつも●●駅から乗ってるよな」


 ――タメ口かい! しかもあんた呼ばわりかい!


 とは思ったけど、僕が乗る駅を覚えててくれたのは純粋に嬉しかった。

 タメ口なのはきっとフレンドリーなだけだとポジティブシンキングして返事をする。


「そうだよ。最寄りだから」

「だよな。降りるのは▲▲駅だったよな?」

「おー」

「……」


 話が弾む兆候かと思いきや、少年は顎に手をあて探偵のような格好で黙ってしまった。


 どうしたんだろうと思いつつ次の言葉を待っていると、少年はこんな事を言い出した。


「明日、この電車乗らない方がいいよ」

「……えっ?」

「一本早いのをオススメします。遅らせるのもアリだけど、この電車はやめた方がいい」

「……」


『ドアが閉まりまーす、閉まるドアにー、ご注意ー下さーい』


 アナウンスが流れ、ぷしゅうと音を立ててドアが閉まる。

 電車はまた動き出し、速度を増していく。景色が流れていく。


「あー別に絶対ではないからさ、めんどかったらいいよ。ちょっと言っただけだから気にすんな」


 少年は淡々と告げると、また何事もなかったかのように本に目を落とした。

 僕だけが動揺しているようで腑に落ちない。

 ねぇちょっと、今の不可解な発言は何? 最終的には結局どうでもいいの? え? 何? なになになに?

 ねぇってば!


 教えてよと口に出すのはなんとなく躊躇われた。

 でも、どんなに少年を見つめても、彼は何も言わなかった。


「降りないの?」


 本を読んでいるままの少年に言われハッとする。

 いつの間にかぼんやりしていたらしく、電車は既に▲▲駅についていた。

 階段に向かう人々の影が見える。早く降りないとドアが閉まってしまう。


 けど。


「どうして……君はなんなの?」


 どうしても聞きたかった。

 不思議と彼が嘘をついているようには感じなかった、だからこそ、聞かなければいけないと思った。


 だけど少年は本から視線をあげず、相変わらず淡々とした口調で言った。

 まるで、どうでもいいことのように。


「くだんです。でもほんとはしょーたろーといいます」

「えっ、は? それは――」


『ドアが閉まりまーす、閉まるドアに――――』


 どういうこと、そう聞き返した言葉はアナウンスに掻き消され、そして不思議なことに、僕はいつの間にか駅のホームに立っていた。

 流れていく電車の中で、彼は僕に手を振っていた。



  ◆


 そんな事があった翌日。


 僕はあの少年の言うとおり一本早い電車に乗った。

 彼が同じ車両にいなかった事以外、たいしていつもと変わらなかった。


 それで、これは後で人から聞いた話だけど……

 僕が乗った電車の一本後の電車、つまりいつもの快速列車は、●●駅から三つ目の駅で女子高生が飛び込自殺をして死んだため随分と遅延したらしい。


 その次の日からは何事もなかったかのように平常運行していたけれど、僕の向かいのあの席に彼が座ることはもうなかった。



(くだん)勝太郎(しょうたろう)くんのはなしでした。



◆件

文字通り、人と牛の半獣の妖怪。

一般的には牛の体に人間の顔とされている(逆という伝承も)。

生まれてすぐ、もしくは数日の間に予言(大凶事や大災害等について、とにかく悪いこと)を残して死ぬ。


◆この話の勝太郎くんは、「予言がちっさい代わりに即死もなし」というスーパーご都合主義設定になっておりますすごくすみません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ